言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

拡大抑止力の概念

2012-02-26 | 日記
リチャード・L・アーミテージ ジョセフ・S・ナイJr 春原剛 『日米同盟 vs. 中国・北朝鮮』 ( p.198 )

春原 さて、一般に「核の傘(Nuclear Umbrella)」と言われているものは、正式には英語で「Extended Deterrence=拡大抑止力」と言いますよね。現在もオバマ大統領に「核なき世界」の実現に向けてアドバイスを送っているウイリアム・ペリー元国防長官とこの問題について議論した際、ペリー氏は「よく誤解されているが、拡大抑止力とはただ単に核兵器だけを意味するものではない」と言っています。

アーミテージ 拡大抑止力には(在日米軍を含む)米軍の前方展開戦力も含まれます。

ナイ その通りです。そして、拡大抑止力とは「信用と能力」から成り立っています。つまり、いくら能力だけがあっても、それに見合う信用性がなければ抑止力は拡大しません。たとえば、一九八〇年、あるいは七九年のソ連によるアフガニスタン侵攻の前、当時のアフガン政府に米国が「もしもソ連が侵攻してきたら、あなた方を守るために核兵器も使用します」と言ったところで、あまり意味はなかったでしょう。我々にはそうする能力はありましたが、まったく当てにならない(口約束だ)からです。「信用」というものは、あなたがそこにどれぐらいの思い入れや利害を感じているのか、ということと密接に結びついています。そして、経済的な関係や文化・社会的な交流などから、そうした「思い入れ」はどんどん大きくなっていくのです。だから、拡大抑止力を(核兵器などの)能力だけで語るのは間違っています。我々が日本に対して持っている「思い入れ」と組み合わさることによって、その信頼度は増し、拡大抑止力の効果を最大限に発揮するのです。

春原 核戦力だけではなく、経済力やその他、多くの要因が絡み合って形成されているのが「拡大抑止力」というものですね。

アーミテージ 私とジョー・ナイはそれを「スマート・パワー」と呼んでいます。

春原 「スマート・パワー」も拡大抑止力を構成する要素の一つという意味ですね。

アーミテージ もちろん、そうです。ハード・パワーの概念はご存じでしょうが、人々に自分が望むものを押し付ける方法(軍事力など)のことを指します。それに対して、ソフト・パワーは人々を(自分の望む方向に)説得する方法です。スマート・パワーとはその二つの要素を組み合わせたものです。つまり、部分的には軍事力であり、核兵器であり、通常兵器であり、経済力であり……。

春原 文化的なものも含めてですね。

アーミテージ ええ、文化は大きいですよ! こう言うと、日本の人はいつも「一体全体、どうしてそんなことが言えるんですか」と言いますが、たとえばソウルから東京への文化発信を見て下さい。韓流ドラマ(Soap Operas)があるではないですか。日本のポップ・グループは韓国でもとても有名ですよ。ポップ・カルチャー、現代文化が人々の概念、受け止め方を変える力はとても大きいのです。それも立派な抑止力なんですよ!


 抑止力とは、核兵器だけを意味するものではない、と書かれています。



 能力があっても、(状況次第では)使う意思がなければ、抑止効果は(ほとんど)ない、という話はわかりやすいですね。

 この観点からいえば、日本の「専守防衛」論は、「おかしい」とも考えられます。この観点は重要なので、あとで考えてみたいと思います。



 また、ハード・パワーとスマート・パワーの話も、細かく考慮されている感じがします。米国ではそれだけ、真剣に考慮されているのだと思います。



 ところで、しばらく更新しない期間が続きました。すみません。そろそろ本格的に更新を再開したいと思います。
コメント

「在日米軍=瓶の蓋」論

2012-02-09 | 日記
リチャード・L・アーミテージ ジョセフ・S・ナイJr 春原剛 『日米同盟 vs. 中国・北朝鮮』 ( p.170 )

春原 もうひとつ、日米同盟体制を巡る根本的な問題に触れたいと思います。それは日米同盟、あるいは在日米軍が日本の再軍備を防ぐための「瓶の蓋」であるという論についてです。

