りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

約束を抱いて 第二章-31

2007-02-28 03:01:16 | 約束を抱いて 第二章

涼の心配に反して、クラブの雰囲気は平穏だった。
卓也と優輝は昔と何も変わらず、当人達が普通なら周囲の人間も戸惑う事がない。

涼はその光景に安堵し、そして変わらずにいてくれる卓也の存在が嬉しかった。
「涼ちゃん。」
卓也が涼の名前を呼ぶ。
「優輝、元通りになって良かったよ。」
優輝は練習中で、晴己と久保は少し離れた場所で話をしている。
「卓也が昔と同じように接してくれるからだよ。」
「…涼ちゃんから見て…そう見えるのなら安心した。」
「卓也?」
卓也が涼を見て、少し困ったように微笑む。
「周囲が騒がなければ、それでいいから。」
涼は卓也の言葉の意味が理解できず、問うように卓也の瞳を見る。
「元通りなんて無理だよ俺も優輝も。他人に余計な事を言われなければそれでいい。優輝に責任を感じるなって言っても、無理だろ?俺も中途半端な怪我をしたこと、自分で情けないし。」
「それは違う。卓也が助けてくれなかったら優輝は…。」
「でもさ。怪我なんてしないで、もっと格好よく助けていれば、って思うよ。」
卓也が笑う。
「優輝も同じ事を考えたと思う。斉藤むつみを助けた時。」
卓也がコートの優輝に視線を移す。
「これで終わりじゃないよ、涼ちゃん。あの時、怪我をしたのは俺だけど、狙われていたのは優輝だろ?何が目的なのか知らないけれど、優輝を潰したいと思っている奴等がいる。そんな奴等に、俺は負けたくない。」
「…誰だ?」
「知らない。でも、大西さんが消えた。」
「え?」
「このクラブに通ってた大西さん。あの日、優輝は大西さんに呼ばれた。救急車を呼んだのも大西さん。そして、笹本絵里と知り合い。」
涼は久しぶりに聞く名前に目を見開いた。
「その大西さんが、何処かへ引越してしまった。彼だけじゃない。このクラブに通っていて優輝の事を疎ましく思っていた人達が、クラブをやめている。」
「卓也?」
涼は少し身震いした。
「優輝にとって邪魔になる人達が優輝の前から消えている。そして、今の優輝の前に広がるのは、優輝にとって都合の良い環境ばかり。不思議だろ?偶然か何か分からないけれど、俺は優輝がこの状況を最大限に利用すれば、それで良いと思うよ。転校の事は話した?」
涼はその事を卓也が知っている事に驚いた。
「俺が…優輝に話すのは、どう思う?」
卓也が戸惑いの眼差しを涼に向ける。
「晴己さんから、優輝が前の学校に戻るのが一番良い方法だと言われた時…俺、嬉しかった。俺と優輝の関係に問題がなければ、優輝は前と同じ生活を送る事が出来る。テニスの練習に没頭できる。完全な元通りは無理でも…。俺から優輝にその話をしようと思って…でも、ちょっと考えたんだ。」
卓也が小さな溜息を出す。
「俺が戻って来いと言ったら、優輝が拒めない気がした。だって拒む理由ないだろ?前の環境のほうがテニスにとって都合が良いから、今の学校に残る必要はないよな?」
卓也が涼に問いかけの眼差しを向ける。
「でも、今の優輝にそれを言うと、あいつ困るよ。」
涼は卓也の言葉を聞いて、眉間に皺を寄せた。
涼と同じ心配を、卓也も抱いている。
「で、答えを出した時…。優輝、自分自身にショックを受けると思う。」

休憩の為にコートから出た優輝が、晴己と久保に駆け寄る姿を、涼と卓也は見ていた。


約束を抱いて 第二章-30

2007-02-27 10:30:06 | 約束を抱いて 第二章

涼は冷蔵庫を開けてビールを取り出すと、それを体に流し込んだ。
ソファに座り、次の缶を手に取る。
晴己と飲んでいる間、優輝達の事に触れなかった。晴己と涼は敢えて話を逸らし、他の話題を楽しんでいた。
だから、とても良い気分で涼は酔う事が出来たのに、今は優輝達の事で気持ちが苛々としていた。
優輝の無神経な発言と行動が情けない。
むつみの冷静な対応が腹立たしい。
理不尽に責められているのに笑顔を返す彼女が分からない。晴己と同じように本心を隠した笑みに惑わされ、嫌悪感を感じる。
涼は、また次の缶を手に取った。

