りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

約束を抱いて 第二章-18

2007-01-22 19:08:14 | 約束を抱いて 第二章

店に入った涼は右手を上げて存在を示す人を見つけた。
「優輝は帰りましたか?」
「宿題があるって、ブツブツ言いながら帰ったよ。悪いな、俺は酒が飲めないから。」
「いえ、構いません。」
男性二人が待ち合わせるには不似合いかもしれないと感じる喫茶店で、涼は久保と同じようにコーヒーを注文した。
「涼は飲めるんだろ?」
「はい。晴己ほどではありませんが。」
久保が小さく笑う。
「晴己は飲んでも少しも変わらないからな。…で、いきなり本題だが。」
涼は突然久保に呼び出された理由を頭の中で色々と考えた。
「優輝とむつみちゃんは付き合っているんじゃないのか?」
「え?」
その質問に、涼は驚いた視線を久保に向けた。
「俺は付き合っていると思っていたんだが?試合の後くらいに?違うのか?」
「違う、と思います。付き合うという段階まで進んでいないと思いますが。」
涼はそう認識していたし、そうであって欲しいと願っていた。
「そうなのか?しかし変だな?むつみちゃんは優輝を好きじゃないのか?優輝だって」
「たまたま同じクラスというだけです。」
久保の言葉を遮って、涼は否定した。
むつみが優輝に想いを寄せるのは勝手だ。優輝がそれに惑わされているのは情けないとは思う一方で、仕方がない事だと思う気持ちもあった。
しかし、2人が付き合っている可能性など、涼は考えたくなかった。
「でもなぁ。優輝が全然集中力がないんだ。テニスをしている時は没頭できるみたいだが、練習をやめよう、そう言っても聞かない。苛々しているし、テニスをしている時以外は何か考え事をしているから不注意で怪我でもしそうだ。」
「…そうですか…。」
涼は家での優輝を思い出す。
確かに今朝は苛々としていて落ち着きがなかった。
「まぁ、俺にも原因があるんだが。昨日、むつみちゃんが来てくれて。」
予想外の話の展開に涼は身を乗り出した。
「弁当を持って来てくれたんだよ。俺は、優輝が話を聞いていると思ってさぁ。むつみちゃんと優輝は会わなかったんだが。優輝が不機嫌になってしまってな。俺が弁当を食べるのを嫌がるし、苛々しているし。」
涼はその場面を想像して目を閉じる。
考えたくもない望ましくない現実が起こっている。
「それって…そういうことじゃ…ないのか?」
問う久保に涼は首を振る。
「付き合う、という段階ではないでしょう?このまま消滅して欲しいですね。」
久保は呆れ顔を涼に向けた。
「涼の気持ちは分かるが、このままだと優輝に悪影響だ。お互い気持ちを伝え合えば良いだけじゃないのか?」
「晴己には話しましたか?」
「話せない。晴己はこんな状況を歓迎しない。」
「それなら俺も同じです。晴己と手を組みたいですよ。」
「引き離すのか?それが出来るのなら、もっと早くに阻止出来ていたはずだろ?…だけど」
「頑固そうですからね、彼女は。」
「意志が強いと言ってやって欲しいな。ところで、優輝には話したのか?学校の事。」
「いえ、まだ…。決断を優輝に委ねるのは酷な気がします。もちろん優輝が望むのなら手を尽くしますが、前の家は賃貸でしたから、既に引き払っています。両親も祖父母との同居を解消するのは抵抗があります。」
「そうだな。前の学校に戻るのは色々と大変だろう。でも、その方が優輝の今後の為になる。」
「久保さん。」
涼はコーヒーを飲み干し、言葉を続ける。
「優輝に聞くのが怖い、それが俺の本心です。優輝が前の学校に戻る事を拒んだら…。拒む理由は1つしかありません。答えを聞くのが怖い。」
久保はグラスへと手を伸ばし、水を喉に流し込み、涼を真っ直ぐに見て言う。

