りなりあ

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ありふれた日常 5/30 UP

約束を抱いて-まとめ-

2015-02-19 14:13:03 | Weblog

約束を抱いて第一章~第四章までのあらすじ。

現時点で200話(他番外もあり)となっている為、簡単にまとめました。

◇あらすじ◇
4月から中学2年になる斉藤むつみは、春休みを別荘で過ごしていた。
そこで出会った橋元優輝と夏に再会する事を約束するが、優輝は姿を見せなかった。
夏休みが終わり、むつみのクラスに優輝が転校してくる。
だが、彼はむつみを拒絶し、テニスをやめていた。
むつみは優輝がテニスを再開する事を望み、優輝は試合に出場し優勝。
少しずつ2人の距離は近付き、お互いの気持ちを確認する。

と、まぁ…こんな感じです。

その後、水野紘が2人の邪魔をしてきて、中原慎一の存在が斉藤家に影響を与えますが、
むつみと優輝の恋愛は、周囲は色々あるけれど2人は幸せという状況です。
ただ、むつみは自分だけが幸せなら良いとは思えないですし、
優輝は、むつみは俺のことだけを考えろ、の思考。
そして、そんな2人を放っておいてくれるほど、周囲の人達は無関心ではなく…。
第五章からは、「指先の記憶」も絡んできますが、
「指先の記憶」が未読でも「約束を抱いて第五章」を楽しんで頂けるように話を進めたいと思っています。


************


人物紹介と、あらすじよりも詳しい事柄や事件一覧です。

斉藤 むつみ(さいとうむつみ):主人公。

橋元 優輝(はしもとゆうき):むつみの彼氏。将来有望なテニス選手。

新堂 晴己(しんどうはるみ):むつみが慕う相手であり、優輝が目標とする人物。

新堂 杏依(しんどうあい):晴己の妻。

橋元 涼(はしもとりょう):優輝の兄。

星 碧(ほしみどり):本名は斉藤碧。職業女優。むつみの母親。

笹本 絵里(ささもとえり):むつみと晴己の関係を嫌悪している。

飯田 加奈子(いいだかなこ):むつみの友人。

水野 紘(みずのひろし):優輝の幼馴染み。

中原 慎一(なかはらしんいち):むつみの従弟。


◇第一章◇

・むつみと優輝が出会う
・優輝と卓也が事故(事件)に巻き込まれる
・優輝がむつみの中学に転校してくる
・優輝がむつみを庇って怪我
・むつみが絵里と再会  その後、奈々江と直樹に再会
・優輝が直樹が所有するマンションを、絵里の提案で隠れ場所にしていた事が発覚
・むつみが橋元家を訪問し、優輝と絵里が会っていた事を知る
・むつみは優輝を連れ戻す為に絵里を訪問
・優輝の試合

◇第二章◇

・優輝が試合で優勝した事により、むつみと優輝は少しだけ距離が近くなる
・むつみが高瀬に依頼したCM出演が晴己に知られてしまう
・杏依と久しぶりに会ったむつみは優輝の事を話す
・図書館、公園、新堂邸で微妙な距離を保ちながらも、むつみと優輝は過す時間が増えてくる
・水野紘が転校してくる
・水野紘がむつみに告白
・杉山がむつみに告白
・むつみと優輝は、告白をしてきた生徒達に断りの返事をする
・晴己が2人の付き合いに関して、条件を出す
・CM撮影は、むつみは加わらず、星碧と井原卓也、優輝で行なわれる
・新堂のクリスマスイヴのパーティに招かれる

◇番外編◇

・晴己が瑠璃に斉藤家でのアルバイトを依頼
・初詣
・優輝が初めて、むつみに対する感情を言葉にする
・バレンタイン

◇第三章◇

・むつみの誕生日を祝う会が新堂邸で催され、加奈子が演奏をする
・むつみと優輝は中原慎一と保健室で出会う
・少女時代の星碧の映像がテレビで放映される
・むつみと瑠璃はピザとクレープの店の前で、慎一に会う
・校内で1年生の女子生徒が座り込んでいるのを見つけたむつみが、声をかける
・上司の高瀬に呼び出された涼は、優輝のCM出演に関して晴己が関わっていたことを知らされる
・むつみと瑠璃はスーパーで水野に会う
・授業が始まる前に、むつみが慎一に勉強を教える
・むつみは料理の本を探す為に和枝と一緒に書庫に入る
・突然、家政婦を連れて斉藤家を訪問した晴己が、大量の料理を作成
・むつみは晴己との会話で、自分が幼い頃の記憶を忘れていることを自覚する
・晴己が涼の会社を訪問
・晴己が連れてきた家政婦が斉藤家で働く事になる
・再び書庫に入ったむつみは、書庫内に違和感を感じる
・斉藤家で大掃除が始まる
・むつみは書庫に行き(3度目)、昔の雑誌を見つける
・書庫で見つけた写真を涼に見せる
・授業中に気分が悪くなった慎一が保健室で休む
・慎一を送って行くむつみ
・むつみと慎一は慎一の母が入院している病院(大江医院)を訪問
・大江医院で慎一の母と会うむつみ
・斉藤医師の指示で、瑠璃がむつみを大江医院に迎えに来る
・連休は、むつみは杏依と一緒に別荘で過す
・連休に絵里が涼の会社を訪問
 絵里が涼に、むつみの両親に関わる噂を話す
・水野から、むつみと慎一が会っていた事を知らされる優輝
・涼は絵里が訪問してきた事を晴己に話す
・むつみは涼に相談
・むつみの力にはなれないと涼は言い、晴己に相談するように促す
・むつみは晴己に、過去の事、慎一の事を話す
・晴己は、むつみと初めて出会った時の事を話す

◇第四章◇

・新堂勝海披露パーティ開催 
・桐島明良が途中でパーティを退出し、斉藤病院で慎一と出会う
・慎一が大江夫妻の家に行く事になる
・光雄が涼に写真を渡す
・涼と祥子は写真を持って、杏依の実家を訪問 卓也も合流
・志織は写真を晴己に渡す
・保健室に来ていた女子生徒の名前を、むつみは確認する事を忘れてしまう
・慎一がむつみの家を訪問していた時、碧が帰宅する
・雨の中を帰ろうとする慎一を、優輝が阻止
・慎一が彼自身が知っている事を、むつみと碧に話す
・写真撮影


*追加
四章終了後、
・絵里は海外へ
・涼は姫野好美の婚約者候補に立候補
となっています。

(2008-10/2015-02追記)


ブログの内容について

2013-12-19 17:34:16 | Weblog

現在、このブログに残っている小説について簡単に説明させていただきます。

『春が来るまでに』は、既に削除済みです。

このブログに残っている小説は、全て人物が関連しています。
その為、関連しない小説は移動か削除しています。
『春が来るまでに』は、りなりあ内の小説とは全く関連していません。
TWINKLEは関連していますが、本編は完結しているので移動済み。
指先の記憶も移動させたいのですが、話数が多いので…進んでいません。

