“素敵じゃないか“ のトンテトンテ

2006年05月30日 | BB5/ブライアン
ジャズとビーチ・ボーイズとレッチリの<聖・三角形>の周りを、グルグルしている日々です。

ビーチ・ボーイズはいろんな方々のビーチ・ボーイズ愛を感じさせられるコメントを頂いて盛り上がりました。
そしてさらにsugarmountainさんのところで、至福の曲を聴かせてもらったり、嬉しい記事を読ませて頂いたりで、もー俄然盛り上がりリスニング中。
ジャズもまた、色々なコメントを頂いたり、嬉しいフィードバックがあったりで、こちらも絶賛リスニング中。
レッチリは、これはもう日々の活力と安定の源。アンソニーの声の癒し成分により、ざわざわする心も落ち着くっていうか。


なんか脈略ない三角形だなぁ、と思ってたんですけど、ふと2つの要素にからんでくるアーティストのことが思い浮かびました。

彼の名はバーニー・ケッセル。ジャズ・ギタリスト。

彼、『Pet Sounds』のセッションにも参加してるんですよね。私は全くそのことを知らず両者を聴いていたのですが、『Pet Sounds Sessions Box』が発売された際、オマケの詳細なブックレットを見て、その事実を知り、ちょっとビックリしました。

『Pet Sounds』に、いや、もうそれより随分前からのビーチ・ボーイズ作品にカリフォルニアの名うてのセッション・プレイヤー(主にスペクター人脈ですね)が参加していることは知っていたのですが、ウェスト・コーストのジャズ・プレイヤー達も割に参加していたようで、TVや映画の音楽に参加するのと同様、生活の糧のためだったのかなぁ、なーんて、複雑な気持ちにもなってしまいそうですが、出来上がった作品、それに当の本人たちのコメントを読む限り、そんな素人のヤボな邪推はどこかへ吹き飛んで、実に清々しい気分になります。

バーニー・ケッセル曰く


「ブライアンはスタジオに入ってくると、僕らにコード表を渡す。それで充分だったんだよ。
ブライアンは当時、非常に商業的に成功していたね。それに一緒に働く相手としては素晴らしかったよ」



ブライアン・ウィルソン曰く


「彼はまるでダイナマイトさ。本当に素晴らしいギター・プレイヤーなんだ。ホント、ダイナマイトだったんだ。“素敵じゃないか“のイントロをプレイしたのも彼なんだ。ジャズでも何でも、弾いてほしいギターは何でも弾く事が出来たんだ」

            以上『Pet Sounds Sessions Box』より


なぬ!「素敵じゃないか」のイントロとな!
あの♪トンテトンテ♪言うてるやつですか!

「素敵じゃないか」には並々ならぬ想いがありますよ。しかもあのイントロが、あの曲の重要な決め手じゃないですかー!いや、ビーチ・ボーイズ史上、最も重要なイントロかも!それを弾いてるの?!(コレは今回気づきました!)
しかもブックレットの邦訳には「彼が書いた」となっていますよー!!およよ。
英文は 

He Played the Introduction on “Wouldn't Be Nice“. Whew!

となっています。Whew!
Playってこの場合、イントロも「書いた」のか、ただ「演奏した」のか、どっちの意味ですか?
Whew!なんて驚いちゃってるし、別段むずかしい演奏でもないし、ケッセルは他の曲にもたくさん参加して演奏をしているし、んー、これはバーニー・ケッセルが「書いた」ってことなのですかねぇ・・・!?
今頃、一人で興奮してますけども!

ちなみにバーニー・ケッセルがクレジットされているペット・サウンズ曲は
“You Still Believe in Me“、“Let's Go Away For Awhile“、“I Know There's An Answer“、“I Just Wasn't Made For These Times“、“Caroline, No“です。あ、“Trombone Dixie“もだ。


   *  *  *  *  *  *





そんな訳で、“素敵じゃないか“のイントロを書いた(であろう)、バーニー・ケッセル。
ジャケがカッコイイ(であろう)、『Easy Like』。
53年発表の10インチに曲を足して56年にアルバムとして発表され直しました。ミドリがステキ。

私はこの人はこのアルバム1枚しか持っていないんですけど、よく聴いたアルバムで、とても心に残っています。
めちゃんこ聴き易いっていうのもあるし、コロコロ転がるようなギターの音色、流暢なコードワークは聴く場所や時間を選ばず、きっと聴く人に心地よい空間を演出してくれるに違いありません。

イチオシはM-8“That's All“。バディ・コレットのフルートが奏でるスィートなメロディと音色にコロッと。こんな優しい曲、参るってーの!

