言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

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家賃規制の効果

2011-06-29 | 日記
N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.131 )

 価格の上限のよく知られた例として家賃規制がある。多くの都市では、地方政府は家主が借家人に請求できる家賃に対して上限を設定している。この政策の目的は、住宅を手に入れやすくして貧困層を援助することにある。経済学者はしばしば家賃規制について、貧困層の生活水準を高めるための援助方法としてはきわめて非効率的であると批判している。ある経済学者は、家賃規制のことを「爆撃を除けば都市を破壊する最善の方法」といった。
 家賃規制の好ましくない影響は、一般の人々にはあまりはっきりとわからない。その効果が表れるまで何年もかかるからである。短期においては、家主が所有している賃貸アパートの数は一定であり、市場の条件の変化に応じてすばやく増減させることはできない。そのうえ、都市で住宅を探している人々の数は、短期的には家賃に対してあまり感応的でないかもしれない。人々が住宅を移るためのさまざまな手配には時間がかかるからである。したがって、住宅に対する短期の需要と供給は比較的非弾力的である。
 図5-3のパネル(a)は、家賃規制が住宅市場に及ぼす短期の効果を示している。他の拘束力のある価格の上限と同様に、家賃規制は住宅不足を引き起こす。ただし、需要と供給は短期においては非弾力的なので、最初は家賃規制が行われても住宅はあまり不足しない。短期における主な効果は家賃を引き下げることである(弾力性については本章の補論を参照)。
 ところが長期になると話はまったく変わってくる。なぜなら賃貸住宅の借り手と貸し手は、時間が経過するにつれて市場の条件により強く反応するようになるからである。供給側では、家主は低家賃に反応して、新しいアパートを建てなくなったり、また既存のアパートの補修を怠るようになる。需要側では、家賃が下がると、人々は(両親と一緒に住んだり、ルームメイトとアパートを共有したりする代わりに)自分自身のアパートを探す気になり、またより多くの人々が都市に移り住むインセンティブをもつようになる。したがって、需要と供給はどちらも長期のほうが弾力的である。
 図5-3のパネル(b)は、長期における住宅市場の例を示している。家賃規制によって家賃が均衡水準以下に押し下げられると、アパートの供給量は大幅に減少し、アパートの需要量は大幅に増加する。その結果、住宅不足が拡大する。
 家賃規制を行っている都市では、家主は住宅の割当てを行うためにさまざまなメカニズムを用いる。一部の家主は入居希望者の長いリストをもちつづける。他の家主は子どものいない借家人を優先する。さらに別の家主は人種によって差別する。時には、アパートの管理人に進んで賄賂を渡す人にアパートが割り当てられることもある。実際、こうした賄賂は(賄賂を含めた)アパートの総価格を均衡価格の水準に近づける。
 家賃規制の影響を完全に理解するためには、第1章の経済学の十大原理の一つを思い出さなければならない。すなわち「人々はさまざまなインセンティブに反応する」のである。自由市場では、家主は自分のアパートを清潔で安全にしておこうと努力する。魅力的なアパートにはより高い価格がつくからである。対照的に、家賃規制によって住宅不足と入居希望者のリストが発生するときには、家主は借家人の関心に反応するインセンティブを失う。現状のままでも入居するのを待っている人がいるのに、なぜ家主が建物を維持改良するためにお金を使わなければならないのか。結局、借家人にとって家賃は安くなるが、同時に住宅の質も下がる。
 政策立案者は、家賃規制のそのような影響に対して、しばしばさらに規制を課すことで対処しようとする。たとえば、住宅供給における人種差別を違法とし、また最低限の適切な居住条件を提供することを家主に義務づける法律がある。しかしながら、これらの法律は執行が困難なうえに費用を要する。対照的に、家賃規制が廃止され、住宅市場が競争の作用によって規制されるときには、そのような法律の必要性は少なくなる。自由市場においては、住宅不足がなくなるように家賃が調整され、その結果家主の望ましくない行動を引き起こさないからである。


 価格の上限を規制する家賃規制は、(長期的にみれば)その目的に反して貧困層の生活水準を高めることにはならない、と書かれています。



 文章を読めば著者が云わん(いわん)としていることはわかると思いますが、

 経済学特有の(?)考えかたを示すために、引用文中の「図5-3」を示します。わかりづらいかもしれませんが、下図の **** は座標軸を示しており、xxxx は需要曲線・供給曲線を示しています。また、---- は家賃の規制価格を示しています。