「もし、どちらかを選ばなければならない時が来たら。晴己は優輝を犠牲にする。そんな状況…避けたいだろう?」

久保がグラスをテーブルに置く音が、少し大きく響いた。


約束を抱いて 第二章-17

2007-01-19 19:36:18 | 約束を抱いて 第二章

優輝は伸ばした指を空中で止めた。
9月に同じ動作をした自分を思い出す。戸惑う気持ちはあの時と似ているけれど、追加された新しい感情が余計に優輝を躊躇させていた。
あの時のように晴己の声が聞こえてくるかもしれないし、招き入れられた部屋には晴己が作る料理の匂いが漂っているかもしれない。
その光景を見てしまったら、あの時のように驚くだけでは済まないような気がする。
仮に晴己がいないとしても、何をむつみに伝えればいいのか分からなかった。
弁当を持って来てくれた事に対するお礼を述べれば良いだけかもしれないが、気持ちが優輝の中で上手く纏まらない。
久保に渡した意味が分からないし、久保の分まで作ってきた事も理解できない。
早朝の公園に姿を見せない事も気に入らないし、晴己の家に来ていた理由も納得できない。
優輝はむつみの行動に苛々としながら、左手に持っている布を見る。
むつみが持ってきた弁当箱は使い捨ての物で、優輝の手元に残ったのは、大きな一枚の布だけだった。明日学校でむつみに返そうかと思ったが、駅を降りた優輝は、むつみの家へと向かってしまった。
また指を伸ばして、目の前の建物を見上げる。
窓の向こうには明かりが灯っていて、家の中には人が滞在中だと分かる。チャイムを鳴らせば誰かが応答してくれるだろうし、むつみに会う事だって出来る。
学校ではいつも誰かが自分の周りにいるし、周囲の視線を感じる。その中でむつみと話すことなど無理だった。
ようやく話せたのは、保健室での数分と、音楽準備室でむつみにお弁当を交換してもらった時だけだった。昨日の帰り道はむつみと一緒に電車で帰れるかと思ったのに、晴己は頑固だし、むつみが新堂の家に来た理由が気に入らなかったし、結局優輝はむつみと満足できる会話をしないままだった。
早朝の公園にも、久保との練習にも、週末のクラブにも、むつみは優輝の前に姿を見せるわけではなく、近くにいるのに遠く感じてしまうむつみの行動が、優輝には理解出来なかった。
「最悪。」
優輝は握り締めていた布をポストへと入れた。

◇◇◇

むつみはポストから取ってきた朝刊を父親に渡した。
「…朝食の…パンは、足りるの?」
「大丈夫よ。」
母親の声が届く。
「今日は早く帰って来るから一緒に買物に行きましょう。」
少し前なら嬉しかった母親の帰宅が、今回は残念に感じてしまう自分が悲しかった。
「…うん。」
むつみはポケットに入れた布の存在を感じる。
優輝が家の前まで来てくれた事が嬉しいと思う気持ちはあるが、話すきっかけをなくしてしまった残念さも感じる。
母親の在宅中に弁当を作る事など出来ないし、届ける事も出来ない。
今も、パンを買いに行くという口実がなければ早朝に家を出るのは不自然だった。
「むつみ?何か予定があるの?」
碧が問う。
「ううん。何もないから。宿題は昼休みに学校で済ませておくから、私が帰ってきたらすぐに行ける?子供用のおもちゃを…見に行っても良い?」
むつみの言葉に彼女の母親は微笑んだ。


約束を抱いて 第二章-16

2007-01-15 14:55:00 | 約束を抱いて 第二章

充実した週末を過したはずなのに、優輝は気持ちが晴れないまま月曜日を迎えた。
練習の時だけ嫌な事を忘れる事が出来るが、練習が終わると頭の中に渦巻く思考が優輝を苛々とさせてしまう。
「優輝。」
帰る準備をしていた優輝は、久保が差し出した荷物を両手で受け取った。
「何?」
「腹減っているだろ?食べよう。」
満面の笑みで久保が言う。
「…何?」
久保の言うように、確かに空腹感は感じている。
「弁当だろ?ほら開けろよ。」
言われて優輝は、その包みを床の上に置いて結び目を解く。
「買ってきた…んじゃないよな?結婚もしてないし彼女もいないし、誰が作ってくれるんだよ?」
不思議そうに疑問を投げかける優輝の言葉は事実で、久保は少し落ち込む。
「コーチのお母さん?」
「嫌味か?」
優輝が辿り着いた答えに久保は反論した。
「30代の男が母親の作った弁当を持ってウロウロするか?それに俺は大学に入学した時に実家を出ているし、母親が弁当を作ってくれたのは、随分と昔だ。」
中学生に対して何を真剣に反論しているのだろうと自分で思いながらも、久保は言葉を続ける。
「俺は別に望んで独身でいるわけじゃないぞ?今まで何人も彼女がいたんだ。だけど付き合う事が出来てもな、長続きしなくて」
久保は言葉を止めた。
優輝が弁当箱の蓋を開けようとした手を止めて久保を見るが、優輝はまた弁当へと視線を戻す。
「女はワガママなんだよ。」
久保は心の中で自分の言葉を否定した。
長続きしない多くの理由は自分にあると言う事は充分に分かっている。それは自分の性格や生活に原因があるだろうし、仕事も原因の1つだった。テニスだけを教えればいいのに、という恋人の言葉には納得出来ない。
自分というものを確立出来ていない年頃の選手の家庭環境や学校での生活は気になるし、友人との付き合いも気になる。
干渉し過ぎるわけにはいかないが、生活の些細な事が選手の力を左右してしまうのは事実だった。
優輝がテニスをやめた時、久保は当時付き合っていた恋人と別れる事になったが、少しも心が痛まなかった。
久保の冷たい態度が恋人を傷つけたのは事実だが、今更、元恋人に対して弁解する気持ちもない。自分の仕事を理解してくれない恋人とは長く付き合うのは無理だ。
「うまそう。」
優輝の声に、久保は弁当を覗き込む。
「いただきます!」
優輝が一緒に添えられていた割り箸を手に取る。
「そういえば優輝がニンジンを食べられない事を気にしていたぞ?食わず嫌いだと言ったら安心したみたいだが。」
ハンバーグを口に放り込んでいた優輝は、久保の言葉に首を傾げる。
「ニンジン…は、見当たらないよな?」
久保が不思議そうに優輝に聞いた時、優輝は口の中に広がる味に焦り始めた。
「コーチ、誰が作ったんだ?」
確信を抱きながら久保に問う。
「あ?むつみちゃんだよ?優輝を呼ぼうかって聞いたんだが、練習の邪魔をしたくないから、と。」
「勝手に食べるな!」
優輝は弁当箱へと箸を伸ばしていた久保の手首を掴んだ。
「何を言ってる?優輝と俺の分だって言ってくれたぞ?」
責める久保に負けずに優輝が手首を掴む指に力を込めると、久保の瞳が変化する。
「もしかして知らなかったのか?聞いていなかったのか?」
久保が焦りだす。