りなりあ内の小説は、登場人物は未成年です。
今後、彼女達は成長していきますので、恋愛が成就した際には新しい話が書けると思います。

まだまだ先が長いので、時々親世代と遊びつつ…これからも宜しくお願い致します。


番外編 9/13

2013-09-13 19:33:20 | Weblog

◇橋元優輝-はしもとゆうき-◇

お花見の数日後 中学校の入学式当日 優輝とむつみが出会う1年前の春です
1話完結です


満開は過ぎたけれど、桜は今も咲いている。
他人の庭だけれど、造ったのは僕の祖父だから、なんだか誇らしい。
「これ、ばぁちゃんから」
祖母から渡された包みを、台所のテーブルに置いた。
「ありがとう。今日の夕食にするわね」
姫野響子さんが包みを開けて、祖母の手作りを喜ぶ。
僕は、響子さんという女性が不思議だ。
ばあちゃんのご飯は、確かに美味しい。
でも、それは、じぃちゃんの好みだ。
響子さんが大喜びするのは、違う気がする。
でも、この人、あの麗子さんの妹だし、晴己さんの叔母さんだし、あの人の娘だし、理解できないのは当然かもしれない。
「響子さんのお父さんに事前に連絡もらうのは無理なんですか?コーチ達、すっげー焦ってたけど」
「そうねぇ。あの人、自由だから」
春休みの間は合宿だった。
最終日、突然、響子さんのお父さんが姿を見せた。
でっかい肉の塊と、でっかい魚と一緒に。
その差し入れは確かに嬉しい。
でも、厨房のおばちゃんが慌てていた。
新堂の別荘にいる料理人が来てくれて、立派なステーキと立派な寿司になったけれど、できれば事前に連絡を貰いたかったというのが、コーチ達の希望みたいだ。
その前にカレーを3皿食べた俺も、そう思う。
「優輝、じぃちゃん帰るぞー」
聞こえる声に、玄関へと向かう。
仕事を終えた祖父が立っていた。
「響子さん、すみませんが宜しくお願いします」
祖父は響子さんに挨拶をすると、その場を去った。
今日は入学式だった。
テニスの練習は夜だから、祖父母に制服姿を見せる為に、こっちに来た。
祖母と一緒に昼ごはんを食べてから、仕事中の祖父を訪問した。
康太さんにも見せようと思ったのに、残念なことに、まだ帰って来ていない。
晴己さんは、この近くに来ているらしくて、4時に迎えに来てくれる。
でも、それまで。
「…退屈だ」
玄関から庭を眺めていたら、後ろに立っていた響子さんが笑った。
「庭の奥で壁打ちしてきたら?麗子姉さんも、昔はしていたから」
「ラケット持ってくれば良かった」
激しく後悔した。
「康太のラケット使えば?着れなくなった服、整理していたし」
響子さんに促されて和室に入る。
「すげー…康太さん優しい…」
感動した。
制服姿の俺は、さすがにこの新しい制服でテニスをするのは抵抗があった。
でも、箪笥には康太さんがジャージなどを用意してくれていて、ラケットもテニスボールも和室には置かれていた。
「ここに来た時の着替えに使えるように整理していたから」
取り出したジャージのズボンを広げて、思わず項垂れる。
「橋元君、これからまだまだ身長伸びるから。大丈夫だって!」
なぜか、その励ましが寂しくなる。

◇◇◇

晴己さんが来るまで、まだ2時間もある。
響子さんはテニスをしない。
康太さんは、やめてしまった。
好美さんも、テニスをしない。
それなのに、壁打ちができる場所がある。
没頭していて、気付いたのは、飲み物をとろうとベンチに向かった時だった。
「いつから?」
「10分ほど前から」
時刻を確認すると、まだ3時。
用事が早く終わったのかもしれない。
「…する?俺…ちょっと休憩」
なんとなく、晴己さんの様子が変だ。
それが僕に向かうわけではないから関係ないけれど。
いつの間にか、晴己さんの前では、僕から俺に変わっていた。
晴己さんとの関係が、少しずつ変わっている。
それは、晴己さんが結婚を決める前も、決めた後も、結婚してからも、この数年感じていた事。
前とは違う、何かが違う。
それが何かは分からない。
小学校を卒業したら留学をする。
それは前から決めていたし、準備もしていた。
でも、最終的に行かないことを決めたのは、僕だった。
理由は、たったひとつ。
寂しいから。
それだけだった。
そう思ってしまった自分が情けなくて悔しくて。
それも、1人で行くわけではなく、最初は久保コーチが同行してくれるし、にぃちゃんも大学生のうちなら行けると言ってくれたし、晴己さんの従弟の直樹さんも大ちゃんも来てくれることになっていた。
整えられた環境に不満などないのに、不安を感じた自分が情けない。
晴己さんは僕を責めなかった。
1年後、そう言ってくれた。
1年後なら、僕はもう少し大人になっているかもしれないし、留学したい気持ちが強くなっているかもしれない。
この1年で、何かが変化するかもしれない。
「…もう終わり?」
晴己さんは汗もかかず、ベンチに戻って来た。
「着替え、持っていないからね。優輝は…それ、大きくないか?」
「康太さんの服…俺、これから成長する予定だから」
「そうだな」
大きな手のひらが、僕の頭上に置かれる。
子ども扱いだった。
子どもだけど。

◇◇◇

来客用の風呂場のシャワーを借りることにした。
箪笥から取り出した服は、やっぱり少し大きめな気がしたけれど、大丈夫これから成長するから。
シャワーを終えて台所に行くと、康太さんが帰ってきていた。
「…ちょっと…大きいか?」
その声を無視して、響子さんが注いでくれた麦茶を飲む。
「晴己さん。予定より早くないですか?」
「友達が来ていて邪魔そうな感じだったから」
「そりゃ、そうでしょ。子離れするべき。入学式だから制服姿を見たいなんて、他人の男に言われたら気持ち悪い」
台所の空気が、固まった気がした。
「そ、そうだ!優輝。ミートパイ食べるか?」
誤魔化すような康太さんの声。
「…ミートパイ?」
「温めるから。優輝。制服は?着替えて見せてよ」
制服姿を見たいなんて他人の男にされたら気持ち悪い…みたいだけど、良いのだろうか?
「…面倒」
「それ、俺の服。自分の制服で帰れよ。それは置いとけ」
確かに、少し大きい服を持って帰っても仕方がないけれど。
でも、身長は伸びる予定だ。
脱いだり着たり面倒だな、そう思いながら和室に戻って着替えて、また台所。
「おおっ!中学生って感じ」
康太さん、僕、中学生ですけど。
「ちょっと制服が大きい感じが1年生よねー」
響子さん、結構キツイ。
「…優輝」
晴己さんの声に、顔を上げる。
「大きくなったな」
そして、また。
大きな手のひらが僕の頭を撫でた。
…気持ち悪い。
確かに、ちょっと、気持ち悪い。
「晴己さん。感慨深過ぎ」
「どこまでおじさんなの?ほんと、気持ち悪い」
ここまで晴己さんを罵倒する人を、僕は知らない。
「優輝。康太の手作りらしいよ。食べてみたら?」
晴己さんの言葉に、僕はミートパイを食べる。
「…美味しいか?」
嬉しそうに僕を見る康太さんに、僕は美味しい…と返事をした。
「康太、私もひとつ…ねぇ、そういえば。中学1年生、多いよね?」
「あーそう言えば」
「ヴァイオリンの子も、そうでしょ?一緒にいたピアノの子も」
「そうなんだ…そのピアノの子が遊びに来ていて」
「あーそっか。あの子も中学1年か。杏依さんの従弟も、よね?あ、じゃぁ、哲也さんの妹さんも、そうでしょ?」
「そっか…多いな」
美味しい、と思う。
美味しい。
きっと、美味しい。
でも、何か満たされない。
そう思ったけれど、それは言葉にしなかった。

◇◇◇

晴己さんの車に乗る前に、もう一度桜を眺めた。
来年は日本にいるのだろうか、そう考えて落ち込む。
中学生になって大きくなったのは事実だけれど、精神面が未熟なのも事実。
まだ、ちゃんと、晴己さんに謝っていない。
助手席に乗り、隣を見るのが少し恥かしい。
「晴己さん、ごめん…準備してくれていたのに」
少し強い力で、頭を撫でられた。
「涼が…安心してた。優輝が留学するのを寂しがっていたから」
「にぃちゃんが?」
驚いて晴己さんを見た。
「涼には内緒だぞ。強がっているから」
留学しないと決めた時、弱虫だと僕に言った兄なのに。
「涼を不安にさせたのも、優輝の御両親が納得できなかったのも、僕がちゃんと説明できなかったことが原因だから。優輝は何も気にしなくて良い」
「え、でも」
「これから少しずつ、今後のこと、ちゃんと御両親に説明するから。次の準備が整うまで待ってくれる?」
僕は何度も何度も頷いた。
晴己さんは何も悪くない。
それなのに、僕を責めない。
前とは違う、変化している。
だけど、それは悪いことや寂しいことばかりじゃないはずだ。
晴己さんに、認めて貰う為に僕はもっと強くなりたい。


