言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

内需拡大策としての住宅政策

2009-11-30 | 日記
リチャード・クー&村山昇作 『世界同時バランスシート不況』 ( p.282 )

クー  家の上モノの価値が下がらずに、どんどん上がっていく仕組みに変えないといけません。しかも家の価値を高めるためにお金をかける。家をリフォームすることは消費でもあるけれど、投資でもあるという社会に変えていけば、日本人はずっとリッチな生活ができます。それこそ、そんなに働かなくてもいい。

村山  日本の場合、親から譲り受けた家があるかどうかで、その人の生活が大きく違ってきます。家さえあれば、いまの四国だったらものすごく楽な生活ができます。
 なぜ住宅の価値が上がらないかという一つの原因は、土地の価格がどんどん上がっていったからだと思います。例えば東京に一戸建てを買った場合、購入価格の半分以上が土地価格です。その土地が年々上がっていって一〇年、二〇年経ったら、住宅はどうでもいいとなってくる。土地の値上がりだけでもう充分元をとっているから上モノはどうでもいい、ということです。

クー  私は別の意味で同じ結論なんです。日本の場合、あまりにも土地の値段が高いので、上モノにお金をかけられないということです。だから建売の住宅建設業者は、高い土地の上にできるだけ安く建物を作らないと、一般の人は買えなくなってしまう。それで間取りは不自然になるし、つくりは安っぽくなってしまいます。その結果、築二〇年もしたら本当に魅力のない建物になってしまう。

村山  投資としての資金配分を考えた場合、どちらが値上がりするかが問題になります。値上がりする部分に投資をしておいたほうが絶対に得なわけですから。そうすると住宅はどうせ値下がりするとみんな思っているから、土地の部分に重きを置くようになる。郊外で安い土地に立派な家を建てるよりも、無理してでも都心の高い、これから値上がりしそうな土地に家を建てるというほうが投資行動としては合理的です。

クー  いままではそれで良かった。しかし、これからはもうそういうわけにはいかない。

村山  そういう意味で、私はいまが家の価値を見直すいいチャンスだと思う。土地の値段が高くて、どんどん上がり続けている限り、家の価値は上がらない。だけど、これ以上土地の値段は上がらない、下がっていくということになってくると、初めて家そのものの価値が見直されるということです。家に投資するほうが意味があるわけですから。

クー  そうなっていけばいいですね。つまり、ここでしっかり建てられた家はメンテさえしっかりすれば半永久的にその価値を維持するという価値観が出てくることが望まれます。

村山  何年もかかるでしょうけれど、そうすれば一般の住宅水準が上がります。住宅を建てるコストが年々上がるとなれば、それならいまのうちにいい家を建てておいたほうが得だねということになる。それだけお金をかけてもいいということにもなります。

(中略)

村山  アメリカではよほどの都心でない限り、土地はあまり関係ありません。

クー  サンフランシスコでだいたい土地と家で半々ぐらい。高級住宅地といわれる所だと、建物の高さとか外装とか、あれはいけないとか、これはいけないとかいろいろ制約がありますが、そうでない所では、だいたい土地の価値が三分の一、上モノが三分の二です。日本はまったく逆ですからね。

村山  総額の三分の二が土地代に持っていかれるとなったら家を小さくするしかなくなります。


 「投資としての消費」 をもたらす方法、誰もが質の高い住宅に住み、住宅価格上昇の効果を享受する ( 構造改革の ) 方向性が、語られています。



 「土地の有効利用促進 ( 住宅を広くする )」 ・ 「住宅の資本財化」 は、日本の内需拡大策です。日本を内需型の社会に変えるために必要な構造改革である、とリチャード・クーが主張している政策です ( 「内需拡大策としての週休 3 日制」 参照 ) 。



 それには ( 内需型社会への転換には ) 、土地の値段が安くなければならない。日本は、土地の値段が高すぎて、( 大多数の人々にとっては、予算の都合で ) 安っぽい家しか建てられない。土地の値段が下がれば、住宅部分にお金をかけることが可能になる。そうすると、住宅の質が向上し、徐々に住宅価格は上昇し始めるのではないか。そうなれば、

