まさおっちの眼

生きている「今」をどう見るか。まさおっちの発言集です。

失業者

2014-10-06 | 創作集「いのちにふれる」
平日の雨の朝、みんなはもう仕事にいっている
僕は、11年間勤めた会社をひよっんなことから辞めることになって
今は失業中だ。休日になると不安になるというサラリーマンがいると
聞いたことがあるが、それが解る。じっとしていると、なんだか不安なのだ

僕は傘をさして外にでる。
階段を降りると親しいノラ猫がお家に入れてくれという
だめだよ、ぼくは今、散歩するためにでて来たんだ。ぼくは歩く。
ところが、にゃあ、にゃあ鳴きながら、ノラ猫が雨に打たれながら
ぼくのあとをついてくる。角を曲がってもついてくる。
おいおい、猫と散歩なんて聞いたことがねえぞ、振り向いてぼくが言うと、ノラ猫
は哀しそうな表情で立ち止まり、ついてこなくなった。ぼくだって、哀しいんだ。
雨降りに、散歩しか、ないんだもの

川べりの道に来た。細く、まっすぐ、一本の道
よおし、とぼくは競歩する

休日だと運動する人たちで賑わうが、平日の雨降り、だあれもいない
バカみたいだなぁと思うが、がんばれ、がんばれ、不安をかき消せ、と早足で歩く
でも、いくら歩いても、なんだか心が落ち着かない。
だめだなぁ、失業者は。
人間は、なんかの団体に所属してないと落ち着かないものなのかしら、いやいや
ひとりだって立派にやっているひと、いっぱいいるんでねえの。
ぼくは走る。合成の靴を履いてきたのに右の爪先から水が入っている。
破けてるのでねえの。
でもぼくは走る。

長い間、事務職のぼくは、ぜいぜい息もきれて、やっとこ、再び歩く
川に鴨が一匹、雨のどろ水のなかを平然と泳いでいる
ほら、あいつだって失業者なのに平然としているではないか
そう、雨にも負けず、風にも負けず、ぼくは岩頭の松だ
素晴らしい枝ぶりの松だって失業者ではないか
そう、カンジーだって、ソクラテスだって、釈迦だって、立派なひとはみんな
失業者ではないか、がんばろう、がんばろう、これは立派な人間になるために
神様が与えてくださった試練なのだ

ぼくがぼくを突き破る時、もっと、大きく、なれるんだ
自分に言い聞かせて、ぼくは一本の道を歩きつづけた


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