ナイ 私の観点ではそれはやや大げさに過ぎます。日本自身が再軍備、そして軍事大国になることを望んでいないからです。日本国内の世論を見ても、再軍備を望むのは少数派であり、世論の大半にそれを望む声はありません。

春原 この点も極めて心理的な部分が大きいと思います。言われるように、日本人自身の考えとして、再軍備を望まないならばいいのですが、それを米国に「得策ではない」とか、とやかく言われる筋合いはないと考える人もいるからです。米国人自身が良く使うフレーズで言わせてもらえば、「それはあなたの知ったことではない(That is none of your business)」(笑)。

アーミテージ 一時期、確かに「瓶の蓋」論は流行しました。ここではっきりと言っておきたいのですが、レーガン政権は「瓶の蓋」論に与し(くみし)ませんでした。レーガン大統領自身も我々、政権内部の人間もむしろ、日本のより多くの防衛努力を求めることを基本的な政策としていたのですから。「瓶の蓋」論はもはや、古い考え方です。同時に日本に対しても失礼な話ですよ。

春原 とはいえ、ある時期まで米国内でも日米同盟を「瓶の蓋」と見る空気が主流だったのではないですか…。

アーミテージ 共産・中国と国交正常化に踏み切る頃、確かにそうした考えはありました。しかし、一九八一年一月(のレーガン政権発足)の時点で消え去りました。その年の三月、私は国務省に出向いてマイク・アマコスト(後の駐日米大使)らと向き合い、日米同盟に関する「役割と作戦行動」のアプローチを説明しました。それをもって我々は日本を「瓶」の外へと救い出したのです。

ナイ 九〇年代半ば、中国側に日米安保体制の再確認作業について説明した際、当時の人民解放軍の総参謀長が私に「日本の軍国主義がいかに根深いものなのかあなたは理解していない」と言いました。その上で、その総参謀長は「基本的に我々はある国が海外に基地を置くことには反対しているが、(在日米軍は)その歴史的な理由(旧日本軍による中国侵出)からこれを例外扱いしている。だから、中国は在日米軍の存在を認めているのだ」と。つまり当時の中国は日本が一九三〇年代のように非常に強固な軍国主義国家になると信じていたのでしょう。
 その時、私は「自分はそうは思わない」と反論しました。「日本が中国にとって軍事的な脅威になることはない」と。同時に「日米同盟体制を堅持することが地域の安定に寄与すると思う」とも伝えました。このエピソードから言えるのは、日本の再軍備を恐れているのは米国ではなく、中国だということです。

春原 九〇年代半ばまではそうだったかもしれませんが、今の中国は日本の再軍備もあまり恐れていないのではないでしょうか。

ナイ そうかもしれませんね。

春原 キッシンジャー博士が極秘訪中後、改めて公式に訪中した際に同行した国務省のキャリア外交官であるマーシャル・グリーン国務次官補(東アジア・太平洋担当)からも生前、似たような話を聞きました。グリーン氏によると、キッシンジャー博士が周恩来・中国首相と議論をしている間、中国外交省の局長級と意見交換に臨んだら、その八割以上は「日本の軍国主義の復活をいかに阻止するか」という話題だった、と回想していました。


 「在日米軍=瓶の蓋」論 (在日米軍は日本の再軍備を防ぐための「瓶の蓋」だという考えかた) は、誤りである、と書かれています。



 今回、この話を引用しているのは、某・保守系ブログのコメント欄に、「在日米軍=瓶の蓋」論が再三登場するからです。つまり、日本の保守派の人々のなかには、「在日米軍=瓶の蓋」論を本気で信じている人がいるのです。

 自主防衛を望む人々にとっては(私も望んでいますが)、在日米軍の存在が「ある意味では」不都合なのはわかります。

 しかし、在日米軍の存在を、日本の再軍備を防ぐための「瓶の蓋」だと考えるならば、それは誤りではないかと(私は)思うのです。



 上記引用部分からは、「過去には」米国にも「瓶の蓋」論はあったが、今の米国は「瓶の蓋」論を支持していない。そのような考えかたはとっていない、ということがわかります。

