言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

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為替介入についての日本のスタンス

2009-07-31 | 日記
高橋洋一・長谷川幸洋 『百年に一度の危機から日本経済を救う会議』 ( p.223 )

高橋  じつは、これまでもドル買い介入による金融緩和効果についてはたくさん議論があって、たとえば一九九五年夏以降の急速な円高のときも、政府が行なう為替介入を日銀が「不胎化」することの是非について論争がありました。
 「不胎化」というのは、教科書的にいうと、円高の是正のために、金融当局は外貨購入の対価として円を供給しますが、その円を放置して貨幣供給の拡大を容認するのが「非不胎化介入」、放置せずに売りオペを発動し相殺するのが「不胎化介入」です。
 為替介入するにも資金が必要なので、その資金は外国為替資金特別会計から出すわけですが、ドル買い介入の場合、政府が政府短期証券(FB)を発行して調達した資金でドルを買い入れるわけです。一九九九年三月までFBは日銀が全額受け入れていた。そのためFB発行後に為替介入すれば、ハイパワードマネー(市中の現金と日銀にある民間金融機関の当座預金の残高)が増加し、円が供給された。
 ところが、二〇〇〇年四月からはFBは日銀全額引き受けでなく、入札制になって市中で消化されるようになった。だから為替介入しても直接的に円が供給されることがなくなったわけです。
 つまり、かつては日銀がFBを放置して売りオペしないかぎり「介入は非不胎化」で金融緩和効果がありましたが、いまは日銀がFBを放置したうえで買いオペをしないかぎり、「介入は不胎化」つまり金融緩和効果はないということになります。


 為替介入の効果とは金融緩和効果にほかならず、現在は介入資金を手当てする方法が変わったために、為替介入には効果がない、と書かれています。



 今日の内容には、昨日書いた 「為替介入には効果がない?」 の続編としての意図もあります。最初に用語の整理を行います。



 高橋さんが言わんとされているのは、次のようなことだと思います。

 理論的に分析するために、為替介入を 「介入そのもの」 と 「貨幣供給」 に分ける。すると、前者については外国為替市場の規模からして効果がないが、後者については、通貨の供給量が増え、通貨の相対的価値が下がるので効果がある、と考えられる。したがって、

   一見、為替介入に効果があるかに映るのは、為替介入に付随する通貨供給量の増大によるものにすぎない

と考えられる。とすれば、次のように整理するのが有益である。
  • 「為替介入」 の語で、「介入そのもの」 のみを指す。
  • ( 為替介入に付随する ) 通貨供給量増加 ( 政策 ) を、金利政策と合わせ 「金融政策」 の枠組みでくくる。

 この整理の結果、次の結論を得る。
  • 「為替介入」 には、為替相場に ( 有意な ) 影響を及ぼす効果はない。
  • 「金融政策」 による通貨価値の変化こそが、為替相場に ( 有意な ) 影響を及ぼす。



 こうしてみてくると、高橋さんの説明されている内容は、きわめて論理的・厳密なものに感じられます。介入資金を手当てする方法が変わったのも、このあたり ( =為替介入と金融政策を厳密に分離すべきだという考えかた ) が原因ではないか、と思われます。

 しかしながら、この整理のしかたには、為替介入の効果をどう考えるかについて、一定の観点が前提されています。「介入そのもの」 には効果がない、という観点が、前もって前提されているのです。そう考える根拠を、次に述べます。



 高橋さんの話には、当局の 「介入する意思」 に対して、市場が反応する可能性が考慮されていません。

 口先介入に効果があるとみれば、「当局が介入する意思をもっていること」 そのものが、為替に影響を及ぼすといえます。したがって、実際に介入したとなれば、その意思が行動によって示されたのですから、「口だけ」 の意思表示に比べ、より強固に、当局の意思が表示された、と受け取られることになるはずです ( 通常、介入は一回かぎりでは終わらず、連続してなされると思います ) 。

