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サイレント・ダイアローグ

2008-01-31 09:07:03 | Art
一昨日は、『NODE』の取材で、初台のオペラシティにある
「ICC(NTTインターコミュニケーション・センター)」へ。


ICCというと、「いまいち何やってんのか わかんない」という人が多い。
少なくとも、印象派絵画ばかりに人がたかり、現代アートがファッション&錬金術化している
この国にあって、極めて先鋭的なメディア・アートに特化したICCの試みは
「わかんない」のひとことで片付けられてしまうのも、やむをえないのかもしれない。。

ところが、だ。
実際、取材前にICCの企画展「サイレント・ダイアローグ」(~2月17日)と
通年で展開している「オープン・スペース」の展示作品を観て(体験して)、驚いた。
もう、声をあげて笑っちゃうほど いちいち面白いのだ。

例えば、シイタケの生体電位を音響として抽出したという
マイケル・プライムさんの「ハ,ハ! ユア・マッシュルームズ・ハブ・ゴーン?」なる作品。
電極を付けられたシイタケとスピーカーが四隅にあり、そこに近づくと
「ぽこっぽこぽこぽこっぽこっ」と、やけに景気のいいパーカッションみたいな音とか、
「どっどっどどー(風の又三郎?)」とか、「ずわずわわあっっ」といった
“シイタケの生声”が聴けちゃうのだ!。
キノコ研究家でもあった現代音楽家のジョン・ケージにちなんで創られた作品らしいが、
ずっと聴いていると、なんだかシイタケたちがひどく愛おしくなってしまう(笑)。

他にも、植木に脳波測定用の電極を通して、植木を“お散歩”させたり、
実際の植物に手で触れると、ヴァーチャルな植物の映像が壁にうねうねと増殖していくなど、
植物との“声なき対話”への欲望が、「そう来たか」みたいな形で表れた作品が多々。

クリスタ・ソムラー&ロラン・ミニョノー「インタラクティヴ・プラント・グローイング」

中には、「…何も影響されていない場所とは,自由を意味する」というスローガンのもと
雑草がぼうぼう伸び放題の庭を“制作”している作家も。大胆素敵。
うちのベランダジャングルもアート宣言しようか (笑)。

さらに、通年常設の「オープン・スペース」も、へたなテーマパークより断然楽しめる。
日時計のような円錐オブジェに触れると、さまざまなヴァーチャルな影が現われる作品なんて
もし幼稚園にあっても、老人ホームにあっても、人気者になること間違いない。

minim++「KAGE」

ほかにも、ブラウザのコードを視覚化したCGの海で 文字通りネットサーフィンを体感できる
SF映画みたいな平川紀道さんの作品や、ビデオ映像の時空がリアルタイムで微妙にずれる
岩井俊雄さんのお茶目な「マシュマロスコープ」など、珠玉の“おもちゃ”がいっぱい。
(岩井さんといえば、学生時代、ロンゲにオーバーオール姿を時々工房でお見かけしたなあ(笑))

ICC学芸員の畠中氏のインタビューも実に興味深く、2時間以上も快くお付き合いいただき感謝!
“「わかるもの」を「わかるひと」に届けるのは簡単。
でも「わからないもの」を新たに「わかってもらう」ことが大切。”というのがキーワード。
詳細は3月末発売の『NODE』にて――。

まあ、アートって旅と同じで、コトバだけで「わかるもの」じゃなく
触れてみてこそ。ぜひICCに遊びにいってみてみて。
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なぎ食堂と浅草十二階と渋谷ブックセラーズ

2008-01-28 23:21:30 | Book 積読 濫読 耽読
週明けから2時間睡眠のまま朝一打ち合わせに取材、そして試写会と慌しい。
しかし週末は一瞬の安息を楽しんでいた。ご学友ひだかのお誘いで「なぎ食堂」へ。
渋谷桜ヶ丘郵便局のお向かいに、昨年12月にオープンしたベジタリアンな定食屋さん。
いきなり迎えてくれたのが、この“裸足キッズ”。
垂れた鼻水も涎もいい塩梅で、ちょっと松本大洋風味。

「ねえ最近、音楽なにがキテる?」「やっぱ“かえる目”でしょ」「それって何系?」
「おやじ系ユーミンかな」「CD出てんの?」「うん、“主観”てゆうアルバム。ほらいまかかってるよ」
…てなことを喋ってるみたいにみえるキッズのひとりは、オーナーさんのご子息さくみくん1歳。

オーナーさんは、音楽や書籍のレーベル「COMPARE NOTES」を運営していて、
お店にもおもしろそうな本や雑誌、CDがいろいろと。件の「かえる目」のアルバム「主観」
実際にかかっていた。これがネーミングにも増して、ケロリとすごい! 