   広くて快適な住宅になるうえに、
   「投資としての消費」 による内需拡大 ( 好景気 ) が期待される

というのです。

 土地の価格が下がれば、景気が悪くなる、と考えるのが通常だと思います。リチャード・クーのこの主張は、地価の下落を 「逆手にとった」 対策であり、いま、日本が必要としている政策ではないかと思います。



 「お金を得ることにつながる」 なら、それを投資と呼ぶか、消費と呼ぶかはともかく、需要が拡大すると見込まれます ( 「じつは、アメリカ人も堅実だった」 参照 ) 。この政策は、ぜひとも推進すべきではないかと思います。すなわち、

   建築規制を緩和するなどにより、住宅の質を向上させる政策を推進すればよい

と思います。そうすれば、中古住宅価格も上昇し始めると期待されます。

 うまくいけば、内需が拡大し、景気がよくなります。うまくいかなくとも、住宅の質は向上します。
コメント

弁護士懲戒制度は不公平である

2009-11-29 | 日記
 先日、当ブログの記事、「弱者にも法的救済が必要」 ・ 「弁護士増員に反対する弁護士の本音」 ・ 「弁護士増員の 「受け皿」 はあるらしい」 のコメント欄において、弁護士自治、および、それと密接な関連を有する監督・懲戒制度について、法改正が必要である旨、弁護士と思われるかたからのコメントがありました。

 私の考えかたは、すでに上記コメント欄にて、ご返事のかたちで示しています。しかし、それはあくまでも、いただいたコメントにご返事をした時点での、「とりあえず」 のものであり、今後、さらに考えることを前提としたものであることはもちろんです。

 弁護士懲戒制度について調べましたので、その成果、および、それを踏まえた私の意見をここに記します。



 まず、話の前提として、現在の弁護士懲戒制度の概要を示します。



日本弁護士連合会」 の 「懲戒制度

弁護士および弁護士法人(以下「弁護士等」といいます。)は、弁護士法や所属弁護士会・日弁連の会則に違反したり、所属弁護士会の秩序・信用を害したり、その他職務の内外を問わず「品位を失うべき非行」があったときに、懲戒を受けます(弁護士法56条)。懲戒は、基本的にその弁護士等の所属弁護士会が、懲戒委員会の議決に基づいて行います。

(中略)

弁護士等に対する懲戒の請求は、事件の依頼者や相手方などの関係者に限らず誰でもでき、その弁護士等の所属弁護士会に請求します(同法58条)。

(中略)

懲戒の請求をした方は、弁護士会が懲戒しない旨の決定をしたときや、相当の期間内に懲戒の手続を終えないとき、懲戒の処分が不当に軽いと思うときは、日弁連に異議を申し出ることができます(同法64条)。

(中略)

異議の申出についての日弁連懲戒委員会の議決に対しては、これ以上、不服申立の途はありません。


 弁護士に対する懲戒請求の手続き、制度の概要が記されています。



 ここで注目すべきは、「日弁連懲戒委員会の議決に対しては、これ以上、不服申立の途はありません。」 という記述です。

 ここには、弁護士に対する懲戒手続は、

  1. まず、当該弁護士等の所属する弁護士会 ( たとえば東京弁護士会 ) が審査を行い、
  2. これに不服があれば、日弁連 ( 日本弁護士連合会 ) が審査を行う、
  3. 日弁連の審査には、不服の申立ては認められない、

とされています。

 この仕組みを理解したうえで、次の資料を見てください。



司法制度改革審議会」 の 「第44回会議(平成13年1月23日開催)配付資料 「弁護士制度の改革」に関する裁判所の意見(その2)

「弁護士制度の改革」に関する裁判所の意見(その2)