「昨日、優輝に会いにきてくれたんだろ?帰りも一緒だったんだろ?その時に弁当の話が出たんじゃないのか?」
昨日の事を思い出して不機嫌になった優輝は久保の問いに答えない。

「なぁ、優輝。食べよう。折角作ってきてくれたんだ。残すのは失礼だろう?…俺も、食べてもいいか?」
優輝は久保の手首を離し、唇を噛んだ。


約束を抱いて 第二章-15

2007-01-09 20:36:08 | 約束を抱いて 第二章

並べられた料理が次々に食べられていく光景に、むつみは驚いていた。
「むつみちゃん、食べている?」
「う、うん。」
尋ねる杏依も驚きを隠せない様子で、彼女の箸も止まったままだ。
「優輝、待て。」
晴己の声が響く。
「何だよ、人を犬みたいに。」
「…犬のほうが、まだ落ち着いている。」
言い捨てた晴己が傍にいる家政婦達に何かを伝えると、彼女達は並べられている料理を分け始めた。
「最初から、こうしておくべきだったよ。」
後悔の声を出す晴己を優輝は軽く睨むが、また箸を動かし始める。
分けられた料理は均等ではなく、明らかに優輝の分け前が多いが、それに関しては誰も文句は言わない。
しかし、優輝の隣に座る人物に関しては、皆が少し首を傾げていた。晴己よりも年上なのに、優輝に張り合うように、箸を動かしている。
「優輝、ほら、ニンジン食べろよ。」
「えぇー、いらないよ。コーチ食べろよ。」
「好き嫌いがあると強くなれないぞ。」
子供に言い聞かせるような久保の言葉を真剣に受け止めたのか、優輝は皿に残されているニンジンを見て箸を止めるが、またすぐに動き出した。
練習を終えた優輝達と一緒に食事をする、その事を晴己から聞いた時、むつみは驚いた。土曜日から新堂の家に泊まるのは優輝から聞いていたから新堂の家で会うかもしれないとは思っていたが、まさか優輝と一緒に食卓を囲む事など、考えもしなかった。
久保の存在が食事の雰囲気を和やかにしてくれているのは事実で、むつみはホッとしながら取り分けられた料理を口に運んだ。

◇◇◇

自分の車で帰る久保を見送った後、晴己が後部座席のドアを開けた。
「電車で帰るよ?」
「むつみちゃんを送っていくから、ついでだ。」
遠慮する優輝の言葉に晴己が答えた。
「あの…私も電車で」
「送る。」
無謀だと思いながらも断るむつみの言葉を、晴己はあっさりと切り捨てた。
「優輝。近所だから、ついでだよ。」
晴己が助手席に乗るのだろうか、そんな不安を感じるが、それを言う事も出来ずに、むつみは優輝と一緒に後部座席に乗った。
「すごい車だな。」
優輝はシートを掌で撫でる。
「運転手付だし、さすが新堂晴己様って感じだな。」
その口調は嫌味ではなく、感嘆の声に近いとむつみは感じた。
「いつから来たんだ?」
突然話を変えた優輝がむつみに問う。
「お昼過ぎ…。杏依さんが実家に行っていたから、その帰りに寄ってくれて」
「昼過ぎ?」
むつみの声を遮る優輝の問いが、何故か突き刺さるような気持ちがする

