観客席に行こうとした晴己は、すれ違った人を呼び止めた。
「絵里さん、試合はこれからですよ。」
絵里が立ち止まって晴己を見上げる。
「私は帰ります。観戦する必要は…ありませんから。」
「…気になりませんか?」
問いかける晴己に絵里は笑顔を向ける。
「確かに、例え実力が勝っていても、試合が終わるまで分からない。でも、晴己様。」
絵里は腕時計を見る。
「もうすぐ始まりますね。私は橋元君に質問をしました。どれを選ぶのか。友達なのか好きな子なのか自分なのか。それとも、尊敬していた人なのか。」
尊敬していた、と過去形で言われて、晴己は苦笑した。
「優輝は、何と答えました?」
絵里が、また微笑む。
「それは、晴己様が御存知でしょう?」
立ち去る絵里の後姿を、晴己は見送っていた。
◇◇◇
観客席に座るむつみは、晴己の向こうに視線を送り、会釈をした。振り返って、むつみの視線を追う晴己は、涼と卓也が少し離れた場所に座っているのを見つけた。
「はる兄、ごめんね。」
隣に座るむつみが、晴己に謝る。
「勝手な事ばかりして、ごめんなさい。はる兄に相談すれば良かったのよね。私が色んな事、複雑にしちゃったのは事実だわ。」
「…僕が気付けば良かったんだよ。」
多くの事に、もっと早く気付いていれば、と晴己は思った。
「優輝が、コートにいるのは、むつみちゃんのお陰だね。」
驚いたむつみが晴己を見た。
「私は何も…。」
晴己はゆっくりと首を横に振る。
「むつみちゃんが優輝を助けたんだよ。あの合宿で出会わなければ、転校先にいなかったら、そして」
晴己は、いつのまにか恋をしていたむつみの瞳を見た。
「むつみちゃんが、優輝を好きにならなかったら、優輝はここにはいなかったよ。」
試合が始まる合図が響く。
「それは、はる兄だって同じでしょう?私、ずっとずっと小さな時から、はる兄と一緒にいられることが嬉しかった。」
むつみの声に耳を傾ける晴己。
「一緒にいて、テニスをする姿を見て、たくさん愛してもらって。はる兄がいなかったら私は優輝君と出会っていなかったと思う。好きにならなかったんじゃないかって思うの。」
晴己は、むつみの瞳を見て、彼女が自分から遠く離れていくような錯覚に陥る。
そう感じてしまうくらい、彼女の事を綺麗だと感じる。
「ありがとう。」
そして、むつみはコートへと視線を戻す。晴己も彼女の視線を追い、その瞳の先にいる優輝を見た。綺麗に伸びる腕。挑戦的な眼差し。
そして、優輝が視線をこちらへと向けた。
優輝は、自分を見てくれている人達を見つけ、心で伝える。
「俺は」
優輝の体が伸びる。
「全部、手に入れる。」
秋晴れの高い空が広がっている。
秋風が彼女の髪を撫で、優しく包む。
むつみは、初めて出会った日の約束を、心に抱きしめた。
~約束を抱いて 第二章 へ続く~