チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

厚揚げ

2024年09月28日 | 美味しいもの

曇、25度、86%

  父が亡くなる前後のことですから中学生でした。お豆腐が好きな父がすぐ近くのお豆腐屋さんのお豆腐をおいしくなくなったと言い始めたことがきっかけだった、と後から母に聞きました。母は佐賀に近い山奥にあるお豆腐屋さんまでお豆腐を買いに行きました。山の水で作られるお豆腐は美味しかった。バスの終点で、折り返す間にお豆腐を買って来た時と同じバスに乗り帰ります。あの頃から母は運転をやめました。バスで片道、30分以上かかったように思います。

 私は長い休みに入ると母と一緒にお豆腐を買いに行きました。大柄なおばさんが一人で朝からお豆腐を作っていました。私が母と一緒に行くと目の前の大釜で出来立てのお豆腐を「厚揚げ」にしてくれました。まだジュルジュルと音を立てている「厚揚げ」にお醤油だけをつけてくれて「食べなさい。」美味しい思い出です。あの田舎屋で何個の「厚揚げ」を食べさせてもらったことか、鍋の大きさ、おばさんの笑顔と共に心に残ります。

 「厚揚げ」も木綿が好きですが、時に「絹揚げ」と書かれたものを買います。柔らかな「絹ごし豆腐」を揚げたものだとばっかり思っていました。でも「絹ごし豆腐」にしてはちょっと食感が違います。弾けるような弾力があります。「胡麻豆腐」のような感触です。「胡麻豆腐」は「葛粉」で作ります。成分表を見ると「葛粉」ではなく「タピオカ」と書かれていました。一時期流行った「台湾の飲み物」に入っている大きな丸い粒です。「タピオカ」は「キャッサバ」という芋の粉です。面白い口当たりでしたが、紛い物のように思い食べなくなりました。最近はタピオカ入りの「厚揚げ」が姿を消していました。久しぶりに「絹揚げ」を買いました。材料の中には「タピオカ」の文字は見えません。切り口がやたらに白く感じます。「絹ごし豆腐」の白さではありません。食べるとやっぱり、ぷるんと弾ける「厚揚げ」です。一体何を入れて作っているのか?これを「厚揚げ」と思わなければそれなりに美味しいものです。「厚揚げ」じゃなく別物と思って食べました。

 私には山で揚げてもらった「厚揚げ」のおいしさが染み込んでいます。油の匂い、弾ける音、熱々を頬張る幸せ、美味しい記憶です。

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「あとみよそわか」 幸田露伴の言葉

2024年09月27日 | 私見

晴、24dp、87%

 「あとみよそわか」という言葉をご存知でしょうか?明治の文豪「幸田露伴」が娘「幸田文」に残した言葉です。「あとみよ」とは後ろ、物事の後を見ること。つまり自分のしたことを振り返ることです。「そわか」とはサンスクリット語で語呂合わせで「幸田露伴」がつけたものだそうです。一人娘の「幸田文」に掃除の仕方まで躾けた父「幸田露伴」が物事終わった後に、今一度自分のした仕事を振り返るように教えた言葉です。

 「幸田文」の作品の中でこの言葉を知りました。そして数十年ずっと私の胸に仕舞って心がけてきたつもりです。この言葉を他の方から聞くことも、何かの文章で見ることもありませんでした。ところが昨日、70歳を超す日本在住の韓国人女性の文章に「あとみよそわか」と書かれているのをみてびっくりしました。旅先を離れる前に「あとみよそわか」と書かれていました。「幸田露伴」の言葉などという注釈はありません。飛行機に乗る前にし忘れたことはないかと「あとみよそわか」と読む人がみなさん知っている言葉のように書かれていました。

 この韓国人女性は70歳を超していらっしゃるのにとても素敵な方です。日本で「李朝喫茶」を営んでいらっしゃいます。素敵とはこんな人をいうのだと思うほど容姿も、時折書かれることも凛と筋が通っています。こんなふうに70代を生きられればいいなぁと、お名前を見る度。写真や文章に触れさせてもらいます。日本生まれかどこの学校を出ているとか存じません。写真で見る長身に髪を結いあげ、洋服も独特な雰囲気、書かれていることは平坦でありながら、しっかりとご自分の視線があります。そういう方が『幸田文」の本を読み自然に「あとみよそわか」と書かれているのに感銘しました。