◇ 完 ◇


系図:姫野家&桐島家&新堂家

2013-09-07 09:03:13 | Weblog

きれいな図でなく…見辛いと思いますが…。
好美の血縁者は色を変えました。




          

 ┌─――――――――┴―――――――――─┐                小百合┬栄吉―――――――――――┬―○
 │                     後妻┬姫野氏┬○ ┌――┬─――――――┼―――――──┐     │
 │                    響子  麗子┬正雄 桃子┬○     梨佳┬○     楓┬○   │
 │  │                      │   ┌─┴─┐ ┌─┬─┼─┬─┐ ┌─┴─┐  │
 │  │                   │   大輔   ○ 哲也 ○ ○ ○ ○ 直樹 奈々江  │
 │  │ ┌┴┐                  │                              │
 │  │ │  雄作   太一郎┬○          │                              │
 容子 │     ┌──┼――───┐     │                              │
   │  │     │  │     │     │                              │
  健吾和歌子―┬―裕 志織┬純也  ○┬○   │                         ○―┬―久美子
  ┌─┴─┐  │     │   ┌─┴─┐  │                           │
  康太   好美 雅司     │   賢一   明良  │                           │
                 │          │                      鈴乃―┬―修司
               │          │                        │
               │          │                        舞
               杏依────―――――晴己


番外編 9/6

2013-09-06 18:14:01 | Weblog

◇立辺家 長女◇


朝の準備で忙しい時間に電話が鳴った。
「斉藤むつみが桜学園を辞めた。何をした?」
何の挨拶もせずに突然発せられた不機嫌な声。
「兄さん。おはようございます。彼女の件ですが、私達には関係のないことです。申し訳ありません。今日はお花見の予定があります」
哲也の妹達、それだけの理由で会うことを拒まれていた。
だから、今日の花見は重要だった。
兄の印象で私達を判断されるのは困る。
私達には私達の考えがある。
「花見?」
「えぇ。お母さん達は最近毎日のように手伝いに行っています。私達も今日行きます。できれば少し早く行ってお手伝いをしたいので、兄さん、電話切りますね」
「ちょっと待て」
「…何か?」
「何時に戻る?」
「そうですね…妹達は早く戻る予定ですけれど、私は可能ならお手伝いに残りたいと思っています」
「夜に、もう一度電話する」
…私は遅くなるかもしれないと言っているのに。
「好美の様子、聞かせろ」
嫌だ嫌だ。
しつこい男は嫌われるわよ、兄さん。
「はい。分かりました。戻っていなかったらごめんなさいね」
「その時は、明日、また電話する」
気持ちを妹に見せるなんて。
余裕がないみたいで面白い。
兄は、斉藤むつみのことは深く聞かず、電話を切った。
彼女に何かあったら、同学年の末妹が関わっていると思われるのは、凄く嫌だ。
末妹は、純粋に疑問に思っただけ。
従妹である私達は晴己さんに滅多に会えない。
それなのに、クラスメイトは、いつも彼と一緒にいる。
斉藤むつみが桜学園からいなくなったこと、本当に嬉しい。
兄もイギリスだから、私の生活は快適だ。
ただ、従妹の言葉が耳から離れない。
私達が会えないことを知っているのに、好美さんに会って来たと言った彼女の勝ち誇った顔が記憶から消えない。
大輔さんの妹だから会えて、哲也の妹だから会えないなんて。
あまりにも酷すぎる。
でも、それも、今日で終わる。
「おねえさま。このワンピースで良いと思う?それともこっち?」
末妹が、スカートを揺らしながら私を見上げた。
今日のヴァイオリン奏者に選ばれなかった彼女が、自室で泣いていたのは知っている。
でも、それを私達に気付かれないように、私達を心配させないように、明るく振舞う彼女が健気で可愛い。
「制服でも良いのよ」
「制服?」
「もうすぐ中等部に通うこと、ご報告できる良い機会だわ。私達の身内の方達が集まる機会は少ないから。みなさんお忙しいから仕方がないことだけれど。成長したあなたの姿、きっと喜んでくれるわ」
妹の表情が明るくなっていく。
できれば、ヴァイオリンを演奏させてあげたかった。
「ヴァイオリン、持って行く?」
問うと彼女は首を横に振る。
「…もしかしたら、急に代わりに…ってこともあるかもしれないでしょう?」
それを望んでいる私に、妹は瞬きを何度かして、そして微笑んだ。
「おねえさま。代わりの方は杉山家に何人もいらっしゃいます。それに私は彼が適任だと思っていますから」
自分と同じ年齢の人が選ばれたこと、彼女は悔しいはずなのに。
「制服に着替えてきます」
部屋を出る妹の背中を見ながら、考える。
『斉藤むつみが桜学園を辞めた。何をした?』
兄の言葉を思い出す。
今の状況で妹の制服姿は、何もプラスにならない気がした。
斉藤むつみだけでなく、姫野好美さんも、その兄も桜学園には通わないみたいだ。
「ちょっと待って。やっぱり制服却下。そのワンピースも却下。準備していた服も却下。紺かグレーにしなさい」
私も着替えよう。
「えーどうして?折角のお花見なのに。明るいお洋服を着たいのに」
彼女の反論も、分かる。
「杉山君より目立つ必要はないでしょう」
許していただけるのなら。
お会いしたことはないけれど、仏壇に手を合わせたいと思っている。
妹は残念そうな顔で出て行った。
目立たないほうが懸命だ。
晴己さんの結婚相手が、桐島太一郎の孫。
好美さんの弟の父親が、桐島太一郎の息子。
演奏するのは桐島家と親しい杉山家。
何もかもが桐島の思い通りになっていくのが悔しい。
兄の失敗は絶対に取り戻してみせる。


番外編 9/4

2013-09-04 18:19:11 | Weblog

お花見当日 

White day:5  の数週間後になります

*1話にまとめました。


◇斉藤むつみ◇


別荘での滞在を終えて自宅に戻ると、街中が春の装いだった。
ゆっくりと別荘で過ごしてしまった私は、移り行く季節を見逃してしまったのかもしれない。
はる兄と杏依さんは私よりも早く戻った。
入学式までゆっくりと過ごすと良いよ、はる兄は、そう言ってくれた。
私が桜学園に入学しないことを伝えた時、はる兄は何も聞かなかった。
ただ、そう、と言っただけだった。
はる兄は、最近、私が望む言葉をくれない。
お花見に誘ってくれなかった。
一緒に行こうって、言ってくれなかった。
康太お兄様には、あれから会っていない。
はる兄は約束を破る人じゃない。
だから、あれは私との約束だと思っていないみたいだ。
見上げると綺麗な桜が咲いている。
今日は誰でも入れると聞いている。
だから、私が行っても良いはず。
戸惑いながら門の中を覗き見る。
「あ…」
座っている人の中に、先生を見つけた。
笹本先生も私に気付いてくれた。
「どうした?斉藤。中学の制服か?」
「…はい。今回は色々と急なことばかりで、ありがとうございました。今、学校までの道順を確認してきました。先生、歩いて通うみたいです」
言うと、笹本先生が豪快に笑う。
学校では見たことがない姿だった。
「そりゃ新鮮だな。ん?ここ、通り道か?」
「いえ…あの…今日は開放されているって聞いて…」
笹本先生の表情が変わる。
あまり良くない、それを瞬時に察した。
「そっか…まぁ、座れ」
敷地内に案内されて、私は椅子に座る。
先生の隣にいた男性が、凄いスピードで階段を駆け上がって行く。
「あの…笹本先生の、息子さんですよね?」
「あぁ。俺達は門番をするって言うのが、この一般開放の時の昔からの風習」
「そうですか。近所の方達が楽しみにしていました」
「そうだな。随分と久しぶりだな」
笹本先生が懐かしそうに階段の上を見上げた。
それから、しばらく先生と話をした。
私は上に行きたいけれど、どう考えても引き止められている状態だった。
そして、次に起こる事を予想する。
「むつみちゃん」
声の人が門から入ってくる。
直樹さんだった。
私は笹本先生に挨拶をすると直樹さんに近付く。
門の外には車が停められていた。
そして、その車から絵里さんが降りてきた。
あぁ、やっぱり。
着物姿だと階段大変だものね。
絵里さんの弟さんが私が来たことを知らせに行って、直樹さんの車でここまで来たのだと、すぐに分かった。
「お花見。お誘い、受けたの?」
「いいえ。誰からも。一般開放だとお聞きしたので」
「そう。むつみちゃん。向かいの家でお茶でも、どう?」
「はい。ありがとうございます」
私は絵里さんに促されて門の前の道路を渡る。
そして、そこにある一軒の家に入って行った。