 実際、「「日米同盟:未来のための変革と再編」の意義」を考えれば、現在の米国が「在日米軍=瓶の蓋」論を支持していないことは、あきらかです。



 もっとも、中国については、今回の引用によって、「在日米軍=瓶の蓋」論を支持する考えかたも根強いことがわかります。

 しかし、中国が日本の再軍備を恐れているというのは、本当でしょうか? 考えてみてください。わけですから、中国にとっては、旧日本軍の脅威は「中国の国策を実現するための口実にすぎない」と考えるのが妥当でしょう。



 つまり、いまや、誰も「在日米軍=瓶の蓋」論を支持していないわけです。

 とすれば、もはや、「在日米軍=瓶の蓋」論は存在しないも同然です。「在日米軍=瓶の蓋」論など、気にする必要はないのではないかと思います。
コメント

ラジオ番組「インフレターゲットって何?」

2012-02-08 | 日記
小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記」の「ラジオ インフレターゲット 高橋洋一vs小幡績

まだネットで聞けるようなので、関心のある方は是非。




 ラジオ番組です。長いです。1時間以上あります。

 しかし全部聴いて、要点を整理しました。

 私の整理が不適切である可能性がありますが、なんらかの参考にはなると思います。よろしければどうぞ。



--- 以下は番組の要点 ---



ラジオ番組のテーマ
   「インフレターゲットって何?」

http://podcast.tbsradio.jp/dig/files/dig20120201.mp3



★米国の政策について

バーナンキは徐々に自分の政策を実行しつつある。1人で決められない。説得しなければならない。


★前提知識

中央銀行はもともと、インフレ対策が主要な任務だった。



★インフレターゲットの利点と欠点

利点=バーナンキによれば、「わかりやすさ」が中央銀行に対する信頼をもたらす。
  ↑
「物価の安定」の定義(範囲)が問題。「安定」とはどの程度の数字なのか?人によって感覚がちがう。

欠点=物価(インフレ率)が適切であっても、失業率が不適切な水準にとどまる可能性がある。


(日本の)専門家のなかには、デフレはたいしたことない、という人と、大変なことだ、という人がいる。



★デフレの定義。

狭義のデフレ=物価の継続的な下落(日銀の定義)。
広義のデフレ=景気が悪いこと(不況)。



★デフレと景気悪化の関係。

デフレが原因で景気が悪いのか、それとも、景気が悪いからデフレになっているのか。
  ↓
デフレスパイラル。本当にスパイラルが起きているのか?



★インフレターゲットの是非

高橋=2000年以降では、日本は、お金を刷った量が世界で最下位クラス。(日本がお金を刷ったときには、物価は上昇せず、為替が円安になった)
   ↓
高橋=デフレは貨幣現象である。したがってインフレターゲットを設定すべき。
   ↓
高橋=マクロな政策に、ミクロな政策を両方行えばよい。しかし、官僚に(適切な)ミクロな産業政策が可能なのか?だからマクロが重要。


小幡=デフレ(物価下落)は結果である。重要なのは物価ではなく、所得である。所得を上げる政策が重要。インフレターゲットには反対。
   ↓
小幡=高専の教育など、ミクロな部分の積み上げが重要。マクロの問題ではない。
   ↓
小幡=中央銀行の物価に与える効果は間接的である。物価が下落して、資産価格が上昇すれば貧富の差が拡大する。インフレターゲットを導入しても、いいことはない。



★構造問題

新興国の存在によって、先進国でデフレが進むのは不可避である、という考えかたが一般的。
コメント

匿名か実名かで、主張の価値は変わらない

2012-02-06 | 日記
 しばらく更新しない日が続いていたためか、いざ、「(本の)引用部分」を手入力しようとすると、うまくいきません。おそらく、手が(?)なまってしまったのでしょう。そこで今日は、ウオーミングアップを兼ねて、いただいたコメントについて、すこし私の意見を書きます。

 (コメントは「私が司法修習生の給費制に反対する理由」のコメント欄に書き込まれています)