M-2“Tenderly“のギターがスゴい。渓谷に流れる川の水が様々な地形に関係なく流れる様に、ギターも流れています。当たり前の如く、ゆっくりとゆらゆらしながらしっかりと。そこに何ら間違いは見受けられず。

自作のM-1“Easy Like“、“Bernado“、“North of The Border“もケッセルのギターの魅力溢れる、活き活きとポップで面白いイイ曲です。

今日、久々に聴きましたが、初夏の夕暮れ時なんかには持ってこいのアルバムですね。
最近日も長くなって19時くらいまで明るいのも、妙にウキウキすることですし。




ジャズとわたくす

2006年05月26日 | JAZZ
今から10年ちょっと前くらい、私にもジャズに夢中な時期がありました。
もう、他の音楽は一切聴けない程、一筋に。
そういう話はよく聞きますから、きっと激しい中毒性がある音楽なのでしょう。
それにそうでもして集中して聴かないと、追いつきゃしないんですよね。
こっちもこっちとて、広ーくて深ーい大海原ですから。

聴いていたのは殆どモダン・ジャズ。
コルトレーンやデイブ・ブルーベックなどが好きでした。
そのうち、ジャズ・ライター(評論家に非ず)の寺島靖国さんの本と出会い、さらにかぶれてしまって、アート・ペッパーやジェリー・マリガンなどの寺島さんお気に入りのジャズメンのアルバムを、廉価の再発アナログや、安い中古CDを探しまわってコツコツと買い集めては熱心に聴いていました。

寺島さんの文章はとにかく平易。「いつも本音で、自分の感じたことを率直に書く」スタイルを貫かれていて、本当に分かり易いです。それに独断と偏見にこれでもかと溢れているのがまた小気味良く、あぁ、心底このアルバムが、この曲が、好きなのだなぁと感じさせられるものばかりで、ついつい読んでて聴きたくてどうしようもなくなるのでした。

ジャズを聴きながら、ジャケットを眺める。
パーソネルなんかをいっちょまえに、けれど懸命に頭に入れたり、寺島さんの文章を読みながら聴く。
寺島さんの本の中にいーっぱい掲載されてある、想像力を刺激するテクニカラーのジャケット群を眺める。
そういう時間がすごく好きでした。
音に唸り、文章に唸り、一人、熱くなってました。
「セロニアス・モンクを、したり顔で聴いたりなんかする、私ってばカッコイー!」
と、悦に入っていたとこもあることでしょう。
なんてたって、ジャズの世界はロックのそれとは違い、知的でクールで、「大人」な気がしましたから。
「自分は人とは違うんだぞぃ」と思いたい年頃の小娘が選ぶのには充分な世界でした。
偏りながらも、まだまだ入り口ながらも、とにかく性急にハマっていくのでした。

そんな私とジャズとの蜜月がいつ頃終わりを迎えたのかはよく覚えていませんが、また私はただのロック娘に戻って行きました。
勢い良く出て来たオアシスあたりに呼ばれたのかも知れません(えー!)。
嘘みたいに熱が冷め、もう自分からジャズを聴こうとはしなくなりました。

・・・

話かわって今週の月曜に見たテレビ。
波田陽区とスピードワゴンの井戸田がそれぞれ一流サックス奏者の指導のもと、10日間の猛特訓の末、どちらがうまくサックスでジャズを演奏出来るか対決する、というのをやっていました。
課題曲はスタンダード “Fly Me To The Moon “。
井戸田はセクシーな音色でよく唄い上げて、10日間とは思えない程の上達ぶりでした。
波田はちょっとスクエアーに、けれどこれも初心者とは思えぬ演奏でした。

私は気がつくと波田の演奏を聴いているとき、泣いていました。
涙があふれて仕方なかった。
ジャズが何たるかなんて、私には到底分かるハズはなく、それでもその(猛特訓の末とはいえ)超初心者が吹くサックスの音色、アドリブなんかの中に、ジャズの「何か」が確かに入っていて、それが自分に届いたのだと思います。
「ジャズっていいなぁ~」
自分でも驚く程、感動していました。

(にしても、トム・ヨークに泣かされることはあっても、波田陽区に泣かされる日が来ようとはー!)



そんなわけで、ジャズ。ここのところ久々に聴いてます。
今はゆったりした気持ちで、コーヒー飲みながら。
モチロン、ロックも交えつつ。
同じアルバムでも、以前とは少し違う聴こえ方がするように感じています。
意気がって聴いていた頃より、素直に音やメロディそのものを楽しめるというか、自然にスーッと入って来る気がします。
これは大人になったということですか?

しかし、また大海原に出てしまった。
傍らには大事にしてきた寺島靖国さんの本。これだけは、いつまでも変わらず。



特に思い入れがあるアルバムはこんなカンジ・・・











やぁ、ひさしぶり




『Live At Knebworth 1980』The Beach Boys

2006年05月25日 | BB5/ブライアン
ふぅーっ。なんで、ビーチ・ボーイズって、こんなに切ないんでしょうね。

最近zumaさんとこと、moondreamsさんとこでビーチ・ボーイズのことが取り上げられているのを読んだのがキッカケで、ビーチ・ボーイズをまたよく聴いておりました。
とらじろうさんとこはいつでも素敵なビーチ・ボーイズ祭り!)