◇◇◇

「にーちゃん。」
涼は軽く頬を叩かれるのを感じて目を開けた。
「俺、これから練習。」
「…何時だ?」
「5時半。」
「…元気だな。」
涼は、時計が3時を示した時まで覚えている。
「にーちゃんは不健康だよ。酒ばっかり飲んでソファで寝てさ。」
優輝も同じようにソファに寝ていたのに、まるで昨夜の事は涼の夢だったのかもしれないと思うくらい、彼は爽やかな朝を迎えている。
「晴己さんが朝食は何時でもいいって。電話くれれば持って行くし、食欲がなければ部屋の冷蔵庫にあるものを食べてくれればいいって。」
同じような内容を、夜中に自分が優輝に話したような気がすると、涼は軽い痛みを感じる頭の奥で思った。
「晴己は?会ったのか?」
「朝食一緒に食べたよ。あんまり美味しくないけど。晴己さんもこれからクラブに行く。」
晴己の健全さに降参しながら、涼は体を起こした。
「そうか…。俺は午後から観に行くよ。」
涼はソファに座ったまま優輝を見送り、ゆっくりと立ち上がると、再度眠る為に寝室へと向った。

◇◇◇

涼が次に目を覚ました時、すっかり太陽は高い位置だった。
シャワーを浴びて気持ちを幾分すっきりとさせ、飲物と果物を口にする。
涼と優輝に用意された部屋は新堂の屋敷の2階にあり、窓から外を見ると、屋敷の広い庭を見渡す事が出来る。
涼は窓を開けて空を見上げた。
綺麗な青空が広がっていて、冷たい風が涼の頭をすっきりとさせていく。
「涼。」
その声に、涼は視線を下げた。
「晴己?」
晴己が涼を見上げていた。
「優輝と一緒にクラブに行ったんじゃなかったのか?」
「行ってきたよ。」
晴己の持つ荷物の形から、それがラケットだと分かる。
「…優輝の相手をしてくれたのか?」
「少しだけ。他の選手達の練習が始まる前に。どうにか勝てたけれど。」
晴己が苦笑する。
晴己が与えてくれる環境と好意に、涼は感謝していた。晴己が相手をしてくれた事で、優輝が喜んだのが分かる。
「気分は、どう?」
「まぁまぁだな。」
あの後、再び酒を飲んだ事を晴己に告げる事が出来ず、今度は涼が苦笑した。
「朝食は?」
「それは遠慮するよ。」
「今日は卓也が来るよ。」
涼は驚いて晴己を見た。
「卓也も優輝の練習を見に行ったほうが良いと思う。今日なら涼も一緒だから状況が良いと思ってね。午後から3人で行かないか?」
「優輝は、知っているのか?」
涼が行く事は知っているだろうが、卓也の事を知っているのだろうか?
優輝だけでなくクラブの他のメンバー達の反応も気になる。
卓也は試合を見に行ったが、あの大勢の観客に埋もれているのとは違い、練習を見学に来るのは、限られた人数しかいないはずだ。

「大丈夫だよ優輝は。」
晴己が微笑む。
「僕は信じている。」
見上げてくる晴己の眼差しと強い口調に、涼は答えるように頷いていた。


約束を抱いて 第二章-29

2007-02-26 15:43:09 | 約束を抱いて 第二章

涼は部屋のドアを開け、優輝がまだ戻っていない事に気付いた。
時計を見ると、夜中の1時を過ぎている。
晴己と酒を共にした事で、少しだけ高揚していた気持ちは沈み、嫌な予感が広がる。晴己に話さなかった事を後悔し始めた時、ドアをノックする音がした。
「優輝?」
慌ててドアを開けると、むつみが立っていた。
「こんばんは。」
むつみが笑顔を涼に向けた。

◇◇◇

「優輝。」
ソファで気持ち良さそうに、優輝が眠っていた。
「あの…良ければこのままでも。」
背後から聞こえるむつみの声を無視して、涼は優輝の頬を軽く叩く。
「優輝。」
今度は肩を軽く揺すると、優輝の瞳がゆっくりと開く。
「…にーちゃん?」
優輝は視線を動かし、部屋を見渡す。
「あれ?あぁ寝てしまったんだ。ごめん。」
体を起こして謝る優輝に涼は溜息を出した。優輝の危機感のなさにも呆れるし、むつみの軽率な申し出にも呆れる。
今の状況を晴己に知られる事に対して、焦る気持ちはないのだろうか?
自分達の行動が、大人たちの反感を買ってしまう事に、どうして2人は気づかないのだろう?
余計な事柄を含める自分が汚れているのかもしれないが、涼は2人の純粋さに呆れていた。
「何をしている?」
涼は自分が発した言葉の音が、とても冷たく響いたように感じた。
「えぇっと…お腹が空いてきて、何か食べたいなぁって思ったから。」
優輝は涼の口調に、少しだけ体を強張らせるが、彼の答えは何の緊張感もない内容だった。
「腹が減った?それがここに来る理由になるのか?」
優輝は涼を見るが、すぐに目を逸らす。
涼は優輝の腕を掴むと、ソファから立ち上がらせた。
「帰るぞ。」
優輝を引張ってドアに向う時、涼はむつみと目が合って立ち止まる。
「俺が晴己と一緒にいる事を知っていたんじゃないのか?どうして、もっと早く知らせに来なかった?晴己の耳に入れたくなかったのか?」
むつみを責めるのは間違っていると分かっている。訪問したのは優輝だし、勝手に眠ってしまったのも優輝だ。
困った彼女は涼が部屋に戻るのを待っていたのだろう。彼女は何も悪くない。優輝の事を晴己に話さずに、晴己と酒を飲むのを楽しんでいたのは涼自身だ。
だけど涼は、優輝を招き入れたむつみを責める気持ちを抑えることが出来なかった。
「とても楽しそうに話していたから、お邪魔すると悪いと思って。」
そう言って、むつみが微笑んだ。
「どうぞ。優輝君の勉強道具です。」
差し出された荷物を、涼は右手で受け取る。
ドアを開けようとして両手が塞がっている事に気付き、勉強道具を優輝に押し付けるようにして渡すと、涼は優輝を連れてむつみの部屋を出た。

◇◇◇

部屋に戻り寝室に入ろうとする優輝を涼は呼び止めた。
「優輝、晴己は飲物だけでなく果物やパンや、すぐに食べられる物を用意してくれている。それに連絡すれば、いつでも部屋に料理を持っていくと言ってくれただろう?何度もここに来ている優輝なら、この家に大勢の使用人がいて料理人がいて、丁寧に対応してくれる事ぐらい知っているよな?あの子の手を煩わす必要なんてない。」
「俺がどうしようと勝手だろ。」
涼は優輝の肩を掴む。
「さっきも言ったよな?ここは晴己の家だ。晴己の“領域”で勝手な事はするな。晴己に話してから行ったのか?違うだろう?この事を晴己に話せるのか?」
「俺の行動は晴己さんの了解を得なきゃいけないのか?」
「優輝?おまえ自分のしている事が分かっていないのか?」
「何が?何か食べたかったけど、この家の人に頼んでも、別に美味しくないし。斉藤さんが作るのが美味しいって分かっているのに、他の人に頼む理由なんてないじゃん。」
優輝は自分の肩から涼の手を払い除けると、寝室へと入って行った。


約束を抱いて 第二章-28

2007-02-24 13:46:37 | 約束を抱いて 第二章

「優輝、勝手な事ばかりするな。」
晴己とむつみに謝った後、涼は優輝を追いかけて部屋に戻り、ドアを閉めるとすぐに優輝を咎めた。
むつみが作った料理を喜んで食べる姿は見たくないが、ここは晴己の家だし、作った本人を目の前にして否定の言葉を出すのは問題だ。
「晴己がここを使わせてくれるのは晴己の好意だぞ。それを当たり前に思うな。」
チラリと優輝は視線を移す。
「…何、してる?」
「8時からだって晴己さんに言われているし。」
優輝とむつみに晴己が勉強を教えてくれる事になっていて、優輝は自宅から持って来ていた勉強道具を手に取る。
「晴己と…晴己達に謝れよ。」
“むつみ”という名前を口にする事に抵抗があった。
むつみは“涼さん”と呼ぶが、涼は彼女の事を、どう呼べばよいのだろう?
むつみと名前を呼び合う必要などないと分かっていながらも、こんな時に困ってしまう。
「どうして俺が謝らなきゃいけないんだよ。」
そう言って優輝は不機嫌なまま部屋を出て行った。

◇◇◇

涼は時計を見て首を傾げる。
予定の勉強時間は二時間のはずだ。
少し延びてしまったのかもしれないが、優輝は明日の朝も早いし練習もある。
広い家の中で迷ったのだろうか、と考えるが、涼はすぐに否定をした。
優輝は小さな頃から何度もこの家に来ていて、家の内部は頭の中に入っているようだった。
「10時30分か…。」
むつみも新堂の家を知り尽くしている。
彼女の部屋まで用意されているのだから当然かもしれない。むつみを新堂の一員だと紹介されれば納得してしまうぐらい、彼女は新堂に馴染んでいる。
「遅いな…。」
優輝が出て行ってから、涼は1人残された部屋で時間を持て余していた。
晴己が用意してくれていた映画を見て過したが、映画が終わってしまうと、時計とテレビを交互に見るのを繰り返していた。他にも新聞、雑誌、本などが用意されていて、涼はそれらを手に取り、そして元の場所に戻す。
落ち着かない涼は、優輝を迎えに行く為に部屋を出た。

