りなりあ

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約束を抱いて:番外編-初詣-3

2007-04-06 12:16:34 | 約束を抱いて 番外編

「いってぇ…」
椅子に当たった右肘と、床に当たった両膝が少し痛い。
体を起こして、両手首と両足首が大丈夫か確認して、ホッとする。
この程度で済んだのは、やはり俺の日頃の成果。
以前、晴己さんが言った『鈍っているんだよ』という言葉を思い出して苛々するが、もう二度とそんな台詞は言わせないと、再び闘志が湧き起こる。
「優輝君、大丈夫?」
焦っているようなむつみの声が聞こえ、床に座り込んでいた俺は顔を上げた。
駆け寄って来る彼女の動作は、普段よりも少しゆっくりとしている。
「大丈夫?」
「…大丈夫。」
「捻挫は?癖になりやすいでしょう?」
そう言って彼女は俺の顔を覗き込み、俺の足首に触れる。
心配そうに不安そうに、俺の答えを待っている。
テーピングの交換の為に、彼女は何度も俺に触れた事があるし、間近でむつみを見るのも初めてではない。
だけど俺は思わず後退りしてしまい、背中は倒れている椅子に当たる。
「痛っ!」
思わず、背中に手を回す。
その瞬間に、椅子から落ちる時に打った右肘に痛みが走り、また顔をしかめた。
「大丈夫?」
再び心配そうに俺を見る彼女が、先ほどよりも俺に近付く。
それを阻止したくて、両手を彼女の目の前に出すと、また右肘が痛んだ。
「…っ。…大丈夫。」
早く立ち上がろうと思っているけれど、鼓動が凄く早くなっていて落ち着かない。
とりあえず深呼吸しようと思っても、目の前にむつみがいると深呼吸どころか、まともに呼吸さえ出来なくなる自分に気付く。
「優輝君?」
また近づこうとする彼女に、怒鳴りそうになるのを飲み込んだ。
近付いて欲しくない、傍にいて欲しくない。
その気持ちは本心のようで本心ではなく、むつみの存在が近くに感じるのは嬉しい反面、大きな動揺を伴う。
いつまでも座ったままでいる俺の頭上に兄の声が届く。
「馬鹿だな、優輝。」
座り込んでいる俺には兄の顔は見えないけれど、冷やかなその口調の中に俺を笑う気持が込められているのが分かる。
『すぐに分かるよ。』
兄の言葉を思い出し、俺の気持は全て悟られていると分かり無性に悔しくなった。
「っ!優輝!」
体の向きを変えて足を伸ばして、椅子に座っている兄の足を思いっきり蹴ってやる。
痛そうに押さえる姿を見届けてから立ち上がると、机の向こう側で、顔を歪めた兄が俺を見上げていた。
でも、兄は、また俺を笑う。
「優輝、面白いな。しばらく家に帰るのが楽しみだよ。」
何を言っても兄には勝てそうもないので、言い返す事も出来ず、倒れている二つの椅子を元に戻す。
むつみが立ち上がるのが分かるが、やはりその動作は普段よりも遅い。
「むつみちゃん、凄く似合ってるね。綺麗だよ。」
兄のその口調は、とても耳障りだった。
「なぁ優輝?綺麗だよなむつみちゃん。」
兄の問いかけが、戻りかけた俺の冷静さを再び奪っていく。
そして追い討ちをかけるように、むつみが俺の服を引張って見上げてきた。
身長差は、それほどない。
俺は背が伸びたと自覚しているけれど、むつみも背が伸びていて、結局2人の間の差は以前と少ししか変わらない。
「変じゃない?」
もちろん変とかそんな問題じゃない。
兄が言ったように似合っているし、綺麗、だと思う。
だけど俺は、
「変じゃない、よ。」
そう言うのが、精一杯だった。
「良かった。」

ホッとしたように笑う彼女を見て、少し気持が落ち着くが、
「優輝、こんな時は可愛いとか綺麗とか、もっと率直な誉め言葉を言うもんだぞ。その方がむつみちゃんだって喜ぶ。俺に言われるより優輝に一番言ってもらいたいんだから。」
むつみは俺の言葉で納得しているのに、兄が余計な事を笑いながら言った。
確かに、兄のような言葉を口にする事が出来れば、俺はこんな想いをしなくていいと思うけれど、俺には無理な事。
早々に初詣に向かおうと、俺はダイニングを出ようとした。



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