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株に出会う

独自開発のテクニカル指標で株式市場の先行きを読む!

碩学の本

2020-03-31 20:45:23 | 折々の随想
このところのコロナ騒動で、ちょいと困っているのが公共施設が閉鎖されていることです。筆者にとっての馴染みの公共施設は、町のトレーニングジムと図書館です。ちょうど閉鎖される直前に借りた本を読み終えても、閉鎖前にリクエストした他館所蔵の本は一向に届きません。

頭も使わず体も使わず、ひたすら家に閉じこもって免疫力をつけるための食事と睡眠を心がけよと、世間から強く言われておりますので致し方ありません。しかし、このいびつな生活は、何やら「出荷前の豚」に対して人間様が勝手に強要している生活と酷似しておりますね。

「太った豚になるよりも痩せたソクラテスになれ!」とは、その昔、某大学の卒業生に対するはなむけの言葉として有名になりましたが、今は、世間から「痩せたソクラテスになるよりも太った豚になれ!」と言われているようです。

一体全体、いつから、豚とソクラテスが逆転してしまったんだ??

そうは言うものの、この環境からの成り行きで太った豚になるのは仕方ないにしても、せめて痩せていないソクラテスを目指したいと思い、最後に図書館から借りた本の1つ、「社会学史」(大澤真幸著、2019年3月)の気になる箇所を再度読み始めました。

世の中には、こういう本を書く人がいるんですね。まさに碩学。以前から大澤真幸の本は数々読んできましたが、この本は実にスケールが大きく、体系的に思想・哲学の流れを社会学史という視点からまとめられております。

二度読んでも三度読んでも、論旨の流れを負うのが精一杯。この本に出てくる、まさに碩学の中の碩学のような人物に比べ、いかに自分が平凡で思慮がなく底の浅い人間であることか、改めて思い知らされております。

社会つまりこの世の中の成り立ちに対し、何らかの疑問を抱いている方に是非おすすめします。

しかし、この本が「コロナ対策本」になるのかどうかは定かではありません。悪しからず。。。
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ギグ・エコノミーは何を意味するか?

2019-12-14 08:29:40 | 折々の随想
最近、ギグ・エコノミーなる新語が世間を賑わせております。独立自営業者化が拡がった経済とでも言う意味になりますが、元々は、ジャズの演奏において、知らない演奏家同士が単発のライブを組むGIGという言葉から派生しているようです。

昔から、フリーランスとしての働き方は、特にデザインなどの個人資質に負うところが強い仕事ではありました。その個人としての働き方の部分だけ取り出し、いわば企業にとって固定費負担の少ない契約方法として、個人(=自営業者)との契約による経済性の追求の流れと相性が良いため、例えば、ウーバーなどのシェアリングエコノミー企業等を中心に拡がってきているようです。

この動きが果たして、これからの社会にとって、特に人が生み出す付加価値(社会全体にとっての)の向上に対して、本当に有効に機能するのかどうか、機能させるためにはどのような視点を加えることが必要なのかを見てみたいと思います。

まず、大きな流れを見てみます。

①終身雇用的な働き方の段階:
 
1企業内での正規社員の労働力の最適化が有効だった時代の産物。今でも、企業の中核的な先端技術開発分野では有効かもしれませんが、高度な技術革新が必要な分野を中心に、「企業内人材の高度化」だけでは競争に勝てない時代がますます進んでおります。

②企業内でのルーティンワーク中心に非正規雇用者の拡大の段階:

特に高度な技術を要しない、主に企業内の繰り返し業務については、コストの高い社員を派遣社員に置き換える動き。需要の変動弁としても便利。しかし、人を抱えるという点ではこれも過渡的な段階。

③上記の①と②をAIやロボティクス等の先端技術にて置き換える段階:

最初に②のルーティンワークを置き換え、徐々に①の先端技術分野にも浸透している段階。しかし、他社が開発した標準化された技術は、それがいかに高度なものであっても、競合他社もいずれ容易に導入できるため市場で勝ち抜くのは困難。

④働き手(正規・非正規)の「外部化」の段階:

③の動きと同時進行しながら、働き手そのものを外部化する段階。(例:ウーバー&ウーバーイーツの運転手や運び手が典型。)ウーバーのドライバーは自動運転時代には不要となるがそれまでは必要。当然ながら、この段階での働き手は②のように企業内の非正規雇用者である必要がなく、コスト的にも個人契約で十分。働きによっては収入増になるという、偽りのインセンティブがまぶされていることが特徴。