◇◇◇

とっても綺麗な和菓子。
ホワイトデーに連れて行ってもらった和菓子屋さんだと絵里さんが教えてくれた。
「絵里さん。今回は色々とありがとうございました」
絵里さんは、制服姿の私を見た。
直樹さんは笹本先生のところに残ったままだ。
「ここね。今は私の弟が住んでいるの」
築年数が経過している感じの家だが、内装が綺麗だった。
「その前は、従兄とか叔父とか、笹本の身内が住んでいたの」
絵里さんの親戚の家、みたいだった。
「どうしてか、分かる?」
そう問われて私は首を傾げる。
笹本家が所有する家なら笹本の方達が住んでも変ではない。
「ここからね、まっすぐに見えるでしょう?」
言われて窓から見ると、門の向こうに階段が見えた。
「うわー…綺麗ですね。桜」
桜が綺麗だから、ここに住んだのかな?
「この家に住む人達を見守りたい、そう思ったからなの」
絵里さんが少し笑う。
「本人は知らないから、この事を話したら気持ち悪い、って言われるかもしれないけれど。でも彼女が生まれる前から、だから。それに、1人暮らしの女の子、心配でしょう?」
絵里さんの言葉に、あの人を思い出す。
「今も…1人、ですか?」
「今は違うわ」
「康太お兄様は?ここに住んでいるって、はる兄が」
絵里さんが驚いた顔を向ける。
「…好美ちゃんに会いに来た訳じゃないの?」
1年前、病院で絵里さんに会った時、私は姫野好美さんと一緒にいた。
「好美さんにも会いたいけれど、でも私のこと覚えていないかもしれないし。私のこと、知らないかもしれない」
「康太君は覚えているの?」
「だって、康太お兄様のことは、私が小さな時から知っているし、康太お兄様が帰ってきたって聞いて会いたくて、でも、はる兄が誘ってくれないから」
「むつみちゃん。晴己様が誘わなかったのなら、それが答えでしょう?」
それは正しい意見だった。
はる兄は、私が康太お兄様に会うのを、あまり良いと思っていない。
「で、でも。私、康太お兄様と同じ中学に行くの。高校も康太お兄様と同じ高校に行くの。だから」
「だから制服で来たの?」
私は何度も頷いた。
「康太お兄様に桜学園ではなく、近所の中学に行きますって…報告するの」
とても不思議そうに絵里さんが私を見る。
「康太君と…親しいの?」
問われて、私は首を傾げた。
「えっと…康太お兄様、時々新堂のおうちに来ていたし、本当に時々だけど。テニスの練習が終わった後とか、康太お兄様は本館に泊まっていたし…。朝ごはんの時とか、お会いしたらご挨拶するのは普通…だと思う」
「その程度?」
そう言われても分からない。
親しいと表現するのが、どの程度、なのか。
でも、考えて…絵里さんが望む答えに辿りつく。
認めたくないけれど、それは事実だから。
「妹さんが…」
泣かないように、握りこぶしに力を込める。
「康太お兄様が、妹がいるって話していて。でも、会えないからって。だ、だから私は」
その人の代わりだったと、ちゃんと分かっている。
康太お兄様は、いつも難しい本を読んでいた。
今になって分かるのは、それが色んな数式や外国の言葉みたいだった、というだけで内容は全く分からなかった。
でも私が書庫に行くと、康太お兄様は、いつも絵本を選んだ。
文字が多くても、簡単な漢字なら読めるようになっても、いつも最初に選んでくれるのは絵本だった。
そして、まるで椅子の背もたれのように私の後ろに座って、絵本を見せてくれた。
お父さんが、してくれたように。
はる兄は、本を読む時は椅子にきちんと座るように言うから、康太お兄様のように絵本を読んでくれたことは一度もない。
杏依さんにお願いしたこともあるけれど、お互いの体の大きさを考えると杏依さんに負担が大き過ぎて、2人で疲れてしまった。
「会えない妹さんを懐かしく思っていたみたいです。でも、妹さんと一緒にいるのをお見かけしたから。お忙しいみたいなので私は帰ります」
綺麗な和菓子を、きちんと全部食べて、そして苦い抹茶も頂く。
…苦くて、ちょっと涙が出そうになった。
「康太君に会いたいの?」
顔を上げることが出来なくて、頷くことも、肯定の返事をすることもできない。
「どうして?」
そう問われて、私は考える。
どうして、こんなに康太お兄様に会いたいのだろう?
「だって、康太お兄様、いつも寂しそうで、いつも1人で」
「康太君が心配?」
そう問われて、それだけが理由ではないけれど、康太お兄様が今どうしているのか知りたかった。
素直に頷けない私に、絵里さんが困ったように微笑む。
そして、桜の花の形をした、小さな落雁がお皿の上に置かれた。
「見習い中の方が作ったみたいよ。売り物じゃないらしくて」
「そうですね。売り物には、なりませんね」
思わず言ってしまった言葉に絵里さんが笑った。
「むつみちゃん、正直ね」
「…すみません」
ホワイトデーのハートは、綺麗な形だった。
でも、この桜は、ちょっと崩れてしまっている。
桜は…繊細…ということにしておけば良かった。
私は帰ると言ったのに、追加された落雁。
味わったほうが良さそうで、絵里さんは時間を気にしていて…引き止められている、そう感じた。
それからしばらくして。
「むつみちゃんが心配しなくても康太君は、大丈夫よ」
私など康太お兄様の役に立つことはできない。
それは分かっているけれど、言葉にされてしまうと、ちょっと落ち込んでしまう。
「むつみちゃん」
呼ばれて絵里さんの視線を追う。
窓の外に康太お兄様の姿を見つける。
階段を降りてくる姿。
門の外に出る姿。
隣には、あの人が一緒だった。
彼女が手を振る横顔を見ていると、しばらくして、男性と女性、そして男の子の姿が現れる。
康太お兄様が、とても軽々と男の子を抱き上げる。
そして、好美さんと一緒に門の向こうに消え、男性と女性は来た道を戻って行った。
「康太君の妹さんよ」
うん、知ってる。
「康太君の弟さんよ」
…知らなかった。
でも、知らなくて当然かも。
あの子は、まだ4才ぐらい。
私は、この数年の康太お兄様を知らない。
今までだって、新堂の家で時々お会いするだけ。
でも、私にとっては特別な人だった。
私も、いつも1人だったから。

