チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

40年ぶりの大阪

2023年04月20日 | 小さな旅

曇、18度、97%

 「佐伯祐三」回顧展を見るために大阪に向かいました。日帰りの予定です。飛行機を初めは考えたのですが、美術館までのアクセスから新幹線にしました。帰国以来、新幹線に乗るのは3回目です。パンデミックの間は旅を控えて飛行機で東京のみでした。平日だというのに旅行客の多いことに驚きます。コートを脱いで旅が身軽にできる季節です。中学に入るまでは年に2回、家の用事で大阪に母と行きました。最後はいつだったかな?高校2年の夏期講習に大阪の予備校を選びました。半月、YWCAの宿舎を使わせてもらいました。受験校は東京だったのになぜ大阪で講習を受けたのか思い出せません。

 土地勘がありません。駅員の方に美術館への行き方を尋ねました。駅員の方が口を開いた途端、「あっ!言葉が違う!」日本語ですが、外国語を聞いているような不思議な気分です。地名や電車の路線名を言われてもチンムンカンプン。幾度も聞き返します。厄介な日本人だったでしょう。歩いて20分と聞いていましたので、歩くことにしました。毎日持ち歩いている布バックひとつ、歩くのに支障はありません。

 駅を出ても確認のために道行く方に確かめながら向かいました。駅周りですから大阪でも主要部分だと思います。その眺めや流れている空気が東京のそれとは趣を異にしています。川の流れが目に入るのは悠々とした気持ちにさせてくれました。美術館は高層のホテルが並ぶ奥にありました。

 美術館を出るととんぼ返りのために大阪駅を目指しました。大方の見当をつけて、来たときとは違う道を選びました。バスの行き先「心斎橋」「道頓堀」を見ると、母と人ごみを歩いた遠い昔を思い出します。

 駅のお土産売り場には「おこし」が売られていました。 「まだあるのね」小さい頃は年に2回、この「おこし」をお土産にいただきました。大きな箱でした。実はこの「おこし」私は苦手です。小さい時も一口かじったらもう手をつけませんでした。もちろん買いませんでした。

 夜、香港の主人が電話をくれました。「あなた、3年でいいから大阪に住んでみたい。」東京は10年住みました。なぜ3年かわからないけど、3年でいいから住んでみたいと帰りの電車で思いました。京都、奈良、山陰、北陸にも近い、東京にも近い、思いはめぐります。大阪の空気を吸いに近いうちまた出かけましょう。

 久しぶりの小さな旅でした。一人の旅は気疲れがないのが最高です。何を食べてもよし、どう歩こうとお構いなし。今度の連休の交通機関の予約状況は100%を超えている路線が多いと聞きます。気持ちが晴れる旅を楽しんでください。

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佐伯祐三 大阪中之島美術館

2023年04月19日 | 美術展

曇、22度、90%

 十数年前、東京の損保美術館に「ブラマンク」の絵を見に行きました。その時ブラマンクを師事した日本人画家「佐伯祐三」の作品が数点出品されていました。「佐伯祐三」という日本人画家を知ったのはこの時のことです。暗い色調のパリの街角を描いた強いタッチの絵が数点、私は「ブラマンク」より「佐伯祐三」の作品に魅せられました。美術展で絵葉書を買うことはありません。なのに「佐伯祐三」の絵ハガキを3枚求めて、香港の家に持ち帰りました。アクリルの小さな額にその時の気分に一番近い絵を入れました。

 昨年のことです、「大阪中之島美術館」が新しくできました。新聞記事でこの美術館の設立の発端は寄贈された数多くの「佐伯祐三」の絵だと知りました。 有名な「郵便配達夫」も含まれています。昨年のこけら落としの展覧会でも数多くの「佐伯祐三」の絵画が出るとのことでしたが、一年後の一周年記念は「佐伯祐三」の館所持の全作品の回顧展が予定されていました。私は一年待ちました。