特にカールを聴きたくて、中期~後期を中心に。
で、今日はこれのDVDを見てたんです。

ビーチ・ボーイズ、1980年6月21日、イギリスはネブワースのフェスでのライブ。

時期で言ったら『Keepin' The Summer Alive』発表後と、イマイチ、ピンと来づらい時期ですが、なんのなんの。メンバー各人絶好調で、意外と(?)見応えタップリ、ファンなら泣き所満載の、ええ~ライブなんですよね~。

なんてったって、オリジナル・メンバー5人+ブルース・ジョンストンという黄金メンバーが揃う最後のライブ。

調子悪い時期ながらもブライアン、まだマシな方で、ちょこちょこ唄ってるし。
デニスも声は出ないながらもドラムはしっかり叩いているし、めちゃゴキゲンさんなのが微笑ましいし(だからか余計に胸にくるものもありますけど)。

ライブ会場もビーチ・ボーイズをこよなく愛するイギリスってことで、かなり気合いが入っているし、ステージの上も下もノリノリで気持ちいいです。


イントロ(とアウトロ)がまず、“Good Timin'“ (ライブに非ず)なんですよね。
ブログ・タイトルにしている曲です。これだけで個人的にはつかみはばっちりw
現行のDVD及びCDは『Good Timin: Live at Knebworth, England 1980』というようにタイトルにもGood Timin'と付いているようですね♪

で、肝心のライブ。まースゴイの。みんなイイけど特にカールとアル。

“God Only Knows“ 。
カールのヴォーカルがこの世のものとは思えない美しさ。
こんな言葉が陳腐に響かなければいいんだけど。
だってホントに何かを超越したようなんだもの、カールがこの唄を唄う時はいつでも。

で、出たぜ!待ってました!の “Darlin'“ 。
カールはこのライブの時の “Darlin'“ がどの “Darlin'“ よりもスゴイだなんていう定評があるみたいですが、うん、ホントイイです。テンポも早いし、こぶしも廻しまくりで、ホントかっこいいんだよなー。カールの好きなR&Bやソウル・レビュー風な味わいのある仕上がりです。

カール自作で当時新曲ホヤホヤの “Keepin' The Summer Alive“ もすんごい力の入れようで、これまたかっこいいです。
当時33才のカール。若いし、俺引っ張るし、みたいな気合いや意気込みがヴォーカルにも演奏にも見てとれて、何ともいいんだよなー。グッとくる。
ブライアンも心なしかちょい笑顔でピアノ弾いてるし(ノッてきたのか?)。
もうここまでノッてるカールと、まとまってるビーチボーイズを見れるなら、曲がどういうのとかはもうどうでもよくて、ただただ見てて幸せな気持ちになります。

個人的にはトム・クルーズなんかよりこの時のカールの方がオットコマエ!誰が何と言おうと!
特に目がすごくキレイですね。優しくてキレイな目です。
髪を風になびかせ、くまヒゲで、ぽちゃぽちゃで。
まぁ存在自体が天使ですよね。少なくとも私の中ではそうです。
永遠の末っ子。

で、アルもガンバッチョル。
メドレーの“Cotton Fields ~ Heroes And Villains“ (!!)。
アルのよく伸びるまっすぐな声で、気持ち良さそうに唄われるのが心地良いし、“Heroes And Villains“ のコーラス・パートもレコード再現率が非常に高く、かつラフで力強いという生の良さもあって、言う事なしです。

この良さはこのライブ全体にも言えることですね。
なので、見ててどの曲もパート、パートでテンション上がりますよー。
残念ながらアルバムでは魅力や力量を発揮できずにいた頃のビーチ・ボーイズ、だけど底力を見せつけられるし、冴えてる時のスゴさったら、もーっ!ってね。

で、アルの極めつけは自作曲の “Lady Linda“。これが結構このライブならではの白眉なんじゃないかと思ったりします。
なんてったって、アカペラで極上のハーモニーが聴けるんですよね、この曲のラストで。
曲が終わった後、マイクが「今のサイコッ!も一回っ!」とか言っちゃって、再度アカペラ・パートに突入。
あぁ、至福の時。

さらに至福の瞬間が “Surfer Girl“ に。
途中でデニスが言う“レディース&ジェントルメン、ブライアン・ウィルソンッ“ の掛け声と共にブライアンがあの唄声を彷彿させる、しかし色々あっての荒れた声で♪We Could Ride The Surf Togther~♪と唄い出す・・・!!
で、その声を聴いている時のデニスの幸せそうな笑顔と言ったら・・・!!!
泣くでしょ?ここで泣くでしょー?