◇◇◇

絵里さんに挨拶をして笹本先生にも挨拶をして、私は自宅に向かって歩いた。
最後じゃない、終わりじゃない、会えないわけじゃない。
康太お兄様の領域に、私が入る必要はない。
康太お兄様と、直接連絡が取れるわけでもない。
私と康太お兄様に、直接繋がりがあるわけでもない。
はる兄がいるから、時々会えただけ。
はる兄の生きる空間に私が入るのではなく、私が生きる空間に、はる兄が時々来てくれる。
それだけで充分。
だから、絵里さんの言っていることは分かる。
中学からは桜学園に通わないこと。
それを決めたのは私だ。
だけど、その通う中学に康太お兄様は通っていた。
はる兄の領域と私の領域。
それは重ならないけれど、私は康太お兄様の領域に入ることになるのに。
何がダメで何が絵里さんを困らせているのか…そう、困っていた。
怒っているのではなく、聞き分けのない私に呆れて、困っていた。
何度も何度も、どうして分からないの?と。
分からない。
はる兄のいない空間で生きていくことが、どんなことなのか分からない。
「入学式、まだよね?」
背後から声をかけられて、思わず身体が震えた。
「そんなに驚かないで…大丈夫?顔色、悪いよ?」
振り向くと、そこには私と同じくらいの身長の女の子。
「あの、えっと?」
確か、近所に住んでいる子だ。
「飯田加奈子ちゃん!」
私の声に、今度は彼女が仰け反った。
「…元気みたいで良かった。ねぇ…どうして、その制服?」
「あ、あのね!私」
ポンと、肩に両手を置かれた。
「私、全然急いでいないから、ちゃんと話を聞くから。ちょっと落ち着いて。あー…ジュース飲む?」
そう言って彼女は公園を指差した。
その前にある自動販売機でジュースを買う。
私は本当は甘いジュースは苦手だけれど、加奈子ちゃんが買った甘そうなジュースを私も買ってみた。
ベンチに座って一口飲むと、残っていた苦味が消えて、ふーっと息を吐き出した。
「落ち着いた?」
「はいっ!」
「で、どうして制服?」
「学校まで歩いてみました。何分なのかなって」
加奈子ちゃんが首を傾げた。
「私、この制服で中学に通います」
「…え?ってことは桜学園じゃないの?ねぇ、それよりも、その敬語、やめて」
「あ…はい」
「制服着ているから驚いたじゃないの。私、入学式、行き忘れたのかって」
「え?じゃ、じゃぁ、飯田加奈子さんは私と同じ年なの?」
「…そうだけど?」
「年上だと思っていました。大人っぽいから」
「それ…あなたに言われると嫌味に聞こえる」
その意味が分からず、私は首を傾げる。
「で、でも、凄いですよ?」
あ、敬語になっちゃった。
でも、隣に座る加奈子ちゃんは、とても綺麗。
薄手のコートを羽織っているけれど、とても綺麗なワンピースを着ていて、髪型も綺麗にまとめられている。
なにかのパーティでも行ったみたいな感じだった。
「今日は特別。ほら、あの桜の家で」
「あ…」
私が入れなかった場所。
「今日、私の知り合いが演奏したの。ヴァイオリン。だから聴いてきたの」
素敵だろうな、そう思った。
「彼が選ばれたのは当然だと思うけれど、羨ましかった」
はぁーっと溜息を加奈子ちゃんは出す。
そして彼女の膝の上で、綺麗な指が動き出す。
「中学校の音楽室、使っても良いってOK貰ったの。学校に行くのが楽しみ」
加奈子ちゃんの顔が明るくなる。
私はドキドキして不安な中学校を、彼女はとても楽しみにしている。
「じゃぁね。また入学式でね」
そう言って加奈子ちゃんが立ち上がる。
彼女の髪から、桜の花びらが、ひらりと舞う。
「あ、あの!」
私の声に加奈子ちゃんが振り向いた。
「ね、ねぇ。うちに来ない?」
色んな理由を言いたくても、うまく言えない。
加奈子ちゃんは少し考えて、そして笑顔になる。
「ピアノ弾かせてくれる?私の家、ピアノがないから。あなたの家から時々音が聞こえるけど、弾くの?」
「私は弾かない…というか、習うのやめちゃったから。お母さんのお友達が時々」
母の仕事関係の人達が家に来た時に弾いていることがある。
「じゃ、調律はOKね。それと、もうひとつ」
加奈子ちゃんは、とても楽しそうな笑顔だった。
「私と友達になって」
それは、私のほうからお願いしたいくらい、嬉しい言葉だった。
「わ、私で…いいの?」
「いいわよ。もちろん」
「わ、私…中学校のこと何も知らないけど、いいの?」
加奈子ちゃんが驚いた顔をして、そして笑う。
「私だって知らない。まだ入学していないから」
確かにそう。
でも、私が心配なのは知らないのは、違う意味がある。
「大丈夫。みんな同じだから」
髪を、すっと撫でられた。
加奈子ちゃんの手に、ピンクの花びら。
それが風に舞い上がる。
「みんな今までの世界とは違う場所に行くの。みんな不安よ?」
きっと、これが私の新しい世界。
はる兄の世界や康太お兄様の世界とは重ならない、私の世界。
私達の世界。
そこで生きていくことができたら、誰に頼らなくてもあの階段を上れる気がする。
私は康太お兄様との思い出を閉じ込める小さな箱を、心の奥に用意した。
いつか、それを開ける時がくるまで。
何年先になったとしても。


まとめ

2013-08-23 22:10:29 | Weblog

8/23 追加しました
8/24 内容追加しました
*作業途中です

TWINKLE(杏依&晴己)、指先の記憶(好美)、約束を抱いて(むつみ&優輝)一覧です。

    注:リンク間違い、順序間違い等があるかもしれません。見つけ次第訂正します。

TWINKLE:番外編-志織-を花暦に変更しました。

花暦 (このブログ以外のページに掲載しています・杏依の両親―香坂純也&桐島志織―)


指先の記憶(第一章 開始)

TWINKLE 第一章(全50話) このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:夏の日(第一章34周辺)  このブログから削除しています
TWINKLE 第二章(全50話) このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:幸せへの願い  このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:誓い  このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:未来へと続く道  このブログから削除しています

St. Valentine’s Day:このブログから削除しています
White day:
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White day:このブログから削除しています
White day:このブログから削除しています      

TWINKLE 番外編:使命  このブログから削除しています
TWINKLE 番外編:移り行く心   このブログから削除しています

St. Valentine’s Day:このブログから削除しています
White day:4 このブログから削除しています

指先の記憶(第一章 終了 全50話)
指先の記憶 第二章(全50話)
指先の記憶 番外編:視線  123
  このブログから削除しています
指先の記憶 第三章(全50話)

哲也君の三連休 このブログから削除しています

指先の記憶 第四章(開始)

番外編 ミートパイ

St. Valentine’s Day:このブログから削除しています
White day:このブログから削除しています

思い出の箱 

指先の記憶 第四章(終了 全50話)

指先の記憶 番外編 お花見前日

哲也君の妹達

本日のヴァイオリン奏者 このブログから削除しています

新入生とミートーパイ

約束を抱いて 第一章(全50話)
約束を抱いて 第二章(全50話)
約束を抱いて 番外編:幸せへの願い  12345 

TWINKLE 番外編:覚悟  このブログから削除しています

約束を抱いて 番外編:はじまり  前編後編
約束を抱いて 番外編:初詣  12345
約束を抱いて 番外編:傍観者  12345
約束を抱いて 番外編:恋の芽生え  12345
約束を抱いて 番外編:sweet&bitter  12345

約束を抱いて 第三章(全50話)

約束を抱いて 第四章(全50話)
約束を抱いて 番外編:幸せへの願い2  12345
約束を抱いて 番外編:お誕生日会に招かれて 


指先の記憶番外編 現在更新途中

約束を抱いて 第五章 連載予定
 


指先の記憶 あとがき

2013-08-22 20:56:47 | Weblog

あとがきを読んでくださる皆様

長期間連載していた指先の記憶を、本日完結させることができました。
何度も更新が滞る中、訪れてくださる皆様を励みに頑張る事ができました。
ありがとうございます。

-約束を抱いて-に今後、康太と好美が登場する為、この兄妹のことをサクッと50話くらい…という気持ちで書き始めた指先の記憶ですが、予定以上に長い話になってしまいました。
家庭環境が複雑な為に、ひとつの話にしてしまうほうが…と思ったのですが、離れている家族との心の交流が、サクッと進むわけもなく、合計200話の話になってしまいました。
それも、1話1話が長めで…。
第4章に関しては、多くのエピソードを削り回収できていない場面が多く、最後もスッキリとしない印象をお受けになるかもしれません。
個々のエピソードは短編で書きたいと思っています。
最終的には、付き合っていない2人ですが、恋愛メインよりも家族メインの話であり、数年後には哲也が日本に戻りますので、その時に恋愛が動く予定です。

なんだか中途半端な完結ですが、指先の記憶は、これで完結となります。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。                                                             




番外編 6/20

2013-06-20 21:58:27 | Weblog

※怪我の手当てによる血の表現があるので、苦手な方は、この番外編は読み飛ばしてください。

どのシリーズの番外編なのか、不明になってしまったのでタイトルなしです。

指先の記憶第四章19~22辺りの、むつみ視点の物語です。

続きがあるかもしれませんが、区切りができたのでUPします。
3話分くらいの長さになります。

※3話を1話にまとめました。




 