この最後の段階をギグ・エコノミーと称している訳ですが、こうして過去からの流れを見てみると、この流れが行き着く先はおぼろげながら見えて来ます。

1つは、このギグ・エコノミー段階は過渡的なものだということです。いずれ技術的に置き換え可能な分野では働き手は不要となります。

更に見えてくることは、特に先端技術分野やデザインなどのアートの分野で、外部化としてのギグ・エコノミーで、うまく市場競争に勝ち抜くことが出来るのだろうかという点です。

この観点から、極めて先進的な視点からアプローチしているのが、例えばソフトバンクグループです。

一言でいうと、ソフトバンクグループは出資企業の合従連衡により、人々の生活全般(通信、移動、金融、ショッピング等すべて)を、それぞれの分野で強みを持つ企業を束ねて(合従連衡させ)圧倒的な付加価値を付けようとしているように、筆者には見えます。

こうした動きの将来においては、例え天才的な能力を持った個人であっても、そうしたリーダー的な企業間の合従連衡が生み出す、圧倒的な技術力・ネットワーク力・イノベーション力に太刀打ちすることは極めて困難であり、結果、単なる一時的な消耗品と化するのではないでしょうか?

このソフトバンクグループのようなアプローチに対して、果たして対抗できるアプローチはあるのか?

それは、ごく概略的に言えば、ソフトバンクグループのいわば「帝国的なアプローチ」に対して、「民主的なアプローチ」に徹することです。

帝国的なアプローチの弱点は、かつてのローマ帝国がそうであったように、皇帝(孫正義氏)の力にかなり依存していることです。それでも分権主義をローマ帝国は強く意識して進めたため、あそこまでの広範な帝国を統治出来た訳ですが、その統治の1つひとつの結び目(ネットワーク力と言ってもいいかと思います。)が弱かったため、強力に推進できた水道事業(ハードの極み)などは別にして、一旦ほころびが出ると瓦解するのも容易だったと言えます。

では、ソフトバンクグループに対抗するための民主的なアプローチとは一体どういうものであるべきか?

ヒントをいくつか上げると、一つは相乗作用です。もう一つは多様な組み替え効果です。いずれも、特定の企業群(ソフトバンクグループのような)内だけでは、その最大化に限界がありますが、これを地球的に民主的拡大すれば対抗できる可能性が見えて来ます。

例えば、リナックスの開発のように。

そのためには、かなり困難を伴いますが、地球上のあらゆる人的資源をその「都度」最適に組み合わせ、圧倒的な結果を生み出す仕組みを作り上げ、それを、民主的に人類に配分するという方向ですね。最適な組み合わせにおいては、今のAIなどの技術である程度容易になりますが、それを1つの企業グループの「成果」として「独占」させるのではなく、「民主的」に最適配分するための仕組みは、政治や国のあり方も関係しますので一筋縄では行きませんが、こうした志向をもって、小さな単位から試行錯誤を重ねながら進めていくのがいいのではないかと思っております。


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高齢になると何故運転能力が衰退するか?

2019-06-15 21:34:25 | 折々の随想
いきなりですが、「ベイズ階層予測コーディング」という言葉を聞いたことがありますか?

これは、認知科学全体に広まりつつある着想です。

「脳は利用可能な意味論的情報をどのように選び出し、用いているのか」という問いかけに対する答えとして非常に有力視されております。

ベイズとは、トマス・ベイズ牧師のことであり、彼は人の事前の予期を基礎にして、確率を計算する方法を開発したそうです。

本題に入りますが、「ベイズ階層予測コーディング」とは、ダニエル・C・デネット、タフツ大学教授の説明がもっとも分かりやすいので、以下に掲載します。

「私たちは物体には背面があり、後ろに回り込めばそれが見えるようになる、という予期、ドアは開けられるという予期、階段は上れるという予期、コップには液体を注げるという予期を行っている。これらをはじめとする、ありとあらゆる種類の予測が、1つのネットワークからあふれ出してくる。このネットワークは、じっと座って情報を受動的に待ち受けるのではなく、むしろ下位レベルからの入力として、直後に何を受け取りそうかを、直前に受け取ったものにもとづき、絶え間なく推測し続けている。・・・<脳はどのように学習するのか>という問題にベイズ的思考を応用することには、格別の魅力がある。・・・ベイズ的思考を応用して考察するなら、脳は絶え間なく「先取りモデル」ないし確率論的な予測を創り出し、得られた情報をー必要に応じてー正確さを高めるための情報の刈り込みに利用する、という戦略をとっていることになる。

このような生物が、極めてなじみ深いなわばりの中で、万事うまくやれている場合、上層へ戻ってくる修正はごくわずかとなり、脳は妨げられずに推測を行い、それによって生物は、次になすべきことを、首尾良く開始することができるようになるのだ。」