 30歳にして亡くなった画家「佐伯祐三」、実際画家として絵筆を握ったのは数年だったとも聞きます。この一年「佐伯祐三」に関する本も読み、一周年記念の展覧会を待ちました。先週土曜日に始まりました。土日は人が多いはず、月曜日は休館日、そこで火曜日の昨日、早朝に家を出て大阪に向かいました。

 入ると直ぐに、 自画像が迎えてくれました。自画像の一群に始まり、時代を追って143点の作品展示です。高揚した気持ちを抑えて、ひとつひとつ見て行きました。

 損保美術館以来、「佐伯祐三」の「赤」の使い方が気になっていました。様々な「赤」が絵に見られます。小さな「赤」のそのスポットの使い方が、暗く重いタッチの絵にすっと風穴を作っています。以前は「パリの街だから、赤が映えるのだ」と思っていたのですが、「佐伯祐三」は日本の田舎の風景にも小さな「赤」のスポットを描いています。あの時代に田舎に赤い屋根などあるはずもないのに、遠くに小さな赤い屋根が見えるという具合です。明るい「赤」もあれば暗い「赤」もあります。そのポツンとした「赤」が私の心に響きます。

 一晩明けた今も少なからず「佐伯祐三」の絵の余韻が残っています。開館同時に多くの方が入館されました。若くして亡くなった「佐伯祐三」の絵に何を感じられたのでしょうか。 「黄色いレストラン」の前で「佐伯祐三」が吸っていたパリの空気が匂いました。在館、1時間あまり、久しぶりに身体の細胞が目覚めたように感じます。

 真新しい美術館、場所柄を損なわないいい建築物です。この回顧展は、先月までは東京でも開催されていました。私は「中之島美術館」の建築も見たく、昨日まで待ちました。

 午後もまだ早い時間に帰宅、10時間ほどのお留守番をしたココが出迎えてくれました。

 

 

 

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ゲイソリーザ

2023年04月18日 | 

晴、13度、66%

 球根を植えると忘れた頃に芽を出すことがあります。「何の芽だったかな?」よくあることです。数日前、緑の雑草の間に小さな紫の花を見つけました。 花を見れば「ゲイソリーザ」だとわかります。花になるまで気付かずにいました。小さな花に「ごめんね、忘れた。」と詫びました。

 アフリカ原産の球根植物「ゲイソリーザ」、ずっと昔この花が一面に咲いている景色をグラビアで見たことがあります。乾いたアフリカの土地に色とりどりの「ゲイソリーザ」が地面を覆い風に揺れているかのようでした。「名前もいいなあ。」

 近くの園芸店でこの球根を見つけたのは数年前です。小さな球根でした。大豆ぐらいの小さな球根、どちらを上にして植えればいいのかもわからないほどの球根でした。植えた翌年、花がひとつ咲きました。あれだけの球根の数でひとつ、残念でしたが花が咲いてくれたことは嬉しかった。熱帯が原産なので福岡の冬は地中でも寒く芽生えないのだと知りました。

 植物は気候や地質に大きく左右されます。高山植物の夏の管理、熱帯植物の冬の管理は難しく、庭に欲しい花をいくつも断念しました。芽が出ても直ぐに溶けるように消えてしまったものもありました。この家の地質、福岡の街中の気候、やはり向き不向きがあることをこの6年間で身に沁みています。

 土の中で眠っていたのでしょうね、「ゲイソリーザ」の小さな花の横に座って飽かず眺めました。小さいながら精巧なつくりの花です。めしべおしべのバランス、柔らかな紫の花弁は花芯の黄色でより鮮やかに見えます。この冬は寒かったのによく堪えてくれたと思います。白やピンクの花もあるのに私が選んだのはこの紫でした。

 来春も一つでもいいから、顔を出して欲しいと願う「ゲイソリーザ」です。

 

