トロのエンジョイ! チャレンジライフ

「人生で重要なことはたった3つ。どれだけ愛したか。どれだけ優しかったか。どれだけ手放したか」ブッダ

連載小説「アーノンの海」第10回

2018-07-14 15:28:53 | 小説・アーノンの海
「私、様子を見てきます!」
 智美は、絵里を追いかけて、出て行った。
 勝部は、大野をにらみつけた……つもりだった。
「あんた、いい年して、人の心というものがわからんのかね」
 勝部は言った。
「なにが? アーノンを殺したことが、ですか?」
 大野は、水槽を軽く叩くと、
「生態の説明を、したまでですがね。まあ、こいつは人間の脳に干渉できる。きわめて危険だが、中には、ある種のコミュニケーションが成り立つ人間もいるかもしれない。今の女の子が、そうなんでしょうね」
「……」
「しかし、アーノンを殺すのが残酷だというなら、ハエやゴキブリを殺すのは残酷ではないのですか。人間とは、歪んだセンチメンタリズムを持つものでしてね。ひどいのになると、それを自分の攻撃願望を正当化することに利用する場合だってある」
 学術的なことをまくし立てられると、どうにも反論できない。勝部は、自分に学がないことを恨んだ。
「……歪んでいるのは、あんた自身だろう」
「ほう?」
「その年になって、人から愛されたことも、人を愛したこともない。だからそうやって、理屈をこねまわして、心の空隙を埋めてるんだ」
「何がわかるというのだね、あなたに」
「あんたの話など、もう聴きたくない。ここでの用事は、もう終わりだ」
 勝部は部屋を出ると、後ろ手にドアを閉めた。

 平日の水族館は空いていた。3人は、ベンチに座っていた。
 絵里は、智美に肩を抱かれ、うつむいていた。
 勝部は無言で、どうしたものか、悩んでいた。
 やがて、智美が口を開いた。
「私……命というものを、軽く見ていました」
「……」
「私が……もっと早く、情報を提供していたら」
「……」
「敦美は、死なずにすんだかも……」
「それは違う」
 思いのほか、勝部は強い口調になっていた。
「あ……いや」
 勝部は言った。
「おれも驚いたよ。まさか、あそこまで研究が進んでいたとはな」
「……」
「だが、アッちゃんが死んだのは、不幸な偶然が重なっただけだ。あんたのせいじゃない」
「……」
「智ちゃん、あんたは、アーノンを守りたかったんだな。それで、アーノンについては、知っていることをすべて言わなかった。言っていたら、すぐにアーノンは全滅させられていただろうからな」
「おじいちゃん……」
「あんたは、おれの命を救ってくれた。服が台無しになるのにも構わず、冬の海に飛び込んでくれた。そんな人が、命を軽く見ているなど、おれは思わん」
「……」
「さあ、帰るとするか」
「おじいちゃん、ありがとう……」

 帰りの車の中……
「絵里ちゃん、大丈夫かい」
「うん……大丈夫だよ」
 智美は、
「やはり本当のことを、村の皆さんに、言うべきでしょうか」
「いや……村の連中には黙っていたほうがいい。アーノンの件はもう終わりにしたほうがいいだろうな」
「……」
「あとは、あの大野のような科学者の仕事だ。いけ好かないやつだが、有能なんだろうよ。きっとうまくやるだろう」
「……そうでしょうか」
「まあ、それはさておき、智ちゃん、帰りにちょっと、スーパーに寄ってくれないかね」
「え?」
「ちょっと早いが、忘年会をやろう」
 勝部は言った。




(つづく)










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4 コメント

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こんばんは! (さくら小町)
2018-07-14 20:44:42
大野さんは好きになれないタイプだけど、そう間違ったことも言ってないような気もします(^-^;

「アーノン」と上手く共存出来るといいような気もするけど、そんな単純な事では無いのかな~

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こんばんは♪ (トロ)
2018-07-14 21:29:27
嫌われ役はなかなか書くのが難しいです。
極端なキャラクターになってしまう危険性があるので。
でも、書いていてけっこう楽しかったりもします(笑)

人間が他の生物と共存するには、時には関わり合わないことも必要ではないか、と僕は思います。
というわけで、次回をお楽しみに~。
今日もありがとうございます!
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ぐっどもーにんぐーーーーーーーー (宮ちゃん)
2018-07-15 05:20:39
あ、ちょっと早い忘年会ーーーーー
そう言えば、時期は11月だっけ?
もう結構、寒い時期だったんだよねーー
なんか、忘れてたーーーーー
これからの展開、楽しみーーーーーーー
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ぐっどもーにんぐー! (トロ)
2018-07-15 05:27:33
そうなんです。物語の中では、11月から12月くらいです。
みんなで楽しく忘年会♪ その後で何が起こるか…
んふふ♪ お楽しみにー。
今日もありがとうございます!
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