言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

「食品による内部被曝線量」の計算方法

2011-04-10 | 日記
 政府は食品の安全性について、「暫定規制値」を定めています。したがって、暫定規制値を超えたものは出荷されていないはずですが、暫定規制値に満たない食品については、市場に出回っているものと思われます。

 それでは、それらは「どの程度」安全なのでしょうか? 政府・マスコミは「風評被害、風評被害」と言うばかりです。
「暫定規制値」以下の放射性物質しか含まれていないから「安全です」と言われても、放射性物質は含んでいないほうがいいに決まっている
わけで、「どの程度」安全なのか、まったくわかりません。

 そこで、「どの程度」安全なのか、つまり食品によって「どの程度」内部被曝するのかを計算する方法を調べました。



 最初に断っておきますが、私は専門家ではありません。

 ですが、(政府=公文書の) 信頼に値するデータ・計算式をもとに、(私なりに) 考察した結果を記しています。

 私はこの資料(記事)が「あなたの」健康を守るために、有益な資料(記事)であると信じていますが、私の調査・判断・考察が「正しくないかもしれない」可能性があります。そのことを踏まえたうえで、「内容(信頼性)を判断」してください。



★「食品による内部被曝線量」の計算式



文部科学省」の「Q7. 放射性物質を体内に取り込んでしまった場合、被ばく線量を計算するにはどうしたらよいのですか?

A7
内部被ばくの線量計算は、摂取した放射性物質の種類(核種と化学形)とその量(放射能)が分かれば計算できます。

内部被ばくによる実効線量Eは、以下の式で計算できます。

E=Ixe(mSv)

ここで、
 I:吸入摂取または経口摂取した核種の摂取量(Bq)
 e:吸入摂取または経口摂取した核種の実効線量係数(mSv/Bq)
(実効線量係数は、核種ごとに放射線障害防止法及び原子炉等規制法の告示別表第1、ICRP Publ.71,72及びJAERI-Data/Code 2002-013に示されている。)

上式による計算においては、摂取した放射性物質の種類の他に、摂取した人の性別や年齢により体内における放射性物質の動態が異なるので、それらを考慮した計算は複雑になりますのでここでは省略いたします。


 「放射性物質の摂取量」に「実効線量係数」をかける(掛け算)と、被ばく線量が計算できます、と書かれています。



 上記引用において、「実効線量係数」は「核種ごとに放射線障害防止法及び原子炉等規制法の告示別表第1、ICRP Publ.71,72及びJAERI-Data/Code 2002-013に示されている」と書かれていますが、私には、値が (書かれている公文書を) みつけられませんでした。

 個人または民間団体等のブログ、ホームページには値が書かれているものがありましたが、その値の「根拠」を示す公文書を明示しているものがみつからず、(生命・健康に関することですから、安全のために) その種のブログ、ホームページに書かれている値(実効線量係数)は信用しないことにします。

 代わりに、原子力安全委員会による次の公文書をみつけました (↓) 。

 リンク先文書(原文)はPDFファイルなので、正確なレイアウトで引用することは困難です。関心のあるかたは、直接原文をご覧ください (一応、なにが書かれているかわかるように、表のタイトルのみ引用します ) 。



★「実効線量計数」の値



原子力安全委員会」の「環境放射線モニタリング指針」( p.45 )


〔表I-1〕1Bqを経口又は吸入摂取した場合の成人の実効線量係数

(中略)

〔表I-2〕1Bqの放射性ヨウ素を経口又は吸入摂取した場合の幼児及び乳児の実効線量係数




 私なりに「要点のみ」まとめると、

  実効線量係数の値(mSv/Bq)は、

   (1)「ヨウ素131」を経口摂取した場合
       大人       10万分の1・6
       乳児(~1才)    1万分の1・4
       幼児(~4才)   10万分の7・5

   (2)「セシウム134」を経口摂取した場合
       大人・乳児・幼児 10万分の1・9

   (3)「セシウム137」を経口摂取した場合
       大人・乳児・幼児 10万分の1・3

です。



★「放射性物質の摂取量」の値



 「放射性物質の摂取量」とはすなわち、「食べた(食べる)農産物に放射性物質が含まれている量」です。この値は、実際に「食べる前に」検査しなければわかりません。たとえば「並べて売ってあった大根」に含まれている放射性物質の量は、「1本1本、値がちがうはず」です。「同じ産地で同じ日にとれた」野菜・魚に含まれている放射性物質の量も、「1つ1つ、値がちがうはず」です。

 あなたが「放射性物質の量」を計測する機械を持っているなら、その機械で計測すればよいでしょう。しかし、もっと「簡単で確実」な方法があります。どうするのか。

   政府の発表している「暫定規制値」で代用する

のです。なぜなら、「暫定規制値を超えた農水産物は出荷されていないはず」だからです。「暫定規制値以下の農水産物しか、売っていないはず」だからです。つまり、
あなたが食べるものには、「暫定規制値ギリギリ」の放射性物質が含まれていると「仮定」して計算すれば、「放射性物質の摂取量」の最大値=最悪の場合の摂取量がわかるはず
です。



