りなりあ

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指先の記憶 第二章-42-

2009-10-16 00:08:06 | 指先の記憶 第二章

「ばいばい よしみ」
「…バイバイ…」
雅司君は、満面の笑顔で私に右手を振った。
左手は、しっかりと須賀君の手を握っていて、兄と2人で過ごせることを喜んでいるような、そんな気がした。
その姿を見ると、私がカレンさんの家に残るのは正しい気がするけれど。
「じゃ。姫野。響子、姫野のことよろしく。」
須賀君の言葉は、私を響子さんに託すことを意味している。
一緒に帰ろうと言ってくれなかった事に、私は不満を感じていた。
「ご心配なく。」
須賀君の言葉を受け取った響子さんの表情を確かめるのは、怖くて出来ない。
「雅司君、また会おうね。」
「ばいばい きょうこちゃん」
“子どものように甘える雅司君”の姿に、心がチクチクする私の手をカレンさんが包む。
「好美ちゃん。お留守番、お願いね。」
昨夜、帰宅したカレンさんは、とても慌てていた。
急に京都に用事が出来たから戻らなければならない、と言うのだ。
それなら、尚更私がここに残る必要はないから、須賀君達と一緒に帰れると思ったのに、カレンさんは私に留守番を頼んだ。
「響子ちゃんも一緒だから安心ね。」
どうして、響子さんもカレンさんの家に泊まるのか、その理由を問いたい。
そして、私は拒絶したいのに。
「うん。大丈夫。カレンさん忙しいけど…無理しないでね。」
本心を言葉にすることは出来なかった。
「好美ちゃん!あなたは、どうして?こんなに優しいのかしら!」
感嘆の声をあげるカレンさん。
「私は大丈夫だから。1人でも大丈夫だから。だから…響子さんには家に帰ってもらっても。」
小さな“抵抗”をしてみる。
「ダメよダメ!女の子1人で留守番なんて。」
「だって…響子さんの家…隣なんでしょ?」
彼女の家がカレンさんの隣の部屋だと知ったのは、昨日。
「私は大丈夫よ。」
響子さんが私の顔を覗き込んで、私は彼女と目が合って…そして思わず溜息が出る。
あからさまだと自分でも思う。
きっと皆も気付いているのに。
でも、須賀君とカレンさんは私が望む言葉をくれない。
「じゃ。姫野。響子、姫野をよろしく。」
「じゃあね。好美ちゃん、響子ちゃん。お留守番お願いね。」
そんな言葉を2人は残し、雅司君は笑顔で去って行く。
「好美ちゃん。」
2人になった空間で、響子さんが私の名前を呼んだ。
「仕方ないから諦めて。」
響子さんは私の気持ちに気付いている。
「好美ちゃん。早速…お願いがあるの。」
なぜか、とても楽しそうに。
響子さんが私に笑顔を向ける。
それが絵里さんに似ていて、私はこれからの1週間を考えて、ちょっと憂鬱になった。

◇◇◇

意外にも、私は退屈ではなかった。
どちらかと言うと忙しかった。
常に誰かが隣にいる状態で、常に誰かが私の行動を知っている。
ちょっと1人になりたい、そんな事を思ったのは大阪を発つ前日で、その気持ちはすぐに寂しさに変化した。
寂しいだろうと思っていたのに、寂しさを感じなかった1週間。
その1週間が終わることに寂しさを感じた自分が不思議だった。

◇◇◇

東京駅の構内で私を待っていた須賀君は、何かを言おうとして、そして言葉を飲み込んだ。
それは京都駅で乗ってきたカレンさんが、私の隣に座る前と同じだった。
2人とも、できれば素直に率直な言葉を発して欲しい。
「荷物送るって言うから、どれだけ増えたのかと思ったら、手荷物、少なすぎ。」
「だって」
「そりゃ、持てないだろうな。その格好で。」
「だって」
「新幹線の間は座っているだけだけど、これから階段やエスカレーターや、途中で疲れたからって、そんな格好の姫野を背負うなんて無理だからな。」
そんなに嫌そうな鬱陶しそうな視線を向けなくてもいいのに。
「背負ってもらわなくて大丈夫です!ちゃんと歩きやすくて疲れない靴だから!…なに?」
須賀君が笑う。
それがとても大人っぽくて、1週間離れていただけなのに。
須賀君は普段と変わらない普段着なのに。
普段滅多に着ないヒラヒラとしたスカート姿の私は、自分がどんな風に須賀君の瞳に映っているのか、少し気になった。