 したがって、一見、論理的であるかに見えた整理が、じつは一定の観点・価値観の表明にすぎなかった、と評価されることになるはずです。つまり、
  • 「為替介入」 には、為替相場に ( 有意な ) 影響を及ぼす効果はない。
  • 「金融政策」 による通貨価値の変化こそが、為替相場に ( 有意な ) 影響を及ぼす。

と思っているから、
  • 「為替介入」 の語で、「介入そのもの」 のみを指す。
  • ( 為替介入に付随する ) 通貨供給量増加 ( 政策 ) を、金利政策と合わせ 「金融政策」 の枠組みでくくる。

という分けかたになるのであって、ここには、「為替介入には効果がない」 という結論が先取りされています。



 逆にいえば、( 従来の制度の ) 日常感覚に則った用語法である、
  • 「為替介入」 の語で、「介入そのもの」 と、( それに付随する ) 通貨供給を指す。
  • その際、「あえて」 通貨供給量の増加を望まない場合には、「不胎化介入」 を行う。

という分けかた ( 整理のしかた ) に、問題があったのではない、と考えられます。



 このように考えてくると、わざわざ、制度を変えたということは、日本は、「為替介入 ( そのもの ) には効果がない」 という 「価値観」 を表明した、と評価してよいのではないかと思います。とすれば、

 「よほどのことがないかぎり、日本の為替介入はない」 と予想されます。次の発言 ( 報道 ) は、これを裏づけていると思います ( …が、ちがうかもしれません ) 。



REUTERS」 の 「為替介入を絶対にしないということはない=玉木財務官」 ( 2009年 07月 17日 18:27 JST )

 [東京 17日 ロイター] 財務省の玉木林太郎財務官は17日、ロイターなどとのインタビューに応じ、外国為替市場で一段の円高が進行した場合の対応に関して「介入するかはコメントしない」としながら、「もう為替介入を絶対しないのかと言われれば、そんなことはない」と語った。

 具体的には、為替相場が過度な変動になった場合、経済への影響を考えて行動する、と述べた。

 <世界経済は深刻、出口戦略は実行できる状況ではない>

 玉木財務官は世界経済の現状について「深刻な状況に変わりはない」とし、「一部に景気の下げ止まりの兆候があるが、全体としては非常に厳しい」と繰り返した。

 その上で、先の主要国首脳会議(ラクイラ・サミット)などで議論された、景気回復に向けた「例外的な政策」からの「出口戦略」に関し、「準備の必要性は共有しているが、直ちに実行に移せる状況にはない。経済の先行きは見通し難い」と慎重に対応していく考えを示した。

 相対的に高成長を持続し、世界経済のけん引役とも期待される新興市場国についても「さまざまな国があり、状況や抱えている問題が違う。(経済)規模としてもインドと中国で世界経済を支えられるわけではない」とし、「新興市場国が好調な状態が続いたとしても、先進国自体が早く安定的な経済成長路線に戻ること、これなしに世界経済の安定はない」と語った。

 円高が傾向が続いている足もとの為替市場については「水準や介入には直接的にコメントしない」としながら、一般論として「円高が進むことの経済への影響は、マイナスもあればプラスもある。為替がインフレあるいはデフレとの関係で重要になる局面もある。その時の経済との関係で初めて答えが出てくる」と指摘。

 一段と円高が進行した場合の為替介入の可能性については「もう介入は絶対しないのか、といわれれば、そんなことはない」とし、考え方として「市場が基本だが、(為替が)過度な変動になった時に、経済への影響を考えながら行動する」と述べた。

コメント

為替介入には効果がない?