◇◇◇

涼は新堂の家を訪問した事は何度もあるが、泊まるのは今回が初めてで、少し迷いながら廊下を歩いていた。
「涼。」
晴己に呼び止められて、涼は驚く。
「落ち着かないか?」
「いや…。」
晴己が微笑む。
「優輝は、もうすぐ眠るだろう。涼は?少し飲まないか?」
夕食の席では、酒を飲めるのは晴己と涼だけで、2人は飲むことを控えた為、晴己の誘いに了承の返事を出そうとして、涼は止まる。
晴己の言葉は、既に優輝とむつみの勉強は終わっている事を意味している。
「涼、無理強いはしないよ。」
静かな廊下に響く晴己の声はとても落ち着いていた。
「喜んで付き合うよ。」
涼は優輝がまだ戻っていない事を言い出せなかった。
晴己に話せば早いと分かっていながら、涼は迷う。
優輝は何処かでトレーニングでもしているのだろう。
この広い屋敷には、ジムもあると聞いているし、外に出れば広い敷地が広がっている。

優輝にとって最高の練習場所と方法を晴己が提供してくれていて、優輝はそれを最大限に活用しているだけだ。
涼は自らに言い聞かせて、晴己と並んで歩いた。


約束を抱いて 第二章-27

2007-02-14 12:31:03 | 約束を抱いて 第二章

奇妙な食卓だと涼は思った。
晴己からの事前の連絡で分かっていたが、想像していた光景を実際に見ると、来なければ良かったと思ってしまう。
先週も同じ顔触れだったのだから、他の人達は奇妙だとは思っていないのかもしれないが、涼は居心地が悪かった。
「これもむつみちゃんが作ったの?美味しそうっ!」
晴己の妻の新堂杏依が、満面の笑顔で小鉢に盛られた煮物を口に運ぶ。
杏依は何も知らずに平和そうな顔をしている。確かに、彼女が幸せに満ち溢れているのは当然なのだが、この顔触れの中で楽しそうに振舞える事が凄い。彼女以外の人間が抱える悩みや戸惑いを消し去ってしまうかのような明るい笑みに、悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しいと、涼は感じてしまう。
「むつみちゃん、会う度に料理が上手になるね。」
食卓に並べられた多数の料理は全て新堂の家の調理場で作られたもので、むつみが調理場を借りて作った料理も数品含まれていた。
豊富な食材で調理された品々を涼は眺めて、杏依と同じように煮物に箸を伸ばした。
「へぇ…美味い…。」
涼は思わず呟いていた。
これらの料理が詰められた弁当は美味しかっただろう、そう思いながら優輝を見ると、彼は黙々と食べ続けている。
「優輝、これも食べるか?」
久保が優輝へと料理を差し出す。
「まだ料理はあるみたいですよ。準備しますから。」
杏依の言葉に久保は迷い、優輝は差し出された小鉢を手に取ると、器の中の煮物を食べていく。
「久保さん、煮物嫌い?」
むつみが問う。
「い、いや、そうじゃない。」
「無理して食べないで。」
むつみは、特に気にしている風でもなく、久保に言う。
「無理なんてっ!むつみちゃんの料理は美味しいよ。弁当も凄く美味し」
「弁当?」
晴己の言葉に久保は言葉を飲み込む。
焦る久保に、涼は助けを出す気はなかった。
晴己に知られるのは時間の問題だ。
そして、晴己が阻止すればいい。
晴己がむつみを招いた事が不思議だったが、優輝とむつみの関係を確認するには良い機会だと、涼は思った。
「優輝は、むつみちゃんの料理が口に合うみたいだな。」
晴己の声が部屋に響いた。

◇◇◇

食後の飲物が出されるのと同時に、鮮やかな色合いのお皿が置かれた。
「う、わぁ…。美味しそう…。」
杏依の声は感激に満ちていて、瞳が輝いている。
反対に晴己は戸惑い、家政婦を呼び止めようとしたが、むつみの声に止められた。
「はる兄、砂糖は全く使っていないから。」
「…これも…むつみちゃんが?」
「うん。」
晴己の問いにむつみが答えると、杏依が満面の笑みで喜ぶ。
「う、わぁーっ!凄い凄いむつみちゃん!砂糖が入っていないのなら、食べてもいいよね、晴己君。何もかもダメダメって言うけど、これならいいでしょ?」
杏依は晴己の答えを待たずに、果物が盛られたタルトを自分のお皿へと移し、フォークでイチゴを口に運んだ。
「…美味しい…。」

涙を流しそうな勢いで、杏依が感動している。
大袈裟なその態度に呆れながら、涼もタルトにフォークを入れた。
「へぇ…美味いな。」
また、呟きが零れる。
涼の言葉に晴己と久保もタルトを食し、むつみに対して賛辞が述べられていた時、ガタンと音をたてて優輝が立ち上がった。
「ごちそうさま。」
「優輝?」
涼の声に優輝は振り向かずに出口に向かっている。
「果物は食べられるだろう?好きだろう?甘くないから優輝も食べられる。」
「いらない。」
優輝は言い捨てて部屋を出て行き、その場には沈黙だけが残された。


