真奈パパのランランかわせみブログ

愛犬ランちゃん、かわせみ、飛行機、旅行、天体の写真を載せています。

ゼロ戦(5)

2013-08-09 08:54:39 | 日記
7日に所沢航空発祥記念館に行ってきました。
世界で唯一飛行可能なゼロ戦が、アメリカから運ばれ、展示されているということで、
所沢までの西武線沿線に住んでいる上の娘と一緒に行ってみました。
展示のゼロ戦は、ワシントンのスミソニアン博物館に展示してあるゼロ戦と同じサイパンの飛行場でアメリカ海兵隊に捕獲されたもので、
ゼロ戦52型です。
設計者堀越二郎氏のノートなどもたくさん展示してありました。










真後ろから見たゼロ戦です。流線型をしています。


上から見たゼロ戦です。


操縦席です。


ゼロ戦は、戦争後期になると、米軍にいろいろ研究されて、グラマンに撃墜されるようになりました。
下の写真の操縦席の背もたれが、オリジナルのものか分かりませんが、
欧米の戦闘機に比べて防弾性能が低く、ここを狙われて、多くのパイロットが撃墜されています。


NHKのテレビを見ていたら、「海軍から防弾性能の要求は無かった。」という堀越氏の発言記録が紹介されていました。
元ゼロ戦パイロットの「下士官兵は使い捨てだった。」、
「ラバウルに配属された新米の操縦士のほとんどは、初めての出撃で帰ってこなかった。」、
「連日のガタルカナルへの出撃と夜間の米軍によるラバウル爆撃で、飛行中ものすごく眠くなり、何人ものパイロットが、飛行中に編隊を離れ、海に落ちて行った。飛行機間の無線もなかったので、起こすことも出来なかった。」と発言していました。パイロットに対する軍の考え方も日米では、違っていたようです。前にも書きましたが、アメリカは、ガタルカナルの飛行勤務を1週間したら、次の1週間はオーストラリアのダーウィンで休息して英気を養っていたようですからね。
新聞で読んだのですが、アメリカの原子力規制機関の人が、この前亡くなった福島第一原発の吉田昌郎所長に最初に聞いた質問が、「職員は、十分睡眠がとれているか?」という発言で、これを読んだとき、アメリカは、長期戦の場合の兵站ということを、昔からよく考えているなということを再認識しました。
テレビを見ていて、もう一つ驚いたことは、ゼロ戦のジュラルミンの厚さが0.5mmなのに対しグラマンの厚さは7mmで14倍の厚さがあったということです。
資源、工業力等の差はあれ、こんなにも構造上の差があったとは思いませんでした。
グラマンは、ゼロ戦とは、空中戦を避け、HIT AND RUNで攻撃した後、
ゼロ戦を上回る馬力と重量で急降下で離脱し、ゼロ戦は、急降下の限界があるので追いつけないという戦法でグラマンは、勝ったようです。
興味がある方は、2012年2月26日、3月10,16,24日のブログにゼロ戦の写真を乗せていますので、ご覧ください。
   


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする