言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

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中国の労働問題と、予想される当局の対策

2010-05-31 | 日記
株式日記と経済展望」 の 「人民元の切り上げが無くても賃金の上昇で中国における生産メリットは無くなる。

◆外資企業が不満のはけ口に? 中国の賃金問題 5月30日 マーケットハック

ホンダのトランスミッション(変速機)工場でのストライキが話題になっています。

(中略)

しかし今回はそういう肝心かなめの工場が見事にストップしてしまいました。

しかも普通中国では労働争議に関する報道は厳密に報道管制されており、ストライキの情景が「ダダ漏れ」になることは稀です。

ところがホンダにおけるストライキは:

And perhaps most remarkably, Chinese authorities are letting the strike happen ? in a very public way. (特筆すべきは中国の当局がこのストライキが起こるままに黙認しており、しかもデカデカと報道されているという点である)

とニューヨーク・タイムズもその異例さに驚いています。

中国では最近物価が高騰しており低所得者の暮らしは苦しくなっています。また不動産バブルでマイホームの夢は遠のくばかり。

そんな事で工員さんたちの不満はだんだん鬱積しているのかも知れません。

もちろんホンダだけが労使問題を抱えているわけではなく、先週はアップルの下請をしているフォックスコン(台湾企業)でも相次ぐ従業員の飛び降り自殺問題で経営陣が台湾から急遽工場を訪れ、記者会見を開くという事件がありました。

だからこの問題は特定の企業の問題というよりもマクロ経済のイシュー(争点)として捉えるべきだと思います。

賃金上昇圧力は食品価格の高騰や原油の値上がりなどの様々なインフレの中でも最も厄介なインフレです。なぜなら賃金インフレのエクスぺクテーション(期待)はスティッキー(粘着質=つまり一度それが発生すると抑え込みにくい)だからです。

◆宮崎正弘の国際ニュース・早読み 5月31日

ホンダ中国広東工場では「50%の賃上げ」を飲まされるだろう
  台湾系「鴻海精密」の冨士康も20%の賃上げを認めた

 そもそも中国へ無造作な進出そのものに問題があるのだが、そのことは論じない。
 ホンダ仏山工場をおそった山猫ストは、依然として工場閉鎖のまま、生産は止まっている。

インタナショナル・ヘラルドトリビューン(5月31日付け)に拠ればホンダは50%近い賃上げを飲む様子だが、ストライキがおさまる気配はないという。
背後には共産党の細胞があるが、経営側が対抗して工場閉鎖、撤退というシナリオに進む場合の用意はないようだ。

 仏山市は広州の衛星都市で、筆者も二回、取材に行ったことがあるが、なかなか落ち着いた街で、広州の飛行場にも近い所為か、外国企業の進出が多い。香港から160キロ北方に位置し、華橋系の部品メーカーもひしめき合っている。
 
 近郊の工場地帯を歩けば、シャッター通り、閉鎖された工場が目立つ。
 つまり深刻な不況である。

 今回のホンダのストライキは日本企業がねらい打ちされたとばかりは言い切れない。
 深センの台湾系マンモス企業の冨士康では、過労<?>といわれて従業員の飛び降り自殺が連続した。(前号の9名からさらにひとり増えた)。
このため、対策が急がれ、工場側は雇用側の不満が原因であるという説を打ち消すために20%の賃上げを認める。

 最大の原因として考えられるのは大学新卒に職がなく、ブルーカラーとして勤務するしか手段がない学生も夥しいこと。高卒ならびに職業学校出身でホンダの場合、訓練期間中の月給が900人民元。これが1380元になる(53%の賃上げ)。
 熟練工は1500元から、さらに上昇する。

 こうした山猫スト、華橋系、台湾系の部品メーカーでは日常茶飯、まったく報道されないが数千件の規模で広東各地で起きている。
 中国では報道管制が敷かれ、外国企業に賃上げスト頻発のニュースは封じ込められた。

 在香港米国商工会議所のビルステーケ会頭はヘラルドトリビューンの取材に答えて「ストライキ頻発のはるか以前から外国企業は、労賃上昇がつづけば中国で創業する意味が薄まり多くはベトナム、カンボジアへの代替案を熟慮中です」と明言している。