さらに最後の至福の瞬間は “Good Vibrations“ 。
「ブライアンのお陰で今日があります」みたいなカールのブライアンの紹介MCの時に、デニスがブライアンに握手を求める。ちょい笑顔で握手に応えるブライアン!
それだけでグッときてるところに、カールの天使の声で♪ア~(イ)♪の “Good Vibrations“ の出だしがぁーっっっ!!
「ほほぉぉぉ」と思わず声が上がり、持ってたライナーノーツの紙が思わずポロリと私の手から落ちました。
力が抜けました。これは言葉で説明できない状態です。何回も見ているというのに。
ヤバイんです。もう♪ア~♪だけでヤバイんです。
至福です。ホントウに至福の瞬間です。


けれども冒頭に書いたように、見終わった後に残るのは、嬉しさや楽しさといった満足感よりも、やっぱり切なさなのです。ビーチ・ボーイズ。
なんでかなー。
さみしーなー。





『Creeque Alley』The Mamas & The Papas

2006年05月22日 | 60's
ママス&パパスは、大好きなんですけど、この94年に日本で発売さた2枚組のベスト盤しか持っておりません。
オリジナルもいつかは聴いていきたいんですけど、このベスト、聴いても聴いても飽きないし、新鮮なんですよねー。
まぁ、実はママパパは流し聴きなんかが多かったりするんですが、イイ意味で聴いてて引っかかりが少ないというか、すごいスムーズで、男女混声のハーモニーがさらに聴き心地を柔らかくしてくれていて、夢見心地なんで、あんまり覚えてない曲もあるっていうか(笑)
たまにIPodのシャッフルなんかで、「うわ!さいっこーやん♪コレ誰?」と見てみると、このママパパだった、ということが何度かありました。
モチロンじっくり聴いてもかなりイイと思いますし、でもなんというか「軽さ」も大きな魅力だったりするのかなぁ、なんて思います。ほら、ヒッピー版PPMみたいな感じ、するでしょう?

ところで、フォーク・ロックって、めちゃめちゃ好きです。ダンヒル最高。
まぁ、曖昧なくくりだし、時々「え、これがフォーク・ロックなの?」って思わされるアーティストもカテゴライズされたりしますが、いっとう好きなジャンルだわ、と思っていた時期があるほど、惚れたぜゾッコンでした。
いわゆる「フォーク・ロック」の時代、65、6年の空気感、イメージ、ちょいルーツ指向なとこ、ゆるさ、ポップさ、かわいさ、だけどあなどれない深み?、などなどに惹かれます。

この人たちで特に大好きな曲は、やっぱり、の “Monday, Monday“
グッドタイミーなアレンジが相当イカしてる “I Call Your Name“
イントロー!の“No Salt On Her Tail“
切なさ漂う“Twelve Thirty (Young Girls Are Coming To The Canyon)“邦題:「朝日を求めて」
などでしょうか。
バンド結成時のフォークロック周辺のことを、ジョン・セバスチャンやバリー・マクガイアなどの名前を織り込みながらユーモラスに唄う “Creeque Alley“ もいいですね。


このベストの2枚組、面白くって、時系列に沿って編集されてるわけですが、1枚目の最初にはメンバーが所属していた前身バンドの曲が、2枚目の最後には解散後のそれぞれのソロ曲なんかが収録されてるんですよね。さながらプチ・ボックス的な佇まいで、エライなぁ、なんて思います。
ビッグ・スリーとマグワンプスが2曲づつ、バリー・マグワイア(メンバーがコーラスで参加している)が1曲と、その1枚目の最初に収録されています。

それならジョン・フィリップスが活動していたジャーニーメンも収録して欲しかったなぁ・・・。
なーんてね、したり顔で言いたかったトコですが、ホントは今回記事書こうと思って、色々ちょっと読んでさっき知ったんです。ジョン・フィリップスがジャーニーメン出身だったというコト。でも面白いなぁと思いました。フィリップスのヤングな風貌含め。


真ん中、ですよね


「花サン」のスコット・マッケンジーもメンバーだったのかぁ。
何、グリニッチ・ヴィレッジのガーズ・フォーク・シティでデビュー。ディランともそこで共演だって?
ニュー・ジャーニーメンがママパパの母体だって?
なぬ、ソフト・ロックの原型だって?
聴きたいじゃないの w
ママパパのオリジナル・アルバムゲットより、こっちが先になりそうな予感がしてきました。





『The Guest』(2001) Phantom Planet

2006年05月17日 | 00's
ホントはフィフス・アベニュー・バンドの記事と連続でつなげたかったアルバム。
ジャケが似てません?中身は全然似てないけど。
でも彼らとはまた違った、何と言うんでしょう、ヤングで未完成な良さがありますよ、のファントム・プラネットの2ndアルバム。プロデュースはミッチェル・フルーム&チャド・ブレイクです。

まー、冒頭5曲がすこぶるヨイんですよね~、コレ。
まー、唄う唄う、ってカンジのメロウ&ポップなイイメロディの連続。
手拍子やポップなコーラスも入ったりで、かなりのウキウキ系です。
プラス、ギター・バンドをアピールする元気なギターもちょこちょこ挿入されて、今風な風も吹いております。