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義母の握り鋏

2023年04月17日 | 義母とのこと

晴、11度、83%

 主人の実家の解体に伴う家財道具の片付けで、いくつかの品を持ち帰って来ました。食器数個、お鍋一つと数は少ないのですが、粗末にならないために私が使って行くことの出来るものだけを選びました。その一つが「握り鋏」です。昭和に流行ったカゴの裁縫箱にいくつかハサミがありましたが、小さな「握り鋏」を取り出しました。

 数日前、込み入った直し物を始めました。私の裁縫箱を開けると、昔からそこにあったかのように「握り鋏」が入っていました。糸を切る、細かい糸クズを取り出す、2時間ばかりの間「握り鋏」は仕事をこなしてくれました。糸を運ぶ間、義母のことを思います。そして改めて、義母のことを実はあまり知らなかったと気付きました。

 義母の小さい頃のことや娘時代の話が記憶にありません。よく話してくれたのは、結婚してからのことばかりでした。姑からされた数々の辛かったことを話してくれました。自分が辛かったから、自分の息子の嫁にはそんな思いをさせたくないと話してくれました。自分の息子の嫁、つまり私です。

 6人姉妹の真ん中、どんな子供だったのかしら?どんな娘時代だったのかしらと思い巡らしました。聞いても、もう「忘れてしまった。」としか返事が返って来ません。なぜもっと早くにそんな話を聞くことができなかったのかと悔やまれます。30年も日本にいませんでした。母や義父母がいるこの街には40数年いませんでした。そんな話をする時間はありませんでした。義母が使った「握り鋏」を手に幼児のようになった義母の目を思います。

 定期的に施設に出向きます。義母の部屋で小一時間、一緒に過ごします。手土産はバナナ数本です。以前のように鰻の重詰めや高価な和菓子ではありません。スーパーで買った普通のバナナです。「もう何も思い出せん。」が口癖になりました。義父のことは忘れています。テレビ電話に出た息子である主人も思い出すのに時間がかかります。私のことを忘れるのももう直ぐだと感じます。小さな部屋で言葉少なに過ごす時間が今一番私にとって大事なものです。疲れやすくなった義母をベットに横にして部屋を出ます。

 義母が使っていた大きなコップにコーヒーを注ぎました。どんな思いで生きて来たのか、もう聞くことはできませんが、義母の使った品の数々が私に教えてくれるような気がします。

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春の雨は柔らかで

2023年04月16日 | 日々のこと

晴、12度、94%

 夏の雨は涼しくなるかと喜ぶのですが、焼けたアスファルトに当たった雨は蒸気となってかえって暑さを呼びます。秋の雨は物悲しさを連れて来ます。冬の雨は雪ならまだしも濡れるのは真っ平と見てるだけでも寒さが感じます。春の雨は気温が低くとも柔らかさを含んでいます。

 この数日雨です。身体も頭も優しい雨に任せてゆるりと歩みを弱めています。春雷を聞く雨もあれば、サメサメと細い雨が降る時もあります。夜中に聞く春雷は河辺に住んでいた頃の記憶につながります。そしてまた眠りに落ちました。そんな具合に雨の中、身体も頭もぼんやりしています。

 雨滴がついた蕾や葉っぱが綺麗だと思える季節です。 薔薇の蕾が日に日に膨らんでいます。今年の花付きはどうだろうか?花が咲くまで私にはわかりません。レモンの蕾はなぜか赤い色をしています。 雨滴をつけて輝く姿は黄色いレモンの蕾とは思えません。数週間後には白い花となり芳香を放ちます。

 一番咲きの薔薇が雨の重さで折れていました。まだ枝が十分に大輪の薔薇を支えるほど成長していません。柔らかな茎を手折り、部屋に活けました。 四季咲きのこの薔薇は春になると花びらの数を増し、香りも強くなります。薄い花びらは透けて、まるでオーガンジーのようです。