 中国進出企業は移転代替地さがしに躍起となった。


 中国では、労働者のストが各地で起きている。中国当局はストライキを黙認しており、しかもデカデカと報道されているという、異例の状況になっている、と書かれています。



 「日本企業がねらい打ちされたとばかりは言い切れない」と書かれていますが、「外資企業が狙い撃ちされている」と読むことは、可能だろうと思います。というか、そのように読むべきではないかと思います。なぜなら、「労働運動に対する中国当局の態度」でみたように、2006 年 3 月、胡錦濤総書記が外資企業における労働組合設立を促進すべしとの指令を出しているからです。

 また、中国において労働者の給与が急激に上昇していることは、以前、「中国製品の価格上昇と、高度経済成長の終焉」に記しました (引用しました) が、上記引用によれば、このところ、賃金の上昇ピッチはさらに急激になってきているのではないかと思われます。

 中国においては、賃金が急上昇しても、消費がそれに応じて急激に増えるとは考え難いと思います。したがって中国国内の内需拡大には、限界があると考えられるのですが、

 そのような状況下で、
 在香港米国商工会議所のビルステーケ会頭はヘラルドトリビューンの取材に答えて「ストライキ頻発のはるか以前から外国企業は、労賃上昇がつづけば中国で創業する意味が薄まり多くはベトナム、カンボジアへの代替案を熟慮中です」と明言している。

 中国進出企業は移転代替地さがしに躍起となった。
とあるように、中国進出企業が中国から撤退し続ければ、中国の高度成長は、確実に終焉を迎えることになる、とみてよいと思います。



 問題は、中国進出企業が中国から撤退した場合、そこで雇用されていた人々の受け皿がないのではないか、ということです。

 いったん勢いがついた労働運動は、なかなか下火にはならないと思われます。したがって、中国共産党としては、国内の治安の維持・安定のために、なんらかの対策をとることが必要になってくるはずである、と考えられます。

 対策として、いちばんよいのは雇用を創出することですが、賃金が急上昇しているなか、労働者を満足させうる雇用を創出することは、不可能に近いだろうと予想されます。

 だからこそ、対策として、「外資企業狙い撃ち」がなされているのではないかと考えられるのですが、当の外資企業が次々に撤退すれば「外資企業狙い撃ち」も早晩、通用しなくなります。



 それでは、次はどのような対策がとられるのか。

 もともと、「外資企業狙い撃ち」には、労働者の待遇を改善するという目的のほかに、労働者の不満をそらすという目的があるのではないかと考えられます。なぜなら、「外資企業における待遇改善」には、「当局は、労働者の待遇改善のために努力している」というアピールが含まれているからです。

 したがって、根本的な対策、すなわち、労働者の待遇改善が不可能に近い以上、現行政策の延長線上に存在する政策として、労働者の不満をそらす政策が本格的にとられる可能性が高いのではないか、と考えられます。

 このような観点でみれば、朝鮮半島の問題 (情勢) にも、「中国内部の事情」が影響してくることは避けられないのではないかと思います。すくなくとも、その可能性は十分にありうると思います。

 すなわち、中国の労働問題は、中国の対外政策 (姿勢) に影響を及ぼすとみられます。その場合、根本的な原因が中国内部にあるだけに、中国の姿勢は簡単には変わらないはずである、と予想されます。
コメント

弁護士による「詭弁・とぼけ」かもしれない実例

2010-05-28 | 日記
弁護士と闘う」 の 「弁護士・訴訟活動で「個人攻撃」損害賠償命令

さて、法廷や書面で個人攻撃したら証拠もありますので
損害賠償や懲戒請求は可能です

問題は証拠があるかないかわからん時
自分の依頼した弁護士から個人攻撃されたと言う方も大勢います
特にうちあわせなどで弁護士から攻撃されたという場合

残念ながら懲戒まではいかない場合が多いです
なぜなら、言った言わないのことで逃げてしまいます

弁護士は逃げ道作っています
懲戒請求を審査する綱紀委員に弁護士は
「依頼者のあなたのことを思ってきついことを言ったのよ」
と言うのはまだマシで
「そんなことは言ってません」
「何か勘違いではないでしょうか」
など証拠がなければ逃げてしまいます

敗訴が出そうな裁判で、
「和解よこの裁判は和解しかないのよ」
と依頼者をおどしたり、キレたりはよくあることです


 弁護士は、「あなたのためを思って言った」と相手のためを装ったり、証拠がなければ「そんなことは言ってません」「何か勘違いではないでしょうか」と逃げる、と書かれています。