約束を抱いて 第二章-26

2007-02-13 09:08:39 | 約束を抱いて 第二章

帰宅したむつみは、玄関で和枝が差し出してくれたタオルで雨に濡れた髪や制服を拭いた。
並べられている靴を見つけて和枝を見ると、彼女が微笑む。
濡れたタオルを和枝に渡し、むつみは少し急いで廊下を歩いた。
キッチンに続くドアを開けると、匂いが漂ってくる。
「おかえり。」
エプロンをした晴己の姿は昔から見慣れているが、やはり新堂晴己という人物からは想像出来ない気がして、むつみは不思議な気持ちで晴己を見た。

◇◇◇

制服から着替えたむつみがソファに座ると、晴己が隣に座った。
「雨が降っているから迎えに行くつもりだったのに、和枝さんに止められてね。」
「当然です。晴己様が行かれると目立ちます。」
晴己は仕方ないという風に笑って、むつみの前に紅茶のカップを置いた。
「和枝さん、後は大丈夫だよ。」
晴己の言葉に和枝が頷く。
「それでは、少し休ませてもらいます。」
そう言って和枝は1階の奥にある部屋へと向かった。
むつみが幼い時は、和枝はその部屋で寝起きをしていたが、今は休憩する為に使用している。
「和枝さんの交代の人を考えなきゃいけないね。」
「私、1人で留守番が出来るわ。」
むつみの言葉に晴己の頬が緩む。
晴己のそんな表情を見るのは久しぶりだと思った。
緊張感が消えた自然な笑み。
むつみは緊張しているが、晴己にはそれが感じられない。
「この家の事を碧さんが1人でするのは大変だよ?」
「そうだけど…。」
碧は家政婦を望んでいるが晴己が納得せず、話が進んでいない状態だった。
しかし、この家の事を晴己が決める必要などない。
「自分の事は出来るつもりよ?」
「受験生になっても?」
その言葉が、むつみの自信を奪う。
「好きな事を好きな時にするのと、家事は意味が違う。無理だよ。」
晴己の言葉は的を得ていて冷たい内容だが、彼の声の優しさにむつみは晴己の顔を見た。
目の前にあるのは優しくて温かい笑顔。
それを見て、むつみの心が和む。
「全てを自分1人でする必要はないよ。」
頬に張り付いていた強張りが剥がれていく。
「むつみちゃんは、どんな人を望んでいる?口に合わない料理を作って貰っても困るだろう?」
むつみは少し考えた。
「料理は自分の分は大丈夫よ。でも、はる兄が言うように毎日というのは、これからの事を考えると少し不安。掃除は」
むつみは家の中を想像して、降参の溜息を出した。
「はる兄の言う通りね。掃除は無理だわ。」
むつみの答えに晴己は納得して頷いた。
「でも、新しい人が決まらないから、こんなに長引いているんでしょ?私は、はる兄が信頼する人が来てくれると嬉しいけれど。」
むつみの言葉に晴己は少し驚き、紅茶を一口飲んだ。
「むつみちゃん、明日は何か予定がある?」
晴己の問いに、むつみは首を横に振る。

「杏依の実家の帰りに寄るから、夕食を一緒に、どう?」
むつみは晴己の瞳を見て、そして目を伏せた。
「明日はお父さんもお母さんも仕事だけど、1人で大丈夫。勉強もしなくちゃいけないから。」
「その勉強も、一緒にどうかな。」
顔を上げると晴己の笑顔がある。
「はる兄、私の勉強を見てくれるの?」
「もちろんだよ。」
晴己に勉強を見てもらうのは久しぶりで、むつみは嬉しくなる。
こんな風に晴己と話すのは久しぶりだった。
晴己の温かさに寄り添いたくなる。その温もりに包まれたくなる。
だけど、そんな心地良さを晴己の声が壊した。
「優輝は、どう?」
「…どうって?」

「勉強は、授業に支障はない?」
「英語が苦手みたい。」
やっぱり、という風に晴己が納得する。
「むつみちゃん、明日は新堂の家に泊まれる?」
「え?」
「勉強を後回しにさせる訳にはいかないからね。」
晴己は、綺麗な笑顔をむつみに向けた。