 私はずっと胸に仕舞っていた「あとみよそわか」をごく最近たった一人の人に教えました。孫娘です。初めて口にしました。あと何十年か生きていくだろう孫娘にも「あとみよそわか」を胸に刻んで欲しい思いです。まだ10歳の孫娘、あと幾度かこの言葉を彼女に伝えます。

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南部鉄鍋

2024年09月26日 | 身の回りのもの

晴、24度、87%

 先日、新聞で「軽い南部鉄鍋」という広告を見ました。軽い?はずがない。と思い、台所にある二つの南部鉄鍋を出してきました。一つは50年近く使う「すき焼き鍋」 もう一つは10年ほどの「焼肉鍋」 形は違いますが、新しい「焼肉鍋」の方が軽くできています。同じ「岩鋳」という店のものです。見比べると、鉄の厚みが違います。どっしりと重い鉄鍋が囲炉裏にかかっている様は寒い地方の家庭の風景です。熱持ち、熱の伝導がよく鍋としては理想的な南部鉄です。

 軽く作られた「南部鉄鍋」は形もモダンです。今風のフォルム、吸い物なども作れそうな小ぶりな鍋、柳宗理のシリーズが出た頃からフォルムが画期的に変わりました。家族構成も料理の熱源も変化してきています。鍋が変わるのも当然でしょう。

 おそらく「南部鉄鍋」が私の鍋の原点なのか、他の鍋も重い鉄鍋ばかりです。ホーロー鍋も鉄鍋です。アルミ鍋ですら底が6重層で重い。最近求めた32センチ径の大きなテフロンのフライパンは見た目よりはるかに軽いものです。軽く作る工夫がされている最近の鉄鍋、主婦にはありがたい品です。鍋を持つのが大変だと感じるようになったのは最近のことです。でもこの重い鍋を使い続けたい、ならば腕の力をつけなくてはと考えます。

 生憎「南部鉄瓶」は持ちません。健康にも良く、お湯がおいしいと聞くと欲しいと思うのですが。「鍋敷き」も南部鉄です。 新しいものではありませんが、鍋敷きは昔からデザインが素敵です。重い鍋を使う台所では、出来るだけゆっくりした動きを心がけています。火を使い、刃物を使い、台所は家族の健康の発信地です。

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ココ、爪を切ってもらいました。

2024年09月25日 | ここ

曇、26度、78%

 ココの爪切り、とても怖いです。暴れます。テーブルの上に乗せて切ってもじっとはしていません。犬の爪は爪の中にまで血管が伸びているので、深爪すると出血します。一度大量に血が出ました。悲鳴を上げたのは私でした。犬の爪は自然にぽろりと落ちることもあります.落ちてくれないかと期待していましたが、前足の爪が異常に長くなりました。獣医さんに爪切るを頼んだら「ココちゃん暴れるから、全部は切れないかもですね。」とおっしゃって、ココの左前足の爪は切られていませんでした。

 散歩でアスファルトの上を歩く時、爪が当たる音まで聞こえるようになりました。先日香港に行く時預けたペットショップのお兄さんと仲良くなったので、爪を切ってもらうことにしました。あっという間に、綺麗に切りそろえてくださいました。私の姿が見えない方が落ち着きますからと店の奥に連れて行かれました。 キャンとなく声も聞こえません。奥からニコニコと出てきました。出血しなかったそうです。一番長い爪は巻くほどに伸びていました。 「綺麗に切ってもらったね。」

 爪が伸びていようがいまいが、当の本人は気にならないはずです。でも、孫からは「ココ、爪が伸びてるね。」と言われます。寒くなってウールのニットを着ていると、爪が引っかかって毛糸がピーッと出てきます。

 自然界で生きている獣たちは自然に落ちるはずです。期待していましたが、飼われると動物の習性も変わります。これからはペットショップにお願いするつもりです。ココの爪が短くなって、一番喜んでるのは私です。

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「WISH YOU WERE HERE」ジュディ・ピコー

2024年09月24日 | 

晴、21度、77%

 ほんの数年前のパンデミック、いったい何だったのでしょう?