最高裁判所事務総局

 これまでの審議において,裁判所は,「弁護士人口と弁護士活動の在り方について」として,弁護士人口の増加の必要性,弁護士偏在の改善,隣接職種の権限の問題,専門化の必要性の問題を,「弁護士会の運営」として,弁護士会の運営の透明化,弁護士倫理の確立の重要性等をそれぞれ指摘したところである。
 中間報告においては,法曹人口の増加の指針が示されたのをはじめとして,「弁護士へのアクセス拡充」として,法律相談活動等の充実,弁護士費用の透明化,合理化,弁護士情報の公開が,「法的サービスの内容の充実」として,弁護士業務の質の向上,執務態勢の強化,隣接法律専門職種との関係,弁護士の国際化等が提言されたほか,弁護士倫理の強化と弁護士自治の問題が指摘されている。それぞれの提言や問題点の指摘は,いずれもこれからの我が国の司法の在り方を左右する極めて重要な事項であり,実情を十分に把握した上で実効性のある形で具体化されることが必要である。
 この関係で,特に次の点を指摘しておきたい。

(中略)

2 懲戒手続に関する裁判上の救済手続の在り方
 弁護士会による懲戒手続は,弁護士の地位や資格に直接的な影響を与えるものであるから慎重な判断を要するが,国民に対して手続や判断内容を開示するという観点からは,最終的に裁判手続による救済の道が開かれていることが望ましいといえよう。
 弁護士に対する懲戒請求について,弁護士会が弁護士を懲戒しない場合や,弁護士会の懲戒の処分が不当に軽いと思われる場合には,懲戒請求をした者は,日弁連に異議を申し出ることができる。この異議申出により,弁護士が日弁連により懲戒された場合には,弁護士は処分取消しの訴えを裁判所に提起することができる。これに対し,異議申出に対する棄却または却下の決定があった場合には,異議申出人は裁判所に訴えを提起することができない。
 このような制度がとられているのには種々の理由があると思われる。しかし,少なくとも弁護士の利用者が,弁護士会の自治的制裁に関する判断に不服がある場合に,最終的に裁判手続で争えないものとされているのは,バランスを欠くように思われる。この点については,中間報告で指摘されている国民に対する説明責任の確保,綱紀・懲戒手続の透明化・実効化という観点から検討すべき課題ではないかと思われる。


 「弁護士が日弁連により懲戒された場合には,弁護士は処分取消しの訴えを裁判所に提起することができる。これに対し,異議申出に対する棄却または却下の決定があった場合には,異議申出人は裁判所に訴えを提起することができない。」 が、これは 「バランスを欠くように思われる」 と指摘されています。



 最高裁判所事務総局は、
  • 慎重に、「このような制度がとられているのには種々の理由があると思われる」 と述べたうえで、
  • さらに慎重に、「バランスを欠く 『ように思われる』 」 と述べている

のですが、この指摘は、もっともだと思います。というか、「あきらかに」 バランスを欠く、と考えてよいのではないでしょうか。



 この指摘は、「司法制度改革審議会」 の 「第44回会議(平成13年1月23日開催)配付資料」 でなされています。そのため、すでに制度が改正されており、日弁連のホームページが 「古い」 可能性もあります。そこで、

 現在、この指摘に沿って、制度が改正されているのか、いないのかを、確認します。



法令データ提供システム」 の 「弁護士法(昭和二十四年六月十日法律第二百五号)」 ( 最終改正:平成二一年七月一五日法律第七九号 )

(懲戒事由及び懲戒権者)
第五十六条  弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。
2  懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。
3  弁護士会がその地域内に従たる法律事務所のみを有する弁護士法人に対して行う懲戒の事由は、その地域内にある従たる法律事務所に係るものに限る。

(中略)