1曲目の “California“ は比較的有名ですよね。アメリカではTV番組の主題歌にもなって大ヒットしたみたいですしね。
「きゃあ~りぃふぉ~にゃあ~~っっ、ひーうぃーかぁ~むっっっ!!」ってヤツです。
シンプルすぎて、ベタすぎて、甘すぎて、泣いちゃうんですよ、コレが。
なんだか切なくて美しくて、くぅ~ってなります、聴いてると。PVも青春してて良いカンジでした。
60’s~70’s前半のよく出来たポップスの名曲群と比較しても全然引けを取らない大名曲です、個人的に。
だって、何万回でも聴けるもん、コレだったら。

Vo.の子の、気持ちハスキー目な声と唄い回しが、またやんちゃっぽくてね、青春でイイですね。もし私がアメリカ~ンでティーンエイジャ~なら間違いなくいつもカーステには、こいつらのCDを入れっぱにします。そういう気分な音楽。
Vo.の子の顔もイイですしね(笑)



ルックスも2nd時のこういう小汚いカンジが好きだったんだけど、今ちょっとキレイになっちゃったんだよナー


で、彼ら、オリジナル・メンバーのドラマーがハリウッド男優になって抜けたりしながらも、バンド名を掲げた3rdを04年に出すんですけど、これが、ちょっと変なんですよね。メロディがすっかり影を潜めてしまって、中途半端な直線ロックになっちゃった。
04年のサマソニで、彼らのライブを初めてチェックできたんですけど、そこでもやっぱりメロディが無かった。期待しまくってた“California“まで、直線アレンジで演奏&唄ってしまってて、ちょっとガックシきました。若気の至りだと思いたい。

にしても、頭5曲が素晴らしすぎて、決して忘れることが出来ないアルバム、バンドです。
これからもまだまだ期待しています。祈・グッドメロディ復活!



(おまけ)

あ、オフィシャルに最近 CSN&Y の “Our House“をカバーしたって書いてある!

と思ったら、リッキー・ネルソンのカバーでゲームのサントラに参加してたりもする!
しっかし、このサントラ、メンツといい、選曲といい、おっもしろそー!

ベン・クゥエラー→コーデッツの “ロリ・ポップ“ (スキだー!)
デス・キャブ→ペンギンズの “アース・エンジェル“(ダイスキだー!)
Clem Snide(誰?何て読むの?)→リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズの “ティアーズ・オン・マイ・ピロウ“(これもダイスキだー!!)
ダンディ・ウォーホールズ→エヴァリーズのの “オール・アイ・ハフ・トゥ・ドゥ・イズ・ドリーム“(ダイダイスキスキだー!!)

なんかのカバーしておりますー。すごー!
フレイミング・リップスなんか『オズの魔法使い』のカカシの唄(「脳みそがあったらなぁってヤツ!」)のカバーだ!(笑)
全曲、このアルバムでしか聴けないそうです。
あぁ、このどっかノホホンとして、でも大真面目に狂ってる、ちょいリンチ的な妖しいエセ50’sの雰囲気、サイコーだぁ。こんなんダイスキだぁ。
アマゾン試聴



『Stubbs The Zombie: The Soundtrack』


コレ、そそるなぁ・・・!知らなかったなぁ・・・!!聴きたいなぁ・・・!!!





魔法を信じる会

2006年05月16日 | 音楽雑談♪
レッチリ、ヨイですね~。特に2枚目、火星。たまらんわ。名曲てんこもり。
私はこの2枚目、火星からプレイしてしまいます。で、2枚目終わってから1枚目、木星に行くと。
続けて聴くと、もう、えも言われぬ快感が押し寄せます。好きな曲だけ選んで、なんて聴きません。これは1枚、1枚、アルバムとしての流れがあるんだ、ってメンバーも言ってましたから。この流れが大切なのです。
体調悪い日も2枚続けて聴いたら、元気になりました。

今現在の激フェイバリットは・・・
火星=“21st Century“ “Make You Feel Better“ “Desecration Smile“、
木星=“Snow (Hey Oh)“ “Stadium Arcadium“ “Wet Sand“でっす。

先週なんかは、そんなカンジで盛り上がってしまって、『Stadium Arcadium』のヘビロテの合間、休憩に『Blood Suger Sex Magik』や『By The Way』などの他のレッチリアルバムを挟んだりして、レッチリ祭りでしたが、それも少し落ち着きだして、やっと他のものも聴きだしました。

ここんとこは、こんなカンジを聴いていました。











タイトルは変換ミスじゃないですよ。会員なんです、私。
みんなも?


歌詞はルルさんとこ参照のこと。あぁ、素晴らしい・・・。


P.S. レココレ6月号、第2特集がジョン・セバスチャンですね。やったね。

あ、あともう一つ嬉しかったのが、P65の、ビートルズ来日時のグッズの写真。
上から3番目のビニールバッグね、持ってます w
タグもまんまのがついてるんだけど、コレ本物?復刻?w 
昔、レコ屋で売っててそんなに高くなかったので思わず買っちゃったのだけど、子供が出来たらコレでプールに行かそうか。無理矢理(笑)




『Stadium Arcadium』(2006)

2006年05月10日 | レッチリ/ジョン
JUPITER(1枚目)と MARS(2枚目)、1周づつしたところの気持ち・・・。


レッチリを好きでいて、ヨカッタ。
音楽バカでいて、ヨカッタ。
素晴らしいペイ・オフ(報い・山分け)。
何か一つの事に夢中になると、時々こんな贈り物みたいな瞬間が待っていることがある。
最強の音楽バカたちから、最高の“音楽バカ“音楽。
聴いているとき、もう嬉しすぎて、キモチもカラダも飛び跳ねてる。
思わず奇声を発したくなるよ。大きな声で。
(うひょほーーー!)



