りなりあ

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約束を抱いて:番外編-sweet&bitter-5・完

2007-07-20 18:03:28 | 約束を抱いて 番外編

「優輝君?」
晴己さんは納得していないだろうけれど、自分の気持ちを吐き出せた事にホッとして、俺は満たされた気持ちだった。
「無理して食べるから…。」
無理したつもりはない。
美味しいと思ったし、食べたかったし。
「涼さん達なら食べられるけれど、私達は無理なのに。私も味見出来なかったし。」
…?
「優輝君、お酒に弱そうだもの。」
…酒?
「優輝君、大丈夫。ねぇ、ここで眠らないで。」
頬をむつみの指に撫でられて、俺は少し目を開けた。
「優輝君、さっきのチョコね、アルコールが入っていたの。美味しくなかったでしょ?待ってね。」
再び奥へと行く彼女の姿を見送ろうと体を起こすと、眩暈が起きる。
そのまま力が抜ける。
むつみが戻ってくる気配を感じても、俺は動けなかった。
「優輝君、クスリ飲む?」
頬に感じる床の冷たさが気持ち良い。
手を伸ばすと、むつみの指に辿り着く。
「…いらない…不味いから。」
「優輝君。」
頭上から聞こえる声は、柔らかくて優しくて、でも困っているような声。
「上向いて。」
このまま眠りたいのに、髪を撫でてくれる指が気持ちよくて動きたくないのに、催促されて俺は体を動かした。
むつみの膝の上で固定された頭は、まだ鈍痛を残している。
「開けて。」
顎を軽く掴まれて、俺は仕方なく口を開けた。
苦い味が広がっていく。
チョコの苦い味ではなく、苦さだけが残る嫌な味。
すぐに水を流し込まれて飲み込むと、溜息が出た。
直後、何かが俺の口に押し込まれる。
「…っんっ!?」
驚いて目を開けると、むつみの笑顔がある。
「これで苦くないでしょ?」
どうやら押し込まれたのは檸檬味の飴のようで、口に広がっていた甘味と苦味が、酸味で消されていく。
なんだか、俺は勝手な事ばかり言っているのに、むつみは平然と俺を受け止めていて、凄く恥かしくなる。
俺は自分の気持ちを隠すように、被っていた帽子を目元まで下げ、そっと瞼を閉じた。

◇◇◇

「…いてぇ…。」
ベッドの上で思わず唸ってしまう。
今日はトレーニングをパスするしかなさそうで、この2日間で鈍ってしまった体に後悔する。
重い体で一階に下り、冷蔵庫から出したミネラルウォーターを飲むと、幾分気持ちがスッキリした。
「優輝、むつみちゃんが薬を渡してくれたぞ。」
兄が机の上に薬の袋を置く。
「…薬?…俺、昨日むつみの家に行ったよな?あれ?いつ帰ってきたんだろ?」
兄が怪訝そうに俺を見た。
「俺が迎えに行ったんだろう?おまえが晴己に電話なんてするから、怒った晴己から迎えに行けって言われて。どうして俺が晴己に怒られなきゃいけないんだ?」
兄は苛々とした口調で俺を責めた。
「晴己さんに電話?なんだろう?何の用事があったんだろう?」
「こっちが聞きたい!」
苛々している兄を放っておき、軽い朝食の後に薬を飲んだ。
苦い味が広がり、やはりバレンタインは好きじゃないと、改めて思った。

◇◇◇

登校すると、昨日と同じように声がした。
「おはよう。優輝君。」
隣に立ったむつみが俺を見上げて心配そうに尋ねる。
「気分どう?薬飲んだ?」
「う…ん。苦いけど。」 
そう言うと、意味ありげに笑われる。
「俺さ、昨日むつみの家に行ったよな?」
「うん。来てくれたよ。」
「で、お礼言って…謝ったよな?」
「うん。」
「で、なんで晴己さんに電話したんだ?」
「え?」
「兄ちゃんが迎えに来たらしいけれど、本当?」
むつみは上履きに履き替えようとしていた動きを止める。
「もしかして、覚えてない、の?」
「うん…謝ったのは覚えているんだけど。」
じっと俺を見て、むつみが、また小さく笑う。
「…なんだよ。」
「内緒。」
「は?」
「内緒。優輝君忘れてるんだ昨日の事。」
「だから、何?」
「だから、内緒。」
むつみは面白そうに言う。
「なんだよ。何があって晴己さんに電話した訳?」
むつみは笑顔だけを返して、先へと歩いていく。
「むつみ。」
彼女を追いかける。
なんだか、とても。
俺は彼女に振り回されているような気がするのは、気のせいだと思いたい。
むつみは俺を好きなのだから、俺がむつみを振り回すのが当然で、俺がこんな風に彼女を追いかけるのは、おかしい。
「あ、そうだ。」
むつみが立ち止まって振り向いた。
「優輝君。」
彼女の素直な笑みは、楽しそうに俺に向けられる。
「チョコ、まだ残っているけれど、食べる?」
「…いりません。」
「えぇ?酷い。まだ残っているのに。涼さん達に持って行くのはダメなんでしょ?」
また食べるのは、出来る事なら遠慮したい。
「俺は甘いのと苦いのだけで、いい。」
“大人の味”は遠慮したい。
「それよりも、出来れば、俺は食事の方でお願いします。」
並んで歩く彼女が笑う。
楽しそうに嬉しそうに。

まぁ、いいか。
俺の家族になら。
むつみの優しさを、少しくらい分けてあげてもいいだろう。
バレンタインのチョコには縁遠い祖父と父。
何故かすっかり“彼女”の存在を感じさせなくなった兄。
彼らに少しだけ、お裾分けをしてあげよう。

甘くて苦い、この恋を。

                ◇sweet&bitter・完◇



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