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言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

交易による利益

2011-06-20 | 日記
 以下の引用は、「経済学の十大原理」のうちの一つ、「交易 (取引) はすべての人々をより豊かにする」(…のはなぜか)を説明している部分です。



 話を簡単にするために、著者は
  • 牛肉とジャガイモという二つの財しかない世界で、
  • かつ、その世界には牛飼と(ジャガイモをつくる)農夫の2人しかおらず、
  • 2人とも牛肉とジャガイモを食べたいと思っている
状況を想定しています。

 このような状況を想定したうえで、著者は
  1. 牛飼が牛肉しか作れず、農夫はジャガイモしか作れない場合
  2. 牛飼はジャガイモ作りが苦手で、農夫は牛肉の生産が苦手である場合
には、「交易 (取引) はすべての人々をより豊かにする」のはあきらかであると述べたうえで、次の重要な問い、「どちらか片方の人が、牛肉もジャガイモも上手に作れる場合はどうなるのか」を検討しています。

 これは要するに「あらゆる能力に秀でた人は、能力の劣る人と交易(取引)すべきか?」という問いです。具体的にわかりやすくいえば、「牛飼には、農夫よりもたくさんの牛肉を作る能力があり、かつ、農夫よりもたくさんのジャガイモを作る能力がある場合、牛飼は農夫と交易(取引)すべきか?」という問いです。

 それでは早速、著者による説明を引用します。



N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.70 )

 農夫と牛飼はそれぞれ1日に8時間働くものとしよう。ジャガイモを栽培してもいいし、牛を飼育してもいいし、その両方を行ってもいいものとする。表3-1は、各人が各財を1オンス(約28グラム)つくるのにかかる時間を示している。農夫は、1オンスのジャガイモをつくるのに15分かかり、1オンスの牛肉をつくるのに60分かかる。牛飼は、どちらの作業も上手(生産性が高い)なので、1オンスのジャガイモをつくるのに10分、1オンスの牛肉をつくるのに20分しかかからない。表3-1の右側の列は、農夫と牛飼が1日に8時間働き、その財だけ生産したときにできるジャガイモと牛肉の量を示している。


 引用文中の「表3-1」を次に示します。



 表3-1 農夫と牛飼の生産機会

   1オンスの生産に 8時間の生産でできる
    必要な時間(分) 牛肉とジャガイモの量(オンス)
     ▼ ▼      ▼ ▼
    牛肉 ジャガイモ 牛肉 ジャガイモ
農夫  60  15    8  32
牛飼  20  10   24  48



 農夫が牛肉ばかり作れば1日8オンス、ジャガイモばかり作れば1日32オンス作れます。牛飼は牛肉ばかり作れば1日24オンス、ジャガイモばかり作れば1日48オンス作れます。これは計算で簡単に確かめられます。

 これを図示すれば次のようになります。なお、農夫や牛飼が「牛肉とジャガイモを1日4時間ずつ」作った場合などの値もグラフには記入してあります。



 図3-2

★(a) 農夫の場合

  牛肉(オンス)
  8 *                   
   *xx                  
   * xx                
   *  xx            
  4 *   xx            
   *    xx            
   *     xx          
   *      xx            
   *       xx          
   ****************************ジャガイモ
  0    16    32     (オンス)

★(b) 牛飼の場合

  牛肉(オンス)
 24 *                   
   *xx                  
 18 * xx                
   *  xx            
 12 *   xx            
   *    xx            
   *     xx          
   *      xx            
   *       xx          
   ****************************ジャガイモ
  0  12 24    48     (オンス)



 引用を続けます。

 以下では、農夫と牛飼がどちらも「牛肉とジャガイモを1日4時間ずつ」作って自給自足している場合、すなわち

   農夫は毎日牛肉 4オンス、ジャガイモ16オンス
   牛飼は毎日牛肉12オンス、ジャガイモ24オンス

を生産・消費して(食べて)いる場合と比較して話が進められています。


同 ( p.72 )

牛飼:農夫さん、あなたにいい取引の話があるの。私たち両方の暮らしをよくする方法を思いついたわ。あなたは牛肉をつくることをきっぱりとやめて、全部の時間を使ってジャガイモを栽培するの。私の計算では、あなたが1日に8時間働くとすると、ジャガイモを日に32オンスつくることができるわ。その32オンスのうちの15オンスを私にくれれば、そのお返しに、私は5オンスの牛肉をあなたにあげる。そうすれば、あなたは毎日17オンスのジャガイモと5オンスの牛肉を食べることができるようになるわ。いまはジャガイモ16オンスと牛肉4オンスでしょ。あなたが私の言うとおりにすれば、あなたはどちらの食べ物もいまよりも多く食べることができるわけよ(このことをはっきりと示すために、牛飼は図3-2のパネル(a)を農夫にみせた)。