 今日のテーマは、「匿名と実名」です。



 私は匿名であろうが、実名であろうが、意見の価値は「内容によって決まる」と考えています。「発言者によって決まる」とは考えていません。もちろん発言者の属性も多少は考慮しますが、重要なのは「内容」だと思います。

 わかりやすい例を出します。たとえば弁護士さんが実名で、「日本では殺人は犯罪ではない」と発言したとします。さて、「実名で」「弁護士が」発言した以上、「日本では殺人は犯罪ではない」という発言内容は信頼に値するでしょうか? もちろん、信頼には値しません。なぜなら、「あきらかに間違っている」からです。

 したがって、意見の価値は「内容によって決まる」のであって「発言者によって決まる」のではない、匿名で発言されたか実名で発言されたかも、関係ない、と考えてよいと思います。



 ところが、私とはまったく異なる考えかたをされる方もいらっしゃいます。次に、私が体験した「実例」を出します。次に引用する実例は、

元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記」の「ネット「弁護士批判」の傾向

の「コメント欄」でなされた、私と、ブログ主の河野さんとのやりとりです。



★2011-08-18(06:13) : memo26

 お医者さん、ご返事ありがとうございます。

 たしかに、ここのブログ主さんの主張は、「結論先にありき」になっていますね。そのため、ブログ主さんの主張は論理性を欠いており、説得力に乏しい内容になっているのが残念です。せっかく「司法制度改革」という重要なテーマを扱っておられるのですから、もっと論理的な主張をしていただきたいですよね。

 元「法律新聞」の編集長さんとしては、「顧客である弁護士の利益を守る主張をすること」が仕事(重要)なのかもしれませんね。

★2011-08-18(09:38) : 河野真樹

あなたこそ、先に「結論ありき」のようにお見受けしますので、何を申し上げても無駄のようですが、そういう趣旨ではやってはいません。そもそも「改革」反対を表明している弁護士が弁護士会の多数派で、一枚岩で反対しているお考えならば、それは全くの間違いです。現状を全くご存じありません。あなたのおっしゃる趣旨ならば、できるだけ多数派で、少なくともお金を持っている弁護士層を応援した方がいい。そういう意味では、弁護士会内の反「改革」の論調をマスコミがフェアにとりあげず、また、それと同じ方向の識者が露出し、結果一部の偏った情報から弁護士をたたいて、溜飲を下げているムードを作っているだけです。それにのっかって弁護士をたたくのは簡単なことです。だから、形として、一部弁護士たちの意向を代弁することになるのは当然で、代弁者といわれるのは結構な話です。あえてそうした意見を提示しています。大マスコミの報道は明らかにバランスを欠いていると考えています。論理的主張だ説得力だとおっしゃるなら、まずは堂々と実名でご主張されたらいかがですか。それの方が説得力があります。ただ、今のところ、これ以上の議論は無駄だと思います。

★2011-08-18(16:03) : memo26

 主張の論理性や説得力は、「実名かどうか」で判断すべきものではなく、「内容がどうか」で判断すべきものであるはずですが…。

★2011-08-18(21:48) : 河野真樹

実名で意見を発表するかしないか、それによって、責任主体を明らかにし、責任を負うその姿勢において、それが評価に影響するかしないかは、あくまで見解の相違だと思います。とりわけネット空間の意見主張では、なりすましあり、あるいは言いっぱなしで突然姿を消すこともあります。事実を前提として話をする以上、説得力も含めてその評価を減殺されることもあるのを覚悟のうえでなければ、匿名は選択されない方がいいと私は思います。匿名を選択してそうした評価になったとしても、あくまで受け手の取り方ですから、文句をいう筋合いとも思いません。もちろん、「匿名」を強要するものではありません。

★2011-08-19(15:38) : memo26

 なお、私は同意を求めたのではなく、同意しただけですし、文句を言っているわけではなく、そういうものではないですか、と書いたまでです。ネットでの活動(書き込み等)で実生活上の利益(利点)を得ることを望んでいない場合、ネットでは匿名を使うのが常識(普通)だと私は思います(これは人によって感覚が異なるかもしれません)。