(日本弁護士連合会の懲戒)
第六十条  日本弁護士連合会は、第五十六条第一項に規定する事案について自らその弁護士又は弁護士法人を懲戒することを適当と認めるときは、次項から第六項までに規定するところにより、これを懲戒することができる。
2  日本弁護士連合会は、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、懲戒の手続に付し、日本弁護士連合会の綱紀委員会に事案の調査をさせることができる。
3  日本弁護士連合会の綱紀委員会は、前項の調査により対象弁護士等につき日本弁護士連合会の懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認めるときは、その旨の議決をする。この場合において、日本弁護士連合会は、当該議決に基づき、日本弁護士連合会の懲戒委員会に事案の審査を求めなければならない。
4  日本弁護士連合会の綱紀委員会は、第二項の調査により、対象弁護士等につき懲戒の手続を開始することができないものであると認めるとき、対象弁護士等につき懲戒の事由がないと認めるとき又は事案の軽重その他情状を考慮して懲戒すべきでないことが明らかであると認めるときは、日本弁護士連合会の懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする議決をする。この場合において、日本弁護士連合会は、当該議決に基づき、対象弁護士等を懲戒しない旨の決定をしなければならない。
5  日本弁護士連合会の懲戒委員会は、第三項の審査により対象弁護士等につき懲戒することを相当と認めるときは、懲戒の処分の内容を明示して、その旨の議決をする。この場合において、日本弁護士連合会は、当該議決に基づき、対象弁護士等を懲戒しなければならない。
6  日本弁護士連合会の懲戒委員会は、第三項の審査により対象弁護士等につき懲戒しないことを相当と認めるときは、その旨の議決をする。この場合において、日本弁護士連合会は、当該議決に基づき、対象弁護士等を懲戒しない旨の決定をしなければならない。

(訴えの提起)
第六十一条  第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分についての審査請求を却下され若しくは棄却され、又は第六十条の規定により日本弁護士連合会から懲戒を受けた者は、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる。
2  第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分に関しては、これについての日本弁護士連合会の裁決に対してのみ、取消しの訴えを提起することができる。


 日弁連 ( 日本弁護士連合会 ) の裁決に対して、懲戒処分されたことを不服とする弁護士が、裁判所に訴えを提起することができる場合について 「だけ」 、弁護士法に定められています。



 弁護士法第 61 条は、

  1. 所属弁護士会によって懲戒された弁護士が、日弁連に不服を申立てたが、日弁連によって 「審査請求を却下され若しくは棄却され」 た場合、
  2. 日弁連によって懲戒された場合、

について、「懲戒されたことに不服がある弁護士」 は、東京高等裁判所に、懲戒処分の 「取消しの訴えを提起することができる。」 と定めており、

 弁護士法は、「弁護士に対する懲戒の処分を請求した者」 が、「弁護士が懲戒されなかったことに不服がある場合」 については、なんら、定めていません。つまり、制度は改正されていません。



 これは、おかしくないでしょうか。

   現行法 ( 弁護士懲戒制度 ) は、公平ではなく、弁護士に有利になっています。

 最高裁判所も、「国民に対する説明責任の確保,綱紀・懲戒手続の透明化・実効化という観点から検討すべき課題ではないかと思われる。」 と指摘しており、

   早急な法改正が必要

ではないかと思います。
コメント (1)

長期投資優遇税制

2009-11-28 | 日記
リチャード・クー&村山昇作 『世界同時バランスシート不況』 ( p.246 )

村山  本来、株式というのは配当金で考えなければいけないものだと思います。株に投資するのはいいですが、リターンはあくまで配当金だけに限定すべきで、それを転売してはいけないという案はどうでしょうか。

クー  株式を売らせないというのは難しいですね。また株式が売買されて動く株価が経済の資源の配分に対して重要なシグナルになっているところもある。また株式を所有している人が高い価格のオファーをもらって現金が必要だと思ったら、何らかの形で売ることになるでしょう。ただ投資先の企業のことをしっかり勉強している人たちに株式の売買を限定する方法はあると思います。例えば株式を購入したら最低一年は持っていなければいけない。一年以内に売ろうとしたら、南米のチリが海外からの資本流入のときにつけたような税金を導入して、高い税率をかける。しかし一年以上持てば、税金が少しずつ減っていって、三年以上持てばいつ売ってもいいというようにする。そういう仕組みを入れるということを考えてもいいのではないでしょうか。そうなると投資家のみなさんは、真面目に投資先の宿題しなければ、怖くて投資できないことになります。そうなれば株式本来の形に近づいてくるのではないでしょうか。