 そこで、「暫定規制値」の値を引用します。こちらもPDFファイルで引用が困難です。直接原文をご覧ください。



厚生労働省」の「魚介類中の放射性ヨウ素に関する暫定規制値の取扱いについて



 一応、私なりに「要点のみ」まとめると、

  暫定規制値は、

   (1) 放射性ヨウ素
       飲料水・牛乳・乳製品   300 Bq/kg
       ( 乳児は100 Bq/kg以上の乳・乳製品不可)
       野菜類・魚介類     2000 Bq/kg

   (2) 放射性セシウム
       飲料水・牛乳・乳製品   200 Bq/kg
       野菜類・魚介類・穀物   500 Bq/kg

です。



★実際に計算してみる!!



 実際に計算してみます。「最悪の場合の」内部被曝線量、つまり、「最悪の可能性」の場合の値を計算していることに注意してください。

 計算式は

   「食品による内部被曝線量」
     =「放射性物質の摂取量」×「実効線量係数」
     =「暫定規制値」×「食品の量」×「実効線量係数」

です。



   水1リットル(=1キログラム)を飲んだ!!

    放射性ヨウ素131は、

     (大人の場合)
      =300(Bq/kg)×1(kg)×1・6÷10万(mSv/Bq)
      =0・0048(mSv)

     (幼児の場合、1~4才)
      =300(Bq/kg)×1(kg)×7・5÷10万(mSv/Bq)
      =0・0225(mSv)



   ホウレンソウ100グラムを食べた!!

    放射性ヨウ素131は、

     (大人の場合)
      =2000(Bq/kg)×0・1(kg)×1・6÷10万(mSv/Bq)
      =0・0032(mSv)

     (幼児の場合、1~4才)
      =2000(Bq/kg)×0・1(kg)×7・5÷10万(mSv/Bq)
      =0・015(mSv)



 放射性セシウムについても同様に計算すればよいと思います。調べたり、考えたり、長文を入力したりで疲れたので、計算は省略させてください。



■関連記事
 「「風評被害」の定義



■追記 ( 2011-04-11 )
 幼児がホウレンソウ100グラムを食べた場合の計算は、正しくは0・1(kg)として計算すべきところ、1(kg)と誤記していましたので、訂正しました。

■追記( 2011-08-17 )
 内部被曝を「減らす」対策 (=放射線による害を減らす対策) があります。下記の記事をご覧ください(↓)。
 「ビールが放射線に効くらしい

ジョンソンの社会福祉国家構想「偉大な社会」

2011-04-10 | 日記
アーサー・B・ラッファー、ステファン・ムーア、ピーター・タナウス 『増税が国を滅ぼす』 ( p.91 )

 暗殺されたケネディの当然の後継者として選挙で地滑り的な勝利を収めたジョンソンは、ベトナム戦争を泥沼化させた大統領として知られる。これがアメリカの歴史の中で最も疎まれた戦争だったことは、改めて言うまでもあるまい。一九六七年には、一八~二六歳のすべての男子を対象に徴兵制が敷かれた。戦時予算は一九六五年に五一〇億ドル、六九年には八二〇億ドルに膨れ上がっている(*7)。学生たちは学内で、あるいはワシントンで大規模な反戦運動を繰り広げ、「地獄へ行くのはごめんだ」「誰のための戦いか」と訴えた(*8)。
 だがアメリカ経済を何よりも蝕んだのは、巨額の軍事費が注ぎ込まれるのと並行して、大型福祉予算が組まれたことである。これほど大規模な福祉プログラムは、アメリカでは初めてだった。ジョンソンは「アメリカから貧困を駆逐する」ために、「偉大な社会」すなわち社会福祉国家をめざすことを決意したのである。福祉国家構想の失敗は、以後三〇年にわたってアメリカを苦しめることになる。そのために五兆四〇〇〇億ドルもの予算が使われた(ヘリテージ財団の推定による)だけではない。福祉プログラムは設計がまずく、労働の価値を貶め、家族の絆を弱め、生活保護に恒久的に依存する貧困層を生み出す結果となった。貧しい人々は、下手に働けば賃金以上の生活保護を失いかねないのだから、実質的に一〇〇%以上の税金をかけられたようなものである(*9)。
 ジョージ・メイソン大学の経済学教授ウォルター・ウィリアムズは、これについて次のような鋭い考察をしている。「アメリカの黒人世帯は、奴隷制度の中を生き抜いてきた。ク・クラックス・クランやジム・クロウ法や、〈分離すれども平等〉政策にもめげなかった。だが福祉国家構想にだけは負けてしまったのである」。一九八〇年には、父親のいない家庭で生まれる子供の数が、両親そろった家庭で生まれる数を上回り、デトロイトのような都市では黒人の子供の三人に二人が非嫡出子という事態になった。福祉プログラムがアメリカの都市に社会不安をはびこらせる原因となったことは、火を見るよりも明らかである。そしてこの社会不安は、その後四半世紀にわたって続いた(*10)。
 サプライサイド経済学では、経済活動はインセンティブによって左右されると考える。人間は、プラスのインセンティブにもマイナスのインセンティブにも反応する。福祉国家構想がもたらした悲劇は、このことを明確に証明してくれたと言えよう。この構想はアメリカのティーンエイジャーに、学校をやめて妊娠し父親を家から追い出せば、お金がもらえると教えた。働いて所得があっても、政府には隠すように教えた。大量の生活保護世帯が出現したが、彼らはインセンティブに従って行動したに過ぎない。
 ハーバード大学教授のマーティン・フェルドシュタインは一九七六年に、福祉国家構想と労働意欲に関する研究を発表した。それによると、福祉給付は、受給者が働いて得られる所得に比して多すぎるという。たとえば失業給付は無税のうえ、低所得労働者の賃金とほとんど変わらない。フェルドシュタインは福祉プログラムの隠れた影響を数値化し、週四〇時間の賃金と同じだけ失業給付を支払う場合、失業率は一・二五%ポイント上昇すると結論づけた。さらに、国内総生産は労働者一〇〇万人の生産量の分だけ縮小し、課税ベースもそれだけ減ることになるという(*11)。
 そうなるだろうということは、常識で考えればすぐわかることだ。だが六〇年代、七〇年代の社会事業の設計者には、それがわかっていなかったらしい。