「服を…子供用の服を選んでいて…。」
「服?」
むつみは言葉を止めてしまう。
「それだけ?」
問われて、午後の行動を思い出してみる。
確かに自分のスカートを選んでしまったが、それ以外は子供用の服を見ていた。スカートを試着して戻った時に、晴己から夕食の話を聞かされ、その後は杏依と一緒に庭を散歩していた。
「杏依さんと一緒にいたの。凄く…久しぶりだったから。」
思わず頬が緩んだのが自分で分かる。
杏依と普通に話すことが出来る。
生まれてくる子供の服を選ぶ事が出来る。
杏依が、今も自分を受け入れてくれる。
むつみはそれが分かり、とてもホッとしていた。
優輝の兄が言ったように、時と共に関係が変わるのは当然で、それを自分が受け入れる事が出来れば、杏依との関係を保つ事は可能だと感じていた。
「嬉しそうだな。」
優輝の言葉にむつみは彼を見るが、彼は窓の外を見ていて表情は分からない。
それ以降、優輝は口を閉ざしてしまった。


約束を抱いて 第二章-14

2007-01-08 13:26:25 | 約束を抱いて 第二章

「かわいいー。ねぇ、むつみちゃんは、どっちが好き?」
「私?えっと私は…。で、でも、はる兄は?」
むつみは離れて座っている晴己に視線を向けようとするが、杏依の声に呼び戻される。
「むつみちゃんは、どっちが好き?」
答えを求める杏依を無視することなど出来ず、むつみは広げられている洋服を見比べる。
「えぇっと…こっちかな?」
「そうよね、そうよね?こっちの方が可愛いよね?えっと、じゃあ次は」
さきほどから、何度も同じ会話を繰り返している。その度に晴己の事が気になるのだが、彼は座っている椅子から立ち上がる気配がなかった。
日曜日の今日、むつみは杏依に呼ばれて新堂の家に来ていた。生まれてくる子供の服を一緒に選んで欲しいと言われたのだ。
杏依の馴染みの店の店員が、大量の洋服を新堂の家に持って来ていて、次から次へと杏依はむつみに意見を求める。
「ねぇ、どっちがいいと思う?」
晴己を見ていたむつみは、杏依の声に視線を戻して、テーブルに広げられている服を見る。
「え?」
「私はね、こっちがむつみちゃんに似合うと思うけれど。ほら、かわいいでしょ?」
杏依が手に取った服は、グレーのワンピースだった。
「…かわいい。」
思わず生地に触れると、手触りが良く柔らかい。
これからの季節に合わせて生地は厚めだが、体のラインが出そうな感じの柔らかさだった。
「かわいいでしょ?」
杏依が嬉しそうにワンピースをむつみへと差し出す。
丈が短く膝が見えてしまうかもしれない、そう考えながら受け取ろうとしたが、
「むつみちゃん。」
晴己の声に、むつみは動作を止めた。
いつの間にか、晴己がむつみの背後に立っていて、むつみは椅子に座ったまま、振り向いて彼を見上げた。
「こっちのほうがいい。」
むつみの膝の上に、ブラウンの生地が落とされた。
手に取ると、グレーの生地と同じように柔らかい。
あまり目立たないが、小さな花の模様がプリントされているスカートだった。
これも可愛いな、と思いながらスカートをテーブルの上に広げると、晴己が後ろからむつみの頭を撫でた。
彼のその動作に、むつみは気付く。
「杏依さん…私…この色のスカートを持っていないの。」
むつみはスカートを手に取り杏依の目の前に広げてみる。
「あら、そうなの?」
「ねぇ、着てみてもいい?」
「もちろんよ。」
杏依の言葉を聞いた店員が、むつみを促し、隣の部屋に移動する為にドアに向かう。
生まれてくる子供の服を選んでいたのだから、自分の服を選ぶ必要などないと最初は思った。
もし、欲しいと思っても、それを晴己と杏依に言う必要もない。
小さな頃は、この家で服を選ぶ事が多く、殆どが晴己が選んだ服で、そこにむつみ自身の意思があったかどうかは、むつみ自身も定かではない。
金銭的な請求は碧にされていたのかどうかも、むつみ自身は知らない。
そんな事はやめたほうがいいと気付いてからは、新堂の家で服を選ぶ事はやめていた。だけど今回に関しては、どちらもいらない、と答える事が出来ず、自分のお小遣いで買える値段だろうか?と少々不安に思いながらも選んだ。
杏依が選んだ服を着てみたいと思うが、それを晴己が許してくれるとは思えなかった。
短い丈の服を着たこともないし、晴己が選んだ事もない。晴己が選んだブラウンのスカートは膝が隠れる長さだった。
ブラウンの色を持っていない、と言ったむつみの言葉を、杏依は疑うことなく受け取ってくれただろうか?
短いスカートを選ばなかったのだから、晴己は納得してくれただろうか?