村山  そうなれば少なくともデイトレーダーはいなくなります。

クー  私は一九九七年のアジア通貨危機のときに、このチリの税制を導入したマレーシアのマハティール首相のやり方をずっと支持していました。あのときは欧米から短期資金が大量にアジアに流入して、その資金がまた一気に逃げ出したことで、マレーシアを始めアジア各国の通貨が危機にさらされました。これらの外資はアジアのことを何も知らずに投資して、後で大失敗して逃げ出して、大きな混乱を起こしたわけですが、こういうことを防ぐためには、投資家もしっかり宿題をしてもらわなければならないのです。実は、宿題をしない投資家が入ったときにバブルが起きるというのが、私のバブルの定義です。宿題をしてリスクを把握している投資家が入っているときはバブルではないと考えていいと思います。
 あのとき、マハティール首相はもう人でなしと言われるぐらい欧米のマスコミや金融関係者に叩かれましたが、マレーシアの経済は一年で回復しました。あの通貨危機の後、アジア諸国のなかでいちばん早く回復したのはマレーシアだったのです。あの税制のおかげでマレーシア経済は海外短期資本の動揺から解放されいち早く安定を取り戻すことができたからです。ですから自分たちがどのような投資対象に投資をしていて、どのようなリスクをとっているかが分かっている人たちに限定すべきです。そこに投資の基本があるように思います。

村山  全部の経済制度をそこへ追い込むような形にしていけば、いまの制度とかなり両立できる仕組みができそうです。


 金融資本の暴走を止める方法 ( 規制 ) について、論じられています。



 上記引用部分に限らないのですが、村山さんの意見は、理念的すぎるというか、どこか、現実性に欠けているのではないかと思います。株式を売らせないなどというのは、論外だと思います。

 また村山さんは、デイトレーダーは 「いないほうがいい」 とお考えなのだと思います。しかし、デイトレーダーのような人々は、株価を暴走させる存在ではなく、株価の行きすぎを防止する存在、と考えるのが、適切なのではないかと思います。すなわち、デイトレーダーがいなければ、株価はますます暴走して、バブルが発生しやすくなるのではないかと思います。それはともかく、



 ここでは、チリやマレーシアの税制が紹介されています。要は、短期投資に対しては、高い税率を適用し、( たとえば 3 年以上といった ) 長期投資に対しては、無税にする ( または低い税率を適用する ) 、という制度です。

 この制度は、逃げ足の速い金融資本の動きを規制する、という観点からは、好ましい制度ではないかと思います。リチャード・クーが述べているように、投資とは本来、投資先について、じっくり調べたうえで、行うべきものだと考えられるからです。

 しかし、株式の短期保有に制裁を科し、長期保有を優遇する制度というのは、株式市場にはなじまないのではないかと思います。もともと、株式市場で売買される株式、すなわち株式公開会社の株式とは、「大衆の資金を集める」 ところに、その趣旨があるはずです。大口投資家の資金のみを集めたいのであれば、株式を公開する必要はないのであり、株式を公開しているのは、大衆の小口資金を集めて、さらに巨額の資金を調達したいからこそ、のはずです。とすれば、「大衆に、じっくり調べることを要求する」 制度 ( 税制 ) というのは、制度本来の趣旨に、沿わないのではないかと思います。



 とすれば、すくなくとも公開会社の株式については、チリやマレーシアのような税制は好ましくないのではないか、とも考えられ、金融資本の動きを規制するために、この種の制度に変更してよいのか、という疑問が、浮上してきます。

 これについては、さらに考えたいと思います。
コメント

農作業の効率化

2009-11-27 | 日記
リチャード・クー&村山昇作 『世界同時バランスシート不況』 ( p.227 )