2009-07-30 | 日記
高橋洋一・長谷川幸洋 『百年に一度の危機から日本経済を救う会議』 ( p.223 )

長谷川  政府・日銀による為替介入など、外為市場の規模に比べれば微々たるもので、介入しても効くはずがない。かつて榊原氏は「ミスター円」の異名をとりましたが、これは私も別の本で書きましたが、幻想です。トリレンマの原理からいって、そもそも為替介入で円高を是正すること自体、間違いですね。

高橋  円高を是正するためにいちばん有効なのは、内外金利差をなくすことと、インフレ率を他国と同じにすることです。それが、結果的にいいのです。とにかく為替介入など百害あって一利なしです。


 為替介入には効果がない、と書かれています。



 為替介入には効果がない、という根拠は、「政府・日銀による為替介入など、外為市場の規模に比べれば微々たるもの」 だというところにあります。この根拠には、説得力があります。

 しかし、本当に効果がないのでしょうか?



サーチナ」 の 「インフレで見極めるべき人民元上昇の効果」 ( 2008/04/10(木) 16:19 )

人民元の対ドルレートは、2005年7月の人民元切り上げ以降も上昇基調を続けてきました。しかし人民元の上昇ペースは、月平均で0.5%程度と、非常に緩やかなものでした。人民元の上昇は、輸出採算性の悪化を促す可能性が高いと中国当局が判断し、元売り・ドル買いの為替介入をしていたためといわれています。

  しかし昨年11月以降、人民元の上昇率は、月平均で1.2%程度まで加速しています。サブプライムローン問題でドル売りが進展したほか、中国当局が元売り・ドル買いの為替介入の規模を縮小させたためと思われます。

  中国当局が為替介入を控える理由は、中国国内で進展しているインフレに対応するためです。中国当局が元売り・ドル買いの為替介入をすればするほど、売却した人民元が中国国内に流入するためインフレが進みやすくなります。中国では、2月の消費者物価の伸びが、前年同月比で8.7%増と約12年ぶりの上げ幅を記録しているだけに、中国当局としても、インフレを抑制するために為替介入を控える必要性が高まってきたといえます。

  一般的にインフレは、すぐさま解決するものではなく、中国の場合も、インフレを抑制するまでに、おそらく半年から1年程度の時間を要すると思われます。仮にこの考えが現実となれば、中国当局は、今後も為替介入を控えることになり、人民元の上昇もしばらくは続くことになります。


 この記事に記されている事実は、明確に、為替介入には効果がある、と示しています。



Bloomberg.co.jp」 の 「新興国の為替介入でユーロや円の需要が拡大-ブラウン・ブラザーズ」 ( 2009/07/24 16:45 JST )

7月24日(ブルームバーグ):米ブラウン・ブラザーズ・ハリマンは、新興国の中央銀行が米国債やユーロ、円の需要を押し上げているとの見方を示した。通貨防衛のための自国通貨売り介入を実施しているためとしている。

ブラウン・ブラザーズは24日付リポートで、ブラジル、ロシア、インド、中国(BRICs)のほか、韓国や台湾、シンガポール各国の中銀が自国輸出企業保護のため、為替介入を実施しており、その結果、外貨準備高が過去4カ月間で計3410億ドル(約32兆3000億円)余増えたと指摘。これにより、米国債需要だけでなく、ドル資産からの分散投資の恩恵を受けるユーロやポンド、円の需要が高まったと説明した。

ブラウン・ブラザーズの通貨ストラテジスト、ウィン・ティン氏(ニューヨーク在勤)は「新興国の政策決定者らは、ビジネスサイクルを考慮して現段階での強い通貨を望んでいない」と指摘、「われわれの見通しでは、為替介入は今月急増する」との見方を示した。


 為替介入に効果がないのなら、なぜ、為替介入を実施する国が、たくさんあるのでしょうか? なぜ中国は、インフレの懸念があるにもかかわらず、為替介入を実施しているのでしょうか?

 これはやはり、為替介入には効果がある、と考えるのが、自然ではないでしょうか?