 肌寒さを感じるので、デッキではなく座敷の縁側に腰を下ろしました。雨の音は聞こえません。目の前の石や葉に時折落ちる雨で降っていることを知ります。石も大きなマキの木肌も雨を吸ってしっとりと落ち着いた色合いになります。こういうとき雨の匂いを吸いたくなるのが不思議です。窓を開けて、柔らかな春の雨を身体中に満たしました。

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赤い紫陽花

2023年04月15日 | 

雨、14度、95%

 昨年の秋でした。いつも行く園芸屋さんの「見切り品コーナー」に葉だけの「紫陽花」のポットが一つありました。紫陽花の葉だとわかりますが深い緑色の葉です。元々の値段は紫陽花にしては高値ですが、「70%オフ」と書かれてます。お店の人に何色の紫陽花が咲くのか尋ねたのですが、「赤だったように思います。」と返事が返って来ました。「赤?」どうしてこんなに高いのかと尋ねたら、「確かヨーロッパ品種の改良です。」とのこと。ポットを手にして、まず植える場所を考えます。成長すると広さや高さが必要な紫陽花です。「赤」の花と「70%オフ」に惹かれて家に連れて帰りました。すぐに植えましたが他の紫陽花同様、冬には裸木になりました。

 紫陽花は新芽が吹き出すとぐんぐん緑に染まります。梅雨時に咲く紫陽花がいち早く、アメリカン紫陽花のような遅咲きの紫陽花はゆっくりと葉を吹きます。ヨーロッパ品種と聞いていた深い緑色の葉の紫陽花は梅雨咲なのか葉の芽吹きが早い部類でした。植え付けて半年ほど、新芽も濃い緑でした。そして花芽を一番先に蓄えました。

 今年の春は雨が多いせいか紫陽花はどれも花付きがいいようです。「赤い紫陽花」は黄色の花芽でしたが、それが膨らむに連れ赤に変わりました。昨日の雨の中、ポツポツと花が開きました。 雨戸を開けるとこの色ですからすぐに目に飛び込んで来ます。「ほんとだ、赤だわ。」ヨーロッパ品種と聞いていたので、まん丸な紫陽花を想像していましたが、平咲きの紫陽花のようです。まだ高さがないのでこじんまりとしています。

 紫陽花は年によって色が変わります。この赤の横には「白い紫陽花」があるのですが、年々白から青っぽくなって来ました。この「赤い紫陽花」が毎年赤い花を咲かせるとは限りません。色変わりも楽しみです。「見切り品」、ラベルもない紫陽花でしたが今年の一番咲きです。

 表の庭に3本、帰国した春に植えた紫陽花は大きな株に成長しました。「アメリカン紫陽花」が北庭に2本、緑と白のはずです。そして石垣の上に「白い紫陽花」とこの「赤い紫陽花」です。色ばかりか形も多様になった紫陽花の品種、昔の薄青い色、薄桃色の紫陽花は少なくなって来たように思います。

 日本を離れる前に住んでいた家には、門の脇に大きな紫陽花がありました。石段を上って白い木のポストの後ろに咲く大輪の紫陽花を思い出します。庭の紫陽花の多さを考えると、改めて密かな「紫陽花好き」な自分を見つけました。そして紫陽花が好きなもう一つの理由は、「でんでん虫」です。私の小さい頃からの友達。

 昨日に続き今日も大雨です。紫陽花が大喜びしているのが伝わって来ます。

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みつば動物病院で狂犬病の予防接種

2023年04月14日 | ここ

曇、13度、67%

 昨日は狂犬病の予防接種に行きました。完全予約制になってから、待合室でよそのワンちゃんに会う事がありません。以前は待ち時間も長く、いろんな犬たちに会えるのが楽しみでした。家を出て10分足らずで病院到着です。ココは行き先が分かっているのか、喜んで興奮気味でした。 気温が上がり始て、ガハガハ。