うっかり聴いていると、ジョアン・ジルベルトが日本語で歌ってるのかと勘違いするほど
いい感じなのだが、、よくよく耳を澄ませば、、、、
「♪カニづくし あなたは積み上げる殻のように うつろな人」とか
「♪ふなずし」がどうしたとか、そんな歌詞が連綿と(笑)

歌っているのは、こんな本も書いている学者さんとか。早速、アマゾンで即買い。
浅草十二階―塔の眺めと“近代”のまなざし
細馬 宏通
青土社

このアイテムの詳細を見る

カエル目こと細馬宏通氏は「浅草十二階(凌雲閣)計画」というサイトも運営しているよう。多芸!
乱歩の「押絵と旅する男」の舞台となった「十二階」は、私の中でもいっときマイブームだった。

さて、そんな「なぎ食堂」でいただいたのは、夕方6時まで食べられるランチ・プレート。
選べるデリメニューから、玄米ご飯、お味噌汁、香の物まで、どれもさりげなく主張のある味付け。
こんどは夜もよさげ。

渋谷から帰る途上、文化村通りから井の頭通りに伸びる道すがらに、
Openしたてのブックセレクトショップ「SHIBYA BOOK SELLERS」が忽然と。

例えば70年代のシェルフには、三島由紀夫の割腹報道の1970年の「サンデー毎日」などが
三島の著作に混じってなにげに置かれていたり、
`40年代のボリス・ヴィアンコーナーに、岡崎京子の漫画「うたかたの日々」も並べてあるなど、
独自観点の年代別にさくさく潔くセレクトされたジャンルレスな書物の森で、
ひだかとうふうふ戯れること小1時間。BGMにはグールドのピアノが心地よく響いており。。

店を回遊しながら、いつのまにかこんな本を買っていた。ブックカバーの包装紙も美しい。
ショップスタッフによると、ビームスのロゴも手がけたデザイナーさんの意匠なのだとか。
深夜2時まで営業しているそう。
リスペクト。

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渋谷児童館と湯たんぽ

2008-01-26 04:47:02 | memory 幼年期
今年いちばんの寒さという日に、またもや朝一打ち合わせ。
木枯らし ぴゅううううううっ@東銀座。
しかし、帰りに歌舞伎座裏の老舗シチュー店「銀之塔」でシチューランチをご馳走に。
蔵を改装した建物の絨毯敷きのお座敷で、土鍋に蓮華でいただく熱々シチューに
凍えた身体もすっかりぽかぽか。熱すぎて、みんな帰りに「舌がぴりぴりする」と言っていたけど(笑)。

午後は渋谷で『NODE』の打ち合わせ。2号目の特集は「未来都市TOKYO」。
私はICCの学芸員さんの取材を担当することに。
この号では、他に安藤忠雄氏や押井守氏の企画もあるよう。興味深し。

NODE編集部のあるビルから明治通りに抜ける道すがらには、
むかし母によく連れてきてもらった渋谷児童館が今もある。
これは、小学1年生のときの絵日記。渋谷児童館へ母と本を借りに来た日のことが綴ってある。
まだ赤ちゃんだった弟と外で遊んで「あつくてあつくてたまりませんでした」と。真冬なのに(笑)。

(絵のような遊具はもうなかった)

夕刻に近づき、底冷えが一段と募ってきた。児童館の並びにあったインテリア雑貨ショップ
arenotに立ち寄り、ちょうどほしかったファーの湯たんぽを見つけたのでゲット。
これは湯たんぽに巻きついていた帯。

はい、リアルファーはニキで充分(笑)。

右が今日買ったミンク、ではなくフェイクファーの湯たんぽ。中は氷枕みたいなゴム製。
左は去年から愛用しているマルカの金属性湯たんぽ。昭和初期のままの無骨な仕様がすき。

湯たんぽユーザーになったのは、電磁波の心配がなく猫にもいいと聞いたから。
好奇心で試してみたら、まる1日経っても足湯にできそうなほどほくほく温かいままで驚いた。
昔のひとに知恵にしみじみ感服。ちなみに湯たんぽは中国伝来で、「湯婆」と書くのだとか?