 すべての弁護士がそうだとは思いませんが、そういう弁護士もいるだろう、とは思います。私にも、「似たような」経験があります。

 このような弁護士にどう対応すればよいか、を検討することは社会的に有益だと思いますので、私の場合について記載します。参考にしてください。

 なお、以下、実名を記載していますが、それは弁護士からの回答・説明も、併せ、期待しているからです。当の弁護士から回答・説明があれば、資料として、さらに有益になりうると思います。実名を記載しなければ回答・説明は期待できません。その点、ご理解いただければと思います。

 私の経験は以下のとおりです。




  1. 頼んでもいないのに、湯山弁護士から一方的にお金を振り込まれ、私はとても困った。( 「ヤミ金融 (押し貸し)」 参照 )
  2. 受け取るいわれのないお金であり、迷惑だったので、その旨、伝えようとすると、「議論する気はないんだ!」と怒鳴られた。
  3. そこで、遠まわしに、「迷惑なのですが…」と伝えたところ、無視された。
  4. 私はアドバイスを求めてもいないにもかかわらず、湯山弁護士から「アドバイスしてやってるんだ!!」と怒鳴られた。( 「アドバイスには裏がある?」参照 )
  5. しかし、私には、アドバイスに従う義務はない。また、アドバイスの内容もトンチンカンだった。
  6. 私が「法律上の権利」を行使しようとしたところ、湯山弁護士から、威張りながら「で~きな~いから~あ」と言われた ( 「弁護士増員と、弁護士の質の関係」) 。
  7. また、湯山弁護士からは、意味ありげに笑いながら、小馬鹿にしたように「でえっきないから~あ」とも言われた。(この部分は新規追加)
  8. しかし、なぜ、私が「法律上の権利」を行使できないのか、なぜ、湯山弁護士が「法律上の義務」に従うことができないのか、わけがわからない。
  9. 約 1 か月後、湯山弁護士から、カネをやったのだから 「ある事柄」 を公的機関に伝えないように、と 「暗に」 要求されたが、私は承諾しなかった。( 「行政指導は明確でなければならない」参照 )
  10. 公的機関に事実関係を伝える期限直前に電話したところ、「なんだ~あ? あれは? 迷惑だと言ってるのと同じじゃないか!! 温情だーーっ!!」 と怒鳴られた。
  11. 湯山弁護士から、私が「絶対、絶対、絶対、絶対、絶対に許されないことをした」と非難された。しかし、私の「どの行為が、どういう意味で」許されないのか、具体的に教えてくれない。( 「「あいまいさ」 に潜む意図」参照 )
  12. 湯山弁護士との「会話」等の経緯・内容等について、私が「絶対、絶対、絶対、絶対、絶対に許されないことをした」ので、「誰にも言わないほうがいいと思う」と、私がアドバイスを求めていないにもかかわらず、一方的にアドバイス(?)された。( 「アドバイスには裏がある?」参照 )
  13. 「それなら警察に行って自首しようと思いますが、警察に行ってもかまいませんか?」と尋ねたところ、湯山弁護士から、「大丈夫なのか?」と尋ねられた。( 「実名表記の是非と納得」参照 )
  14. その際の「会話」は、おおむね、次のとおりです。( 「「詭弁」について」参照 )

    1. 私「警察に行ってもかまいませんか?」
    2. 湯山弁護士「警察に行く必要はない」
    3. 私「警察に行く必要があるかどうかは、尋ねていません。警察に行っても、かまいませんか?」
    4. 湯山弁護士「警察に行く必要はない」
    5. 私「いや、だから、警察に行く必要があるかどうかは、尋ねていません。警察に行っても、かまいませんか?」
    6. 湯山弁護士「警察に行く必要はない、と助言します」
    7. 私「私は、助言は求めていません。警察に行っても、かまいませんか?」
    8. 湯山弁護士「なにが言いたいのでしょうか?言いたいことがあるなら、はっきり言ってください」
    9. 私「ですから、私は、警察に行ってもかまいませんか? と、はっきり言っています。警察に行ってもいいかどうかについて、答えていただけないでしょうか?」
    10. 湯山弁護士「こだわるのはやめましょう。私は、こだわりはありません」
    11. 私「私は、こだわってはいませんよ。『絶対、絶対、絶対、絶対、絶対に許されないことをした』と言われたので、それなら自首しようと思うのですが、私が警察に行くと、お困りになるのではないかと思い、お尋ねしています。警察に行っても、かまいませんか?」
    12. 湯山弁護士「もう何も言うことはありません!!」
    13. 私「助かります。求めてもいないアドバイスをされて、とても、困っていました。それで、私の求めていること、すなわち、警察に行ってもいいかどうかについて、答えていただけないでしょうか?」
    14. 湯山弁護士によって、「会話」は一方的に打ち切られた。