 これまでの日本の常識は、農業は遅れた産業で、先進国に仲間入りするには工業化しかない、というものであった。また、こうした考え方は日本特有のものではなく、中国もインドも同じ常識に沿って急ピッチで工業化を進めている。このままでは世界中工業国になってしまい、農業国がなくなりそうな勢いである。しかし、既に述べたように大量生産・大量消費を前提とする工業化は結局のところ過剰供給に陥り、期待されたほどバラ色のものではない可能性が高い。
 しかし、本当に先進国イコール工業化なのか。そう単純ではなく、先進国らしい農業もあってしかるべきと思われる。そういう意味では、世界的に農業にはまだまだ技術革新の可能性があり、投資の機会もあるのではないか。
 たとえば、中国の農業は、あいかわらず大量生産型の農業で、農薬を非常にたくさん使わなければいけないため、その安全性が問題になっている。このような後進国型の農業に対し、日本がもっときめ細かな栽培方法で農薬を使わない安全な野菜を作ることができれば、品質面で十分競争できる可能性がある。
 そのためには、様々な工夫で生産性を上げコストも下げる必要がある。筆者は農業の門外漢であるが、生産性向上のヒントとして、たとえば分業をとりあげてみたい。農業の特色の一つとして、あまり分業が発達せず、基本的には一人の人がほとんどの作業を全部やるのが基本となっているように思えて仕方がない。
 もちろん地域共同体としての助け合いはあるが、基本的には土を作ることから始めて、田植えから農薬散布、借り入れまでほとんどを一人でやるのが基本である。このようなやり方は工業生産ではあまりない。自分で原料を作って、それを加工することから何から何まで全部やる工場は少ない。なぜ農業では分業しないのかかねがね疑問に感じている点である。「土を作るだけで一〇年かかる。これはたいへんでとても年寄りにはできない」 とよく言われる。これが年寄り中心の日本の農業のネックとなっており、化学肥料や農薬を多く使うことにつながっているのではないか。たしかに土を作るのは大変なこととと ( 引用者註:原文ママ ) 思うが、土作りがそんなに大切でかつたいへんなものであれば、土をつくることだけを行う農家があってもいいのではないか。そういう土作り専門の農家がいい土を供給できれば、生産性は飛躍的に上がるはずである。土を作る体力のない老人でも、いい土さえあれば農業を続けられるかもしれない。そして化学肥料や農薬を使わずにもっといい作物ができるかもしれない。
 また、田植えや稲刈りを専門にする企業を作り、日本が南北に長い列島であることを活かして、南から北に順々に田植えや稲刈りを請け負って歩くことも考えられる。このようにすれば農機具も効率的に使えるはずである。
 さらには日本の農地に適した農作業ロボットの導入も考えられる。日本の農地の特色として平地が少なく耕地も少規模であることが言われている。いずれも米国やオーストラリアのような大規模な機械化には不利な点である。こうしたところに外国製の大型機械を導入しようとしても無理がある。この解決策として、農地を集約化して大規模にする方法が一般的であるが、発想を変えて機械を農地に合わせることも考えられていいのではないか。具体的には日本の農業の実態に合った小型の農作業ロボットに期待したい。「農業=過去の産業」 という発想からは最新のロボット技術を農業にも応用することは考えにくいかもしれないが、小型で汎用性のある農作業補助ロボットを使って雑草抜きが自動的にできれば、農薬を使わなくとも能率よく安全な作物を作れる可能性がある。こういうことを考えただけでも、まだまだ農業に技術革新の可能性があり、投資の機会もありそうである。


 世界中の国が工業化を進めているが、それでは過剰供給に陥ってしまう。工業にではなく、農業にこそ、可能性があるのではないか。農業を効率化する工夫として、農作業を分業化したり、農作業ロボットの導入が考えられる、と書かれています。



 次の成長産業は農業である、という話があります。著者 ( 村山昇作 ) も、同様の考えかたをされているようです。

 著者による、( 成長分野である農業の ) 農作業効率化のアイデアは、

  1. 分業の推進 ( たとえば土作り専門の農家があってよい )
  2. 南北差の活用 ( 分業によって専門分化した農家が、南から北へ移動しつつ農作業を行う )
  3. ( 小型の ) 農作業ロボットの導入 ( たとえば自動で雑草を抜くロボット )

です。



 このアイデア、いけるのではないかと思います。とくに、分業の推進、南北差の活用、については、すぐにでも実現可能ではないかとも思われます。

 しかし、おそらく、現行制度の下では、不可能でしょう。阻んでいるのは、「耕作者が土地を所有するのを基本とする農地法」 です ( 「農業への参入促進策」 参照 ) 。