農夫:(疑わしそうに)それはとってもいい話みたいだな。だけど、どうして、君はそんな話をもちかけてきたんだい。その取引がそんなに僕にいい話なら、君にもいい話であるはずがないからね。

牛飼:ところがそうじゃないのよ。私にもいい話なの。毎日6時間を牛の飼育に使って、2時間をジャガイモの栽培に使うと、私は牛肉18オンスとジャガイモ12オンスをつくることができるわ。ジャガイモ15オンスと交換にあなたに牛肉5オンスをあげると、私は牛肉13オンスとジャガイモ27オンスを手にすることができるの。そうすると、私も両方の食べ物をいまよりもたくさん食べることができるのよ(牛飼は図3-2のパネル(b)を農夫にみせた)。

農夫:わからないな……。話があまりにもうますぎるよ。

(中略)

牛飼:私たちがどちらも得するのは、それぞれの得意なことに特化することが交換(交易)によって可能になるからよ。あなたはジャガイモの栽培に使う時間を増やし、牛の飼育に使う時間を減らす。私は牛の飼育に使う時間を増やして、ジャガイモの栽培に使う時間を減らす。特化と交換(交易)の結果として、私たち2人がどちらも働く時間を増やさずに、より多くの牛肉とジャガイモを消費することができるのよ。




 結局、交換(取引)によって、

 農夫と牛飼がどちらも「牛肉とジャガイモを1日4時間ずつ」作って自給自足している場合の状況、すなわち

   農夫は毎日牛肉 4オンス、ジャガイモ16オンス
   牛飼は毎日牛肉12オンス、ジャガイモ24オンス

を生産・消費して(食べて)いる状況が、

   農夫は毎日牛肉 5オンス、ジャガイモ17オンス
   牛飼は毎日牛肉13オンス、ジャガイモ27オンス

を生産(または交換によって入手)・消費して(食べて)いる状況に変わっています。



 この話には、強力な説得力があると思います。反論の余地がまったくありません。

 以上によって、「経済学の十大原理」のうちの一つ、「交易 (取引) はすべての人々をより豊かにする」(…のはなぜか) は完全に説明されたと考えてよいと思います。



 なお、このことをもって、海外との「自由貿易」がただちに「よい」といえるかは、微妙だと思います。それについてはあとで考えますが、

 今回の話は自由貿易の是非を考える際の「前提」知識になると思います。

POR EL PODER DE TU AMOR

2011-06-19 | 日記
 今回で730件目の記事にあたります。このブログも(記事数でみて)開設2周年を迎えたことになります。

 前回、365件目のときには「このブログについて」を記載しましたが、その改訂を行うのもつまらないので、今回は歌の歌詞を記載します。

 私は現在スペイン語を学習しており、いつかこのブログでスペイン語のニュースも引用したいと思っています。しかしなかなか学習が進みません(気合が入りません)。そこで歌の歌詞を西英対照で併記します。



 歌詞はスペイン語版、英語版それぞれ、下記のウェブサイトのものを引用していますが、(スペイン語学習のために)改行位置など、私がすこし変更を加えています。

Sweets Lyrics」の「Ingrid Rosario - Por El Poder De Tu Amor

allthelyrics.com」の「Power Of Your Love lyrics



 いい歌だと思います。音声(動画)はディズニー版のものにリンクを張っています(タヌキ?が可愛いです)。よろしければどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=eUhVansRk9c&feature



=== POR EL PODER DE TU AMOR ===

Vengo a ti Senor
cambiame,renuevame
por la gracia que encontre en ti
ahora se que las
debilidades que hay en mi
desvaneceras por el poder de tu amor

Lord I come to You
Let my heart be changed, renewed
Flowing from the grace that I found in You.
And Lord I've come to know
The weaknesses I see in me
Will be stripped away by the power of Your love.


(*)
Cubreme con tu amor rodeame
Tomame cerca quiero estar
Y al esperar nuevas furezas yo tendre
Y me levantare como las aguilas
con el poder de tu amor

Hold me close, Let Your love surround me
Bring me near, Draw me to Your side.
And as I wait I'll rise up like the eagle
And I will soar with You, Your Spirit leads me on
In the power of Your love.