約束を抱いて 第二章-25

2007-02-10 13:50:15 | 約束を抱いて 第二章

授業を終え帰路を急ぐ生徒達の姿を見送りながら、むつみは雨が降り続く空を見上げた。
傘を広げようとした時、背後から声をかけられる。
「斉藤さん。」
名前を呼ばれて振り向いた。
「ちょっと、いい?」
知らない女子生徒が立っている。
「1人?時間あるかな?」
「大丈夫だけど…。」
記憶を辿って、彼女が隣のクラスの女子生徒だと分かり、むつみは不思議に思いながら彼女に向き直った。
「あのね、率直に聞くけれど、出来れば本当の事を答えて欲しいの。」
意味が分からずにむつみは首を傾げるが、彼女は構わずに言葉を続ける。
「橋元君と付き合っているの?」
「え?」
「答えてもらえるのなら、でいいから。知りたいのは私だけじゃないの。」
彼女の視線の先を見ると、数名の女子生徒が離れた場所からこちらを見ていた。
「大勢で問い詰めるのは卑怯な気がして、私だけで聞く事にしたの。私達、本当の事が知りたいだけ。」
「付き合っていないわ。」
「でも、毎日図書室で2人で会っているでしょ?」
「毎日って…水曜日からよ。」
「別にいいのよ、私達は。橋元君が誰を好きでも誰と付き合おうと。ただ、きちんと返事は貰いたいな、とは思うの。私達も、まぁ…みんなのノリで渡しちゃったところはあるけれど、一応…。もし相手がOK出してくれたらラッキーだと思う気持ちはあるし。」
彼女の気持ちの簡素さにむつみの心は混乱する。
そんな簡単なものなのだろうか?
「カップケーキを返されたのが返事だと思うけれど、それだけで判断できないでしょ?甘い物がダメならお弁当なら、そう思って聞いてみたけれど、それもいらないみたいで。拒まれている事は事実だけれど。」
むつみは自分も同じ状況だと彼女に話そうかと思った。
「こっちは意思表示をしているわけでしょ?だから橋元君が誰を好きで誰と付き合うのか、それを知る事くらいは許されると思うの。だから正直に言ってくれればいいの。そうすれば私達納得するわ。今のままだと、こう…どっかで期待が残っちゃうのよね。」
「あの…私も返事は…貰っていないから。」
「え?」
彼女が驚いた顔を向けた。
「私は自分の気持ちを伝えたけれど、それだけ。あなた達と同じよ。」
「お、同じって、同じではないと思うけれど?誰よりも橋元君の事を好きなのは斉藤さんでしょ?一番近くにいるのは、斉藤さんじゃないの?」
彼女の問いに、むつみは苦笑する。
「えぇっと…。かなり手強い相手みたいね。返事を返さなくても良いと思っているのかしら?私達みたいなその他大勢と、斉藤さんを一緒にするのはダメよね。」
今まで会話さえした事のなかった隣のクラスの女子生徒が、むつみに同情の気持ちを向けていた。
彼女の優しさに、むつみは余計に悲しくなる。
「ごめんね、こんな事聞くんじゃなかった。付き合っているんだって皆で話していたの。橋元君は私達が話しかけると迷惑そうだし。斉藤さんに聞こうと思って。…ごめんね、引き止めて。」

戸惑う彼女にむつみが笑顔を返すと、彼女は安堵したように微笑み返す。
友人達に向かって駆けて行く彼女を見送った後、むつみは空を見上げた。

小さな雨粒が空から落ちてきていた。


約束を抱いて 第二章-24

2007-02-09 11:00:45 | 約束を抱いて 第二章

金曜日の昼休みに図書室に足を踏み入れた時、むつみは室内の生徒達が自分を見たような気がした。
勝手な思い込みだと自分に言い聞かせながらも、彼女は他の生徒達の存在を気にしながら本棚の前に立ち、少し背伸びをした。
静かなはずの空間に、囁き声が混ざる。
そして、むつみは自分の背後に人の気配を感じた。
「これ?」
伸ばしていた指が取ろうとしていた本は、簡単に別の手に奪われてしまった。
目の前に差し出された本を、むつみは無言で受け取った。
振り向かなくても、誰なのか分かる。
だけど、彼がここに来る理由が分からなかった。
「あり…がとう。」
本を抱えてむつみは歩き出す。
自分の今の声は小さくて、優輝には届かなかったと確信するが、改めて言い直す事が出来なかった。
むつみが昨日も使用していた机に本を置くと、後ろを歩いて来ていた優輝は当然のように昨日と同じ椅子に座る。
昨日から降り始めた雨は今も降り続いていて、図書室には人が多く集まっていた。しかし、むつみが2日間座っていた席は空席だった。
むつみは椅子に座って本を開く。
今日は午前中の授業では宿題が出なかったし、勉強に集中できない事は予想していたから、むつみは本を読むのが賢明だと考えたのだ。
「宿題がない時でも、来週からもここに来る?」
むつみは優輝を見るが、彼の問いに頷く事が出来ない。
「便利だよな。」
押さえた小声でも優輝の声は弾んでいた。
「ここにいれば誰も騒がない。今日は、ここに来る間、誰かが付いて来ている感じでもなかったし。」
嫌な予感がむつみの心に広がる。
「斉藤さんと一緒にいると、他の人達が話しかけてこないって事に、やっと気付いた。」
むつみは耳を塞ぎたい気持ちだった。
「周りが鬱陶しいんだ。前の学校では、ずっと小学校からの同級生達もいたから、騒ぐよりも一緒に喜んでくれる感じで、こんなに長引く事がなかったけど。やっぱり転校生だからか?」
優輝は煩わしそうに不平を言った。
「でも、ここに来るようになってから静かになった。」
優輝の言葉に対して反応する事が出来ないまま、むつみは視線を本に落とす。内容は全く頭の中に入らず、指が本のページを捲る事もなかった。
ここにいれば誰も騒がない、そう言った優輝の言葉をむつみは複雑な想いで受け止めた。
優輝と一緒にいられる事は嬉しいが、優輝は同じ気持ちではなく、ただ群集から逃れてきているだけなのだ。
「斉藤さん。」
名前を呼ばれて視線を上げる。
そして、また周囲の生徒達の存在を感じる。
「俺、明日から晴己さんの家に行くけれど、斉藤さんは?」
「私は、特に呼ばれていないし…。」
「何か予定あるのか?何もなきゃ、晴己さんの家に泊まればいいじゃん。斉藤さんの部屋があるんだろ?」
新堂の家には、小さな頃からむつみが使用している部屋がある。母が留守にする間は新堂の家に泊まることが多かった為、むつみ専用の部屋が用意されていた。中学に入学してからは泊まる事は少なくなっていて、奈々江の家から晴己に連れられた日が久しぶりだった。
「でも…行く理由がないから。用もないのに私が行くと迷惑だわ。」

