4月9日 おはよう日本
一時代を作った政治家が亡くなった。
元いたところに戻るだけの後戻りは絶対に許さない
強硬な政治姿勢から“鉄の女”と呼ばれ
イギリス初の女性首相として11年余り政権を率いたサッチャー元首相が
8日 死去した。
ロンドン中心部にある元首相の自宅前には多くの報道関係者が詰めかけ
市民が次々と花束を手向けた。
「女性でもやりたいことが出来ると示してくれた。」
「現代の偉大なリーダーの1人だった。」
サッチャー元首相のスポークスマンによると
8日朝 脳卒中を起こした後死去したということである。
(イギリス キャメロン首相)
「倒れかけていたイギリスを彼女が建てなおしたのです。」
私は保守反動と呼ばれるがそれにはちゃんとした理由がある
サッチャー元首相は1959年に下院議員に初当選。
1979年にはイギリスで初めての女性の首相に就任した。
当時イギリスは“英国病”とも呼ばれる沈滞した経済の活性化が急務だった。
元首相は一貫して市場経済を重視する政策をとり
国内の抵抗を押し切って国有企業の民営化や金融の規制緩和を進めるなど
イギリス経済の活性化に道筋をつけたとされている。
女性は論理的で合理的ですからね
女であることの困難は何も感じません
東西冷戦が続く中 当時のアメリカのレーガン元大統領とともに反共産主義の立場をとる。
この強硬な政治姿勢から“鉄の女”とも呼ばれた。
1982年には南太平洋のフォークランド諸島の領有権をめぐって対立したアルゼンチンを
軍事力で屈服させる。
イギリスは偉大な国だ
優秀な軍隊でなすべきことを成し遂げたのだ
しかしその強権的な政治手法や長期政権への反発が広がり
1990年 辞任に追い込まれた。
中曽根元首相は
“レーガン大統領とともに記憶されるべき政治家であり
共産ソ連に対抗して自由世界が協力・団結すべきことを訴えた傑出した政治家だった”
とコメントを出した。
また同じ時期にソビエトの書記長を務めたゴルバチョフ氏は
8日インターファックス通信に対し
“サッチャー氏との人間的な関係が友好的な関係へとつながり
東西冷戦を終結させることに貢献した”
と述べその死を悼んだ。
多くの批判を受けながらも大胆な改革を推し進め経済を立て直すとともに
アメリカや旧ソビエトの指導者と渡り合い冷戦の終結にも貢献したサッチャー元首相。
政治の指導力が問われる今 改めてその功績を見直そうという声が強く
20世紀を代表する政治家として歴史に名を残すことになりそうである。