Yo te quiero ver cara a cara hoy Senor
Y conocer asi mas de ti en mi
preparame Senor para ser tu voluntad
viviendo cada dia con el poder de tu amor

Lord unveil my eyes, Let me see You face to face
The knowledge of Your love as You live in me.
Lord renew my mind as Your will unfolds in my life
In living every day, In the power of Your love.

因果関係の落とし穴

2011-06-19 | 日記
N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.63 )

 経済学者は、経済の仕組みに関する議論を進めるためにグラフをよく使う。ある出来事が別の出来事をどのように引き起こしたのかを論じるためにである。需要曲線のようなグラフの場合には、因果関係に関して不明な点はない。他のすべての変数を一定に保ったうえで価格を変化させているので、小説の価格変化が…(中略)…需要量の変化を引き起こしていることは明らかである。しかし、この需要曲線が仮想的な例であることを式れないようにしよう。現実の世界のデータをグラフ化するときには、ある変数が他の変数にどのように影響しているかを確定することははるかに難しい。
 まず第1の問題は、ある変数からもう一つの変数への影響を測定するときに、他のすべての変数を一定に保つことが難しい点である。他の変数を一定に保つことができなければ、図示されていない第3の捨象された変数が変化を引き起こしているのに、グラフ上の一方の変数がもう一つの変数の変化を生じさせていると見誤ってしまう可能性がある。たとえ注目すべき正当な2変数を選択できたとしても、第2の問題が存在する。それは逆因果関係であり、実際にはBがAを引き起こしているのに、AがBを引き起こしていると誤認してしまうことである。捨象された変数と逆因果関係という二つの落とし穴があるので、グラフを用いて因果関係に関する結論を導くときには慎重でなければならない。


 因果関係を考察・判断する際には2つの落とし穴がある。捨象された変数と、逆因果関係である、と書かれています。



 著者は続けて、それぞれ具体例を挙げて(あげて)わかりやすく説明しています。私はグラフの引用はしない(画像をスキャナで読み込まない)ことにしているので引用は省略し、代わりに(文章のみでわかるように)要約を記載します。



 「捨象された変数」の例として著者が挙げているのは、発がん率と所有ライター数です。発がん率と所有ライター数が比例しているからといって、ライターが発がんの原因であるとはいえない。捨象された変数(=喫煙本数)を一定に保って測定されていなければ、喫煙が発がんの原因であるにもかかわらず、ライターが発がんの原因であるといった誤った解釈をしてしまう可能性がある。

 「逆因果関係」の例としては、暴力犯罪件数と警官数が挙げられています。暴力犯罪件数と警官数が比例しているからといって、警察官が犯罪の原因であるとはいえない。暴力犯罪が多いことが原因となって、それに対処するために警察官が増えているのかもしれない。どちらが原因でどちらが結果なのかは、比例関係にあるということだけではわからない。犯罪発生件数が警察官増の原因であるにもかかわらず、警官数の増加が犯罪発生件数を増やす原因である、という誤った解釈をしてしまう可能性がある。

 なお、「逆因果関係」については、赤ちゃんの誕生を「予想」したカップルはミニバンを買うことが多いが、ミニバンの販売量が人口増加の原因であるとはいえない、という例を挙げつつ、どちらの変数が「先に」動いたかをもって因果関係を判定できるともいえない、と書かれています。



 これと同じようなことは、統計(学)の本を読んだときにも書いてあったような気がしますが、「忘れてしまう」ので書いています。



 ところで、これは「経済学の十大原理」の「政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する」にもいえるのではないかと思います。紙幣(貨幣)発行量とインフレ率とに、相関関係があることがわかったとしても、紙幣(貨幣)発行量がインフレを引き起こしているとは「かぎらない」ことになります。

 そこには、なんらかの「捨象された変数」が関与しているかもしれないし、インフレの発生に伴って紙幣(貨幣)発行量が増やされたという「逆因果関係」が存在していたというのが本当かもしれない。このあたり、実際に研究するときに(考察するときに)どうやって因果関係を「判定」するのかが気になります。これは「常識」というルールで判定するのでしょうか。。。 おそらくなんらかの科学的な方法があるのではないかと推察されますが、著者は次のように述べていますので、最終的には「常識」に頼らざるを得ないのかもしれません。



同 ( p.65 )