今朝はワクワクして早起きしてしまった。
まだ外は薄暗い。
朝食は用意されていると思うけれど、早い時間に行っても良いのか悩みながら、窓を開けた。
土曜の夜から気温が上がって日曜は少し暑いくらいだったけれど、月曜の今日は空気が少し冷たい。
少し肌寒い、そう思っていたら、おなかがキュルル…と泣いた。
「…いつもなら、まだ寝ている時間なのに。どうしようかなぁ。はる兄は昨日の夜は遅かったみたいだし、今日はお昼過ぎまで忙しいみたいだし…何時に行っても1人だけど…。」
早すぎる朝食だと、お昼前に空腹を感じるかもしれない。
でも、今日はミートパイを教えてもらう日だし、味見…できるから良いかな?
窓を閉めようとして、人影を見つける。
まだ暗い夜明け。
顔も分からないし、声も聞こえない。
でも、少し前に会ったばかりだから、きっと間違いない。
私は窓を閉めると、急いでパジャマから着替えた。
帰ってきた、帰ってきたっ!
突然いなくなって、でも、その理由など誰にも聞けなくて。
はる兄達の結婚式にも姿がなくて、とても残念だった。
鏡を見て、こういう時は寝癖に悩まされることがない真っ直ぐの髪に感謝してしまう。
サイドの髪を留めようと思って。
「えー…昨日まではなかったのに。」
こめかみに、ニキビを見つける。
「やだなぁ…昨日の杏依さんのチョコレートケーキ?」
大きな溜息が出た。
でも、仕方がないから顔を上げる。
「早く行かなくちゃ。」
ドアを開けて、静かな廊下に出る。
焦る気持ちはあるけれど、走るわけにはいかない。
うーん…でも。
走っても許されるような気もするし、怒られたとしても…構わないかな、とか思っていたりもする。
でも…まだ眠っている人もいるだろうし迷惑をかけるのは、やっぱりダメ。
そっとそっと歩きながら、ドキドキも強くなってくる。
「一緒に朝ごはん。今日は何を食べようかなぁ。」
ワクワクが止まらない。

◇◇◇

「えー!もう食べちゃったの?」
食器を片付ける女性の動作を見ながら、私は椅子に倒れこむようにして座ってしまった。
「これからクラブに行くから軽く…。随分と早いね。むつみちゃん。」
食後のコーヒーを飲む人は、ちょっと寝不足みたい。
「僕は急がないから、ゆっくりと食べて良いよ。」
用意されたカラフルなフルーツを、私が食べやすいように小さくカットしてくれる両手を見ながら、私は絞りたてのグレープフルーツジュースを飲む。
「はる兄とは、いつでも一緒に食べられるもん。」
言ってしまってから、後悔する。
一瞬止まったナイフとフォークが、再び動き出す。
「康太なら、9時頃には戻ると思うよ。クラブで早朝練習に付き合わされている。」
康太お兄様、テニスやめたんじゃなかったっけ?
この前会った時は、高校の部活の帰りみたいだったし、持っている荷物からサッカー部だって私は予想したもの。
フォークに運ばれるフルーツが、どんどん視界から少なくなる。
「はる兄?どうして食べるの?」
「康太に合わせて軽くしか食べていないから。また後で食べるつもりだったけれど。」
フォークが私の手に握らされた。
「10時30分には康太も予定があるから。」
「康太お兄様が9時に戻って来たしても、私、今日は8時30分からミートパイ作るの!」
やっぱり会えない。
「むつみちゃん。」
悔しいのに、なぜか空腹は消えなくて、フルーツは美味しい。
「こうたおにいさま、これからも呼ぶ?」
「え?どうして?康太お兄様は康太お兄様でしょう?」
変だな、と思ってみると、はる兄は何もなかったように野菜のスープを家政婦さんにお願いしている。
「しばらくチョコやナッツは控えること。」
隠していたのに、サイドの髪をかきあげられた。
「はぁーい…。」
私はミートパイを作る工程を思い出しながら、どこかで抜け出せないか、そう考える。
でも、教えて欲しいとお願いしたのは私だし、わざわざ広いほうの厨房を使わせて貰う訳だし。
今日の来客の方達のお料理を西田さんは作らないから、そう言ってくれたけれど、お客様が来ているから忙しいのは忙しいはず。
でも、そのお客様は康太お兄様に関係があるみたいだし、パーティとかじゃなさそうだし、大丈夫なのかも。
「むつみちゃん。あんまり考え込むと、にきびが治っても皺が残るよ。」
思わず、はる兄を睨んでしまう。
年頃の女の子に、皺って失礼だと思う。
「康太は今日は忙しいけれど、また改めて会いに行けば?むつみちゃんの家から、それほど遠くないから。」
「え?えーっ!!」
私の叫び声が、部屋に響く。
「むつみちゃんの家から近い中学校に康太は通っていたから、それほど遠くないはずだよ。今までは車で行けず階段しか使えなかったけれど。」
中学校?
中学生の時に康太お兄様は戻ってきていたの?
「…階段?」
問うと、はる兄が頷いた。
あぁ…どうしよう。
色んなことが繋がり始める。

あの階段の上にはお姫様が住んでいる。

近所の子達が話していたのを覚えている。
そのお姫様に会ったことも覚えている。
1人で眠るのが寂しくて、一緒に眠ってもらったことを覚えている。
でも、私よりも、その人のほうが寂しそうだった。
私の寂しさは、父と母が留守にしている寂しさで、二人が戻ってくれば忘れてしまう。
でも、その人の寂しさは、過去からも、そして未来にも続きそうで、私はその人が消えてしまいそうで怖かった。
一緒に眠れば、温かい。
その体温がある間は、彼女は生きている。
そんな風に思って、彼女の髪が、はる兄に似ていることに気付く。
この人の体温で落ち着く意味が、ようやく分かる。
はる兄と同じ血が流れている。
桜学園にある銅像が彼女の苗字と同じだったことも思い出す。
そして、また見つけてしまう。
空虚な瞳が、康太お兄様に似ていて、私はしばらくの間忘れていた康太お兄様を思い出してしまったのだ。
数年前の事を思い出して、それらを現在と繋げてみた。
「…あそこに、康太お兄様、住んでいるの?」
制服を作りに行ったあのお店で、2人が揃っているのが不思議なようで当然のようで。
「最近、庭の手入れも進んできたから来年の春には桜が綺麗だよ。」
毎年、見上げると、そこは桜に包まれていた。
「…桜って…まだまだ先だわ。会いに行ってもいいの?」
「連れて行ってあげるよ。」
1人では行くな、ってことみたい。
早く会いたいなぁ、康太お兄様に。