★図5-3 短期と長期における家賃の規制

(a) 短期の家賃規制(需要と供給が非弾力的)

 アパートの家賃
   *     供給        
   *  xx  x          
   *   xx x          
   *    xxx          
   *     xx         
   *     x xx        
   *     x  xx       
   *     x   xx   家賃規制
   *----------x########x----------
   *     x  ↑  xx    
   *       不足  需要  
   ****************************
  0            アパートの数

(b) 長期の家賃規制(需要と供給が弾力的)

 アパートの家賃
   *          供給   
   * xx       xx     
   *  xx     xx      
   *   xx   xx       
   *    xx xx        
   *     xx         
   *    xx xx       
   *   xx   xx   家賃規制
   *----x############x----------
   * xx   ↑   xx    
   *     不足   需要  
   ****************************
  0            アパートの数



 図(a)(b)ともに、市場で契約されている家賃(相場)が高すぎるので、法律で「相場価格の」家賃を禁じ、低い家賃での契約を強制している状況が想定されています。

 価格が低くなるほど需要が増え、供給が減ることはあきらかで、(a)(b)のグラフの形状に疑問はありません。そしてその結果、需要に応えきれない部分、すなわち「不足」が生じることにも、疑問はありません。



 結局、需要に比べて供給が少なすぎるために、借りたい人全員が借りられず、また、家主(貸主)の側には物件の質を維持するインセンティブが消失してしまい、住宅の質が低下する。したがって、家賃規制はその目的に反し、借主の利益にならない、という「意外な」結果をもたらす。この主張には説得力があります。



 「規制」ではなく、「規制緩和」がよい結果をもたらす好例だと思います。



■追記( 2011-07-05 )
 グラフの表示が、環境によっては「歪む」ようです。Opera で確認したところグラフが歪んでいます。回避する方法がわからないので、グラフの形が歪んでいる場合は「おそらくこういう形だろう」と適当に判断してください。
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普天間移設問題、沖縄県知事の発言も「おかしい」が

2011-06-23 | 日記
時事ドットコム」の「沖縄での菅首相発言」( 2011/06/23-13:49 )

 菅直人首相が23日、沖縄県糸満市で記者団に語った内容は次の通り。
 -米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)移設問題で、なぜ県外移設は無理なのか。
 沖縄の皆さんが、県外あるいは国外移転を望んでいることはよく理解している。そうしたことを含めていろいろ検討もしてきたが、大変そのことが難しい状況にあるということで、何とか危険性を除去し、固定化を避けるため、努力しなければいけない。これからも沖縄の皆さんの声を聞きながらそうした方向で取り組んでいきたい。
 -延長国会で成し遂げたいことは何か。
 私がやらなければいけない課題は(震災の)復旧・復興、そして原子力事故の収束。それに向けて全力を挙げ、私自身、燃え尽きる覚悟でこのことに取り組んでいきたいと考えている。


 菅直人首相は今日、(日本)政府が普天間飛行場の(沖縄)県内への移設を進めようとしているのは、県外への移設についても検討してきたが(県外移設は)大変難しいからであると述べた、と報じられています。



 これに対して、沖縄県知事は、



47NEWS」の「沖縄知事、辺野古以外も検討を 普天間移設で」( 2011/06/23 17:49 )

 沖縄県の仲井真弘多知事は23日、同県宜野湾市の米軍普天間飛行場について「移設先が沖縄県名護市辺野古しかないとの思い込みは理解できない」と述べ、政府に県外移設の可能性を再検討するよう求めた。菅直人首相との会談後、那覇市で記者団に語った。

 同日の沖縄全戦没者追悼式に出席した首相が、日米合意に基づき辺野古移設を目指す考えを示したのを受けた発言。仲井真氏は「沖縄のせいで移設問題解決に時間がかかっていると言われるのはとんでもない話だ」として、政府に一層の取り組み強化を促した。