指先の記憶 第二章-41-

2009-10-10 00:25:31 | 指先の記憶 第二章

キッチンでの会話が、私の耳に届く。
「康太は何も分かってない。」
「響子に言われたくない。」
「無神経というか無頓着というか。細かいくせに肝心なところ分かってない。」
ソファに座った私は、二杯目のハーブティを飲み終える。
「好美ちゃんは女の子なの。」
須賀君と響子さんの話し声は大きくて、雅司君が起きるのではないかと心配になる。
「康太みたいに頑丈じゃないねん。部屋の温度は低いし、冷たい飲み物ばっかり飲んでるし。」
「夏やから仕方ないやろ?」
2人の口調が、少し変わっていく。
「康太とカレンさんは男やから平気かもしれんけど!雅司君には温度とか食事、注意してるでしょ?」
「そりゃ、そうやけど。姫野は高校生だぞ?」
2人とも、言葉のイントネーションが混乱している感じ。
「だから!!女の子だって言ってるやないの!いつもと違う生活送って、自分の家じゃなくって、環境が変わっている状態なのに、毎日毎日、暑い公園に行って、帰ってきたら冷え冷えした部屋に体を冷やす食べ物ばっかり。おまけにファミレスでパフェ食べたぁ?アイスとか、どうして食べさせるのよ?好美ちゃん甘いもの好きじゃないやろ?」
「響子が冷たいもの食べさせるなっていうからフルーツパフェにしたんじゃねぇか。」
「それでも、あの店ではアイス入ってる!寒い店で、なんでアイス食べやなあかんねん。」
ファミレスで急激に寒さを感じたけれど、私は運ばれてきたパフェを食べた。
黙ってしまった須賀君は何も話さなくて、どうして呼び出されたのか分からないまま。
須賀君と雅司君は明日帰る事になっている。
カレンさんはお仕事があるから、須賀君と雅司君がいなくなってしまうと私は1人になってしまう。
寂しく独りでカレンさんの自宅に滞在を続ける理由はない。
もちろん、カレンさんと一緒に過したいけれど、須賀君達と一緒に帰りたいと思う気持ちのほうが強かった。
その話をしたかったけれど、須賀君が何も話さないから私も言い出せなかった。
お店から外に出た時、少しめまいを感じた。
でも、外の暑さにホッとする気持ちが大きかった。
カレンさんの家に戻ってきて響子さんが私をソファに座らせてくれた途端、体中が震えた。
「好美ちゃん、エアコン苦手でしょ?…って、まさか康太知らなかったの?」
「普通に家でもエアコン使ってるぞ?」
今はエアコンはオフになっていて、窓からの風は少し熱気がこもっている。
風鈴の音は鳴るけれど、涼しげではなくて、少し重い感じだった。
「あー…でも、あのエアコン古いか…。」
「康太、最低。」
2人の声が近づいてくる。
「好美ちゃん。スープ飲む?」
響子さんが差し出してくれたカップを受け取って須賀君を見上げると、額から汗が流れている。
とても暑そうだった。
「ありがとう。」
とろりとした、かぼちゃのスープ。
真夏に食べるのは、ちょっと違うような気がするくらい、温まりそうなスープ。
でも、今の私には、その温もりが嬉しかった。 
飲み終わると響子さんがカップを受け取ってくれ、私はソファに横になった。 
「姫野。大丈夫か?」
「少しは、そっとしてあげたら?」
話し声を聞きながら目を閉じると、とても穏やかな気持ちになる。
こんな気持ちを感じたのは久しぶりだ。
施設でお昼寝してしまった時、子ども達の騒がしい声を聞きながら、その騒々しさに、私は自分の心が落ち着いていくのを感じていた。
「康太。シャワー浴びてきたら?見てるだけで暑い。」
響子さんの鬱陶しそうな声に、思わず笑いそうになる。
眠ってしまいたいと思いながら、私は目を開けた。
ソファから体を起こすと、須賀君と目が合う。
なんとなく体は重いけれど、私の体の震えは治まっていた。
震えていた女性を思い出して、そして冷たい口調だった須賀君を思い出す。
「大丈夫か?姫野。」
ソファの前に体を屈めて私を見上げてくる須賀君を見て、私の心の中のざわめきが落ち着いていく。
「うん。大丈夫。」
忘れてしまえばいい。
雅司君に話すなと須賀君が言ったから。
だから、私は今日のことを忘れよう。
きっと、そうすることが、今できる最善の策。
安堵の表情をうかべる須賀君を見ながら、私は精一杯の笑顔を彼に向けた。