 パンデミックが始まったばかりのニューヨークが話の舞台です。自分が罹患したとは知らずに救急車で病院に搬送され、10日間の集中治療後、生死の境から生還する女性の話です。コロナ当初のニューヨークのことはテレビが度々流していました。たくさんの人が亡くなり葬儀もままならぬ状態で、遺体安置は冷蔵トラックが担っていた悲惨な状況でした。日本でも外出禁止、マスク着用と国からのお達しでした。

 医学的なことはわかりませんが、主人公の女性は10日間、集中治療室で手当を受けその間、昏睡状態でした。そして寝ている間、夢を見続けました。目が覚めて、自分がなぜ病院にいるのかすら思い出せません。夢はパンデミックが始まる前、医者のフィアンセとバカンスに行く予定だったガラパコス諸島に彼女一人で出かけて帰る術がなくなり島で過ごした3ヶ月です。夢という言葉は適切ではないと思います。寝ている彼女は実体験のような3ヶ月を目覚めてからも確かに記憶しています。ガラパコスの景色、そこで出会った人、亀やフラミンゴ、イグアナ。初めてのガラパコスです。彼女にとっては夢でなく実体験だと思うのですが、医師たちも取り合ってくれません。そして何より彼女自身が夢ではなく自身の経験として忘れられずにいました。

 コロナの症状以外、集中医療、薬物からの影響で後々までも苦しむ人が多かったことは、日本でも詳らかにされていません。今もなんらかの症状を抱えている人がいるはずです。

 彼女はセラピストを頼り、友人、フィアンセを頼り、心身ともに回復します。でも、彼女な中にはガラパコスで過ごした自分が生きていす。現存の自分を超えて幻想と言われても昏睡状態で経験したガラパコスでの経験が息づいています。フィアンセとは微かなギャップで別れます。パンデミックが終わり、旅が出来るようになって彼女はガラパコスに向かいます。初めてのガラパコスです。夢で見たガラパコスではありません。自分の足元を見る旅です。話はそこで終わります。昏睡状態の中で出会った男性と巡り会うことができるか、読者は胸を躍らせます。

 私の周りには幸い重症なコロナの人が一人もありませんでした。家族を亡くされた方たち、いまだに後遺症を抱える人たちがたくさんいらっしゃると思います。コロナの原因はなんだったのでしょう?あの外出禁止の期間のことは私には薄雲がかかった思い出です。

 

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アボガドディップのパスタ

2024年09月23日 | 昨日のお昼ご飯

晴、24度、81%

 「ガカモーレ」は「アボガドディップ」です。メキシコ料理でタコスと一緒に食べる簡単にできるディップです。「アボガド」を潰してニンニク、レモンジュース、チリなどで味を整えます。辛さはお好みで、アボガドのこっくりした味とチリがいいバランスを作ります。チリは、「カイエヌンペッパー」、「パプリカ」、「一味」、好きに辛さに応じて使います。

 日本の小麦粉で作ったパスタ、平打ちの「フェトチーネ」をいただきました。「セモリナ粉」が使われていないので白っぽいパスタです。日本の「ひもかわ」うどんのようです。そう思った途端、気になることがあったので成分表を見ました。「やっぱり。」このパスタには塩が入っています。パスタは塩を入れずに作るので茹でる時塩を足します。一方うどんは塩を入れて作るので茹でる時塩を足しません。パスタのつもりで塩茹でするところでした。茹で上がりもまるでうどんです。腰があるというよりもっちりした食感が面白い。

 「アボガド」の濃厚さがあるのでチーズは加えず、味が薄めでしたのでパプリカを一振りしました。うどんのような「フェトチーネ」と重量感ある「アボガド」面白い組み合わせになりました。

 日本は「アボガド」がやたらに高いと思います。主人にぼやいていると、香港から帰る時、缶に入れて持たせてくれました。一昨日の晩、大雨が降りました。急に秋らしい気温です。お魚も果物もきのこも美味しい季節です。お米もスーパーの棚に並び始めています。食べること、大好きです。