 首相が、新たな沖縄振興策に地元の意見を反映させると述べたことは「高く評価できる」と歓迎。


 「移設先が沖縄県名護市辺野古しかないとの思い込みは理解できない」と述べ、政府に県外移設の可能性を再検討するよう求めた、と報じられています。



 首相は「県外移設についても検討してきた」が、それは「大変難しい」と言っているにもかかわらず、

 知事は「移設先が沖縄県名護市辺野古しかないとの思い込みは理解できない」と述べ、政府に県外移設の可能性を再検討するよう求めたわけです。

 とすれば、沖縄県知事の発言は「おかしい」のではないかと思います。なぜなら国側は「(県内しかないなどと)思い込んでいない」のであり、知事のほうが「(国側が思い込んでいると)思い込んでいる」というべきだからです。



 ところで、「沖縄県知事選の結果と、普天間移設問題の見通し」に引用した報道(記事)によれば、知事選の際に仲井真陣営は「普天間問題に関心が集中すると、伊波さんに負ける可能性があった」ので「争点外し」を画策していたというのですから、

   本来、知事は徹底的に反対ではなかった

とみるのが自然ではないかと思います。そしてまた、沖縄県民もそれをわかったうえで、「ある程度の含み」をもって当選させたのではないかと思われます。とすれば、すでに「県内移設を認める下地がある」わけです。



 知事は「あくまでも県内は反対」という姿勢を「一度は徹底的に示さなければならない」のかもしれませんし、知事が
首相が、新たな沖縄振興策に地元の意見を反映させると述べたことは「高く評価できる」と歓迎
すると述べていることも、要は「条件次第では県内移設も認める」という姿勢の現れではないかとも思われます。



 したがって、知事の上記「おかしな」発言も、私には、すこしでも有利な条件を引きだすための「交渉戦術」なのではないかと思われてなりません。



■関連記事
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自由貿易の是非

2011-06-23 | 日記
N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.81 )

 牛飼と農夫の例のように、人は特化と交換によって利益を得ることができる。異なる国どうしの国民も同様である。アメリカ人が享受している多くの財は外国製品であり、また多くのアメリカ製品が海外で販売されている。外国で生産されて国内で販売される財のことを輸入品と呼び、国内で生産されて外国で販売される財のことを輸出品と呼ぶ。
 国々が交易(貿易)によって利益を得られることを理解するために、日本とアメリカの2国と、食糧と自動車の2財だけがある世界を考えよう。自動車生産に関して、両国の技量は同じだとしよう。日本の労働者もアメリカの労働者も、1人当たり1ヵ月に1台の自動車を生産することができる。一方、食糧の生産には、広くて肥沃な土地をもつアメリカのほうが適しているとしよう。アメリカの労働者は1人当たり1ヵ月に2トンの食糧を生産できるが、日本の労働者は1人当たり1ヵ月に1トンの食糧しか生産できない。
 比較優位の原理によれば、ある財の生産に関して機会費用が低いほうの国が、その財を生産すべきである。アメリカにおける自動車の機会費用は食糧2トンであり、日本における自動車の機会費用は食糧1トンなので、日本は自動車の生産において比較優位をもっている。日本は国内で必要とする以上に自動車を生産し、その一部をアメリカに輸出すべきである。同様に、日本における食糧の機会費用は自動車1台であり、アメリカにおける食糧の機会費用は1/2台なので、アメリカは食糧の生産において比較優位をもっている。アメリカは国内で消費する量以上に食糧を生産し、その一部を日本へ輸出すべきである。特化と貿易を通じて、両国ともにより多くの食糧と自動車を得ることができるのである。
 もちろん、現実においては、国際貿易に関わる問題はこの例で示されたよりも複雑である。国際貿易の問題のなかで最も重要なのは、どの国も異なる利益関係をもつ多様な国民から構成されているということである。国際貿易は、一国全体をより豊かにすると同様に、国民の一部分を貧しくすることがある。アメリカが食糧を輸出して自動車を輸入する場合、アメリカの農家への影響とアメリカの自動車産業の労働者への影響は違うものになる。しかしながら、政治家や政治評論家がしばしば述べる意見に反して、国際貿易は戦争ではない。戦争は勝利する国と敗北する国を生み出すが、国際貿易はすべての国々をより繁栄させるのである。


 「経済学の十大原理」の一つ、「交易 (取引) はすべての人々をより豊かにする」は、異なる国どうしの国民についても成り立つ。比較優位の原理に基づいて貿易を行えば、すべての国々がより繁栄する、と書かれています。