 為替介入には効果がない、と言えるのは、効果の有無を頭で考えているからで、現実を見れば、効果があると考えざるをえないのではないかと思います。



 なお、高橋さんの言われる、「円高を是正するためにいちばん有効なのは、内外金利差をなくすことと、インフレ率を他国と同じにすること」 には、説得力がないと思います。なぜなら、

 円高を是正するためには、金利を下げる必要があると思いますが、内外金利差をなくそうとすれば、金利を上げることになるからです。そもそも、国によって状況は異なるはずです。それにもかかわらず、金利とインフレ率を同じにしろ、というのは、現実的ではないと思います。
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労働力を買った者にも消費税を

2009-07-29 | 日記
夕螺の読書ブログ」 の 「増税とは何か

労働力の使い捨て的な商品化は目に見えて露骨になっています。思い切った消費税策としては、この労働力を買った者にも消費税を払っていただくことも視野に入れなければならないでしょう。もちろん年収300万以下の消費税部分は、労働者側の益税とし、500万の年収ならば300万を引いたあとの200万に対しての消費税10万円を国に納めると。もちろん小零細企業の問題もありますが。。。。ここには補助金的な還付も必要かもしれません。また年金額にも消費税と同じ%を上乗せする。
すべての税制を考え直すことと消費税のあり方、このぐらいの思い切った政策が必要では?
もちろん労働力に消費税をかければ、企業はその分を賃下げするかもしれない。しかしそのような露骨なものが見えたときは、政策的に益税部分を大きくしたり、あまりにもひどい場合は、労働力への消費税率だけをアップする。


 労働を商品として捉えるのなら、労働力を買った者には、消費税をかけるべきである、と述べられています。



 たしかにその通りですね。労働力が商品であるなら、商品たる労働力を買った者には、消費税をかけるのが道理です。

 企業には、「人を育てている」 という側面もあるとは思いますが、どちらかというと、いまは、「労働力を消費している」 といった表現が適切ではないかと思います。したがって、消費税を課税することに対して、まったく違和感がありません。



 さらに、筋を通したうえで、税収アッブも望めます。これはいいかもしれない、と思います。いままで、どうして誰も言わなかったのでしょうね。



 なお、



総選挙において自民、民主どちらが勝ったとしても近い将来において消費税率の引き上げが言われるのではないか?
国民生活の安定やセーフティーネット・福祉のためには、増税は避けられない。
この言葉には国家財政を見れば説得力がある。その中で増税が語られるわけですが、ここに常識としての消費税率のアップが出る。
しかし、税制度とは何も消費税だけの問題ではないでしょう。


減税と財政再建を両立させることは不可能である、という前提で書かれているのですが、「納税者番号制による減税」 が可能であるなら、両立しうるのではないか、と思います。
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トリレンマの原理

2009-07-29 | 日記
高橋洋一・長谷川幸洋 『百年に一度の危機から日本経済を救う会議』 ( p.221 )

長谷川  そういえば、最近の榊原氏が予測したように、目下ドル安円高の状態ですが、この円高に対して財務省が為替介入をするという話もある。これについてはどう思いますか?

高橋  日本ほど為替介入のための為替資金をもっている国はありませんよ。外為資金は、資産が約一二〇兆円で負債が約一〇〇兆円、その資産負債差額が約二〇兆円ある。そして、このお金を内外金利の逆転による評価損に備える、つまり円高になったときの資産の目減りの緩衝材の役割を果たしています。この外国為替資金特別会計のお金でドルを買って円高を防止しているという建前です。ところが、普通の国は為替変動に対しては金融政策によって対応しています。

長谷川  そうすると、為替介入はやはりやるべきではない。

高橋  まずもって、国際金融の世界には「トリレンマ」という原理があります。つまり、「固定相場制」「独立した金融政策」「自由な資本移動」という、三つの望ましい形態がありますが、そのうち二つしか達成できないという原理です。

(中略)

