スタインベックの“怒りの葡萄”を読んだのは中学3年の秋だった。1964年、東京オリンピックの最中である。
向井潤吉の水彩画の表紙カバーのかかった新潮文庫の3冊本でだった。
今回ジョン・フォードの映画をはじめて観たのだが、描かれている情景が大変に懐かしかった。
向井潤吉の絵のままなのである。
ジョード一家が、オクラホマを追われてカリフォルニアへ向かうために、一家10人が乗り込み、家財道具を積み上げたトラック、コロラド、ニュー・メキシコを経由してカリフォルニアに至るルート66沿いの風景、カリフォルニア到着後のバラックの家、などなど・・。
そのバラック小屋の鏡に映るトムの表情も、ヘンリー・フォンダそのものである。
おそらく向井潤吉が、ジョン・フォードのこの映画の情景を思い浮かべながら描いたのだろう。
トムが刑務所帰りだったり、カリフォルニアで仲間を守るために人殺しをして再び追われる身になったり、というようなことが原作にあったのかどうか、今では定かではない。
中学時代に原作を読んだときに一番印象的だったのは、飢えて死に瀕した老人に、身重だった“シャロンのバラ”が乳をふくませるシーンだった。
映画のなかでは“ローザーシャーン”という名前になっていた末娘が、“シャロンのバラ”だろう。原作のこのシーンは映画にはなかった。
新潮文庫の下巻のカバー裏に、“1964.10.11 I finished to read.I think 《East of Eden》 is better than 《The Grapes of Wrath》.”などと、生意気な書き込みがあった。
(* 写真は、J.スタインベック/大久保康雄訳『怒りの葡萄』新潮文庫、上・中巻の表紙カバー。)