 診察室に入るや、大喜びです。看護婦さん2人が「チュルチュル」を持って待っててくれました。注射後のご褒美です。ところが注射前にペロリ。注射もあっという間に終わりました。先生が「この一年、病気してないね。あれ、ココちゃん白くなったよ。」「今年は7歳になりますから。」と言うと、看護婦さんが「モモちゃんが来てたのが先日のようなのに。早いね。」とおっしゃいます。

 モモは日本に来て、最後までこの動物病院で診ていただきました。同じ看護婦さんが「モモちゃんは大変だったものね。」とポツリ。毎日採尿のために通いました。病院の休診日には夕方の約束の時間にモモだけを診てくださいました。おしっこもうんこも出ないでよくひと月以上も生きてくれたと思います。

 「モモ」の名前がこの病院で出たのは数年ぶりでした。でも嬉しかった。モモの死と入れ替わりに我が家にやって来たココもずっとこの病院です。医療の水準は私にはわかりませんが、余程のことがない限りこの動物病院に通うつもりです。先生の真摯な態度、看護婦さんたちの動物の接し方、そして何より「モモ」のことを覚えていてくださいます。近所には新しい動物病院もできました。最新の設備だとそちらに通う方から聞きました。自分自身も犬たちも最新の医療でなくても、心から迎えてくれる病院を選びたいと思います。病院は病気を治すためのものですが、目と目で心が通じる場所でもあってほしいと思います。特に動物は話す事ができません。

 もうすぐモモの命日です。モモとも歩いた帰り道、6年前を思い出していました。

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タイ チェンマイのPM2.5

2023年04月13日 | 日々のこと

晴、13度、48%

 昨日から福岡地方は黄砂の飛来で薄曇りでした。九州ばかりか日本中に飛び散る予報です。洗濯物が黄色く染まることもあると聞きます。我が家は車のボンネットがうっすらと黄色くなります。この2年ほど「PM2.5」を耳にしなくなりました。どこに行ったのかな?と思っていましたら、タイのチェンマイではこの季節「PM2.5」で街が霧込めたようになると知りました。

 香港時代、我が家に通って来てくれていたお手伝いさんはタイ人でした。今、彼女はタイのチェンマイに戻って小学校の先生をしています。先日、チェンマイの街の様子を知らせてくれました。微粒子の「PM2.5」ですが車のボンネットに溜まると指にもついてくるそうです。 健康被害も出ていると聞きます。「原因は?」と尋ねたら、焼畑農業、山焼きだと教えてくれました。日本の「PM2.5」のように中国の工業地帯からの飛来物とは違うにしても、町の人には気の重い話です。

 チェンマイには日本企業の在留者も多いと聞きます。聞けばその方達は家族揃ってこの時期は日本に一時帰国するのだそうです。この「PM2.5」を避けるためです。

 人が生み出す災害は世界中至る所で起こっていると感じます。帰国以来、ニュースを聞くにつけても日本は「島国」意識は変わってないように思います。新聞の海外の記事は少なく、よほど大きな出来事でない限りテレビのニュースに登場しません。「島国」は平和です。他国の情報なくても、自国が平和である事が一番。特にこの3年間、国に閉じ込められていた間にますます国内のことにしか目が行かなくなっているかもしれません。福岡の街に中国人、韓国人が戻って来ました。やっと国の外に羽ばたける日が来たことを身近に感じました。

 チェンマイの彼女にも会いに行きたい、もちろんこの季節は外します。オーストラリアに帰ってしまった友人にも会いに行きたい。ニュージーランドの友人には「行きたいね。」と何年間言い続けているかしら?