 だから、どの国も「固定相場制」の理想は捨てて、「変動相場制」へ移行し、金融政策は国内景気に応じて自由に行ないたいという「独立した金融政策」と、資本移動の制限をしない「自由な資本移動」を選択するわけです。
 だから「変動相場制」を強引に為替介入で「固定相場」に変えてしまうと、それが金融政策や資本移動の規制に及んでしまう。つまり為替介入はもってのほかなわけです。為替介入しなくても金融政策によって通貨の価値が決まってくるわけですから、世界的にスタンダードな金融政策をとれば、極端な円高、極端な円安はなくなる理屈になります。
 現に他国は為替介入など行なわず、金融政策で通貨の価値を変えることによって対策を講じています。


 「トリレンマ」 の原理 ( 「固定相場制」 、「独立した金融政策」 、「自由な資本移動」 という、三つの望ましい形態のうち、二つしか達成できないという原理 ) がある。三つのうち、「固定相場制」 を放棄するのが世界的なスタンダードである、と書かれています。



 日本も世界標準に合わせて、「 ( 疑似的な ) 固定相場制」 を放棄すべきである、という趣旨なのですが、日本の場合、「独立した金融政策をとりたくても、とれない」 状況なのではないでしょうか?

 日本では、金利はほぼ限界まで下がっていると思われ、金融政策としては、打つ手はほぼ尽きている、と考えられないでしょうか。とすれば、金融政策については放棄し、「固定相場制」 と 「自由な資本移動」 を選択するほかない、と考える余地があります。

 もちろん、「固定相場制」 といっても、為替介入などによる 「疑似的な固定相場制」 を念頭に置いています。



 今日はとりあえず、疑問を書き記しておく、といった趣旨で書いています。
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日銀の独立性

2009-07-27 | 日記
高橋洋一・長谷川幸洋 『百年に一度の危機から日本経済を救う会議』 ( p.140 )

高橋  その日銀に対しては、言いたいことが山ほどあります。たとえば、よく「中央銀行の独立」とマスコミなどが騒いでいますが、中央銀行と政府が同じ目標を共有するのは中央銀行の独立の原則に反していないことです。ところが、マスコミは中央銀行の独立に反すると騒ぎ立てる。それで中川秀直さんが袋叩きにあったことがありましたが、中川さんは政治家として「目標の共有」しか言わなかったので、国際的なルールである「中央銀行の独立性」に触れることは一切言っていません。
 日銀の役割は「物価の安定」です。消費者物価指数をどれだけ上昇させるかという目標があり、その目標に向かって物価の舵取りをするのが日銀の役割です。それを行なう中央銀行は「独立」していなければならないというけれど、これはマスコミが独立の意味を履き違えている。「独立性」というのは、二種類あって、一つが「目標の独立性」、もう一つが「手段の独立性」。前者については、先ほど中川さんの例でいったように、目標を政府と中央銀行で共有するのが世界の常識なので、「日銀の独立性」はない。後者については、たとえば政府が物価上昇率を「二~三%にする」といったん決めたら、日銀がその決定に従って政策を行なうときには、政府から口出しされずに独立して行なうということで、それが「手段の独立性」であって、「日銀の独立性」なのです。このことを理解できているマスコミの人は、ほんの少数にすぎない。というか、ほとんど知らないでしょう。でも、安倍元総理などはきちんと理解していましたよ。
長谷川  私が日銀に対してつくづく思うのは、日銀の人たちが妙に被害者意識が過剰だということです。自分たちは、永田町にいじめられている、まさにか弱きものです、という心情が滲み出ている。


 日銀の独立性とは、「手段の独立性」 であって、「目標の独立性」 ではない、と書かれています。



 上記、高橋さんの説明を読めば、「日銀の独立性」 には 「目標の独立性」 は含まれない、と思うはずです。私はそう思いました。

 しかし、「日銀の人たちが妙に被害者意識が過剰だということです。自分たちは、永田町にいじめられている、まさにか弱きものです、という心情が滲み出ている」 背景には、日銀には日銀の目標があるからではないか、と推測されます。すなわち、

   日銀側は、「『日銀の独立性』 には、『目標の独立性』 をも含む」 と考えている

のではないかと推測されます。実際、



日本銀行」 のウェブサイトには、「日本銀行の独立性とは何ですか?

