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ありふれた、心静かな年を

2012-01-03 16:23:27 | 編集手帳



  1月1日付 読売新聞編集手帳


  机の上に吸い飲みが置いてある。
  急須型をしたガラス製の中古品で、
  アルミの蓋が付いている。
  年の瀬の街で雑貨屋の店先に見つけ、
  高いのか安いのか、
  見当のつかない値段で買った。

  ペットボトルの水やお茶が今ほどは身近でなかった子供の頃、
  風邪をひいて寝込むと、
  枕もとの吸い飲みで熱い喉を湿した。
  洗濯バサミのお化けのような金具で口を留めるゴム製の水枕とともに、
  昔懐かしい品である。

  〈ふるさとへ廻(まわ)る六部は気の弱り〉。
  諸国をめぐる巡礼(六部)も寄る年波に知らず知らず、
  故郷に足が向くという。
  幼年期の記憶という心のふるさとに意識が向かうのも、
  あるいは気の弱りかも知れない。

  思えば、
  年齢にかかわらず、
  誰も彼もが何十年分もの悲しみを背負い、
  気の弱りを互いの掛け声で励ましつつ迎えた新年だろう。
  雑煮の味に、
  しめ飾りに、
  コタツの上のミカンひとつにさえ、
  いつにまして遠い記憶を呼び覚まされる元日に違いない。

  ガラスの吸い飲みは、
  子供の頃に絵本で見た“魔法のランプ”にどこか似ている。
  ぜいたくは望まない。
  「ありふれた、心静かな年を」と、
  そっと撫(な)でてみる。

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