 さて、湯山弁護士にも都合・事情があるだろうと思いますので、その点に配慮して、今まで書いていませんでしたが、じつは、上記「会話」のなかで湯山弁護士から、「何のことでしょうか?」と尋ねられています。その部分を具体的に書けば (追加すれば) 、次のような「会話」になります。


  1. 私「警察に行ってもかまいませんか?」
  2. 湯山弁護士「大丈夫なのか?」
  3. 私「私は、大丈夫ですよ。警察に行っても、かまいませんか?」
  4. 湯山弁護士「どういうことだろうか?」
  5. 私「『いままで築き上げてきたものを失いたくないんだ!!』と怒鳴っておられたので、私が警察に行くと、お困りになるのではないかと思い、お尋ねしています」
  6. 湯山弁護士「何のことでしょうか?」
  7. 私「湯山さんが忘れているか、とぼけているかのどちらかでしょう」


 このような「会話」のあと、やたらしつこく、「警察に行く必要はない」とアドバイス(?)される「会話」になったのですが、私には、湯山弁護士が「本当に忘れているのか、とぼけているのか」がわかりません。「かりに」とぼけているのであれば、上記に引用した、

   「あなたのためを思って言った」と相手のためを装ったり、
   「そんなことは言ってません」「何か勘違いではないでしょうか」と逃げる

弁護士の態度そのものではないか、と思います。つまり、ひとつの「可能性」として、

   湯山弁護士が「いままで築き上げてきたものを失いたくない」ために、

   一方的に「君のためを装って」カネを振り込み、

   根拠を示さず「私が許されないことをした」と非難したうえで、
    罪に問われるのが嫌なら「誰にも言うな」と一方的にアイバイス(?)して、

   「いままで築き上げてきたものを失いたくないんだ!!」と怒鳴ったことについて
    「とぼけている」

可能性「も」ありうることは、否定できないだろうと思います。

 したがって、「とぼける」弁護士への対応を検討する際に、社会的に有益な資料になるのではないかと思います。



 なお、念のために書き添えますが、私は、湯山弁護士が「とぼけている」とは言っていません。湯山弁護士が「本当に忘れているのか、とぼけているのか、私には、わからない」からです。しかし、「とぼけている可能性がある状況」であることは間違いなく、その点で、有益な資料たりうると考えています。

 もし、一弁の湯山孝弘弁護士において、「本当にわからない」ということであれば、その旨、いつでもコメントしてください。思い出せるように、そのときの状況を詳しく書きたいと思います。

 また、その際には、「行政指導は明確でなければならない」についてもコメントしていただければ、とても助かります。



■追記
 私は、湯山弁護士に対して、懲戒請求等は行っていませんので、その旨、明記します。
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なぜ司法修習生に給与を支払う必要があるのか

2010-05-26 | 日記
asahi.com」 の 「「法律家、裕福な人しか…」司法修習生の給与廃止に異議」 ( 2010年5月19日 )

 司法試験に合格した司法修習生に対し、1年間の研修中の給与を国が支払う「給費制」から、必要な人に貸す「貸与制」に11月から移行するが、日本弁護士連合会が「裕福な人しか法律家になれない」と異議を唱え始めた。4月に就任した宇都宮健児会長は「運動を盛り上げ、世論を動かしたい」と意気込むが、ハードルは高い。

(中略)

 だが、給費制の維持には裁判所法の改正が必要。弁護士以外で問題への関心は高くなく、集会でも「法律で決まったことをひっくり返すのは不可能に近い」との声も出た。

 会長選で主流派候補を破って就任した宇都宮会長にとっては目玉政策で、得意の消費者運動の手法を活用する作戦のようだ。今後、各地の集会で世論に訴え、署名や陳情で国会議員にも働きかけ、法改正につなげたい考えだ。

 2004年に開校した法科大学院制度は、社会人など多様な人材を受け入れることを目指したが、司法試験合格率の低迷もあり、社会人の受験者数は減っている。2~3年間で数百万円となる学費負担に加え、給費制が廃止されると、修習中の生活費約300万円が新たな負担となる。

 法務省や最高裁では「給費制を維持する法改正は厳しい」との見方が根強い。ある法務省幹部は「実際に現場で働く研修医と同じように国費で養成すべきだ、と国民が理解してくれるだろうか」と指摘する。(河原田慎一、延与光貞)