 たしかに著者の述べるように、貿易はすべての国々をより繁栄させる、とはいえます。

 しかしこれには問題があります。今日は、その問題に焦点を当てたいと思います。



 著者は
国際貿易の問題のなかで最も重要なのは、どの国も異なる利益関係をもつ多様な国民から構成されているということである。国際貿易は、一国全体をより豊かにすると同様に、国民の一部分を貧しくすることがある。アメリカが食糧を輸出して自動車を輸入する場合、アメリカの農家への影響とアメリカの自動車産業の労働者への影響は違うものになる。
と述べ、「損をする」国民もいることが最重要の問題であるとしています。

 しかし「損をする」国民がいることは、それほど重要な問題ではありません。

 なぜなら貿易によって、(貿易をしない場合に比べ)利益を得られるのであれば、

   貿易によって得られた利益の「一部分」を
   貿易によって「損をする」国民に配分すればよい

からです。貿易によって「損をする」国民にその損失を補償して、なお余りある「利益」が得られるというのが、比較優位の原理が示す「貿易」の効果です。したがって貿易によって「損をする」国民がいることは、たいした問題ではありません。まったく問題にならない、といってもよいくらいです。



 問題なのは、相手がいつまでも貿易を続けてくれるのか、ということです。たしかに理論上は、貿易を続ければ双方ともに利益を得られます。しかし、

   一方の国が他方を侵略すれば、
   もっと大きな利益が手に入る

ことが問題です。上記の例でいえば、アメリカが日本を侵略すれば、アメリカは

   代価として(アメリカの)食糧を払わずに
   (日本の)自動車が手に入る

わけです。わざわざ貿易をする必要はありません(相手が約束の期日に代金を支払わないというケースもあり得ます)。

 とすれば、相手に侵略を思いとどまらせるだけの軍事力、あるいは「貿易を続ける」ことを選択させる軍事力の裏づけがなければ、貿易には「一定の限度がある」と考えざるを得ないのではないかと思います。

 アメリカの場合には世界を圧倒する軍事力がありますので、「アメリカが」自由貿易を推進するのは問題ありません。しかし日本の場合には、「一定の枠内で」貿易を行うほかないのではないかと思います。

 わかりやすく例をあげれば、日本が中国と自由貿易を大々的に行って日中双方が繁栄すれば、中国はますます軍拡を進める余裕ができてしまうので、(長期的にみれば)日本にとってマイナスになる。しかし貿易の利益は捨てがたいので「一定の枠内で」貿易を行うほかない、ということです。



 なお、侵略までいかなくとも、食糧安全保障上の問題もあります。食糧については、

   「コメ」は「一定の枠内で」自由化してよい、
   「コメ以外」は「完全に」自由化してよい、

というのが(現在の)私の意見です。これについては、「日本の食糧自給率」や「飼料用穀物の自給について」に書いています。よろしければ併せ(あわせ)ご覧ください。



■関連記事
 「交易による利益
 「比較優位の原理
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比較優位の原理

2011-06-21 | 日記
 以下の引用は、「交易による利益」における引用が前提になっています。



N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.75 )

 牛飼による交易の利益の説明は正しいものではあるが、つぎのような謎が浮かんでくる。牛飼のほうが牛の飼育においてもジャガイモの栽培においても優れているのに、農夫の特化すべき得意な作業がどうやってわかるのだろうか。農夫には特化すべき得意な作業がどうやってわかるのだろうか。農夫には特化すべき得意な作業は何もないようにみえる。この謎を解決するためには、比較優位の原理を検討する必要がある。
 この原理を解明していく第1段階として、つぎのような質問を考えよう。われわれの例において、牛飼と農夫のどちらがジャガイモをより低い費用で生産することができるだろうか。この問題には二つの回答が可能である。われわれの謎の解決も、交易の利益の理解への鍵も、この二つの回答のなかに含まれている。

★絶対優位

 ジャガイモの生産費用に関する問題への一つの回答方法は、2人の生産者が必要とする投入(この例では労働時間)を比較することである。経済学者は、人や企業や国の生産性を互いに比較するときに、絶対優位という用語を使う。ある財を生産するときに、より少ない投入量しか必要としない生産者は、その財の生産に関して絶対優位をもっているという。
 われわれの例では、牛飼はジャガイモと牛肉の両方の生産に関して絶対優位をもっている。牛飼はどちらの財を生産するのも、農夫ほどの時間がかからないからである。牛飼はたった20分間で1オンスの牛肉をつくることができるが、農夫は60分間かかる。牛飼はたった10分間で1オンスのジャガイモをつくることができるが、農夫は15分間かかる。この情報に基づいて考えれば、投入物で費用を測る限り、牛飼のほうがジャガイモの生産費用が低いという結論になる。