 したがって、農地法の改正、すなわち規制緩和 ( または撤廃 ) が必要だと思います。

 規制緩和の結果、農産物の価格が下がり、農家への補助金も不要になるなら、それに越したことはありません。



 なお、農作業ロボットの導入については、すでに研究がなされていると思います。

 たしか、カーナビや携帯に使われている GPS ( Global Positioning System = 全地球測位システム ) を使って、無人で動く自動田植機が開発されていたはずです。

 したがって、農業用ロボットの開発は、進められているといってよいと思いますが、

 問題は、価格だと思います。( ロボットの ) 価格が高すぎれば、導入したところで、農家の利益はなくなってしまいます。

 しかし、分業の推進・南北差の活用がなされるならば、農業用ロボットの価格が高くとも、ロボットがフル稼働に近くなり、( 農家の ) 採算が合うのではないかと思われます。

 すくなくとも、いまの、年に一回しか使わない農業用機械を、一軒一軒の農家が所有している状況に比べれば、はるかに採算に合うのではないかと思います。



 したがって、農業 ( 農作業 ) を効率化するうえで、農地法の改正が有益である、と考えてよいのではないかと思います。
コメント

内需拡大策としての週休 3 日制

2009-11-26 | 日記
リチャード・クー&村山昇作 『世界同時バランスシート不況』 ( p.194 )

 日本の都市居住者が先進国の所得に見合った広い住宅に住めるようにするための土地の有効利用促進、先進国のライフスタイルや消費が可能になるような休日の増加、富の上に富を構築できるような住宅の資本財化などが不可欠だろう ( この最後の点については第三部の村山氏との対談で詳しく述べる ) 。これらはどれも時間がかかる作業だが、いまの日本が置かれている状況を見ればどれも早急に進めなければならない課題でもある。実際のところこれらの改革こそ本当に日本が必要としている構造改革であり、その重要度は郵政の民営化などよりずっと高い。この三つの改革に成功すれば、日本は外需に寄生するこれまでの経済から真に先進国としてバランスのとれた経済に脱皮できるからだ。


 日本を内需型経済に転換するために必要な改革が述べられています。



 文中、「第三部の村山氏との対談で詳しく述べる」 とありますが、この本は共著であり、第一部はリチャード・クー執筆担当、第二部は村山昇作執筆担当、第三部が両者の対談、という構成になっています。引用部分は第一部、リチャード・クー担当部分の記述です。



 さて、著者は日本に必要な構造改革とは、内需型経済への転換であり、それには

  1. 土地の有効利用促進 ( 住宅を広くする )
  2. 休日の増加
  3. 住宅の資本財化

が必要である、としています。



 住宅の資本財化は、「投資につながる消費」 をもたらすと考えられますので、有効だと思います ( 「じつは、アメリカ人も堅実だった」 参照 ) 。

 住宅を広くする、についても同様です。



 ここでは、休日の増加、について考えます。

 たしかに、休日が増えれば、その分、消費する時間が増えるはずなのですが、同時に、収入も減るはずなので、可処分所得が減り、消費も減るのではないか、とも考えられます。

 したがって、休日を増やせば、消費が増え、景気がよくなる、とはいえないのですが、

 いまは、雇用の確保が大問題になっており、「ワークシェアリング」 が主張されていることを考えると、休日の増加は 「一種の変形ワークシェアリング」 として、一考に値するのではないかと思います。すなわち、

   週休 3 日制にする

手もあるのではないか、と思います。週休 3 日とはいっても、会社の事業活動を禁止するわけではなく、「一種の変形ワークシェアリング」 として、その導入を考える余地があるのではないか、と思います。

 ワークシェアリングについては、効率が悪化する、といった批判も存在しますが、( 雇用・所得が増えて ) 売り上げが増えなければ、効率を高めても何にもならない、とも考えられます。週休 3 日制にすれば、毎週、連休になるわけで、消費の増加も見込めるのではないかと思います。そこで、

 消費を増やし、内需型経済に転換する構造改革のほか、雇用確保の観点からも、休日の増加は考慮に値するのではないかと思います。
コメント