◇◇◇

教えて欲しいとお願いしたのは私なのに、焼きあがるまでの時間も勉強になるのに。
ミートパイが焼ける間、厨房から離れることを西田さんは許してくれた。
9時15分。
康太お兄様は、食事をしているかもしれない。
急ぎ足で食事室に向うけれど、そこには康太お兄様の姿はなかった。
家政婦さんに問うと、10分前に来て、野菜スープを飲むと席を立ったらしい。
あの野菜スープ美味しいもの。
一緒にご飯は食べられなかったけれど、同じものを食べたことが嬉しい。
うーん、でもやっぱりそれで満足は、できない。
厨房に戻ってオーブンを見る。
膨らんできたパイにドキドキする。
その時、厨房の風の流れが変わって換気扇の音が少し変化する。
裏口のドアが開けられた、それが分かって私は厨房から通路を見た。
「え…?」
入ってきた人が壁を支えにして、ずるずると床に座り込む。
私の変化に気付いた西田さんも彼を見て、駆け寄った。
「哲也さん。どうしました?」
はる兄の従弟の立辺哲也さんが、苦しそうな顔で私達を見上げる。
「ちょっと…不注意で…。」
ポツポツと赤い色が床に落ちる。
私は厨房から救急箱を持って来た。
ちょっと抵抗されたけれど、哲也さんの右手をとる。
「西田さん。今日は前園先生が来ているみたいです。」
「えぇ、そうでしたね。お呼びしてきます。」
「あの」
哲也さんが声を出す。
「後で自分で行きます。晴己には言わないでください。」
消毒液を取り出した私の手が止まる。
でも、すぐに私は再開した。
オーブンの音が厨房から響いて、西田さんが戻る。
「哲也さん…棘…残っていると大変ですから、ちゃんと診てもらってくださいね。」
哲也さんとは、あまり話をしたことがない。
はる兄は直樹さんと一緒にいることが多くて、哲也さんは大輔さんといることのほうが多い。
私とは、あまり接点がない。
それに、私は彼の妹さんと同じ学年で、正直、あまり良い関係ではない。
当然といえば当然。
はる兄の従妹でも、彼女がはる兄に会うことは滅多にない。
それなのに、私は、いつもはる兄と一緒にいる。
直接、何か意地悪をされたり嫌がらせをされたとか、そういうのはないけれど、でも、私を嫌っているのは確かだ。
そのことを哲也さんは知っていると思う。
「包帯…巻けば止血になりますけれど…怪我をしていること見れば分かっちゃいます。」
哲也さんと目が合った。
初めてかもしれない。
「手首、強めに包帯巻いても大丈夫ですか?でも、長時間は無理です。右手を使うのも避けてください。」
包帯を細くして、哲也さんの右手首に巻く。
「長袖着れば見えませんから。」
哲也さんが溜息を出した。
「さすが、医者の娘。」
「でも、棘は取れません。」
哲也さんの手のひらには、擦り傷、そして残ったままの棘。
これは生垣の棘だ。
手のひらに残るということは、あの棘を哲也さんは握ったことになる。
どうして、そんな状況になったのか、あまりにも不思議すぎて問うことさえできない。
「あぁ、これくらい。」
哲也さんがピンセットを救急箱から取り出して、棘を抜いた。
血が流れる、でも止血しているから流れ続けることはないと思う。
「ありがとう、むつみちゃん。」
哲也さんが、右手を頭上に乗せた。
そのままの体勢なら、たぶん、血は止まると思うけれど。
「まだ小さい棘が残っているかもしれませんから、その手で何かを触ったら哲也さんの傷口が開くだけじゃなくって、傷もつけちゃいますからね。握手とかしたら、相手の方を傷つけちゃいます。」
ミートパイをつくることなんて絶対に無理。
「気をつけるよ。」
哲也さんは、ヨロヨロとする足取りで歩いて行く。
出血しか手当てしなかったけれど、足も腰も痛そうな感じだった。

◇◇◇

焼きたてのミートパイを注意しながら食べる。
美味しい。
自分で作れたことが、凄く嬉しい。
西田さんにお礼を言って、そして。
「やっぱり西田さんのほうが美味しい…当然ですけれど。」
西田さんと自分を比べるのは、失礼だって分かっている。
でも、羨ましくて、盛大な溜息が出た。
「何事も経験です。作る度に発見があります。」
「発見?」
「今日は、むつみちゃんと一緒に作ったことで、小さなパイを学ぶことができました。」
西田さんが差し出した手を見てみる。
哲也さんの手も大きかった。
だから、西田さんの手も大きい。
「むつみちゃんの小さな手で作られるパイは、食べやすいですし、パイと具の割合が難しいと分かりました。何度か割合を変えて作ってみます。このサイズはパーティには適していますね。」
褒められたような感謝されたような、とにかく少しは役に立てた…迷惑にはならなかったみたいで、ホッとする。
「今日は晴己さま達、中華のご予定です。一口サイズの点心を用意していますから、このミートパイも」
「ダメダメっ!」
私は西田さんを見上げる。
「はる兄達に食べてもらうのは、まだまだダメなの!私、持って帰る。」
「こんなにたくさん?」
「…冷凍しても美味しいか、試してみる。」
西田さんが残念そうに首を傾げた。
「絶対に出さないでね。冷めるまでの間、私、ちょっと用事があるの。」
エプロンと三角巾を椅子の上に置いて、私は時刻を確認して厨房を出る。
9時40分。
裏口から出ると、そこは庭。
ここなら走っても大丈夫。
私は本館の向こうにある書庫へと向った。

◇◇◇

辿り着いた場所は、ひんやりと寒かった。
書庫の一番奥。
低い棚が並ぶ場所に来ると、幼い頃に戻った気持ちになる。
ここに並ぶ本を、もう読まないかもしれないけれど、ここが指定席だった。
入ってきた人には、すぐに見つからない場所。
窓から光が入り、そこは少しだけ温かい。
静かに近寄って、指定席を見る。
…やっぱり。
目を瞑っている人のまつげが少し揺れている。
あれは、はる兄のジャージだ。
いつも、ここに来れば会えた。
テニスクラブの練習の後も書庫にいることが多かったように思う。
私の姿を見つけると本を読んでくれた。
私の話も、たくさん聞いてくれた。
でも、あまり自分の事を話してくれたことは…ないかもしれない。
妹がいるんだ…その言葉を覚えている。
会えないけれど。
そう言った時の瞳を、私は忘れることができない。
私を見ている時も…違う…一度も私を見ていなかったと思う。
いつも、私の向こうに誰かを見ているのを感じていた。
寂しそうな瞳が同じ、あの人と。

キュルルー…。

響く音に、まつげが揺れる。
思わず、笑い声が出てしまった。
「康太お兄様。」
ゆっくりと瞳が開く。
彷徨う視線が、私を見た。
きっと、たぶん。
初めて目が合った気がする。
「おなかすいているみたい。ミートパイ作ったの。味見して?」
康太お兄様がおなかをさすって、そして笑った。

◇◇◇

お天気が良くて風が心地良くて、このまま手をつないで散歩に行きたい気持ちだった。
後姿を眺めたいから、ちょっと後ろを歩いているのに、康太お兄様は私が付いて来れないと勘違いしているみたいで、立ち止まって待っている。
追い付くと、歩く速度を私に合わせてくれる。
背中を見ていたいから。
ずっと眺めていたいから。
だから私のことは気にせずに、康太お兄様は歩いてください。
そう言いたいけれど、言えなかった。
待ってくれるのも合わせてくれるのも、康太お兄様が優しいから。
それは分かっている。
でも、分かるけど、分かっているけど。
やっぱり…起こさなきゃ良かったかも。
どういう繋がりかは知らないけれど、はる兄とは血の繋がりがある人。
でも、直樹さんや哲也さんや大輔さんとは似ていない。
はる兄とも似ているわけではないから、康太お兄様の顔や髪型に他の人との共通点は見当たらない。
でも、性格とか考え方とか、結構似ている。
細かいところとか、几帳面なところとか、自分の考えを変えないところとか、はる兄に似ている。
…一応、褒めているつもり。
私は、はる兄も康太お兄様も大好きだもの。
身長が凄く伸びている。
あ…でも、裾がちょっと長い…そうだよね、もっと身長伸びるよね、きっと。
だけど、今でも充分に格好良い。
「どうしたの?むつみちゃん。何か楽しいことでもあった?」
私を幸せにしてくれる本人からの言葉に、どう答えて良いか分からない。
「えーっと…ミートパイ、まぁまぁ美味しいかなぁっと思って」
「凄いね。むつみちゃん小学生なのに料理上手で。俺の妹、何もしないし出来ない」
妹。
やっぱり、あの人かなぁ。
須賀さんの苗字と姫野さんの苗字。
気になるけれど、私が気にすることではない。