猫婆ニキに、ファーの“湯婆”をあてがってみた。低温火傷が心配なので、
湯たんぽの上にさらにファーを敷いてニキを載せると、3秒でとろん、とトランス(笑)。
ごろごろごろごろごろごろごろごろ。。。。
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雪。私的’80年代風景

2008-01-24 05:12:00 | Art
昨日未明、東京に2年ぶりの積雪。
よりにもよって、そんな日に朝一打ち合わせ@大門。
引っ越したてのクライアントの新オフィスの窓から見えたのは、
みぞれ雪にけぶる東京タワー。まるで、蜃気楼みたいな(みたことないけど)。

デザイナーさんたちと表参道に戻り、ベトナム料理のランチ。久々のフォー。
数年前にベトナムで 何軒ものベトナム料理屋さんを取材した際、
どこでも珍しく完食したほど べトナム料理が口に合う。
久々に飲んだロータスティーの香りも懐かしく、買って帰った。

それにしても、こんな底冷えのする雪模様の日は、プチ引きこもり気分(笑)。
植物の方が、よっぽど元気だ。
雪で植物がしおれていないか気になってベランダを覗くと、
青々と茂ったオリーブの借景に雪化粧という なんだか合成写真みたいな絵づらが。


珍しく早起きした気だるさも手伝って、すぐ仕事に手をつける気分になれず、
音楽を聴きながら、なんとはなしに旧いポストカードの整理に着手。。。
この日、つれづれなるままにかけていたCDは、軒並み’80年代に聴いていた音楽ばかり。

トレーシー・ソーンの遠い渚、キース・ジャレットのブレゲンツコンサート、
パット・メセニー・グループのスティル・ライフ(トーキング)、
ドナルド・フェイゲンのナイト・フライ、タキシード・ムーンのハーフ・ミュート・・・

‘80年代気分は、ポストカード整理にも なにげに影響。
その昔、’80年代に好んで飾っていた旧いポストカードが、やたら目について仕方なく。。
長く飾っていたものだから、さすがに飽きて何年も一瞥すらしていなかったのに、
初めてみたときみたいに新鮮に心ときめく。たとえば・・・

ファブリツィオ・クレリチの「La poltrond di Nonza」


オスカー・シュレンマーの「Sinnder」


マックス・エルンストの「The kiss」


描かれたのはどれも’80年代ではないけれど、
これらの絵は、’80年代の部屋の風景に私をふっといざなう。
あわい雪景色が 忘れていた記憶画を 蜃気楼みたいに現出させたのかもしれない。

1枚だけ、’80年代からずっと変らずに飾っているポストカードある。
エゴン・シーレ。

正確に云うと、、昔このカードを飾っていたけれど、或る日絵葉書として使ってしまった。
ところが十数年前、亡父が偶然にも同じ絵のカードに近況をしたため、私に送ってきたのだ。
以来、ずっと飾っているというわけ。それにしても、不思議。
この絵は、何年経っても見飽きるということがないのだから。

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「ローマの眠り」とバロック

2008-01-22 05:12:38 | Art
(↑グスタフ・ルネ・ホッケ著・種村季弘訳「迷宮としての世界」より転載)

眠い。ここのところ ものすごーく眠い。
冬眠からまだまだ醒めたくないヤマネみたいに眠い。。
ハードワークの果て、夏休みの子どもみたいに好き勝手な休日を満喫した後は、
上90下70みたいな低血圧も手伝って ベッドから起きられないことはなはだしい。

湯たんぽのぬくもりがまだ仄かに残る毛布の中で、ぼんやり思い浮かべる。
ファブリツィオ・クレリチの描いた「ローマの眠り」のことを――

イタリアの幻想画家クレリチの代表作「ローマの眠り」は、
ギリシア・ローマ神話の登場人物や、宗教的聖人など、ローマのあちこちで散見する
“永遠の眠り”に身をゆだねた彫像たちが、一枚の巨大な画布に描かれた絵画作品。
そのシュールな舞台背景に息づくのは、
朽ちながら生き続ける“ローマ”という混沌とした廃墟に潜む
したたかで逸楽的な“永遠性”。