いかがでしょうか? 何が言いたいのか、ちんぷんかんぷんかも知れません。

クルマを運転する際に、人は周囲の情報をどのように脳で処理しているのかを説明する一助になる考察ですね。

下位レベルの入力を脳の上層部に毎回上げることなく、下位レベルの情報を瞬時に修正を加えながら、反射的に環境に適応している様が想像できれば十分です。

高齢者の自動車事故が何故起こりやすいのかを理解する際に、このようなベイズ階層予測コーディングの考え方が随分と役に立ちます。

いわゆる高齢者の反射神経の衰えというのは、このような脳の特性が背後に控えている訳ですね。まさに高次の脳機能です。これが加齢によって衰える訳です。もちろん、このような衰えは自分では認識できません。滞りなくクルマを運転出来、家事も滞りなくやれていれば、このような衰えは、通常、認識することはありません。

しかし、ブレーキとアクセルの踏み間違いをしてしまう時には、このような脳の高次の環境認識能力の減退があるものと考えられます。クルマの走行中に、周囲の環境を脳が適切に処理できない、或いは、間違って環境を認識してしまう現象が起こることがあり得る訳です。

これは、ドライバーにとっては、まさに何が何だか分からない状況です。この時、人はいわゆる「パニック」に陥るのでしょう。そうなると、正常な動作に戻す経路を冷静に見定めることが非常に困難になります。その時、いわゆる金縛り状態になるものと思われます。

では、こうした脳の特性を踏まえた上で、事故を誘発しないためにはどうすれば良いのでしょうか?

1つは、トレーニングです。周囲の環境の認識能力の衰えを感知するためのトレーニングですね。これは、意識的に行うことが必要です。漫然と従来通りのドライビングをしていては駄目でしょう。走行中にどこをどう見てどう判断するか?を絶えず考えながら、自らの周囲の状況の認識能力を高めるためのトレーニングを普段に行うことです。

2つ目は、慣れた道路だけを走ることです。毎日通っている道路なら、その道路の環境特性が前もってインプットされおりますので、脳に対して道路状況に対するドライビングの正しいあり方についても自然と誘導されます。欧米には、地域限定の免許制度があると聞いておりますが、それはこのようなことが背景にあるものと思われます。

3つ目は、いわゆる自動運転のレベルの高いクルマに乗ることです。加齢に伴う以上のような「能力の減退」を是として、それを補うための自動運転テクノロジーをとことん利用することです。
そのためには、今、政府が検討している高齢者に対するサポートカー限定免許の施策などは役に立つでしょう。

4つ目は、以上の3つの対策を講じることができないお方は、免許を返上しクルマの運転から引退することです。ご自身でも分からない脳内の変化がある訳ですので、それが分からないご自分が社会にとって如何に危険な存在かを認識して欲しいと思います。
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NHKホールでのバッハ

2018-12-09 09:04:27 | 折々の随想
昨日、久しぶりにコンサートに行ってきました。NHKホールです。
最近はすっかり遠ざかっているフェースブックの、いつもはうざい広告で、オールバッハプログラムがNHK交響楽団とヨーロッパからの合唱団の競演で開催されることを、たまたま知ったためです。

NHKホールは、ほとんど見たことがない年末の紅白歌合戦の使用ホールとして知ってはいましたが、訪れたのは初めて。
確か、改装をしたとかで、内部はまるで新装のコンサートホールのようでした。右側にはパイプオルガンが配置されておりました。この配置はヨーロッパの本格的な教会のオルガン配置のように正面になっていないところが、NHKホールというホールの性格なんでしょうね。

久しぶりの生の演奏でまず感じたのが、当たり前ですが、音の解像度がCDなんかより格段に違うということでした。そして全体に音が柔らかい。残響も抑えられているのでしょう。これは一人ひとりの演奏者が音を奏でているのですから当然のことですが、そこでちょっと気になったのが、オーディオ装置では何故ライブのような音が出せないのかということでした。

CDでは録音技術によって音が随分と変わると言われており、確かにそうです。但し、解像度を上げるには、全くの素人考えですが、すべての楽器や声楽家に集音装置を付け、それをまとめればライブに近い音が得られるのではないかとも思うのです。実際にはそんなことはしていない。単に手間とお金がかかるという問題ではなく、そこには、「音場」というものが絡んでいるのではないかと思います。

コンサートホールで聴衆に届く音は、確かに、個々の演奏家が発する「音」の集合体ではあります。しかし、それ以上に大切なのは、その「音」を演奏会場全体でどのようにまとめ上げるかということではないかと思うのです。これがいわゆる「音場」ということになるのであれば、単に各演奏家が奏でる音を全部集めただけでは「音場」は形成されないのではと、思うのです。

つまり、もっとくだけた言い方をすれば、個々の音を集めただけではいわゆるハーモニー(調和)が生まれないとも言えます。

この個々の音をハーモニーまで仕立て上げるのが指揮者の役割ではないでしょうか?