今、レッチリを好きでいるのって、こんなに楽しい。
CDを開封し、まっさらのブックレットの中の、見たことない彼らの新しい写真を見る。
心がウキウキしまくって、昔、ブルーハーツに夢中だった頃に、同じ様にブックレットを見てウキウキしたことを思い出した。
今、生きているバンドを好きでいるのって、こんなに楽しい。


バンドって美しい。
レッチリって美しい。
そしてアンソニーがすべてだ。
フリーがどれだけぶっ飛ぶくらいカッチョ良いベースを弾こうとも
ジョンがいくらハッとさせられるような冴えまくったギターを弾こうとも
その2人がどれだけ最高で、チャドの“性格“なんかもっと最高でも
アンソニーなんだ。今回、強くそう思った。
アンソニーの、人生全てを背負った様な、力強い優しい悲しい情けない切ない温かい美しい「声」を聴いてると、理由なく泣きたくなるし、実際泣けて仕方ない。で、いっつも必ず力をもらったみたいになるんだ。


大切な音楽。
長く、長く、聴き続けよう。そーいうアルバムだ。
この新しい音を聴き込むということは、慣れちゃうということなので、なんだか勿体ない気持ちもするんだけど、やっぱり何度でも何度でも聴き込みたい。
真剣に集中しよう。神経を研ぎすまそう。感じよう。
この大切な音楽を、自分の中に取り込んで
この大切な音楽と、一緒になろう。

うん、サイコーのサイコーのサイコーだぁ!



Shake Me Baby

2006年05月08日 | プレイリスト
以前、ブログ上でシーズンごとのプレイリストを秋、冬と作ってきましたが、今回、その春版を作ってみました。

聴いてると、自分がもう無条件にウキウキしたり、優しい気持ちになれたり。あと、元気をもらえたり。
そんな好きすぎる曲ばかりを、魂込めて、集めてみました。ベースが軽やかに跳ねまっせ。

眠過ぎる春を脱出し、アクティブな春を過ごしたい、そんな願いみたいなものを込めていたりもして。
スロースターターのスタートラインの音楽(かかれ、エンジン!)



『Shake Me Baby』


01  “For Emily, Wherever I May Find Her“ (1966)        
               
                Simon & Garfunkel   



02 “Prelude“ (1968)
               
                The Millennium   



03  “Shake Me Baby“ (2003)        
               
                Junior Senior   



04 “It's Growing“ (1965)
               
                The Temptations   



05  “Daydream“ (1966)        
               
                The Lovin' Spoonful   



06 “59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)“ (1967)
               
                Harpers Bizarre   



07  “Inside, Outside, Upside Down“ (1968)        
               
                The Spiral Starecase   



08 “A Girl Like You“ (1967)
               
                Rascals   



09  “In The Bad Bad Old Days“ (1969)        
               
                The Foundations   



10 “One Horse Town“ (2003)
               
                The Thrills   



11  “Impossible“ (1999)        
               
                The Charlatans   



12 “恋におちたら“ (1996)
               
                サニーデイ・サービス   



13  “YOU AND ME“ (2004)        
               
                キリンジ  



14 “The Cabbage“ (1993)
               
                Teenage Fanclub   



15  “Without Her“ (1973)        
               
                Curt Boettcher   



16 “Kodachrome“ (1973)
               
                Paul Simon   



17  “I Wasn't Born To Follow“ (1968)        
               
                The City   



18 “花いちもんめ“ (1972)
               
                はっぴいえんど   



19  “春雨道中“ (2002)        
               
                ママレイド・ラグ   



20 “日の出の日“ (1998)
               
                中村一義   







『The Fifth Avenue Band』 (1969)

2006年05月06日 | 60's
みなさん、黄金の1週間、いかがお過ごしですか。
私は昨日、ダンナのお父さん、お母さん達と山登りをしてきて、今日は一日へばっておりました。このメンツだと一番ヘタレは私なんですよね~。一番若いのに。情けない。みんな普段からよく山も登るし、よく歩く人たちなので、へっちゃらのようでした。実は再来週もこのメンツ+ウチの親で、またまた山登りが待っています。ハイキングなどには良い季節になってきましたからね~。親たちに引っ張られる形で、心身共に良いことさせてもらっているというカンジです。お母さんたちとお話しながら一緒に歩くのめっちゃ楽しかったし、森林浴も出来て、何とも壮快でした。途中見つけたシジュウカラ(姿が可愛い)とフンコロガシ(色がスゴくキレイ)がナイス!でした。