 「黄砂」からチェンマイのPM2.5を思い出し、挙句には会いたい友人の顔が浮かびました。薄曇りの空がそんな気持ちにしたのでしょう。見出し写真はチェンマイの街の様子です。

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花いっぱい

2023年04月12日 | 

雨、16度、91% 雷

 6年前帰国したその春、庭に咲いた花は大きなタンポポ一つでした。庭の大木は数本切り、家の周り四面が庭です。どんな庭にしようか?どんな植物がこの家の土に合うのか?そもそも私自身、日本で生活出来るのかと思いあぐねていました。30年ぶりの日本での生活の始りでした。

 6年経ちました。裏庭は今年もバラたちが蕾をつけています。この6年間で植えた木々も根を張り成長しているのが見て取れます。何にも花がなかったのが嘘のように、どの庭も花が咲いています。

 表の道に面した庭は塀がないのでまるまる道行く人に見られます。いまが一年で一番華やかな時です。冬場も多年草が葉の緑を残しています。どの花たちも手のかからぬように植えたままです。 一番初めに植えつけた「ラベンダー」は全部で3種類、一番大きなものは縦横1メーター50センチもある大株になりました。高さが私の背丈です。ラベンダーを障害物とみなす私の車は駐車のスペースを「ラベンダー」に奪われました。

  玄関脇にはマム系の「アフリカンアイ」が「アイビー」の緑に負けずに花を広げています。年々株元が太くなっていい花を咲かせます。花が終わってもシルバーグリーンの葉が美しい「アフリカンアイ」です。

 古いモミジの木の根元、今盛りは黄色い「デージー」です。黄色は明るさを春一番に連れて来ます。一番大きな株はピンクの「マーガレット」です。この3月の雨の多さで蒸れてかれ始めました。慌てました。どうにか食い止めたいの一心で方策を立てました。 功を奏したのか、腐った部分は穴が空きましたが蕾をつけ少しずつ花が咲き始めています。あとひと月すればこの「マーガレット」の花いっぱいになるはずです。「よく頑張ってくれたね。」マムの「あずきちゃん」、甕には「布袋草」の新芽も出て来ました。

 「イチジク」の新芽が吹き始めています。「紫陽花」が花芽をつけました。紫陽花の前の甕には「睡蓮」の小さな葉がお目覚めです。

 6年前が嘘のように色鮮やかな庭に成長してくれました。道行く方達が足を止めて見てくださいます。花は幸せを運んでくれます。

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座敷すだれ

2023年04月11日 | 身の回りのもの

晴、15度、81%

 まだ4月の上旬ですが、晴れた日には日差しが強くなりました。日が差し込まないと薄暗い日本家屋ですが、朝日を窓いっぱいに受けるのが座敷です。この時期は2時間ほど、6月以降は昼前まで強い日差しが入ります。畳は外してフローリングです。大きな絨毯を敷いています。木枠のソファーには布が張ってあります。日焼けが心配です。絨毯の日に当たった部分はやや退色したので、昨年は180度絨毯を動かしました。大仕事でした。

 座敷周りの窓にはカーテンはつけていません。雨戸を開けると素通しになります。日本家屋で座敷などにもカーテンをつけるようになったのはいつ頃からでしょう?子供の頃はカーテンしかもレースのカーテンをつけていた家は記憶にありません。私はこの部屋にだけはカーテン不要と思っています。そこで、登場するのが「座敷すだれ」です。

 鴨居からぶら下げる「座敷すだれ」は取り外しが効き、日が陰ると巻き上げます。手間がかかりますが、陽を避け、夏場に重苦しさはなく、すだれから入る日の光がとても美しいと感じます。 すだれを通して縁側、庭が見えます。外掛けのすだれとは違い細い細い木で編まれています。鴨居の淵には大きな房飾り、すだれを受け止める金具も日本的な意匠です。お昼前、すだれを巻き上げた状態です。

 こんな家に住むと手間がかかります。手間をかけた分、日々の生活に心地よさを運んで来てくれます。簾越しに見える庭、すだれを通してのトーンが落ちた明るさ、どれもが日本らしいと感じます。レースのカーテンやブラインドでは得られない微妙な趣です。 

 鴨居ですら低いのにすだれをかけると背の高い方は、腰を下げて通る羽目になります。四季に応じて家の模様替えをする、私の生活にもそんな余裕が生まれました。

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