 司法修習生の給費制廃止反対運動を弁護士会が行っている (行おうとしている) が、法務省や最高裁には、「給費制を維持する法改正は厳しい」との見方が根強い。ある法務省幹部は「実際に現場で働く研修医と同じように国費で養成すべきだ、と国民が理解してくれるだろうか」と指摘した、と報じられています。



 研修医との対比がなされていますので、今日は、この観点で考えてみます。

 研修医は、まがりなりにも「医師」ですが、司法修習生は「法律家」ではなく、「法律家の卵」にすぎません。一応、公務員に準じる扱いがなされているようですが、実質的には、「学生」ではないかと思います。

 とすると、「なぜ、学生に、給与を支給しなければならないのか」という疑問があります。



 法律家になろうとする学生は、医師になろうとする学生 (医学部生) や、研究者になろうとする学生 (理工学系大学院生など) とは違って、特別扱いが必要であるというなら、司法修習生に、給与を支給しなければならないでしょうが、特別扱いをする理由が、本当に存在するのでしょうか?

 「司法修習生の給費制廃止」で引用した、「仙台 中堅弁護士」さんのブログを見ても、反対すべき理由として掲げられているのは、「司法修習生はどうやって暮らしていけばいいのか」といった話ばかりです。これに対しては、「相当額が無利子貸与される。暮らしていける」と答えればすむことなのですが、

 なにか、ほかに反対すべき理由は存在するのでしょうか?



 考えられるのは、法律家の仕事は重要である、修習に専念する環境 (=お金の心配をしなくてすむ環境) を整える必要がある、といった理由です。

 たしかに、法律家の仕事は重要です。

 しかし、法律家の仕事が、人の生命にかかわる仕事をする医師よりも重要であり、日本経済を支えている研究者よりも重要である、とは考えられません。すくなくとも同等の重要性がある、と言えるにとどまるでしょう。



 このように考えれば、「なぜ、司法修習生のみを特別扱いし、給与を支払う必要があるのか」という問いは重要であり、この問いに答えられなければ (おそらく答えられないだろうとは思いますが) 、

   給費制廃止は当然であり、
   給費制廃止反対運動は、弁護士会による、法律家 (…の卵) の特権復活運動にすぎない、

ということになろうかと思います。

 「今まで支給されてきたものがなくなった」という点を捉えれば、「司法修習生がかわいそう」と感じてしまいますが、じつは、「今まで優遇されすぎていただけ」なのかもしれません。
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数秒遅れの生中継

2010-05-25 | 日記
柘植久慶 『宴のあとの中国』 ( p.20 )

 オリンピックの開会式や閉会式、それにライヴでの人気種目のTV中継は、多いと五億人とか一〇億人が観る。そのときテロが発生したり、とんでもない不測の事態――フリー・ティベットのデモなどが割りこんだら、満天下に中国の恥を晒す (さらす) ことになる。
 そこで中国の当局者が考え出したのが、三秒遅れで映像を世界に配信する、というやり方だったのである。あたかも村上龍氏の小説『五分後の世界』そのものだ。
 これなら万が一にも事件が発生しても、瞬時に用意された映像に切替えれば、何とかその場を繕える。事実が広まり始めるまでの時間に、当局者は然るべき言い訳を準備する、ということになる。
 もしこれが重大な出来事であればある程、リアルタイムで世界に流れては望ましくない。そのとき稼ぐ三〇分とか一時間のインターヴァルは、中国のような共産党一党独裁国家にとって、この上なく貴重なものとなってくる。
 胡錦濤以下の共産党幹部たちは、あの天安門事件の教訓を活かしたのである。すなわちリアル・タイムでの映像が流れると、いかに百万言を費やしたとしても絶対に否定できない、ということだ。
 そのため映像をいったんシャットアウトしてしまえば、そこで稼いだ時間で作文をでっち上げることができる。素早くストーリーを書いて、それに合致する幾つかの事実を抽出し、筋書を補強してゆけばよい。
 何故突然映像が切替えられたかについては、そのカメラが被害を受けたからだと説明できる。つまり映像が国外に流出しさえしなければ、いかようにも処理できることになる。
 三秒というと短く思うかもしれない。けれど東京ドームからの野球中継は、地上波と衛星放送での差が一秒近くあるが、並べて観ると前者は結果が出ているのに、後者はまだボールが投本間のあいだ、というくらいの差が生じる。三分の二秒から一秒の差でこうだ。
 一九六〇年代を中心に活躍した、ニューヨーク・ヤンキースのミッキー・マントル選手は、左打席で一塁まで三秒一で到達した。三秒とはそれほど長い時間でもあることを、北京オリンピックではっきりと再認識させられた次第であった。