2人とも傷つけずに済んだだろうか、そんな事を考えながら、むつみは部屋を出た。


約束を抱いて 第二章-13

2007-01-06 10:00:17 | 約束を抱いて 第二章

優輝に怪我をさせてしまった事は、むつみ自身を責め続けていた。例えテニスを続ける事を決めたとしても、試合に優勝したとしても、彼の貴重な時間を奪ってしまった事実は消えない。
優輝に嫌われているのは自覚している。怪我だけでなく、その後も迷惑をかけたのだから当然だし、直接言葉を投げつけられた事もある。
分かっていながら、優輝への想いが募る自分の気持ちに戸惑う。

「邪魔ばかりしてごめんね。これで最後にするから。」
同じ学校で、同じクラスだから、会わないでいる事は無理だけれど、クラスメイトという関係だけに徹しようと、むつみは考えていた。
「でも、これだけは許してくれる?」
優輝はむつみを見ているけれど、何の反応もない。
「優輝君が夢を掴むのを、応援していてもいい?」
遠くで応援している事ぐらいは許してもらえるだろうか?
二度とこうして話すことはなくても、想いを口にする事はなくても、初めて会った時に惹かれた彼の姿を追い続けたかった。
「それも…だめかな?」
むつみは目を伏せる。
体中が優輝への想いに占領されている。
好きと言う言葉をもっともっと言いたい。
自分にはそんな資格はないのに、図々しい事を考えていると分かっているのに、罪悪感を感じながらも、むつみの想いは優輝へと向いていた。
「弁当…自分で作るんだろ?」
俯いているむつみの頭上で声がした。
むつみの問いとは関係のない内容に驚いて、彼女は顔を上げる。
「全部…じゃないけれど…。和枝さんが、あの、お手伝いさんが、前日に用意してくれているから、私は朝、足りない分を作る…だけ。」
和枝が作る品数は、少しずつ減ってきているし、確実に前日に用意されているわけではない。それだけ、和枝は仕事が大変になってきているようだった。
「それなら、その人に全部作ってもらえばいいだろ?」
「えっと、でも…。」
「そんな事していたら、朝は…公園に来れないだろ?」
急な話の変化に、むつみは言葉を詰まらせる。
「久保コーチが言ってただろ?練習見に来いって。」
随分と前に久保に言われた事を思い出す。
そして、優輝にも『どうして練習、見に来ないんだ?』と問われた事を思い出した。
「平日は、今まで通り久保コーチと練習するけれど、休みの日は、これからはクラブに通うから。」
「え?」
優輝の頬が、安心感で緩む。
「戻る事にした。クラブに。」
その言葉を聞いて、むつみも笑顔になっていく。
「毎日クラブに通うのは、今の家だと無理だから、土曜日から晴己さんの家に泊まることになった。」
「はる兄の家から?」
「晴己さんが、そうするように言ってくれた。凄く…嬉しかった。」
優輝の顔が、再び綻ぶ。
「斉藤さんは、晴己さんの家に…よく行くんだろ?」
顔を上げた優輝がむつみを見る。
小さな頃と比べれば格段に頻度は落ちているし、最近は杏依との事で新堂の家に行くのを避けていた。
でも、それを説明するのが難しくて、むつみは返答に困る。
「俺は休みの日は新堂の家にいるから。」
優輝が告げるとチャイムの音が響き、むつみは時計を見た。
昨日と同じ時間のチャイムが鳴り響いている。
優輝は机の上のカップケーキを鞄へと詰めなおすと立ち上がった。
「あの…優輝君?」
むつみは座ったまま優輝を見上げた。
授業が始まるから仕方がないけれど、会話は中途半端に終わっている気がする。
「じゃ、先に戻るから。」
笑顔で立ち去る優輝の背中を、むつみは不思議な想いで見送った。


