りなりあ

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約束を抱いて:番外編-sweet&bitter-3

2007-07-19 18:28:34 | 約束を抱いて 番外編

感動している祖父と父、そして兄の声が聞こえる。
そして、それらに混ざって、むつみの声も聞こえてくる。
嬉しそうで、楽しそうで。
こんな状況………最悪だ。
見れないし食べられないし。
むつみに喜んでもらう事もできない。
さっきまでの苛々や胃のムカツキは消えて、今は胸が締め付けられるように痛い。
どうしてだ?
俺が食べられないものを、どうして兄ちゃん達が食べられるんだ?
むつみは俺の彼女なのに。
むつみを好きなのは俺なのに。
あの場がとても賑やかで楽しそうなのは分かる。
そしてむつみが喜んでいるのが分かる。
だけど、彼女を笑顔にしているのは俺ではない。
あの輪の中に、俺は入れない。 
悲しい気持ちは大きくなり、また苛立ちの気持ちが顔を出す。
むつみが俺のいない所で笑ってる。
俺に謝りに来たのだと思ったのに、兄ちゃん達に喜んでもらう為に手作りのチョコを持ってきたのかと思うと苛々した。
立ち上がった俺はダイニングの扉を開けた。
チョコの匂いが俺を襲う。
だけど苛立った気持ちは、気持ち悪さを封じ込めた。
驚いた家族がこちらを見るけれど、構わずにむつみに近付くと彼女が持っている紙袋を取り上げた。
そしてテーブルの上に置かれている三つの箱をその中に放り込む。
「優輝!」
驚いた兄が俺の腕を掴んだけれど、それを振りほどく。
「優輝、まだ残ってるんだぞっ!」
限界だった。
充満している甘い匂いも。
嬉しそうにしていた家族の声も。
そして、むつみの気持ちが少しでも他の誰かに向いているなんて我慢できなかった。
「俺は食べたくても食べられないのに、なんで兄ちゃん達が食べるんだよ。むつみだって、作ってくるなよっ!」
理不尽なことを言っているのは自分でも分かっていた。
だけど、どうしてもむつみを許せなかった。
チョコを持ってきたことが。
それが手作りだという事が。
どうして俺以外の人の事を考える訳?
俺にはそんな余裕全然ないのに。
むつみのことでいっぱいで、そんな余裕はないのに。
俺はダイニングを飛び出し階段を駆け上がる。
自分の部屋に入ると、持っていた紙袋を放り投げた。
悔しい。
あの時、試合に負けた時よりも遥かに悔しい。
チョコを食べられない原因を作った自分が悔しい。
もし俺がチョコを好きなら、きっとむつみだって喜んでくれるのに。
兄ちゃん達じゃなく、俺に作ってくれるはずなのに。
むつみは俺の彼女で、むつみの気持ちは全部俺に向いていて当然なのに。

◇◇◇

話し声がして玄関のドアが閉まる音が聞こえても、俺は部屋から出なかった。
むつみは家に戻ったのだろう。
どんな気持ちで帰って行ったのだろう?
溜息を出すと、床に放り投げられている紙袋が視界に入る。
袋を手に取り、中に入っている箱を見た。
恐る恐る開けると独特の甘い匂いが広がる。
すぐに蓋を閉じようと思ったけれど、むつみが作った“チョコ”に指を伸ばす。
吐くかもしれない。
熱を出すかもしれない。
だけど、このままだと、兄ちゃん達に食べられる。
それなら捨ててしまいたいが、むつみが作ったものを捨てること等、できない。
それに、食べてみたいと思った。
吐いても熱を出しても。
それを口の中に放り込む。
香りと甘さが広がり、何度か躊躇したけれど、思い切って噛んでみた。
………………。
それは甘くて、口の中で溶けていく。
………………美味しい。
そのチョコが美味しいのか、それがむつみが作ったものだからなのか。
きっと両方だろうけれど、美味しかった。
そう思った自分に驚いた。
気持ち悪さはなかった。
そしてまたひとつ、口に運ぶ。
同じように口の中で溶けていって。
それはさっきの甘さとは違って、少し苦く、だけどそれも美味しくて。
袋の中には、あと2つ箱が残っているはずで、俺は袋の中を覗いた。
「あれ?」
投げ入れた箱の他に、小さな袋が入っている。
手に取ると袋の中身は柔らかくて、ふわふわとした物体であることが、右手の感触で分かる。
俺は、結ばれているリボンを解いた。
『優輝君、寒くないの?』
手に取った中身を見て、今年に入って一番寒かった日を思い出す。
髪の短い俺を見て、むつみが尋ねた。
寒くないと答えたけれど、当たり前だけれど寒さは感じる。でも、髪が長いのは邪魔だ。
俺は、暖かそうなニットの帽子を被ってみた。
「優輝。」
ドアをノックする音がして、そして兄の声が頭上から聞こえる。
「むつみちゃん帰ったぞ。」
「…うん。」
情けなくて溜息が出る。
「馬鹿か、おまえは。」
兄の言葉が冷たく響いた。



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