いつものように予鈴が鳴る。
昨日までは、優輝が先に立ち上がり1人で図書室を出て行ったのに、今日の彼は立ち上がるだけで動かない。
立ち上がったむつみは本を戻す為に本棚の前に立つ。だけど、先ほどと同じように優輝の手がむつみから本を奪い、元の場所に本を戻してしまう。
身長差はそれほど大きくないのに、腕の長さが違うのか指の長さが違うのか、優輝は簡単に本を戻してしまった。
「斉藤さん?」
その声が自分を待っている事にむつみは気付くが、優輝と一緒に教室に戻るのは抵抗があった。
むつみは本棚と優輝の間から抜け出すと、逃げるように図書室の出口に向かった。


約束を抱いて 第二章-23

2007-02-08 20:58:37 | 約束を抱いて 第二章

翌日、むつみは同じ場所に座っていた。
空には時間の経過と共に黒い雲が広がり、むつみが座る窓際でさえ日差しが差し込まない。気温は朝から上昇する事もなく、図書室は寒々としていた。
今日は母と出かける予定はないし、弁当の件は優輝に拒まれてしまったのだから、帰ってから宿題をすればいい。それは分かっていたが、むつみは今日も昨日と同じように図書室に来ていた。
ここが一番の逃げ場所だと思った。
静かな空間では、時折生徒達が会話を交わす程度で、教室や廊下に響く喧騒は、ここまで届かない。
以前は、優輝に群がる女子生徒の声から逃げたいと思っていたはずなのに、今日のむつみは優輝から逃げたいと思う気持ちが大きかった。
拒まれる事は今までに何度も経験している。だが、やはり何度経験しても辛い事だった。
以前は、優輝にテニスを続けて欲しいと願う気持ちが、むつみの冷静さを奪っていたようで、優輝に拒まれて傷つく事は後回しになっていたように思う。だけど、今は何を支えにして何を目的として、優輝に接すればよいのか分からない。
彼との間に何も繋がりがない。
途切れ途切れだった細い糸は、今は消滅している。
新堂の家で優輝と食事を共にした時、優輝の偏食が気になったが、そんな事は余計なお世話だったのだ。先週音楽準備室で、むつみの弁当を食べた優輝の言葉を真に受けてしまったのが間違いだった。
美味しかったと言われて喜んでしまい、勝手な事をしてしまった。
机に広げたノートには何も記入される事なく、むつみは俯いたまま、何度も溜息を出していた。
向かいの席に人が座るのが分かるが、むつみは顔を上げることもなく、ただ座っていた。
しばらく時間が過ぎてから向かいの人が声を出す。
「…何してるんだ?」
驚いたむつみは顔を上げた。
「優輝君…。」
優輝は、昨日と同じように座っていた。
「考え事?宿題は?」
優輝が覗き込んだむつみのノートは、空白のページが広げられている。
「今日も教えてもらおうと思ったのに。」
「…英語は…優輝君の方が得意でしょう?」
今の自分の言い方は、可愛くなく、とても嫌な言い方だと、むつみは思った。
「授業は最悪。面白くないし。」
優輝は英語での意思疎通は問題がないようで、発音の綺麗さを教師が褒めていた。
だが、文法的な面が苦手なようだった。
「英会話は、はる兄が?」
「海外に行く時に必要だからって。」
むつみは簡単な挨拶程度なら問題はないが、会話となると自信がない。優輝が授業に戸惑うのは不思議な気がするが、面白くない、それが的を得た答えなのだろう。
「図書室で英語の文法について説明なんて。出来ないわ。」
普通の会話でさえ声を抑えているのに、説明をする事など、この空間では他の生徒の迷惑になってしまう。
「それなら」
優輝が言葉を出して、そして止める。
彼の言葉の続きを、むつみは待つ。
2人の視線が絡むが、
彼はすぐに視線を逸らした。
「…別に何でもない…。」
それ以後、優輝は黙ってしまった。
むつみは仕方なく窓の外に視線を移す。
風が少しだけ強くなってきているようで、図書室から見える場所に生徒の姿はない。
その為なのか、昨日よりも図書室には人が多いような感じで、数ヶ所で小さな声の会話が交わされている。
むつみは図書室を見渡して、そして優輝に視線を戻す。
彼と目が合う。
だけど、またすぐに逸らされる。
「降りそうだな。」
優輝の呟きに、むつみは彼の視線を追う。