絵の中心からやや左下に横たわっているのは、殉教した「サンタ・チェチーリア」。
これはそのレプリカ像↓ 実物の像が安置されているローマ郊外のカタコンベで買った。

ちなみに聖チェチーリアは音楽の守護聖人でもあり、その名を冠した音楽院や管弦楽団も有名。
彼女をまつった「聖チェチーリア教会」は、ローマの下町トラステヴェレにある。

「ローマの眠り」の左上に描かれているのは、やはりトラステヴェレの別の教会に眠っている
ベルニーニの傑作「ルドヴィカ・アルベルトーニ」像↓

3年前にローマを訪れた際、私は気のおもむくまま歩き回った旅のゴール地点に
この「ルドヴィカ・アルベルトーニ」の居る「サン・フランチェスコ・ア・リーパ教会」を選んだ。

夕暮れのテヴェレ河沿いを延々歩いてたどり着いた教会は、ちょうどミサ中だった。
終わるまでじっと待っていた私に、外国人観光客らしき紳士がドイツ語で書かれたガイドブックを
見せ、小声で訊ねた。「ねえ、この彫刻はどこにあるのかな?」
私は祭壇脇の像が安置されているはずの場所を指差し囁いた。「たぶん、あそこに」
「よかった。でも待つほかなさそうだね」彼は小さく肩をすくめて隣に腰掛けた。

ほどなくミサが終わり、私たちはそそくさと像の前に向かった。
「ルドヴィカ・アルベルトーニ」に逢うのは十数年ぶりだった。そんなに大きな像じゃないけれど、
初めて逢ったときと同じように 魂をつかまれ 視界がうるんだ。これぞ バロックの至福。

――ぬくぬくした毛布の襞にくるまれ、夢うつつを行き交う私を起こそうと、
ニキがベッドサイドの出窓に飛び乗って にゃあにゃあ騒いでいる。。。
出窓には聖チェチーリアのほか、ベルニーニの「アポロンとダフネ」のプチレプリカ像もあるが
ニキが時々ベッドに蹴落とすのだ。大理石なのでぶつかるとけっこうがつんと刺さる(笑)
←これはローマのボルゲーゼ美術館に居る本物の「アポロンとダフネ」。
アポロンに追いつかれたダフネが、指先から月桂樹に変身していく瞬間を捉えた映像のような彫刻だ。
ニキにこれをがつっとぶつけられる前に起きなければっっと思いつつ、、
またもや二度寝してしまう私。。このブログを書きながらも一瞬うたた寝してしまう始末(笑)
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飛行機雲と雪予報

2008-01-20 06:46:44 | Scene いつか見た遠い空
土曜、目醒めたら、既に昼下がり(まあ珍しいことじゃないけど)。
遮光カーテンを開けると、冬の淡い木洩れ陽が やんわり部屋に染み込んできた。
オリーブやティートリーの葉のシルエットが 木枯らしにゆらゆらゆれている。

夕刻近く、窓の向こうに巨大な飛行機雲が見えた。
昨年末の立て込みモードの時にも、空にこんなばってんを目撃した。
「本日休業セヨ」とういう 空の指令? 今度から“オフ印”と呼ぶことにしようか。

たぶん方向的にみて、遥か調布飛行場に向かう飛行機の軌跡?
♪中央フリーウェイ 調布基地を追い越し・・・
小学生の時、姉が友達から借りた「14番目の月」を聴かせてくれ、初めてこの曲を知った。
ユーミンに走るタイプじゃなかったし、細野晴臣がアルバムに参加したりしていたのも
当時は全然知らなかった。けど、「中央フリーウェイ」は今でも名曲だなあと。

それにしても。飛行機雲って、あっという間に消えてしまう。
この“オフ印”もほんの30秒ほどのこと。たまたま空を見上げたら ばつっと。

天気予報じゃ、今晩から明日にかけ、東京に雪が降るらしい。
あ、明日は満月目前の“14番目の月”だ。雪の晴れ間に 貌を覗かせてくれるといいな。
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暗殺のオペラと軽蔑

2008-01-19 05:03:36 | Cinema
年明けノンストップ2週間の週末、一瞬、解放の兆しが。
「終わらない仕事はないから」と、よく同業者が自嘲気味に云うけど、まったくで。
本日、約束の原稿2本をメール入稿したのち、私的解放祭り(笑)。
仕事のためにお預けになっていたことを、ここぞとばかりに!