 北京オリンピックの映像は、リアルタイムの生中継ではなく、3 秒遅れの映像だった、と書かれています。



 著者を疑うわけではありませんが、補強するために、同様のニュース記事を引用します。



静岡新聞」 の 「生中継、3秒遅れで放送 五輪閉会式」 ( 2008/08/24 )

 【北京24日共同】中国国営の中国中央テレビが24日夜、北京五輪閉会式を国内向けに“生中継”した際、北京で受信したNHK衛星放送などに比べ3秒遅れていた。
 中央テレビが不測の事態に備え、意図的に放送を遅らせている可能性がある。同テレビは8日夜の開会式でも数秒遅れで放送した。


 中国国営の中国中央テレビが、開会式と閉会式を中国国内向けに数秒遅れで放送していた、と報じられています。



 したがって、たしかに「北京オリンピックの映像は、数秒遅れで放送されていた」と断定してよいと思いますが、

   数秒遅れで放送されていたのは、中国「国内向け」の放送であり、
   NHK衛星放送には、このような「作為的な遅れ」はなかった、

と考えられます。

 とすれば、「天安門事件の教訓を活かし」て、「満天下に中国の恥を晒す (さらす) ことになる」のを避けたと考えるには、無理があると思います。中国国内は騙せるでしょうが、

   海外にはリアルタイムで放送されている以上、
   おかしな作為を加えれば、かえって「満天下に中国の恥を晒す (さらす) ことになる」

からです。



 しかし、それではなぜ、中国当局は国内向けに、数秒遅れの映像を流したのでしょうか。それが問題です。

 作為を加えるつもりがないなら、そのまま映像を流せばすむことであり、やはり、著者の説くような意図があったと考えざるを得ないのでしょうか。



 そこで推測するに、これはおそらく、「中国のメンツ」の問題ではなく、もっと現実的な、政治的な理由だったのではないかと思います。たとえばテロが発生した場合、それを契機として (またはそれを合図として) 中国国内の不満分子による暴動などが発生することが考えられます。このような暴動を避けるためだったと考えれば、つじつまが合うと思います。

 当時、チベット問題 (中国当局による住民の弾圧と、それに対する抗議活動) などが報じられていましたので、このように解することには、現実性 (リアリティ) があると思います。



 この推測をもとに考えると、中国政府は、群集の暴動を「恐れていた」ことになります。

 もちろん、数秒遅れで放送することによって「ごまかせる」のは、北京近郊ではあり得ません。北京近郊であれば、爆発音なり群集の喚声なり、なんらかの音や雰囲気によって、事実がバレてしまうからです。

 したがって、当局の「恐れ」は、オリンピックに訪れた海外の要人や観戦客に危害が及ぶことであったとは考え難く (そのような要素もあったかもしれませんが) 、「恐れ」はもっぱら、北京以外の場所で発生する暴動の発生に向けられていたはずです。つまり、中国当局の「恐れ」は、中国の社会秩序・国家体制が破壊されることへの懸念によるものだったと考えられます。



 以上より、当局に対する不満はかなり蓄積されており、

   中国社会はいつ崩壊してもおかしくない状況にある
      (すくなくとも中国当局はそう考えている) 、

と推測してよいのではないかと思います。



■追記
 中国社会崩壊云々とまで考えるのは行き過ぎで、「暴動が広がり、面倒なことになるのを避けたかった」と考えるのが、もっと合理的だと思います。
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中国製品の価格上昇と、高度経済成長の終焉

2010-05-24 | 日記
アレクサンドラ・ハーニー 『中国貧困絶望工場』 ( p.409 )