空を覆う暗い雲から、今にも雨が落ちそうだった。


約束を抱いて 第二章-22

2007-02-07 20:19:27 | 約束を抱いて 第二章

むつみは、怪我をした優輝が家を訪ねて来た時を思い出した。数ヶ月前の出来事なのに、とても昔に感じる。
優輝の動作が止まる。
彼が視線を上げてむつみを見た。
その姿に、むつみは数年前の光景を思い出した。
あの時、小学生だったむつみは、自分が見ている光景が不思議だった。
言葉を交わさず、視線だけを絡める2人。
助けを求めるように視線を上げる人と、その彼女に対して、すぐに行動を起こさずに瞳を見つめ返していた人。
瞳だけで会話をしている2人が不思議だった。
とても優しくて幸せそうな瞳。
人を好きになる事、その気持ちの膨らみ、戸惑う気持ちと切ない想い。
それらをむつみは、晴己と杏依から感じ取っていた。
いつか、自分にもそんな時が来るのだろうかと楽しみにする気持ちと、2人のような出会いは世間でも一部なのだと、半ば諦める気持ちが交錯していた。
「優輝君。」
求める彼の視線に答えるようにして、彼のノートに数字を書く。
同じように晴己が杏依のノートにペンを走らせていた事を思い出す。
杏依が受験生だった時、彼女は頻繁にむつみの家に来ていた。杏依と晴己と3人で勉強をして食事を共にして過した日々は、
キラキラと光で輝いていた。
あの頃の事を思い出すと、むつみの心は幸せに満たされる。
杏依と晴己が描く幸せが、むつみにとっての幸せだった。
幸せが無限に広がるような気がして、2人が一緒にいれば、自分もその幸せに包まれているような気がしていた。
「…前から思っていたけどさ」
むつみが公式を書き終えると、優輝がポツリと呟く。
「似ているよな。名前も、行動も。答えを教えない所も。」
それが誰を指し示すのか、むつみはすぐに分かった。
「はるみとむつみ、でしょ?兄妹だと思われた事もあるけれど。偶然よ。」
優輝は、むつみが書いた公式に数字を当てはめる。
「私…はる兄に教えてもらうのはもちろんだけど、はる兄が教えるのを客観的に見ていたこともあるから。」
自分の中に、晴己が染み込むように存在している事を、むつみは改めて感じていた。彼を切り離して、自分の今までの道を表現する事など不可能だった。
晴己の一番近い位置で生きてきたと思っていたし、実際にそれは間違いではないと思う。
それなのに、優輝の存在を知らなかった事が不思議だった。
テニスクラブに見学に行った事はあるし、クラブの人達も、むつみの存在を認識している人が多かったように思う。
過去の記憶のどこかに優輝が存在していても不思議ではないのに、むつみの記憶に優輝は現れない。
「斉藤さん。」
優輝の声に予鈴の音が混ざる。
他の生徒達が席を立ち、図書室を出て行く。
むつみと優輝も教科書とノートを閉じて自分達の荷物をまとめ始める。

「…弁当、ありがとう。」
優輝は動作を止めずに言う。
「全部、食べられた?」
「食べたよ…美味しかった。」
その言葉がむつみを笑顔にする。
「良かった。また…作ってもいい?

そのつもりだったむつみが問うと、優輝が俯いたまま言葉を出す。
「…いらない。」
「え?」
「美味しかったけど。」
優輝が立ち上がる。
「持ってこなくていいから。」
むつみは立ち上がる事が出来ず、優輝の顔を見る事も出来なかった。
優輝が立ち去り、むつみは1つ深呼吸すると、自分も立ち上がり図書室を後にした。