Tokyo at rain and Tokyo at night MOVIE!

東京の夜景動画ブログです。

流れはガチホモ、と掲示板の彼女は言った

2006-02-16 23:38:06 | 業務関連

最初、タイトルを「アンチBL腐女子田亀源五郎の夢を見るか?」にしようかと思ったんだけど、タイトルにはリンク貼れないっぽかったんでやめた。


さておき、今日は天気が悪かったり、朝からいろいろ予定が変わったりで、なんとも落ち着かない1日でございました。
夜にはまた知人と食事することとなり、霧雨煙る繁華街の裏路地を抜け、とぼとぼといつものファミレスへ急ぐ。


でまぁ、ちまちまと話を聞いていたのだが、想像を絶するひどい有様に、ただ絶句するばかり…
若い人向けの仕事とはいっても、だからといって手を抜けるはずもなく、決して楽な商売じゃないとは思っていたけど、舞台裏というのはどこも似たようなところがありますなぁ~
ただ、知人が憤慨しているように、消費者をほんとにないがしろにしてるところがあるのは、部外者である自分にも感じられる。また、そういうときこそ評論という装置に期待したいのだけど、評論家と呼べる存在はないに等しく、それどころか評論の名を借りた宣伝が消費者を積極的にだましているような節さえあり、知人の悩みはますます深まるばかりだった。


慰めにもなんにもならないけど、写真の世界もいろいろ大変ですよ。たとえ、スタイケンの写真がオークションで高値を呼んだといっても、日本にはなぁんの関係もない話だし、評論家がだらしないのは写真評論家も同じですからね、最終的には自分でなんとなするしかないと思うさ。

(追記)ニュースの作品映像を見て「なんじゃこりゃ」と思った人も少なくないだろうが(ちゅうか、自分も「こりゃひでぇ」とおもった)、まぁあぁいうかたちで諧調をぶっ飛ばしてしまうのがデジタルの限界だと思っても、それほど間違いじゃぁない。スタイケンの写真は印刷媒体でもなかなか表現できない、オリジナルプリントならではの要素を持つ作品であり、だからこそオークションでアレほどまでの高値を呼んだのだけど(ただ、あえてうがった観方をするなら、アメリカの保守的な傾向がオークションにも反映されたといえるかもね)、まぁあのデジタル画像ではそういった部分が全く表現されていないので、普通は「なんでこんなんがあんな値段になるの?」と思うだろうね。
正直、スタイケンは好きな作家じゃないし、今回の値段はいささか異常だとも思うけど、あんなデジタル画像で作品を評価されてしまうのはさすがにかわいそう、というか他の作家にとっては迷惑ですらあるだろうなぁ…


とかなんとか書いていたら、マンガのほうもいろいろ大変らしい。
ただ、門外漢が評論などを見る限りだけど、マンガについては写真にある「デジタル化」といった技術変化の影響から逃れられてるっぽくて、印刷技術や作画技術の進歩も作品の質とは無関係のように見えるから、その点はちょっとうらやましいかもね。


技術と評論の結びつきってのは、写真にとってお家芸みたいなものなんだけど、まぁ美術分野の中では特異な現象なのかもしれない。
マンガ評論を例に出したけど、作品論だけで完結する世界と違って、写真というメディアについては否が応でも技術的な部分を視野に入れなければならないし、最近では「市場原理の中で表現手段が失われていくかもしれない」というプレッシャーについても、個々の作家自身が何らかの答えを出さなければならないのだが、そういう時代性こそが、自分にとってはものすごく面白くて、エキサイティングでもある。
だが、そうは思っていない人もいるというか、実はそういう人のほうが多いのだろうね。