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香港滞在時間44時間

2024年09月22日 | 香港

雨、24度、85%

 香港滞在時間44時間、慌ただしい時間でした。やるべきことは終えて一安心。今回香港に着いた時から足腰がとてもだるく、飛行機に長く乗ったからかと心配していました。2日目もやはり足が重たい、昼ご飯の後、主人と別れて街を回るのも億劫、結局家に戻り本を読んで過ごしました。買いたいものもありません。優しい雨が降っている午後、ゆっくりと家で過ごすのは旅人にはできないことです。44時間、新しいもの、心が踊るものを見ることができました。

 以前住んでいた家から15分も歩いたところのマーケットでは、相変わらず見事な品揃えです。 ぐるりとコーナーを飾るショーケースは量り売りのチーズです。個装されているチーズは別に冷蔵庫があります。 バターだけでこの種類の豊富さ。毎朝市場に通いその足でこのスーパーに来ることもありました。食材を求めるには事欠かない香港です。セントラルだけではなく新興住宅街のマーケットもいい品揃えです。香港に帰りたいのはこれも理由の一つ。

 珍しい「ミニチュアハスキー」に会いました。 私初めてです。連れていたのはフィリッピン人のお手伝いさんですが、「珍しい種類ね。」と声をかけました。普通のハスキーの3分に1ほど、もし目がシルバーブルーでなかったら、ハスキーだとは気付かなかったかもしれません。こんな新しいもの好きなのも香港です。日本では入手困難だそうです。

 少し歩いて「ランドマーク」に行くと、お掃除ロボットと遭遇。私を察知して止まります。洒落たロボットでした。足が限界でセントラルを離れて家に向かいました。

 53階建ての29階が主人のフラットです。窓を開けて香港の雨の匂いを嗅ぎながら、香港の街の変わって来た様を思い返します。ふた晩ともお夕飯はお家でした。美味しいものをと幾度も主人が誘ってくれるのですが、お家でゆっくり過ごさせてもらいました。お外ご飯は「ワンタン麺」だけ。香港を地元と思えるからこその贅沢です。主人に何かと甘えました。いつものことですが、「ありがとう」。また帰るからね。

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BACHA COFFEE 香港

2024年09月21日 | 香港

曇、30度、71%

 香港に帰ると、世界で話題になり始めた店が開店しているのを見つけます。日本でもまだ店舗展開がない店です。新しいものが日本より一足先にやって来ます。「TWG」の紅茶などもそうでした。セントラルにある「IFC」ビルに新しいコーヒー豆を売る店を見つけました。40年近く前、「カフェ」、コーヒーを専門に飲ませる店などなかった香港です。コーヒー豆を売る店、焙煎する店、もちろん「カフェ」もたくさんできました。驚きです。

 「BACHA COFFEE」モロッコに本店を置く世界中のコーヒー豆を集めた店です。金ピカの派手な店づくり、店内ではコーヒーを飲むスペースはありません。種類の多さに目を見張ります。 

  今回はこの2種類を求めました。黒い方は主人がひと足先に買っておいてくれたコーヒーです。この店を主人が選んだのは、缶です。お分かりと思いますが、「缶好き」な私のためです。豆もありますが、挽いたものを買って来ました。 昨日も福岡37度近い気温です。アイスコーヒー用のセレクトボタンを持つ我が家のマシーンに入れてもらいます。 粉を挽く手間がないのは楽だわ。ピンクの缶は「ELEFANT QUEEN」という名前、アフリカとアメリカのコーヒー豆をミックスしたものです。黒い缶は「BLACK MOON 」、南アメリカのコーヒー豆です。アイスですのでストロングなピンクを選びました。 優しい香りです。挽きたてのピーナッツの香りと書いてあります?酸味がやや勝っている渋みの少ないコーヒーです。アイスよりホットの方が美味しいでしょうね。

「BACHA COFFEE」も日本に登場するはずです。ネットではすでに販売されています。豆タイプ、個装のドリップタイプなどチョイスは様々です。

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ワンタン麺 「麥奀雲吞麵世家」

2024年09月20日 | 香港

晴、30度、68%

 「帰ってきたらで何が食べたい?」と香港に戻る前には必ず主人が尋ねてくれます。主人の頭の中では「あわび」「ダック、アヒルのロースト」「フカヒレ」と思い浮かべてくれています。確かにどれも私の好物に違いありません。でも、心底食べたいのは「ワンタン麺」「お粥」です。

