雨、19度、99%
車を使って我が家に帰るとき、必ず通る道があります。香港島の北、金鐘からピークに向かう木棉道(コットンツリードライブ)です。道幅の広いこの道を車が上り始めると、あー、我が家に帰って来たと思います。この道の両側には背の高い街路樹が植わっています。とても背が高い上に、葉っぱはほとんどその上の部分にしかないので、たとえ二階建てバスの上に乗っていても、その木がどんなものか見ることが出来ません。
背は高すぎて、幹しか見えないその木が存在感を示すのが、この3月の半ばから6月にかけてのことです。気温がだんだん上がり始める3月、このやや灰色っぽい木の下に、それは目にも鮮やかな赤い花が落ちています。ボッテリと椿のようにガクから花の姿を残したまま落ちています。そこで、道行く人は初めてその木を見上げます。この木がコットンツリーです。首をしっかりと空に向けてその木を見上げると、葉のない木の枝に赤い花が付いている様子が見えます。葉っぱがなく大きな花です。決して見栄えのいい花のつき方とは思えません。そのうえ、この赤い花のコントラストが下から見上げる者の目には、奇妙にすら見えます。
コットンツリーの赤い花は、落ちるとその重みで、ごろっという大きな音を立てます。そして、この花が落花するこの季節、香港は気温の上昇とともに霧がかかったような薄暗い天気が続きます。香港中どこにでも見られる木というわけではありません。私が朝走るボーエンロードにも1本コットンツリーの木があります。この肉厚な花弁を持つ花が、大きな音を立て落ちて漂っている水気を一杯に含みます。うっかりとそんなコットンツリーの落花を踏みつけたら大事です。バナナの皮と同じくらい滑ります。15年以上走っている道ですから、どの季節にどこに何が咲くか、踏んだらどうなるか、頭より足の裏が覚えています。
香港のこの重苦しい季節が終わりを告げるのは、遅くても5月の終わりです。初めて香港に赴任して来た方達にいつも、5月の終わりまで辛抱してくださいと話します。それが過ぎるとお布団だって外に干すことが出来ますからと。窓も開けることが出来る、まだ気温もそんなに上がり切らない5月の終わり、車の幌を上げて気持ちよくコットンツリードライブを上がって家に向かいます。上り始めると白い綿がフワフワと宙を舞っているのが見えます。コットンツリーの種です。心地よく晴れ上がった空の下、白い綿が舞うその景色は、幾度見ても楽しいものがあります。道行く人はここでまた、背の高い木を見上げます。花が終わって、葉を茂らせたコットンツリーは、下から見ても綿毛を付けているのは見えません。大きな葉っぱの間から、フワッと綿毛を吹き出しているかのようです。
朝から薄暗く、時折雷を伴った大雨が降るここ数日の香港です。昨日、雨の合間を縫って主人が散歩に出かけました。帰って来た主人がお土産といって渡してくれた袋には、真っ赤なコットンツリーの花が一杯入っていました。首から落ちた花です、大きな皿に水を張って浮かべてみました。部屋の中が一遍にぱーっと明るくなります。沢山落ちているコットンツリーの赤い花をひとつひとつ選んで、主人が持ち帰ってくれました。21個もあります。落花ですから、長くは持たないでしょう。綿毛の舞う気持ちよい季節まで、あと一息ですよ。