 どのような場合にグラフから因果関係を結論づけることができるかを、完璧に特定化したルールはない。しかし、ライターがガンの原因ではないこと(捨象された変数の問題)、ミニバンが赤ちゃんの原因ではないこと(逆因果関係の問題)を覚えておくだけでも、誤った経済論議に陥ることをかなり避けられるだろう。


経済学者の意見が「まちまち」である理由

2011-06-18 | 日記
N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.42 )

 経済学者は、しばしば経済事象の原因の説明を求められる。たとえば、10代の若者が他の年長の労働者よりも高い失業率にさらされている理由を問われることがある。またあるときには、経済状況を改善するための政策提案を求められることもある。たとえば、10代の若者の経済的福祉を改善するために、政府は何をすべきかを問われる。経済学者は、経済を説明しようとするときには科学者となり、経済を改善しようとするときには政策アドバイザーとなる。

★実証的分析と規範的分析

 経済学者が果たすべき二つの役割を明らかにするために、まず言葉の使い方を検討しよう。科学者と政策アドバイザーとは異なる目標をもっているので、言葉の使い方も異なってくるのである。
 たとえば、最低賃金法について議論している2人組がいるとしよう。2人は、それぞれつぎのような主張をしている。

ポリー:「最低賃金法は失業が増える原因になるわ」
ノーマ:「政府は最低賃金を引き上げるべきよ」

 2人の意見に賛成するかどうかは別として、ポリーとノーマが違うことを言おうとしている点に注意しよう。まず、ポリーは社会の仕組みについて意見を述べることで、科学者のように話している。一方、ノーマは社会をどう変えたいかについて意見を述べることで、政策アドバイザーのように話している。
 一般的に、社会についての意見は2種類に分けることができる。ポリーのような主張の仕方は実証的といわれる。実証的な主張は説明的であり、社会がどのようになっているかについての主張である。ノーマのような主張の仕方は規範的といわれる。規範的な主張は処方的であり、社会がどうあるべきかについての主張である。
 実証的な主張と規範的な主張との根本的な違いは、その正しさをどのようにして判定できるかにある。実証的な主張は、原則として、証拠を吟味することで肯定したり否定したりすることができる。経済学者であれば、最低賃金の変化と失業率の変化の時系列データを分析することにより、ポリーの主張を評価することができるだろう。対照的に、規範的な主張を評価するには、事実だけでなく価値観も必要である。ノーマの主張が正しいかどうかを判定することは、データだけではできない。よい政策と悪い政策とを判別することは、科学だけではできないのである。それには、倫理、宗教、政治哲学などに対する考え方も必要になってくる。
 当然、実証的な主張と規範的な主張とは関連している。社会の仕組みについての実証的な見方は、どの政策が望ましいかという規範的な見方に影響を与える。もしポリーが言うように、最低賃金法が失業を増やすのであれば、最低賃金を引き上げるべきだというノーマの主張には反対すべきだろう。しかしながら、規範的な結論は、実証的な分析のみによって導き出されるものではない。規範的な主張には、実証的な分析に加えて価証判断が必要なのである。

(中略)

 なぜ経済学者が政策立案者に呈示するアドバイスはしばしば対立するのだろうか。これには二つの基本的な理由がある。
  • 世界の仕組みに対する見方が実証的諸理論のなかで分かれていて、どれが妥当性をもつかについて意見が一致しない可能性。
  • 価値観が異なるために、政策が達成すべき目標について規範的な考え方が異なっている可能性。


 社会についての意見には、実証的な主張と規範的な主張との2種類がある。経済学者の意見が異なる理由も、これに対応して2種類がある、と書かれています。



 自然科学とは異なり、社会科学には「答えが一つではない」というケースが多いと思います。社会科学のなかでも経済学は、かなり自然科学に近いはずなのですが、それでもやはり、

   人によって(経済学者によって)言うことが異なる

傾向がみられます。



 私は理論(学問)にも関心がありますが、私の主要な関心は「要するにどうなのか」です。つまり私は、理論よりも現実に関心があります。

 このようなこともあり、私は「人によって意見が異なる」経済学は「実用性に乏しい」と考えていたのですが、(私は)上記引用部分の記述で考えかたを変えつつあります。



 「実証的な主張」における意見の相違は経済学が「実用性に乏しい」と考える根拠にはなり得ますが、「規範的な主張」における意見の相違は「当然」であって、このことをもって実用性に乏しいとはいえません。