★機会費用と比較優位

 ジャガイモの生産費用を吟味するには、もう一つの方法がある。必要な投入量を比較する代わりに、機会費用を比較するのである。第1章でみたように、あるものの機会費用とは、そのものを獲得するために放棄したもののことである。われわれの例では、農夫と牛飼はともに1日に8時間働くと仮定していた。したがって、ジャガイモの栽培に時間を使った分、牛の飼育に使える時間が減っているのである。牛飼と農夫が2財の生産の時間配分を変更するたびに、彼らは自分たちの生産可能性フロンティア上を移動する。つまり、一方の財を生産するために、もう一方の財を放棄しているのである。ここでの機会費用は、それぞれが直面している、2財の間のトレードオフを測ることになる。


 ここに、生産性フロンティアとは、生産性を最大にする限界領域、すなわち「交易による利益」の「図3-2」で示されたグラフ上の「点の集合」です。

 引用を続けますが、その前に、次の引用で出てくる「表3-3」を先に示します。



表3-3 牛肉とジャガイモの機会費用

    牛肉1オンス   ジャガイモ1オンス
農夫 ジャガイモ4オンス 牛肉1/4オンス
牛飼 ジャガイモ2オンス 牛肉1/2オンス



同 ( p.77 )

 表3-3は、2人の生産者の牛肉とジャガイモの機会費用を示している。牛肉の機会費用がジャガイモの機会費用の逆数になっていることに注意しよう。牛飼にとって、ジャガイモ1オンスは牛肉1/2オンスを失うことになるから、牛飼にとっての牛肉1オンスの費用は、ジャガイモ2オンスになる。同様に、農夫にとって、ジャガイモ1オンスは牛肉1/4オンスを失うことになるから、農夫にとっての牛肉1オンスの費用はジャガイモ4オンスである。
 経済学者は、2人の生産者の機会費用を説明するときに、比較優位という専門用語を使う。ある財Xを生産するのに他の財を少ししか放棄しない生産者は、その財Xの生産における機会費用が小さいことになり、その財Xの生産に関して比較優位をもつという。…(中略)…農夫はジャガイモの生産に比較優位をもち、牛飼は牛肉の生産に比較優位をもっている。
 (われわれの例における牛飼のように)一方の人が両方の財に対して絶対優位をもつことはできるが、一人で両方の財に比較優位をもつことは不可能である。一つの財の機会費用はもう一つの財の機会費用と逆数の関係にあるので、一つの財の機会費用が相対的に高い人は、必ずもう一つの財に関して相対的に低い機会費用をもつ。比較優位は相対的な機会費用を反映している。2人がまったく同じ機会費用をもっていない限り、1人が一つの財に比較優位をもち、もう1人がもう一つの財に比較優位をもつことになる。




 結局、絶対優位とは生産性の比較であり、比較優位とは機会費用の比較であることになります。そして絶対優位とは異なり、比較優位については「一人で両方の財に比較優位をもつことは不可能」なので、必ず「交易 (取引) はすべての人々をより豊かにする」ということになります。



 しかしここで、ひとつ、疑問が出てきます。「交易による利益」で著者があげていた例では、たしかに農夫は「ジャガイモ作りに特化していた」のですが、牛飼は「牛とジャガイモの両方を作っていた」のは「なぜ」でしょうか? これは「たまたま」なのでしょうか? それとも場合によっては、「どちらか片方が、両方を作る」ことも必要(=必然)なのでしょうか?

 この疑問に答えるために、著者のあげた例をもとに、「どちらも機会費用の小さい財の生産に特化する」場合の(総)生産量を計算してみます。この計算結果と著者のあげた例の(総)生産量とを比較し、もし著者のあげた例の(総)生産量のほうが多ければ、「どちらか片方が、両方を作る」ことも必要であるということになります。