一人ひとりの演奏者は自分の楽器が奏でる音は間近に聴いているのでよく分かるけれども、他の演奏者が奏でる音は自分の位置取りから言っても歪んで聞こえる筈です。これは指揮者がいる理想的な位置であっても、観客に対してどのように聞こえるのかは100%定かではないのでしょう。だから、たまにリハーサルの時に、あえて観客席のちょうどいい座席に座って、ホール全体の「音場」の程度を観察している方がいますね。あの位置が多分聴くには理想的な位置だと思います。

指揮者はそのことも分かった上で、個々の演奏者が出す音の強弱や演奏でのポイントを詳細に指示を出しているのではないかと思います。

これは、コンサート会場だけの話ではなく、例えば、一般のビジネスにおける様々な部署の人間が集まる会議の場でも言えることではないでしょうか?まとめ役は、各人が出す意見(音)を全体としてハーモニーが最も美しくなるように調整する、個々の会議の参加者(演奏者)の力が最大限に発揮できるよう、他の参加者(演奏者)の意見を相互に踏まえながら、全体として最適な結論に導くことが要請されている訳ですね。

ちなみに、昨日の演奏会での収穫は、シェーンベルク編の前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552をN響の100人(これ以上いたかも知れません。)の大編成オーケストラの迫力ある音を体感できたこと、それに、最後のアンコールでの合唱団の素晴らしいハーモニーに満ちた歌声を、それこそ「生」で体感できたことでした。
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この1年間の互助運送の送迎実績

2018-11-01 08:25:41 | 折々の随想
昨年11月1日に、町の中央公民館までお運びしたのが最初でした。
今日で節目の丸1年になりましたので、この1年間の送迎実績や感想などをまとめてみました。

■登録利用者数:9家族計11名。女性9人、男性2人。(男性2人は奥様との便乗です。)
 利用者はほぼ高齢女性です。男性の1人暮らしで不自由している方もいるはずですが、どう いう訳か依頼がありません。多分、男性はご近所のネットワークから外れているのでしょう。

■1年間の総送迎回数:109回
 最初の月は2回。その後半年経過ぐらいから徐々に増えて、最新10月は21回です。

■稼働率:
 平日の午前午後の各1回の送迎ですので、週に10回の枠があります。年間50週として500回の送迎が理屈の上では可能ですので、稼働率はほぼ20%となります。しかし、直近の10月は稼働日22日で21回の送迎ですから、ほぼ50%の稼働率となります。

 ここからは、100%の稼働率に向けての利用者間のスケジュール調整が課題となりそうです。

■送迎先:
 医療機関(介護施設も含む)が90%です。その医療機関での待ち時間は1-2時間程度です。
 片道30分の移動として、1回の送迎で約3時間は要します。これで半日分です。運輸局の指導で、医療機関での待機時間が何時間になっても対価は頂きません。

■送迎対価:
 これも、互助運送の要件であるガソリン代、駐車場代、高速代(まだ利用なし)の実費のみです。100円から400円に収まっています。私の現在のクルマは9円/キロの計算で、100円以下は四捨五入します。e燃費というインターネットのサイトで、同車種の平均燃費と住んでいる県の平均ガソリン価格から算出します。

 駐車場代は病院などでは1時間を超えると300円かかったりしますが、1時間以内にクルマを移動して駐車場代がかからないように配慮しております。

 このような対価の収受に対して、ほとんどの利用者の方からはたまにもらい物のお裾分けを頂いたり、ほんのわずかなチップを頂いたりしておりますので、いわゆる「持ち出し」になることはほぼありません。

■課題:
 やはり、ドライバー候補はいるものの、もろっこクラブのやり方に準拠しての活動に、積極的に手を挙げる方が未だおりません。たまに予約が重なりお断りすることがあるのですが、その際だけでも、自由なやり方(ご近所送迎のように全くの無償とか。。)でいいので、予約に溢れた方を「紹介」できないものか、一応打診はしておりますが、今のところ実現しておりません。

■来年の明るい見通し:
 先日、町の社会福祉協議会から、来年度のパンフレットに、 もろっこクラブの活動紹介をしたいとの連絡がありました。 町の担当部署と根気よく交渉してくれていたようです。これで、この活動の認知度が一気に上昇するかも知れません。 担当者に感謝!
 ドライバー候補も引き続き社会福祉協議会でポスター掲示をして頂いておりますので、これに期待したいと思います。
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