 そしてどちらかといえば、おそらく、経済学者の意見の相違は、「規範的な主張」においてより顕著なのではないかと思います。とすれば、経済学が「実用性に乏しい」という考えかたは「(どちらかといえば)偏見」であるといってよいのではないかと思います。

 もちろん「実証的な主張」における意見の相違は(偏見とはいえず)経済学の実用性に対する疑問符にはなり得ますが、そのような意見の相違は経済学が比較的「若い」学問であることも影響しているのだろうと思います。



 というわけで、「なぜ、経済学者の意見は『まちまち』なのか」は重要だと思います。今回の引用はこのような理由によるものです。

コンピューターウイルス作成罪が成立

2011-06-17 | 日記
日本経済新聞」の「コンピューターウイルス作成罪を新設 改正刑法が成立」( 2011/6/17 11:07 )

 多発するコンピューターウイルスを使った犯罪の取り締まり強化のため、「ウイルス作成罪」の創設を盛り込んだ改正刑法などが17日の参院本会議で与野党の賛成多数で可決、成立した。7月に施行される予定。サイバー犯罪の防止に期待がかかる一方、捜査権の乱用によるプライバシー侵害を懸念する声も出ている。

 改正刑法は、正当な理由なくウイルスを作成、提供、供用した場合は3年以下の懲役または50万円以下の罰金に処すると規定。ウイルスの取得や保管も2年以下の懲役または30万円以下の罰金が科される。わいせつ画像を不特定多数の人に電子メールで送信する行為を処罰対象に加える。

 また捜査当局が、ウイルスを作成したコンピューターと接続しているサーバーからデータを複写し、差し押さえることが可能になる。インターネットの接続業者などに最長で60日間、通信記録を保全するよう要請できるとした。

 国会審議では、通信履歴の保存が憲法によって保障される通信の秘密を侵害する恐れがあると指摘する意見などが出され、参院法務委員会は法律の適切な運用を求める付帯決議を採択した。

 ウイルス作成罪創設を含めた改正案が提出されたのは、自公政権当時から3回目。過去2回は組織犯罪対策として同時に提案した「共謀罪」創設への反発が強く、いずれも廃案となり、今回の改正案では共謀罪関連の項目は除いた。


 参院本会議で「ウイルス作成罪」の創設を盛り込んだ改正刑法などが可決、成立した。7月に施行される予定である、と報じられています。



 条文を調べました。なお、衆議院で先に審議されており、(衆議院では)すでに可決しています。



参議院」の「第一七七回 閣第四二号 情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」(内閣提出、衆議院送付)

(刑法の一部改正)
第一条 刑法(明治四十年法律第四十五号)の一部を次のように改正する。

(中略)

 第二編第十九章の次に次の一章を加える。

   第十九章の二 不正指令電磁的記録に関する罪

 (不正指令電磁的記録作成等)
 第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
  一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
  二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
 2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
 3 前項の罪の未遂は、罰する。

 (不正指令電磁的記録取得等)
 第百六十八条の三 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

 第百七十五条中「図画」の下に「、電磁的記録に係る記録媒体」を加え、「、販売し」を削り、「又は二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処する」を「若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する」に改め、同条後段を次のように改める。
  電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

 第百七十五条に次の一項を加える。
 2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

 第二百三十四条の二に次の一項を加える。
 2 前項の罪の未遂は、罰する。


(刑事訴訟法の一部改正)
第二条 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の一部を次のように改正する。

(後略)




 これ、「正当な理由」の解釈はどうなるのでしょうね?
 (不正指令電磁的記録作成等)
 第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
  一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
 技術開発(または研究)のためにウィルスを作ることも違法なのでしょうか?

 大学が行う研究であれば「正当な理由」として認められそうですが、民間企業の研究であれば「正当な理由」になるのかならないのか微妙なような。。。 同様のことを個人が行う場合は「正当な理由」として認められ難いかもしれず、そのあたりが気になります。

 また、
 (不正指令電磁的記録取得等)
 第百六十八条の三 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
ウィルス対策ソフトウェアが発見・捕獲したウィルスをハードディスク内に「保管」していると違法なのでしょうか? 「捕獲」せず、「ただちに削除しなければならない」のかもしれず、こちらも気になります。



■追記
 条文を読み直しました。私が懸念していたケースは、「人の電子計算機における実行の用に供する目的」(第百六十八条の二) または「前条第一項の目的」(第百六十八条の三) が認められないので、合法だと思います。