   農夫はジャガイモばかり作ると、
      ジャガイモを32オンス作れる

   牛飼は牛肉ばかり作ると、
      牛肉を24オンス作れるので、

   合計 = ジャガイモ32オンス + 牛肉24オンス

です。これに対して、著者があげていた例における(総)生産量は

   農夫はジャガイモばかり作って32オンス

   牛飼はジャガイモを2時間作って12オンス、
         牛肉を6時間作って18オンス

   合計 = ジャガイモ44オンス + 牛肉18オンス

です。



 さて。困りました。この結果は、「どちらもともに、比較優位をもつ財の生産に特化すれば、かえって生産量が減ってしまう財がある」ことを示しています。言い換えれば、「誰もが自分にとって機会費用の小さい財の生産に特化すれば、かえって生産量が減ってしまう財がある」ということです。

 これはどう考えればよいのでしょうか? この結果が意味しているものは「どちらか片方が、両方を作る」ことが必要である「場合もありうる」ということではないでしょうか? そして、(上記の例で)牛肉合計24オンスというのは「財が余る」=「売れ残る」場合に対応しているのではないでしょうか?

 もちろん今回の例とは異なり、現実の社会には多数の人間がいるわけですが、それでも、

   社会のなかの誰かは、
   自分にとって機会費用の大きい財の生産「も」
      行わなければならない「場合もありうる」

ことには変わりないと思います。



 以上をまとめれば、

   たしかに比較優位の原理は重要であるが、
       比較優位の原理は万能ではない

ということになります。
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大前研一による馬英九政権の評価

2011-06-21 | 日記
中時電子報」の「看馬英九 大前研一想與台灣交換總統」( 2011-05-21 )

 五二0之際,在趨勢大師大前研一的眼中,馬總統的評價如何?他以「日本與台灣交換總統好了」、「很想把整個台灣執政團隊打包與日本交換」,表達他對台灣執政團隊的高度肯定。

大前研一今天接受工商協進會邀請,以「日本震災後的台日企業合作」為題發表演講,並在演講結束接受詢問時表示,「馬總統是非常的棒領導人」、「非常好的總統」、「很想進口到日本來」,由於稍早他才多次嚴批評日本政府,這番發言也引發全場陣陣笑聲。

 對於馬總統民調無法拉上來,大前研一也表示,「滿驚訝!」、「大家還有什麼好抱怨?」他說,不只馬總統,整個執政黨團都非常聰明,「很想打包,整個換回去」。

 中日政治人物超級比一比,大前研一說,在日本沒有像馬總統這樣的政治人物,知道很多重要的事情,也可以用邏輯溝通,但是日本政治人物卻不然,而好的領導人應該了解法制變革,做非常複雜的思考。

 有關台灣推動與大陸簽署ECFA一事,大前也打趣的說,過去他以台灣經濟的「維他命」來形容,但現在應該像是「威而鋼」才對,未來還有相關事務要繼續向前推動,經過10年後,大家就會了解ECFA的好處,而身為台灣好友的日本,也可以從中獲益。


 大前研一氏が台湾で行った講演の際の発言が報じられています。



 すこし古いニュースですが、私は今朝、このニュースを知りました。

 しかしこれは凄い内容です。以下、大前研一さんの発言を(簡単に)翻訳します。



「滿驚訝!」「大家還有什麼好抱怨?」
 (馬政権に対する世論調査結果について)びっくりした! みんな何が不満なのか?

「馬總統是非常的棒領導人」「非常好的總統」
 馬総統は凄い。本当に有能な指導者だ。

「很想進口到日本來」「日本與台灣交換總統好了」
 (馬総統を)日本に輸入したい。日本は台湾と総統(首相)を交換したほうがいい。

「很想把整個台灣執政團隊打包與日本交換」「很想打包,整個換回去」
 (馬総統のみならず)台湾の国民党政権と日本の現政権を取り替えたい。

 過去他以台灣經濟的「維他命」來形容,但現在應該像是「威而鋼」才對
 (中台間のECFA=両岸経済協力枠組協議について)かつて馬総統は台湾経済の「ビタミン」だったが、今では「バイアグラ」だ。



 馬総統は持ち上げられて御満悦のようです。リンク先(原文の報道記事)には、馬総統と大前研一さんが仲良く、ガッツポーズを決めている写真も掲載されています。



 ところでこれ、大前研一さんは本気で言っているのでしょうか?? ひょっとすると経済のことしか考えてないんじゃ??

   オー・マイ・ガーッ!
    Oh! My God!
     大前 God!
      大前は凄い!

 だんだん意味が変わっていつのまにか正反対になっていますが、どちらも(私の)正直な感想です。



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