しかし、こういうときは、ひたすら心身が弛緩に向かっているので、
たとえ半眠りでも、次のカットも台詞もすべてそらんじられるくらい
慣れ親しんだ映画でも、ぼーーっと眺めるのがいちばん。

そんなわけで、本日の上映作は「暗殺のオペラ」と「軽蔑」。
ベルトルッチが「暗殺の森」を撮る1年前に創った傑作にして、私の私的映画ベスト3に入る作品。
暗殺の森」同様、ビットリオ・ストラーロの撮影が恐ろしく流麗かつ深遠。オペラも重要な要素。
そしてどちらの映画も、極めてざっくりいってしまうと
“父と息子、ファシズム、屈折した順応主義または英雄主義、裏切り”が主題になっている。

↑これは、父親そっくりの主人公が父の故郷を訪れ、父の愛人宅の中庭で午睡に耽るシーン。
「映画がこれほど深い眠りを描いたことがかつてあっただろうか」という蓮實重彦のコメントは
けだし名言。それは、ほんとうに、深く、昏く、限りなく死に近い眠りなのだ。

原作は、ボルヘスの暗喩的な哲学的コント集「伝奇集」の一篇「裏切り者と英雄のテーマ」。
わずか10頁ほどの短編なのだが、これまた濃く、深く、底知れない。
10年ほど前、南イタリアを旅した時、グロッタ・カステッラーナからアルベロベッロに戻る
単線列車をひたすら待ちわび、疲れ果て、羊の群れの鈴しか聴こえない無人駅で
ふうっと眠りにおちてしまった夕暮れ、「暗殺のオペラ」をふと思い出した。
映画では、列車は遂にやってこず、主人公は町に閉じ込められてしまうのだが…。

もう1本の「軽蔑」は、1963年のゴダール作品。
うちのリビングにも引っ越し当初から「軽蔑」の大型ポスターがなんとなく下がっている。

舞台はカプリ島にあるアダルベルト・リーベラが1930年代に手がけた名建築マラパルテ邸。
断崖に沿って超然と佇む邸宅には、コクトーやカミュなども集ったそう。
昔、カプリに行った時に探したけど、残念ながら見つけられなかった。

原作は、私が学生時代から敬愛するアルベルト・モラヴィアの「IL DISPREZZO」。
ちなみに「暗殺の森」の原作(「IL CONFORMISTA」)も、モラヴィア爺。
イタリアのブルジョアジーの退廃と憂愁を描かせたらぴか一の実存翁(たぶん)。
↓これはレイさんが古本屋でゲットしてプレゼントしてくれた、昭和40年のペーパーバック。

原作では妻役はエミリアなのだが、映画ではカミーユとフランス名に。
演じているのは、絶世期のブリジット・バルドー。パーフェクトに美しい。
原作ではラストに夫が“青の洞窟”で、自分を捨てた妻の妄想をみて愕然とするのだが、
映画では夫を捨てて愛人と去るバルドーが自動車事故で呆気なく死ぬ。
ヒロインをラストに頓死させるのはゴダールのおはこだから、これはこれでありかと(笑)。

映画の冒頭で、バルドーが夫(ミッシェル・ピコリ)に「私の鼻は好き?」「私のお尻は好き?」
…とコケティッシュに訊ね続ける印象的なシーンがあるが、
昨年、CHANELがこれをかなり忠実に再現したCMを放映していた。
CMで流れていたのは、映画の冒頭でも流れていたジョルジュ・ドルリューの「カミーユ」。
AIRの一昨年のコンピ「Late Night Tales」でも、この曲がセレクトされていたっけ。

2週間ぶりのオフ前夜、好きな映画と文学と音楽で、ゆるゆる至福の時間。。。
久々にマリア・カラスでも聴いてみよう。
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〆切地獄の冬点描

2008-01-16 04:37:54 | Scene いつか見た遠い空
真冬の夕空に架かった冬枯れのシルエット。でもよくみると、小枝にぷくぷく新芽の兆し。
無駄口は一切叩かず、しかしやるべきことはきっちりやり遂げる熟練職人みたいに、
ヘビーな木枯らしのなかで 淡々黙々と春の準備を整えている。これだから植物は愛おしい。
(写真はベランダのぐみの木)