で、今日はダンナは友人たちと出かけるし、私はのーんびりウチでゆっくり音楽を聴こう!と思い、何故か真っ先にこのフィフス・アベニュー・バンドのアルバムのジャケットが思い浮かびました。
ボブたん台風は、私の中で相変わらず暴れ続けていますが、聴きすぎると別のものを聴きたくなっちゃいますよね。
本能的にこんな爽やか~な音を欲していたようです。


多分メンバーやスタッフなんかも音楽的な要人を擁するバンドだとは思うんですが、全然くわしくないです。
まぁ、このバンドのメンバーであるピーター・ゴールウェイのソロや、オハイオ・ノックス、ハウディ・ムーン辺りの関連バンドなんかは是非是非、いや絶対聴きたいと思っていますが。

いや、もうただただこの音を聴いていたいわけです。むずかしいことはなんにもかんがえたくないわけです。
洗練されたN.Y.版ザ・バンドとでも申しますか、進化したホワイト・ドゥ・ワップとでも形容しましょうか。

“One Way To Another“、“NIce Folks“辺りの曲が、この人たちの売りといいますか、このウキウキとしたアッパー感やグルーヴィさがクセになってしまうような、確かな演奏と見事なコーラス。とっても魅力です。
けれど、私はよりドタドタした土臭い香りのする“Fast Freight“や、爽やかな風のように控えめでジェントルな“Country Time Rhymes“ なんかがすこぶる好きです。

しっかし、なんでこんな荒れた画像しかないんだ!?アナログですね、コレ。CD化は未だ日本だけなのかなぁ。
このジャケット、大好きです。憧れです、こーゆうの。
気の合う仲間たちが、どこからともなく、いつものように現れてきては、一緒に過ごす。
この男たちの「仲間」感がステキです。
しかもお店?ホテル?かなんかの軒先ってゆうのが重要!俺らのスポット的な場所が必須ですから「仲間」たちには。
きっとお気に入りの店なんでしょう、みんなの。ツケなんかも効いちゃうんでしょうね。
で、で、店の小うるさいオヤジも「しゃーねーな、お前らは。もー、出世払いでいいや!」なんて。

・・・。

今朝、この音楽を聴きたいと思い、結局聴けたのは今日も終わる頃になってしまいました。
別に忙しくしていたわけでも、一日寝ていたわけでもないのですが、なんだか今日はボゥっとしててダメだったな。
心をサラッと洗い流すために、リピート再生中です。
春らしいし、それよりもっと初夏っぽいかも。
爽やかな休日の朝なんかには、よりピッタリのアルバムかもしれません。





『No Direction Home』第二部

2006年05月01日 | 60's
第二部ではルックスが変わったディランの、結構いっちゃってる様子で言葉遊び?しているみたいなシーンで始まります。ヘアースタイルはもじゃもじゃ伸び伸びの鳥の巣状態。ぽっちゃりベビー・フェイスも何処へやら、顔も身体もすっかり細くなってしまっていて、神経質そうで、いわゆるボブ・ディランのイメージ。
明らかに「何か」が変わってしまっている。





65年のニュー・ポート・フォーク・フェスティバル。
前にも書いた様に、ここで演奏される問題のエレクトリック・ブルーズ・ロック大爆発の “Maggie's Farm“ は事前に見ていたのだけれど、この映画で見るとやはりグングン身に迫ってきます。大音量で聴く、見る、マイク・ブルームフィールドのギターが死ぬ程カッコイイ!!ディランがギターは彼しかいないと思った、という発言をしていてグッときました。マイク・ブルームフィールド、ちゃんと聴かなきゃ!
反対に、ブーイングの嵐の中「ボブ、出て来てくれよぉ」と額に汗しながら弱りきって懇願するピーター・ヤーロウはかわいそうだけど、でも、めちゃめちゃカッコワルかったな!


それから映画は、今や音楽界の新たなアイコンとなったディランが受けていくこととなる、バカな記者会見の様子をコレでもかと言う位、映し出す。
マトモな神経の持ち主なら、何らかの答えを期待されている、あるいは用意されている、誘導尋問の様な質問には、はぐらかして答えるしかないんだなと、見ててつくづく思った。あんなのインチキ極まりないじゃん!少なくともディランは誠実であろうとしていたと思う。

以下詳細はうる覚えなので、記憶間違いがあるかもしれないけど、こんなシーンがありました。

インタビューしに来ているいかにも鈍感そうな男がこう訪ねる。
「あなたの音楽はフォーク・ロックですか」
「どう答えて欲しいの?君はどう思うの?」とディラン。
まごつく記者は結局ディランの音楽を聴いたことがないと白状する。
「え、じゃあ何しに来たの?」とごもっともなディランの問いかけの後、ビックリすることが起きるんだけど、なんとその男は「コレが私の仕事ですから」と何ら恥ずかしげも無く言い放つ。いくら住む世界が違うからといってもインタビューする対象の仕事も事前に確認することすらせずに、これが自分の仕事だと言い切る男。

