<ひゞのをしへ > 福沢諭吉
だい二
ちヽはヽをうやまい、これをしたしみ、そのこヽろにしたがふべし。
だい三
ひとをころすべからず。
けものをむごくとりあつかひ、むしけらをむゑきにころすべからず。
「ひヾのをしへ」は
明治4年、長男一太郎8歳、次男捨次郎6歳の兄弟のために、
諭吉が毎日一か条ずつ書いて与えて説教したものだ。
説教はかっては、必ず双方正座して、フォーマル形を整えて行われた。
正座が親子の仲にも厳粛な雰囲気が生まれることを助けていたのである。
現在の親子に改まった雰囲気での、きちんとした会話が難しいのは
たたみに正座する、説教空間を失ったことにも一因がある。
だい二
ちヽはヽをうやまい、これをしたしみ、そのこヽろにしたがふべし。
だい三
ひとをころすべからず。
けものをむごくとりあつかひ、むしけらをむゑきにころすべからず。
「ひヾのをしへ」は
明治4年、長男一太郎8歳、次男捨次郎6歳の兄弟のために、
諭吉が毎日一か条ずつ書いて与えて説教したものだ。
説教はかっては、必ず双方正座して、フォーマル形を整えて行われた。
正座が親子の仲にも厳粛な雰囲気が生まれることを助けていたのである。
現在の親子に改まった雰囲気での、きちんとした会話が難しいのは
たたみに正座する、説教空間を失ったことにも一因がある。