約束を抱いて 第二章-12

2007-01-04 22:07:41 | 約束を抱いて 第二章

尋ねる優輝に、むつみは的確な答えが返せなかった。
「ケーキとメッセージ、何が関係あるんだよ?食べたくない物を強制するつもりはないけど、お腹空いているなら食べればいいじゃん。」
「…」
優輝の意見は正当性があるようにも感じるが、あまりにも冷たい意見で、むつみは言い返してしまう。
「食べられないのは仕方ないけど、それなら彼女達にそう言うとか…それに返事する時に、美味しかったとか言ってもらえたら嬉しいと思うよ?」
「返事って?」
むつみは瞬きを何度もしてしまった。
優輝は全く動じていない。
むつみは慌てて椅子に座ると、優輝の顔を覗き込んだ。
「だって優輝君、告白されてるんだよ?こうして手作りのケーキを貰って、好きですって書いてあって。だったらちゃんと返事するでしょ?相手の事を好きとか付き合うとか。」
「なんだよ、それ。面倒だな。」
「面倒?」
「だってそうだろ?頼んでもいないのに勝手にメモ付きのケーキ渡されてさ。で、返事する為に俺があの子達を呼び出すのか?顔や名前なんて一致していないし、どんな子なのか知らないし。」
「だけど。待ってるでしょ?告白して返事がもらえるのを待ってるでしょ?」
「勝手じゃん。そんなの。」
むつみは言葉を失って優輝を見た。優輝の考え方と自分の考え方は、随分とかけ離れている気がした。
「勝手かもしれないけれど。」
むつみは、ゆっくりと深呼吸をした。
「好きになったのも告白したのも待っているのも、勝手にしている事に違いはないけど、無視する事はないでしょう?ダメかもしれないって思いながらも本人から、はっきりと言って貰わない限り、ずっと待っちゃうでしょ?優輝君にとっては迷惑な事だろうけれど…何人もから告白されて面倒な事かもしれないけれど…。だけど想いを抱えている方にとっては一大事なんだよ?毎日毎日ずっと優輝君の事を考えて…。」
そこまで話して、言葉を止める。
隣のクラスの女子生徒達の気持ちを代弁するつもりが、いつの間にか、完全にむつみ自身の気持ちを語っていた。
零れそうになる涙を堪える為に、もう一度深呼吸をする。
「想い続けても無理なんだって分かっていても、だけど少しの事で期待しちゃうの。さっきみたいに私が作ったお弁当を美味しいって言って食べてくれるだけで、優輝君にとっては何の意味のない事でも、私には大きい事なの。美味しいって言ってくれるだけで嬉しいし、もしかしたら、今はもう嫌われていないのかもしれないって、自分に都合のいいように考えちゃうの。」
話しながらむつみは自分の気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
言葉にすると自分の気持ちが形になっていくのが分かる。
そして、また優輝への想いを再確認してしまう。
「面倒な事だとは思うけれど、今ここではっきりと言って。嫌われているのは分かっているの。だから、思ったままでいいから、私の事をちゃんと振って。」
優輝の目を見る。
彼は身動き一つしない。
「すぐに諦める事はできないけれど、今までみたいにしつこく付きまとうのはやめるから。」
むつみは自分のしてきたことを思い出すと恥ずかしくなる。
「本当にごめんなさい。迷惑ばかりかけたのに、今もまたこんな事を言って。」
今以上に嫌われる、そう感じた。だけど、終わりにしたくて、むつみは想いを伝える。
優輝は、彼の目指す未来へと進んでいく。もう、その邪魔をしたくなかった。
「優輝君。」
目の前にいる優輝を見て、むつみは自然と笑みが零れた。
初めて会った時とは随分と変わっている。
それは外見だけの成長ではなく、優輝の全てが成長した事を表していた。

大きな悲しみを乗り越え、そしてこれからも少しずつ乗り越えようとしている優輝。
夢を目指すその眼差しも。
悲しみを映すその瞳も。
「好き。」
その言葉は、自然とむつみの心から溢れ出ていた。


約束を抱いて 第二章-11

2007-01-04 18:48:40 | 約束を抱いて 第二章

「うわっ。すっげぇ美味い!」
むつみは隣でお弁当を美味しそうに食べる優輝を見ていた。
「これ自分で作ってるのか
?」
「…うん。」
「凄いな。美味しい。」
そう言って勢いよく食べていく。
美味しいと言ってくれる気持ちは嬉しいが、素直に受け取れないまま、むつみはカップケーキを一口食べた。
「…甘いものダメなの?」
優輝の鞄から出されたカップケーキは二人から少し離れた所に置かれている。
「全然、ダメ!出来れば見たくない。」
甘い味を思い出したのか、眉間に皺が寄るが、またすぐに箸が動く。
たくさんのカップケーキを貰った優輝は、内心かなり困っていた。
だけど吉井はそんな優輝に気付かずに、
「おまえはそれ食べろよ。俺は弁当貰う。」
そう言うと、優輝の返事を待たずに弁当を取り上げたのだ。
甘いものが食べられない優輝は弁当を取られると昼食がなくなってしまう。慌てて取り返そうとしたが、周囲のクラスメイト達も箸を伸ばしてきてしまい、優輝の弁当の中身は、すぐに空っぽになってしまった。
だからと言って優輝はケーキは食べられない。
それどころか、その臭いが近くにあるのも嫌になる。
捨てたくても学校で捨てるわけにはいかないから、授業が終わるまで人目につかない場所に置いておこうと考え、廊下をウロウロとしていたら、飯田加奈子が音楽準備室の場所を教えてくれた。
まさか、そこにむつみがいるとは思っていなかったが、昼食は抜きだと思っていたのに、むつみの弁当を目の前にして優輝は咄嗟に交換を申し出てしまった。
「…足りる?」
減っていく自分のお弁当の中身を見て、むつみは優輝に尋ねていた。
「…いつもこれだけ?」
「足りないよね、優輝君には。」
むつみと優輝の視線が絡み合うが、優輝が先に慌てて視線を逸らした。