 経済が発展すれば避けられないことだが、過去三〇年近く続いた労働集約型製造業の王者の地位を支えた競争力のいくつかは衰えつつある。次の一〇年において中国の製造分野の動向を決める要素はすでに明らかになっている。具体的には、賃金や原材料コストの上昇、労働組合設立を要求する声の高まり、訴訟リスクの増大、安価な労働力の減少、品質向上と職場の安全性の双方を求める動き、利ざや圧縮を要請する取引先からの強烈な圧力などである。
 これらの要求や圧力を和らげるために、単なる製造業としての役割から、デザイン、研究開発へと間口を広げたり、自社独自のブランドを立ち上げたりする工場も出現するであろう。あるいは、ライバル企業の買収を考え、生産規模を拡大して生産コストを下げ、利益率を高める、いわゆる「規模の経済」を発揮させる道を探す工場も出てこよう。さらには、事業から撤退する工場もあるはずだ。
 賃金は沿海部や内陸部を問わず急速に上昇している。湖北省武漢市では、都市部の最低賃金は一九九五年の三倍近くに高騰しており、二〇〇七年二月には月六〇〇元近くに上昇している。江蘇省無錫市の賃金もやはり同じ時期の比較で三倍近く急上昇している。サムの工場の近くにある長沙市の場合、市内中央部の法定最低賃金が二〇〇五年から二〇〇六年の月五〇〇元から翌年には六〇〇元にまで引き上げられた。浙江省の港湾都市寧波市のように、重工業にとって魅力的な地方の賃金はそれ以上に急騰を続けている。
 中国と世界では賃金に大きな開きがあるので、今後も中国の製造業の賃金は欧米各国の賃金よりも低い水準で推移する。だが、その格差は急速に縮まりつつある。デービッド・ダラー世界銀行中国担当局長によれば、中国の賃金は他の低賃金のアジア諸国と比較しても二倍から三倍のスピードで上昇しているという。
 今まで見てきた通り、経済が発展するようになると、最低賃金を支払っていない工場が多ければ、工場長は高賃金を出している他の産業や地域からの圧力の高まりに脅威を感じるようになる。四川省瀘州市では、これまで他の省や地域に労働力を供給してきたが、市内ではマクドナルド、ショッピングセンター、ホテルなどのサービス分野が急成長してきている。二〇〇三年、市内の江陽区のレストランではスタッフに月給二五〇元を支給していたが、住居費や食費を無料とする待遇であった。その翌年、給与は四〇〇元から四五〇元に上昇し、当時の広東省東莞市の最低賃金に匹敵するようになった。
 中国の内陸部なら最低のコストで大丈夫というわけにはいかなくなったのである。現在、衛生部衛生監督司副司長の職にある蘇志は語る。
「中国の労働コストは暴騰している。徐々にではなく、凄い勢いで上昇している。安価な労働力という表現は過去のものになったのである」
 労働力だけが高くなってきたわけではない。原材料費や土地代も上がっている。その上、人民元が次第に切り上がっていることも重大な変化である。
 チャイナ・プライスは、二〇〇四年から上昇カーブを描くようになった。二〇〇七年四月、UBSインベストメント・バンクの前アジア経済部門長ジョナサン・アンダーソンが報告書で指摘したところによれば、中国製造業の輸出価格は一九九六年から二〇〇三年の間に米ドルベースで年平均二パーセント下落していたという。ところが、二〇〇四年以降、この傾向は反転する。すなわち、米ドルベースの輸出価格は毎年平均二パーセントのペースで上昇するようになったのである。この傾向は衣料品から電子機器に至るまでのあらゆる分野に及んでいる。さらに、この報告書では、フィリピン、台湾、タイ、マレーシアなどの低価格品輸出国の価格も中国と相互依存的に上昇の一途をたどっていると説明する。
 香港商社の利豊 (Li & Fung) は、「顧客が二〇〇六年に支払った製品価格は二パーセントから三パーセント増加したことがわかっている。これは過去六年以上の取引において初めて経験した現象であった」と証言する。
 この逆転現象は世界的に重大な意味を持つ。一九九〇年代後半、中国は「デフレ輸出国」と批判されるとすれば、今度は「インフレ輸出国」と糾弾されるのであろうか? 輸出価格の上昇が明らかになるにつれ、エコノミストたちは「インフレ輸出」の可能性を議論するようになった。現状では、そのような兆候をはっきりと示す証拠は得られていない。中国経済専門の調査・コンサンタント会社ドラゴノミクスのアーサー・クローバー代表は、中国が前述のデフレを輸出したという意見には同意できないという。なぜなら、製品価格は引き下げたが、同時に一次産品価格を上昇させたからだ。さらに、こう付け加える。
「中国はインフレを輸出していない。ただ、輸出品の最低価格国としての地位を失いつつあるということだ」