ある男は『Highway 61 Revisited』のジャケットで着ていたTーシャツのトライアンフのバイクの意味を執拗に問いただす。彼はディランが自分の思い通りの答えを答えてくれるまでディランを離さない。
ある記者は辟易しているディランに「レッテルを貼られることが嫌いですね」と質問を投げかける。けれどもうその質問に答えることは不可能にすら思えてくる。世の中の誰であっても。

同じ様な光景はジョン・レノンとオノ・ヨーコのベッド・インの時のフィルムで見た気がする。けれどジョンは一人じゃなかった。隣にヨーコがいたから。ビートルズ時代にはモチロン、仲間がそばにいたわけで。


ディランは一人だし、相当キツかったと思う。いくら頭の回転が早くたって、あんなの全部ユーモアで返すのにも限界があるし、いくらキメていたところで、ホント、ウンザリだったろう。
インタビューでは「気難しい」とか「人をバカにした態度」とかよく言われていたみたいだけど、ただの誤解じゃん。
この記者会見のシーンは、ディランのみならず、あらゆる時代のアーティストを結果的に擁護することになる重要なシーンだと思う。アーティストたちが一般大衆の、凡庸で下世話でたちの悪い部分を集約したかの様な「業界」の攻撃にさらされて、疲れてダメになってしまう、または間違って伝えられてしまう危険性。

そしてライブをすれば、会場はブーイングの嵐で、エレクトリック・セットになると出て行く観客たち。

世間はボブ・ディランに一体何を求めていたのだろう?

知りたいし、もっと考えていきたいと思うのは、当時の観客たちが何故あれほどにまでディランのエレキ化に怒り心頭したのかということ。あのニューポートの観客はともかく、あのイギリスの観客たち全員が音楽的にフォーク信望者だったとはとても思えない。途中で出て来て文句を言っていた観客は若者が多かったと思う。きっとディランを拒絶するのが「カッコイイ」とされていたところがあるかもしれない。彼らは一様に「ディランは商業主義に走った。だからサイアク」と言っていた。

それほどまでに、プロテスト・ソングが有効な時代だったんだろうし、ディランはそんな新しい時代を夢見る若者たちの希望の星だったんだろうし、ジョーン・バエズが政治的な運動に参加しようとしないディランに「ガッカリした」と今でも証言する様に、ホントはきっともっと時代のリーダーになり得たのだろう。例えば暗殺の標的にされてしまうような、政治的かつ狂信的なシンパを持つリーダーに。
でもディランは、時代のリーダーになることを選ばなかった。一時代で消えてしまう様な、誰か大勢の期待に沿うような、そんな人物になるのはまっぴらゴメンだったのかもしれない。たんに興味がなかったのかもしれない。

当時の彼の苦悩はどういうものだっただろう。そして彼の音楽にこれらのストレスが与えた影響は。そういった興味も尽きない。



なーやんじゃうよナァ~



で、バイク事故。
これが真実であるかなんてどうでもよくて、人前から姿を消し、休むことによって、ディランはホントに命拾いしたんだなぁ。

そしていよいよクライマックス。映画の始まった瞬間から何度も挿入されていた、伝説の66年のライブに戻る。そのライブ映像の数々は、もう最初っから身震いする程カッコ良かった。鬼気迫る、でもないし、なんて言うんだろう。そこにいるべき人が、そこで歌われるべき歌を、奏でられるべき演奏で、一分の狂いもなく歌う、そこにあるべき姿。そんなカンジだったのだろうか。ただただ圧倒されて壮快だった。

有名な「ユダ!」のやりとりの後、これまた有名な “Play It Fuckin' Loud !!“ の掛け声と共に始まる「Like A Rolling Stone」のピアノの調べ。
なんなんだろう、この気持ち。なんなんだろう、この止まらない涙のわけ。
それに名前もつけたくないし、正体も知りたくない。



with The Hawks!!


映画を通して伝わってきたのは、自分の身を切りながら、血を流しながらでも、自分自身であろうとした一人の若者の強い気持ち。負けん気。プライド。夢を見ること、実現に向けて歩き続けること、気がついたら戻るところはもうなくて。

創造することの喜び、カッコ良さ、大変さ。
“なにものか“ になりたい、一度でもそう思ったことのある人なら、見ておくべき映画だと思う。

ボブ・ディランを崇めることなく、一人の人間として、もっともっと好きになることが出来た。



ふー。3時間半という長時間も何のその、グングン引き込まれて行っちゃいました。
DVD出たら、家宝にしようと思います。
何回も何回も、何回でも見たい。きっといつ見ても見終わった後は心に熱いものが残るんだと思います。

映画を観終わった後、足はごくごく自然にタワレコへ。。
自伝の訳書版とブートレッグ・シリーズのvol.4とvol.7(この映画のサントラ)を手に入れました♪♪♪
「音楽の求道者には必要だったんだ」
今、猛烈に聴きまくっています。







(おわり!)