過去の各国の歴史を見ても、中央銀行の金融政策にはインフレ的な経済運営を求める圧力がかかりやすいことが示されています。物価の安定が確保されなければ、経済全体が機能不全に陥ることにも繋がりかねません。

 こうした事態を避けるためには、金融政策運営を、政府から独立した中央銀行という組織の中立的・専門的な判断に任せることが適当であるとの考えが、グローバルにみても支配的になってきています。

 日本銀行法において、独立性確保がはかられているのは、こうした考えによるものです。


とあり、「インフレ的な経済運営を求める圧力」 を排除し、対抗する原理として 「日銀の独立性」 が捉えられており、上記推測を裏づけています。



 そこで、どちらが正しいのか ( =日銀の独立性には、目標の独立性も含まれるのか ) 、調べてみました。



法令データ提供システム」 の 「日本銀行法(平成九年六月十八日法律第八十九号)


(日本銀行の自主性の尊重及び透明性の確保)
第三条  日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない。
2  日本銀行は、通貨及び金融の調節に関する意思決定の内容及び過程を国民に明らかにするよう努めなければならない。

(政府との関係)
第四条  日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。

(業務の公共性及びその運営の自主性)
第五条  日本銀行は、その業務及び財産の公共性にかんがみ、適正かつ効率的に業務を運営するよう努めなければならない。
2  この法律の運用に当たっては、日本銀行の業務運営における自主性は、十分配慮されなければならない。


 日本銀行法第 4 条の 「政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」 との規定からは、日銀には、「目標の独立性」 も与えられているのではないか、と考えられます。さらに、



日本金融学会」 の 「日本銀行法の再改正論議をめぐって」 ( 2002年度春季大会プログラム )


 本報告の狙いは、新日本銀行法の施行以来、約4年を経過した今日の時点で、…(中略)…最近、一部国会議員が提起した日銀法改正案とその取組み方について吟味し、さらに、

(中略)

 改正点の第1は、日銀に対して、その決定する金融政策が、政府の経済政策の基本方針と整合的になるように義務付け(第4条)、さらに、第19条第3項を廃止して、政府側出席者の求めに応じて1回の議決の延期をしなければならないこととした。政府の議決延期請求権が現代の国際基準に合わないものであることに加え、この変更は、第3条が定める「日銀の金融政策における自主性(独立性)と明らかに矛盾するものである。


は、( ここでいう 「改正案」 の内容がわからないのですが、平成 9 年 ( =西暦 1997 年 ) の約 4 年後の発表であることを考えれば ) 現行法は、日銀に 「目標の独立性」 をも与えていると ( 一般的に ) 解釈されていることを示しています。



 したがって、日銀が 「目標の独立性」 を主張することは現行法上、なんら問題はないと考えます。すなわち、高橋さんの意見は、立法論にすぎず、日銀やマスコミに対する批判としては、やや妥当性に欠けるきらいがあるのではないかと思います ( 批判するなら現行法を批判すべきです ) 。



 次に、立法論として考えた場合、どうなのかを考えます。

 この問題は、おそらく、景気対策に金融政策が必要か否か、に関わっています。高橋さんは、「景気対策には、財政政策は 『まったく』 効かないが、金融政策は確実に結果が出る」 とお考えですから ( 「景気対策としての金融政策」 、「財政政策と金融政策」 参照 ) 、その立場からすれば、どうしても、日銀に 「目標の独立性」 を認めるわけにはいかないのだろうと思います。

 しかし、立法論として考えた場合にも、高橋さんの見解には疑問があります。なぜなら、その根拠である 「マンデル・フレミング理論」 には疑問があるうえに、上記、日本金融学会の報告要旨によるかぎり、学問上一般的に、日銀には 「目標の独立性」 が認められていると思われるからです。
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