 「ワンタン麺」のおすすめのお店は香港中それぞれの贔屓があるので、「ここ!」とは言えません。どの店も開店前に「ワンタン包み」をしています。大きなボールにコロコロのエビと豚肉を積んで手際よくワンタンに包みます。このワンタンの中身も店によって配合、味が変わります。包んだ「ワンタン」だけを「一打」つまり1ダース12個売ってもらい、家で湯掻いて食べることもしばしばありました。エビが多い店、豚肉がいっぱいの大きなワンタンの店。麺なしでも美味しい「ワンタン」です。

 お昼ご飯は滞在中、中一日だけ、セントラルの銀行の用事を済ませると「ワンタン麺」を目指します。長年住んだ地元です。どこに行けば食べられるか足が自然に動きます。よく行った店にはすでに長蛇の列ができていました。韓国人観光客です。ガイドブックを手にトランクまで引っ張っています。ここ福岡でも韓国人観光客は「うまい、安い」とガイドブックに書かれた店では並んでいます。対面にも古くからの店があるので入りました。「麥奀雲吞麵世家」です。

 お昼時、地元の人もたくさん。丸いテーブルに背もたれなしの椅子はどこも同じです。「鮮蝦雲呑麺」2椀。この店は麺が上に乗って出てきます。麺をひっくり返すと、ワンタン登場。 スープを啜るとエビの香りと「大地魚」の出汁が唸るほど美味しい。このスープが熱々でない店はいただけません。思い出しただけで元気になるスープ、麺は細め腰のあるワンタン用の麺です。ちょっと心を整えて「ワンタン」を頬ばりました。「??」2個目、美味しさの秘密がわかりました。この店はエビ丸々一匹だけ、豚肉なしの「ワンタン」でした。麺の下の「ワンタン」と一緒に「黄色いニラ」が添えられています。ネギとは違い柔らかな味です。スープ、麺、ワンタン3拍子揃った美味しさに、心から満足。

 「ワンタン麺」のお値段もずいぶん上がっています。そこでハタと思いつき、韓国人が並んでいた店の値段を調べました。この店は大きな豚肉で膨らませた「ワンタン」が売りです。ところが値段は「麥奀雲吞麵世家」より10ドル安い、韓国人が並ぶ理由を納得しました。

 美しい夕日を見て、大事な仕事を終えて、「ワンタン麺」を食べて、私は興奮気味でした。

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香港の夕日

2024年09月19日 | 香港

晴、30度、74%

 いつもことですが、香港での滞在時間は短く、事務的なことを片付けるために割かれます。でもこの土地の匂い、多国籍の人の話し声、慌ただしい人の動きに心が落ち着きます。高いビル、新興の住宅地、目まぐるしい速さで変化します。中国へのアクセスも以前に比べて楽になったと、深圳にも事務所がある主人は恩恵に預かっています。

 香港での短い時間、息を抜く時間が今回は何回かありました。「夕日」です。「中秋節」を目前に街は飾り付けされ、行く人の手には贈り物の「月餅」の袋が握られています。そんな夕刻のひと時、西の空に大きく「夕日」が見えました。

 住んでいた頃は「夕日」を見たくなると、香港島の西の「ビクトリアロード」に車を走らせたことを思い出します。「マカオ」に向かう船が航跡を残しながら西に向かうのを見ながら、大きな「夕日」を見ました。モモとの夕方の散歩では香港大学の一番高い場所から「夕日」を眺めました。「夕日」はその時々の私の心を鎮めてくれたように思います。

 今回の「夕日」は大きな仕事を控えて少なからず不安だった私に「うまく行くよ。」と励ましてくれました。 香港国際空港に着陸する飛行機が映り込んでいます。雨が降ったりの雲の多い日が続いていたのに、香港が私にくれたプレゼントです。

 翌日、終わらせるべき用事は無事に片付きました。主人に話します。「戻って来たいよ、香港に。」

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