ゴヤに関するエッセイや小論文を集めた本です。そこには私が比較的意識して読んでいる澁澤龍彦の文章やジョルジュ・バタイユのものも収められています。本日はそうした小品の中からバタイユや澁澤の文章から気になったところをピックアップし引用したものを記載しました。
「沈黙の絵画」ジョルジュ・バタイユ
・彼は現代世界の分裂全体を予告するのである。 … それは個人性の歴史におけるーゴヤははっきりとサドの同時代人であるー決定的な一瞬であるのだ。
・悲惨、不具、老年のさまざまな失寵、狂気、愚かさ、虐殺、夢のおそるべき形象、そしてひとつの支配的なオプセッションとして、異端糾問のさまざまな拷問の中に駆り立てられた生。これらの主題に対する描き方の適合性以上によく感じとられるものはなにもない。描き方は逼迫している。
・それが魅惑するがゆえにそれはそこにあるのだ。そして、それをあらわすゴヤの作品があますことなく魅惑するとすれば、それはゴヤの作品が、なにものにも立ちどまらず、なにものをも織らない叫びによってのように、意味のない途方もない不正の積極的な価値を表現しているからである。
「サチュルヌ」アンドレ・マルロー
・ゴヤの想像力なるものは、ほとんど構成にはむかわず「創世」の闇にまぎれた諸形象を、苦悩をはらんだままによみがえらしめる。
・いやそもそも、だれがかつてこれほど端然とはらをすえ、蒼古たる深淵にひそむ目つぶれた怪物を手さぐり、幾千年来われわれの記憶下に埋没したままのシンボルを触知したであろうか?
・<サチュルヌ>ーそれは別の世界であるとともに、突如、豊饒化するところのわれわれの世界だ。まきちらされた遊星が、永劫に、ただ非情の回転をくりかえす大宇宙にあって、だが同時に胸の鼓動とおなじようにひっそりと神さび、不屈に脈うちつづける「夢」の鼓動をきざみこんだ世界。死にたえた一個の星辰の余光にかすかに照らしだされた、われわれの夜の世界だ。かけそき生者の旋律が、底知れぬ過去の荘重な交響楽を喚起する「交感」の境を、かくていま、ゴヤの天才は逍遥するのである。
・<裸のマハ>と<着衣のマハ>、<五月二日>と<五月三日>、「老婆」と「若者」、といったふうに。暗示という暗示の手段を、ことごとくかれは本能的に嗅ぎだしている。
「ゴヤ、あるいは肉体の牢獄」澁澤龍彦
・サドもゴヤも、いずれも18世紀後半から19世紀初頭へかけての激動の時代に行きた、ロマン主義の母胎としての偉大なペシミズムの鼓舞者であり、かつ先駆者であったのである。
・聾になるとともに、ゴヤの作品は幻想的になり、幻想的になるとともに、その辛辣なイロニーの度合いをいよいよ深めていった。それはあたかも、バスティーユのなかのサド候爵の孤独な幻想が、監禁状態によっていよいよ血なまぐさく、いよいよ残酷に荒れ狂ってゆくのと軌を一にしていた。 … 錯乱は錯乱でも、彼ら2人18世紀の錯乱は、徹頭徹尾、明晰な錯乱であり、論理の錯乱である。ゴヤは、堪えがたい狂気のイメージによって世界を解釈している、とった印象を私は否応答なしに受けるのである。
・あmりにも有名なプラド美術館の<裸のマハ>も、たしかに一筋縄ではいかない作品である。この作品がエロティックの魅力を発散していることは疑い得ないところであろうが、さて、そのエロティシズムの意味を分析するとなると、私たちは用意に手がかりをつかめない。ある種のもどかしさを感じないわけにはいかないのだ。多くの美術批評家がこれについて千万言を費やしているが、読み手を納得させるような論旨のものは、きわめて少ない。
・このマハの図には、 … いままさに、着ていた衣装をかなぐり棄てたばかりの女の、匂うようなエロティシズムの濃密に漂っているのが感じられるはずである。
・<着衣のマハ>と<裸のマハ>を二つ並べて提示したゴヤの独創を、ゆめゆめ軽く見過ごしてはならないと私は考える。そして、一見さりげない<裸のマハ>の図のなかに、危険な芽をふくんだエロティシズムの論理が圧縮されているということを、私たちは活眼によって見抜かねばならないと思う。それこそゴヤの芸術の本質だからである。
・たぶん、このような無意味な絵によって、ゴヤは世界の完全な空しさ、完全な不条理を表現しようと考えたのであろう、としか私たちは想像することができない。秩序ある世界は単なる見せかけにすぎないことを認識してしまった画家は、もはや悪夢だけにしか生きられなくなった。そして、悪夢はいつしか現実そのものとなったのである。
※以上、「ゴヤの世界」大高保二郎・雪山行二編(リブロポート)から引用
ゴヤの世界 | |
大高 保二郎,雪山 行二 | |
ゴヤ銅版画普及事業組合 |
ゴヤ (岩波 世界の美術) | |
Sarah Symmons,大高 保二郎,松原 典子 | |
岩波書店 |
ゴヤ (ニューベーシック) (ニューベーシック・アート・シリーズ) | |
ローズ=マリー&ライナー・ハーゲン | |
タッシェン |
ゴヤ―スペインの栄光と悲劇 (「知の再発見」双書) | |
高野 優 | |
創元社 |
西洋絵画の巨匠 ゴヤ | |
大高 保二郎 | |
小学館 |
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