「斉藤さんは、その…ケーキだけでいいのかよ。」
弁当を取り上げてしまったのは自分なのに、優輝はそんな事を聞いていた。
「うん。夕食までは無理でも授業が終わるまでは大丈夫だと思う。帰ってから何か作ればいいし。」
「あれ食べればいいじゃん。」
そう言って優輝は自分が貰ったケーキを指差す。
「…遠慮します。」
「どうしてだよ?」
弁当と交換だと優輝は言ったのに、むつみはそれを拒み、自分が作ったケーキを食べていた。
「だって…あれは彼女達が優輝君に渡したものでしょう?やっぱり…特別な気持ちとかあるだろうし…。」
彼女達の特別な感情が込められたケーキを自分が食べるのは嫌だった。
「でも俺、食べられないんだしさ。どうせ捨てるよあれ。帰ったら捨てる。」
食べられないのだから仕方ないけれど、彼女達の気持ちを考えるとむつみは胸が痛んでしまう。
「だからさ、ほら。」
優輝は手を伸ばして袋を1つ取る。
「はい。」
目の前に出された袋をむつみは見た。
袋の中に小さなカップケーキが入っている。
「優輝君…」
袋に張られているかわいい紙には、隣のクラスの女子の名前が女の子らしい字で書かれている。
そして、〝好きです〟の文字。
「…優輝君、ちゃんと読んだの?」
袋を持っている優輝の手を彼のほうへと押し、彼の目の前に持っていく。

「あぁ、これ?読んだよ、今。」
あまりにもあっさりと優輝が言う。
むつみは怪訝に思いながら立ち上がると、無造作に机の上に放り投げられている袋を手に取った。
「ほら優輝君。メッセージが書いてあるでしょ?」
彼の目の前にそれらを置く。
女子生徒の名前と共に書かれている告白の言葉達。
「私が食べられる訳がないでしょ?」
「どうして?」
優輝は不思議そうにむつみを見上げて尋ねた。


約束を抱いて 第二章-10

2007-01-04 10:19:27 | 約束を抱いて 第二章

「鍵、ここに置くね。」
加奈子が鍵を机の上に置いた。
「うん。ありがとう。」

「折角だから、一曲だけ弾いてから行くわ。」
手を振って出て行く加奈子を見送ると、しばらくしてピアノの音が微かに聞こえてきた。
毎日、保健室に逃げるわけにもいかず、今日は加奈子の計らいで音楽準備室へと来ていた。ずっとピアノを習っている加奈子は、時々音楽室でピアノの練習をしていた。
「綺麗…。」
加奈子の音色を聞きながら、幾分心が落ち着いてくる。
机の上に置いたままの弁当箱を手に取ろうとして、その横に置いてあるリボンの付いた袋が視界に入る。
むつみは、ゆっくりと額を机に当て、溜息を出しながら瞳を閉じた。
今日も、相変わらず優輝の周囲は騒がしかったが、それは昨日よりも勢いを増している。
昼休みになると、隣のクラスの女子が優輝を訪ねてきた。手に持った透明の袋にはカップケーキが入っている。そしてそれを持ってきたのは一人だけではなくて、また一人、さらにもう一人、とやってきていた。むつみはその光景を見ているのがつらくて、加奈子に誘われて音楽準備室へと来ていた。
「やだなぁ…」
そんな風に思ってしまう自分がさらに嫌になる。
優輝の周りにはいつも誰かがいる。それは同性や異性を問わないけれど、明らかに恋愛感情を持った異性が近くにいるのを見ると、むつみは心が締め付けられるように痛い。
優輝がカップケーキを受け取るのも、告白を受けるのも、自分が割り込めるものではないと分かっていながらも、そんな光景は見たくないと思ってしまう。
自分は優輝に気持ちを伝えているのに、彼からは何の返答もない。その返答のない事が優輝の気持ちを表しているのだろうか?
ピアノの音色が止まる。
加奈子が音楽室から出て行くのが分かるが、むつみは動かずに、また溜息を出す。
杏依に会えた事が嬉しくて、今朝の気分は良かったのに、優輝の事で一気に落ち込んでしまう自分の気持ちに対応するのが難しい。
しばらく、むつみは机に顔を伏せたまま瞳を閉じていたが、ドアをノックする音に慌てて体を起こす。
加奈子だと思っていたむつみは、ドアを開けた人物を見て驚き、すぐに声が出せない。
「斉藤さん寝不足?いつも眠そう。」
睡眠不足の原因である人が、平気な顔で聞いてくる。
「こんな所で何してるんだ?」
「…お弁当、食べようかと思って…。」
加奈子は既に済ませていたが、むつみは食欲がなく、弁当箱はそのままだった。
弁当箱に手を伸ばして、再び小さな袋に入ったカップケーキが視界に入る。
「調理実習の?」
むつみの隣の椅子に座った優輝が、机の上の袋を見て尋ねた。
「うん。優輝君…たくさんもらったでしょう?」
むつみ達のクラスと隣のクラスは一緒に調理実習の授業を受けていた。だからむつみも彼女達と同じカップケーキを作っていた。
「あぁ、これ?」
そう言うと優輝は手に持っていた鞄を開けるとむつみに見せた。そこには同じカップケーキがぎっしりと詰まっている。
「す…すごいね…。」
むつみはすぐに、詰められたカップケーキ達から目を逸らすと、自分の弁当箱を手に取った。
「あのさぁ。」
優輝は鞄を差し出して、むつみに言う。
「それとこれ、交換して。」