 ジョンソン大統領の社会福祉国家構想「偉大な社会」は失敗したと述べ、この構想がどんな結果をもたらしたかが書かれています。



 ジョンソンは「アメリカから貧困を駆逐する」ために、「偉大な社会」すなわち社会福祉国家をめざすことを決意し、大型福祉予算を組んだが、

 その結果、貧困層は「働かないほうが得」になり、
  • 生活保護に恒久的に依存する貧困層を生み出し、
  • 父親のいない家庭で生まれる子供の数が、両親そろった家庭で生まれる数を上回り、
  • 国内総生産は縮小した
と著者は述べています。



 しかし、「働かないほうが得」である以上、「生活保護に恒久的に依存する貧困層」という表現は(やや)ミスリードだと思います。「働かないほうが得」だということは、

  「生活保護に依存せず、
    恒久的に低賃金労働を続ける『超』貧困層」が、

  「生活保護に恒久的に依存する貧困層」に変わった

ということです。「彼らの生活レベルは高くなった」のです。生活レベルが高くなったとはいっても、「貧困層」であることには変わりないわけで、裕福な暮らしとはほど遠く、やっと「健康で文化的な(最低限度の?)生活」が送れるようになったというにすぎないと思います。



 問題は、「働けば貧困を抜け出すチャンスがあるか否か」です。つまり、「恒久的に低賃金労働を続ける『超』貧困層」にとって、働くことで貧困から抜け出せる余地があるかないか、です。働くことで貧困から抜け出せるなら、生活保護制度があろうとなかろうと、「超」貧困層の人々も働いて貧困から抜け出すでしょう。けれども、働いても働いても、貧困から抜け出すチャンスがないなら、生活保護制度があろうとなかろうと、彼らは貧困から抜け出せないでしょう。

 著者は、働けば貧困から抜け出すチャンスがあることを「当然の前提」としています。しかし、たとえば貧困のために学校に行けず、学歴をもたないまま働き始めれば、仕事といっても単純作業しかない、という人が多いのではないでしょうか。その場合、仕事でキャリアを積もうにも積めないわけで、なかなか収入アップのチャンスがないわけです。つまり、世の中には、「恒久的に低賃金労働を続けざるを得ない人々」が存在しているのではないでしょうか。

 生活保護制度については、(働き始めれば、つまり収入があれば給付を打ち切るのではなく、段階的に給付額を減らすなど) 工夫の余地があるとは思いますが、もっと重要なことは、

   どんな立場の人でも、
     キャリアを積み、収入が増える可能性があること

ではないでしょうか。このような社会になってこそ、人々の「働く意欲」も高まるのではないかと思います。



 また、
「父親のいない家庭で生まれる子供の数が、両親そろった家庭で生まれる数を上回り、デトロイトのような都市では黒人の子供の三人に二人が非嫡出子という事態になった。…(中略)…福祉国家構想…(中略)…はアメリカのティーンエイジャーに、学校をやめて妊娠し父親を家から追い出せば、お金がもらえると教えた」
という部分も、

   わが子に、「教育を受ける機会」を与えようとしたもの

だとも考えられます。著者は、いかにもモラルが崩壊したかのような書きかたをしていますが、
貧困のために学校に行けず、学歴をもたないまま働き始めれば、仕事といっても単純作業しかない。わが子には、「恒久的に低賃金労働を続けざるを得ない人々」になってほしくない、という親心
だとも考えられます。



 以上により、私は、著者とは異なり、
  • ジョンソンの「偉大な社会」構想が失敗したとはただちにいえない、
  • 福祉国家を目指すことは (正しいとは言わないものの) 間違っているとはいえない、
と考えます。