 河野さんは、「事実を前提として話をする以上、説得力も含めてその評価を減殺されることもある」のは当然であり、発言内容の「評価を減殺」するか否かは、「受け手の取り方」の問題であって「受け手」の自由である、と主張しておられます。



 たしかに、河野さんのような考えかたも「ありうる」とは思います。

 しかし、上記コメント欄の内容を「(直接)引用元」で「全部」読んでいただければわかると思うのですが、河野さんは「なにかと口実をつくって、批判にまともに対応しようとしていない。質問にも答えようとしていない」のです。

 河野さんの態度は、あたかも「弁護士増員反対という結論先にありき」で、「増員反対という河野さんの主張に都合の悪い批判・質問には一切対応しない」とでもいわんばかりです。

 このような「状況」を前提に考えると、河野さんの「事実を前提として話をする以上、説得力も含めてその評価を減殺されることもある」のは当然であり、発言内容の「評価を減殺」するか否かは、「受け手の取り方」の問題であって「受け手」の自由である、という主張についても、疑問が生じてくるのです。

 つまり、「増員反対」という河野さんの主張に「都合の悪い」批判・主張が匿名でなされた場合には、それを「否定するため」に、発言内容の「評価を減殺」して「信用しない」、と河野さんが言っているのではないか、という疑問です。匿名だから「評価を減殺する」という河野さんの主張が「口実」ではないか、という疑問です。



 ここで、次の資料を見てください。次に引用するのも、同じブログの一部です。



同 「日弁連「改革」推進派の内向きのアピール

 最近もある弁護士のブロクが、面白い分析をしていました。

 「弁護士で、法科大学院制度賛成・弁護士激増派で、新自由主義に好意的でない層の方々が、現行路線支持の理由として散見されるロジックが、『法の支配を社会の隅々まで』『法曹一元へのステップ』です」
 「最近思うのは、これは、撤退を転進といったのと同じ心境だったではないのか。ということです。つまり、法曹人口について、弁護士会が疎外され、完敗し、降伏せざるを得なくなったときに、自分を納得、正当化させるための理由だったのではないかと」
 「つまり、これは、降伏ではなく、新たな理想郷への第一歩なのだと。一種の現実逃避だが、負けを認めず、最後まで逆転を願い続ける心境。我々は、偽りの降伏の計を仕掛けたのだ。負けたと見せかけて、内部に入り込み、中から法曹一元を実現するという計略を仕掛けたのだ。そう考えることで全面降伏を自分自身に受け入れさせたのかも」(「ニガクリタケは偶に生えます」)


 河野さんは、匿名で書かれているブログの内容を「信用して」引用されています。



 河野さんは、「増員反対に都合の悪い」内容が「匿名で」なされれば、「評価を減殺」して「信用しない」態度をとるにもかかわらず、「増員反対に結びつく」内容の記述が「匿名で」なされた場合には、「評価を減殺」せずに「信用」なさっておられるのです。「おかしい」と思いませんか?

 河野さんの考えかたによれば、「匿名」での主張であれば、「評価を減殺」して「信用しない」はずなのですが、なぜか、「増員反対に結びつく」内容であれば、たとえそれが「匿名で」なされた主張であっても、「評価を減殺」せずに「信用」なさっておられるのです。

 ここからは、上述の疑惑、すなわち、
  1. 匿名だから「評価を減殺する」という河野さんの主張は「口実」であり、
  2. 本当は、「増員反対」という河野さんの主張に「都合の悪い」批判・主張を否定し、無視するために、「匿名だから評価を減殺して信用しない」と河野さんは言ったのではないか、
という疑惑は、ますます強くなるのです。



 河野さんの態度、あなたはどう思いますか?

 匿名か実名かで、(内容の)説得力は異なると思いますか?



 なお、河野さんが記事本文で引用されたブログは、「ニガクリタケは偶に生えます~クリタケとそっくりでも噛んで苦いのがニガクリタケです。すぐに吐きだして下さい。」という名前のブログで、どう考えてみても「ふざけた」タイトルであり、私の発言内容よりも信頼に値しないのではないかと、(私には)思われてなりません。




■関連記事
 「なぜ弁護士「激増」なのかがわからない
コメント (4)