約束を抱いて 第二章-9

2007-01-03 12:39:48 | 約束を抱いて 第二章

残念そうだったり、納得していたり、不安に思っていたり、嬉しそうだったり、そして怒っていたり。
杏依の表情を見て、むつみの気持ちが解れていく。
「彼氏、じゃないわ。」
杏依の言葉の一部を、むつみは否定した。
「そうなの?」
「私は気持ちを伝えたけれど、それだけ…だから。」
杏依のように、自分の気持ちを表現出来るのが羨ましいと、むつみは思う。それが出来ない自分は、優輝に気持ちを上手に伝えられなかったのかもしれない。
「私も…寂しかったのかな?」
杏依の優しさが嬉しくて、彼女の温もりに包まれたくて、それに甘えるのは止めなくてはいけないと思いながらも、むつみは杏依の優しさに縋ってしまう。
「嬉しいって本当は思うのに。幸せな事なのに、嬉しい事なのに…自分の気持ちが、よく分からないの。」
杏依の瞳が不思議そうにむつみに問いかけていた。
「夏に…杏依さんが別荘に来れない理由を聞いた時、私、はる兄に、おめでとう、って言えなかった。」
酷い事を言っていると自分で分かりながら、むつみはその言葉を口にする。
「むつみちゃん?実感がなくて当然よ。私だって不思議な気持ちだもの。」
そして、杏依は自分の腹部を撫でる。先ほどから本人は無意識なのだと思うが、何度も掌で自分の腹部を撫でていた。
「杏依さん」
ごめんなさい、と開きかけた唇を、杏依の人差し指が押さえた。
「むつみちゃん、いつも謝ってばかり。私にはその言葉を言わないで。」
杏依が微笑む。
「新しい事実を受け入れるのに時間がかかるのは当然よね?私もむつみちゃんも同じ気持ちよ。」
杏依に頬を撫でられる。
その掌が温かくて、むつみは過去に何度も、彼女に頬を撫でられた事を思い出していた。
「私も…触って良い?」
頷いた杏依に手を取られて、むつみはそっと杏依の膨らんだお腹を撫でた。

◇◇◇

「え?」
ネクタイを緩めた晴己が杏依に驚いた顔を向ける。
「むつみちゃんに、会ったの…か?」
「実家の帰りに、むつみちゃんの通学路に寄ったの。姿だけ見て帰ろうと思っていたけれど、気付かれちゃって。むつみちゃんは、あの車で桜学園に通っていたでしょう?」
晴己は表情の冴えない杏依を見て不安になりながらも、質問をする。
「話を、した?」
「うん。家におじゃまして来たわ。」
「え?」
晴己は、また驚いた顔を杏依に向けた。
「以前のように、それはまだ無理だけど…。ううん、元に戻るのは無理だわ。」
「杏依?」
「晴己君、むつみちゃんは中学二年生なのよ?以前のような関係は無理だわ。」
晴己の表情から感情が消えるのを見て、杏依は言葉を一度止めた。むつみの事に関して意見をするのは危険だという事は充分に分かっている。
だけど妻である自分にしか出来ないことがあるはずだ。
「むつみちゃんは成長していくし、環境だって変わっていく。私達だって変わったでしょう?むつみちゃんは、それを受けいれてくれたわ。我慢して無理をして、だけど私達には悟られないように努力して、おめでとう、って言ってくれたのよ?」
杏依と晴己の結婚が決まった時、むつみが少しでも戸惑いを見せてくれれば、2人は彼女に対して対応をした。だけど、むつみの感情を読み取っている事など、隠し通そうとする本人に言う事は出来ず、むつみのおめでとう、という言葉を晴己と杏依は受け取るしかなかった。
今回、むつみが寂しいと言った事で、杏依は随分とホッとしていた。
「晴己君は、むつみちゃんが成長していくのが、そんなに怖いの?」
「…違う。相手が優輝だからだ。」
杏依はむつみとの約束を守る為に、優輝の話題を避ける。
「私は、頼りない?」
自分で分かっているが、杏依は問う。
「晴己君とむつみちゃんは似ているよね?全部自分で抱えて1人で我慢して、自分だけで解決しようとする。私は今も…晴己君の力になれないの?」
「杏依は…今は子供の事だけを考えて。」
晴己が杏依の頬を撫でる。
杏依は、優しい行為に隠された晴己の拒絶を感じて、何も言い返せなかった。