 賃金の上昇、労働組合設立を要求する声の高まり、訴訟リスクの増大等により、中国は「輸出品の最低価格国としての地位」を失いつつある、と書かれています。



 中国が「輸出品の最低価格国としての地位」を失いつつある最大の要因は、賃金の急騰だと思います。
賃金は沿海部や内陸部を問わず急速に上昇している。湖北省武漢市では、都市部の最低賃金は一九九五年の三倍近くに高騰しており、二〇〇七年二月には月六〇〇元近くに上昇している。江蘇省無錫市の賃金もやはり同じ時期の比較で三倍近く急上昇している。サムの工場の近くにある長沙市の場合、市内中央部の法定最低賃金が二〇〇五年から二〇〇六年の月五〇〇元から翌年には六〇〇元にまで引き上げられた。浙江省の港湾都市寧波市のように、重工業にとって魅力的な地方の賃金はそれ以上に急騰を続けている。
と書かれており、賃金上昇ピッチの凄まじさ ( およそ 10 年で 3 倍 ) がわかります。

 ここで、比較のために、日本の高度経済成長について調べてみると、


Wikipedia」 の 「所得倍増計画

所得倍増計画(しょとくばいぞうけいかく)とは1960年、池田内閣の下で策定された長期経済計画である。閣議決定された際の名称は国民所得倍増計画(こくみんしょとくばいぞうけいかく)という。この計画では翌1961年からの10年間に実質国民所得(国民総生産)を26兆円に倍増させることを目標に掲げたが、その後日本経済は驚異的に成長した。立案は経済学者の下村治。

(中略)

計画の数値目標は1960年度の国民総生産額である13兆6000億円の2倍、26兆円を10年以内に達成するというものである。なお、1960年度から年間平均11%の経済成長率を維持し、以後3年で17兆6000億円に到達させることが中期目標とされた。

しかし日本経済は予想以上の成長を遂げた。実質国民総生産は約6年で、国民1人当りの実質国民所得は7年(1967年)で倍増を達成した。経済成長率も驚異的な記録を見せ、計画開始1年目(1961年度)にして早くも目標が達成された。これによって政府は計画の見直しを迫られ、早くも高度成長の「その後」の手当を図ることとなった。

その後、佐藤内閣によって高度成長によるひずみの是正や社会資本整備を目的とする「中期経済計画」(1965年策定)および「経済社会発展計画」(1967年策定)が策定されてゆく。


 日本の高度経済成長期には、約 7 年で所得が倍増したと書かれています。



 7 年で 2 倍なら、10 年で 3 倍と、ほぼ同じペースだと考えてよいでしょう。中国の経済成長は、すくなくとも賃金面に関するかぎり、日本の高度成長期と同じペースで進んできた、とみてよいと思います。

 いかに同じペースとはいえ、10 年以上も続く高度成長は、「凄い」と思います。しかし、中国の高度成長も、賃金上昇に伴う製品価格の上昇によって、そろそろ終焉を迎えるつつあるのではないかと思います。中国製品の競争力は、その価格の安さにあったからです ( 「中国製品の競争力と世界の状況」参照 ) 。



 もっとも、賃金の上昇によって購買力が上がり (内需が増えて) 、中国の高度成長は続くと考える余地もあります。

 しかし、中国は今後、急速に高齢化社会になると予想されています。とすれば、内需による高度成長継続の可能性は低いと考えられます。中国では年金制度が整備されておらず、老後のことを考えれば、かなりの金額を貯蓄しなければならないからです。



 ここで、中国の「一人っ子政策」について考えます。これが意味するのは、中国の子供は大きくなったときに「1 人で 2 人の老人を養う」ということです。人間はいつか死ぬので、ここではとりあえず、「1 人で 1・5 人の老人を養う」と、控え目に見積もります。

 日本では、「年金は積立方式に移行すべき」で引用したグラフ、「図3 年齢3区分別人口の推移:中位推計」を見ると、(大き目に見積もって) おおよそ「1 人で 1 人の老人を養う」社会になると予想されますが、その状況で「これは大変なことになる」と大問題になっています。

 たしかに、「1 人で 1 人の老人を養う」というのは大変なことではあるのですが、中国の「1 人で 1・5 人の老人を養う」というのは、それに輪をかけて、さらに大変な状況だと思います。したがって、

   中国人の消費 (中国にとっての内需) による高度成長の継続は難しい、

と考えてよいと思います。



 もっとも、「中国の一人っ子政策」については例外規定が多くあります。とくに、人口の大部分を占める農民層には例外が適用されてきたことを考えれば、意外に、中国人の消費は増えるかもしれませんが、

 大局的にみれば、

   中国の高度成長の原動力が「低価格による輸出」であった以上、
   中国製品の価格上昇に伴い、中国の経済発展は次第に緩やかになる

とみるべきではないかと思います。



 以上によって、中国の高度成長は終焉を迎えつつある、と考えてよいと思います。
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