◇◇◇

厨房に戻ってミートパイを食べて、西田さんに質問する康太お兄様を見ながら、なんだか溜息が出た。
西田さんの説明を聞くだけで、康太お兄様はミートパイ作りに挑戦しそうな勢いだ。
作りたい、というよりも、作ってあげたい、食べさせてあげたい、そんな気持ちが伝わってくる。
また今度、一緒に西田さんに教えてもらおうよ。
今度、私の家で一緒に作ろうよ。
誘いたい気持ちがあるのに、誘えない。
換気扇の音が変わる。
哲也さんの時と同じように。
私は通路に視線を送る。
杏依さんと、そして“彼女”。
西田さんに続いて、私は頭を下げると康太お兄様を呼んだ。
康太お兄様は立ち上がると通路の人達を見て、そしてミートパイを一口で食べる。
丁寧に石鹸で手を洗うと、その姿を目で追っていた私に優しい笑顔を向けてくれた。
「むつみちゃん、美味しかったよ。ありがとう」
「康太お兄様。疲れているのに起こしてごめんなさい。でもお会いできて嬉しかった」
また会える?
会いに行っても良い?
そう聞きたくても、聞けない。
私の三角巾を、綺麗に整えてくれる指が、私のこめかみをそっと撫でる。
「ミートパイ、こんなにたくさんどうする?食べ過ぎると治らないよ?」
三角巾で隠れていると思っていたのに、康太お兄様にも見つけられてしまう。
こういうところ、はる兄と似ている。
女の子が気にしていること、わざわざ指摘しなくても良いのに。
「野菜嫌いじゃないよね?ジュース作って飲むと良いよ。ミートパイ、少し貰って良いかな?」
「…準備しておきます」
取りに来てくれるの?
持って行ったら良いの?
それも聞けなかった。
厨房を出た康太お兄様と杏依さん達の会話は聞こえないけれど、とても楽しそうに見えた。

◇◇◇

ジュース作って飲むと良いよ。
アドバイスをしてくれた。
とても優しい。
でも、その言葉に心が痛くなる私は、とっても嫌な子に成長してしまったのかもしれない。
もし、ここにいるのが、はる兄だったら。
作って私に渡してくれる。
はる兄と康太お兄様は似ている。
だから、康太お兄様もあの人になら、作って渡してあげるはず。
ジュースを作って欲しかった。
はい、と渡して欲しかった。
そんなことを望む自分自身が私は怖くなる。
なんとなく…分かってきたかもしれない。
私は新堂とは無関係だと言われること。
哲也さんの妹さんが、私を嫌うこと。
はる兄が結婚する前、たくさんの人がパーティに来ていたけれど、その人達は私が1人の時は冷たいのに、はる兄の前では私に優しくしてくれたこと。
全部、全部…私が我侭だから。
はる兄の愛情を受けることに、戸惑っていなかったから。
当たり前だと思っていたから。
それを、康太お兄様にも求めてしまうなんて。
「むつみちゃん。野菜ジュース飲みますか?」
西田さんの優しい言葉。
「じ…自分で、作ります」
言うと、西田さんが、とても優しく笑う。
「一緒に作りましょうか?覚えて帰って家でも飲むと良いですよ」
「…あっ!」
西田さんの優しい言葉に、私の目の前が明るくなる。
「星碧が納得する美肌ジュース。西田さんお願いします」
一瞬、西田さんが固まった。
小学生のニキビの為のジュース。
女優の為のジュース。
厳しい顔つきで悩む西田さんを見て思わず笑った私に、また西田さんが笑顔になる。
「これは大変な事になりましたね」
作ってもらって、渡してもらうばかりだったけれど。
作ってあげたい。
渡してあげたい。
そんな風に思えるのも、とても幸せなのかもしれない。

◇◇◇

「…苦い」
「ですね。むつみちゃんのジュースには、あとで蜂蜜を混ぜると良いと思いますよ。碧さんは苦くても大丈夫ですか?」
「お母さん…お肌の為だったら苦くても絶対に大丈夫」
だってプロだもの。
でも、苦くないのがベストなのは確かで、でも、西田さんは平気で飲んでいるから…これを苦いと感じるのは私が子どもだからなのかもしれない。
「こんにちは!」
突然の大きな声に私と西田さんは驚いた。
扉が開く音に気付かなかった。
通路を見ると、見ているだけで暑くなりそうな人が立っている。
「あれ?むつみちゃん?」
「…こんにちは。久保さん」
テニスクラブでコーチをしている久保さんだった。
声の大きな人だと知っていたけれど、こうして静かな厨房で聞くと、耳が痛くなる。
「あー…西田さん。今、何か作ってます?凄く良い匂いが」
西田さんと私は目を合わす。
ミートパイをひとつ渡して、早々に退散して貰おう。
「ミートパイです。でも、私が作ったから、あまり上手じゃないし、あまり美味しくないですけど」
キラッと久保さんの目が輝く。
「…良かったら、食べますか?」
「本当に!ありがとう!」
久保さんは通路に立ったまま。
あ、そっか。
練習の途中だから、そのままの格好で厨房に入るのは、確かに困るかも。
私はミートパイのお皿を持って通路へと向かった。
「おぉ!たくさんあるね!」
1個だけだからっ!
これは康太お兄様の分だから!
「あのさ、むつみちゃん、これどうするの?」
持って帰ります。
康太お兄様と分けます。
「今日来てる奴がさ、この匂い、嗅ぎつけたんだよね。俺はさすがにクラブまで匂わないと思うけど。食べたいって言ってるんだけど」
言われて通路を見て、扉の方を見る。
でも、誰もいない。
「今、コートで寝転がってる。腹減ったって、うるさいんだ。食べさせるまで動きそうにない」
そんなの知らないです。
我侭な選手、久保さんが指導と教育してください。
「…作ったのは私ですよ?なんだか申し訳ないですから…」
「大丈夫大丈夫、あいつ小学生だし、味なんて分からないから」
思わず、久保さんを見上げてしまった。
「あ、違う。そういう意味じゃなく」
小学生なのに凄いねって康太お兄様は言ってくれた。
妹は何もしないよって。
美味しいって言ってくれたから、でも…持って帰って康太お兄様は、どうするの?
妹さんと一緒に食べるの?
そんなこと、もし哲也さんの妹さんだったら、絶対に食べないと思う。
「どうぞ。たくさん作ったので良かったら全部、どうぞ。私、小学生ですけれど、結構美味しく出来ましたから」
ごめんね、と項垂れた久保さんに私は心で謝る。
今朝は、とっても嬉しかった。
少し前まで、凄く幸せだった。
だけど、気持ちが落ち込む時は、とても急速で、なかなか浮上することができない。
謝ることすらできない私の前で、久保さんがパクッとひと口でミートパイを食べる。
「おぉ!!すっごい美味しい!」
満面の笑顔だった。
目の前の人は子どもみたいに賑やかで騒々しいけれど、やっぱり大人だった。
私は、やっぱり子どもで、とても身勝手だ。
「こりゃ…取り合いになるな。あ、そうだ。ニンジン入ってない?あいつねーニンジン嫌いなんだよね」
思わず笑ってしまった。
久保さんの指導を受けているということは、かなり有力な選手なはず。
それなのに、食べ物に好き嫌いがあるなんて。
「その子の料理、作るの大変だね」
「だろ?お母さんと奴の将来の彼女に俺は頭が上がらない」
そう言って久保さんは笑うとミートパイをお皿ごと持って行く。
私は扉のドアを開ける為に、久保さんの後ろを歩く。
康太お兄様の後姿、格好良かったな…そんな事を思いながら。
「ありがとう。むつみちゃん」
またひとつ。
ミートパイを頬張りながら、久保さんが歩いて行く。
私は厨房に戻ると、三角巾とエプロンをはずした。
「西田さん。今日はありがとうございました。私は今日は帰ります。康太お兄様に、ミートパイ、ぜひ作ってみてくださいと伝言お願いします」
私も帰って作ってみよう。
ミートパイの前に野菜ジュースを作ってみよう。
美味しいと言って貰えるのは、幸せなことだから。

番外編―完-


指先の記憶 第三章 あとがき

2013-04-27 02:44:31 | Weblog

更新が止まっている状態の“指先の記憶”を、ようやく再開することができました。
訪れてくださる皆様のおかげです。

ありがとうございます。

どうにか第三章を終わらせたものの、中途半端な状態でスッキリせず…申し訳ありません…。

第四章は、まとまり次第、近いうちに始める予定です。

その前に、記事の整理や移動、家系図追加等で、ブログ内を色々と変更する予定です。

今後とも、宜しくお願い致します。

                                                 藤城 みのり