☆☆☆
三連休明け。フリーランスに連休はあまり関係ないとはいえ、この連休は見事に缶詰だった。
女優インタビュー、ジュエリー広告、ホテル記事、ペット記事、インテリアコラムetc…
奇跡的に原稿が終われば行こうと画策していたアグネスホテルのアートイベントも、
オペラシティの北欧モダン デザイン&クラフト展などなども、いっさい流れてしまい、、
締切前夜の天使がとびまくっていた。。

そんななか、いちだんと底冷えした昨日は、
仮眠1時間のよれよれモードでまたもや朝一打ち合わせ。
そう、夜の深海魚な(笑)私の最も不得手とするところの、あさいちっっ。。
浜松町の駅から浜離宮を見下ろしつつ 白い息を吐いてT社に早足で向かう途上、
ビルも白い息をもわもわ吐いていた(一瞬、ぼやと見まごうばかり)。

なにげにあちこちから「ぐぐー」とお腹の鳴る音が聴こえるほど、長い打ち合わせ後、
帰宅して再び続きの原稿書き。まだまだ缶詰ライフは続く。。

ファイルボックスにがっさり入った取材メモや資料の合間を
我関せずとばかりに悠々と縫うニキ。

まさに猫の手も借りたい日々、アシスタント猫として唯一役立ったのは、
猛烈に冷え込む夜半、傍らで天然湯たんぽ代わりになってくれたこと(たったいまも)。

〆切地獄の時は、どうしても生活が不規則になってしまうけれど
私はお腹が空くと原稿に集中できないので、食事は決して抜かないし、
甘いおやつも必ず↓(ポートランド土産にもらったオーガニックチョコ。美味!)


ただし栄養バランスが悪いと ハードワークに耐えられないので、そういう時は
仕事の合間に、具だくさんのスープとか煮物を鍋いっぱいに作っておく。

が、オーバーワークで臨界点を超えてくると、突如としてなんの脈絡もなく
なにか特定のものを食べたくて仕方がなくなるときがある。たとえば、、、
スモークサーモンだったり、蕪の浅漬けだったり、胡桃やアーモンドやピーナッツだったり。。

昨夜は突如、フレッシュな苺をやまもりに食べたくなり、
寒空のもと 近所の果物屋さんに走った。
自分でも呆れるほど 欲望のおもむくまま 苺てんこもり(笑)

急に食べたくなるものって、そのヒトの身体に足りてない栄養素が含まれたもの
という説もあり。じゃあ、時々むしょうに食べたくなるハーゲンダッツのバニラアイスはどんな?

☆☆☆
ごちゃごちゃ言ってないで、早く仕事の原稿書きなさいってば(空耳)。。
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月のお茶

2008-01-12 09:34:17 | Food 酸いも甘いも
仕事はじめから怒涛スケジュールの一週間。
昨日、朝一に大門で始まったパンフの打ち合わせは15時半までノンストップで続き、
表参道に戻ってデザイナーさんたちと放心の遅いカレーランチ。
クライアントが真剣に説明している最中、「私ちょっとお手洗い行ってきまーす」とのたまった
同行のOさんは、NYにヒップホップのダンス留学をしていたのだとか。不思議つわものちゃん。

さらに夜は荻窪で獣医さんの取材。愛犬家の編集者と化け猫(?)な私の個人的関心も手伝って
取材は2時間におよび。。先生、お疲れのところすみませんでした!

夜更けまで及ぶ取材と、深夜ミールを摂りながらの編集打ち合わせから帰宅後、
まいか社長にいただいた北海道銘菓 六花亭の甘い甘いお菓子でほっとひと息。
六花亭といえばバタ成やチョコが有名だけど、抹茶マカロンやチョコマカロンなども美味。

おやつと一緒にいただいたのはゾネントールの「月のお茶」。


これは、古いハーブレシピを再現したオーガニックティーやスパイスを作っているオーストリアの
ゾネントール社が、ドイツで1990年代にブレイクした『Aus eigener kraft(月の力で)』の著者
Paunger&Poppe夫妻のレシピを採り入れたお茶。月の満ち欠けに呼応した身体の状況に合わせ、
満月茶・新月茶・上弦の月茶・下弦の月茶という4種のブレンドがある。

新月(New moon)の時は新しい企てに最適なので、精神の高揚とリフレッシュをもたらすブレンド
満ちていく上弦の月(Waxing moon)の期間は、動植物が育つので、体力を増強するブレンド
満月(Full moon)は、心身に強く影響し、吸収力が高まるので、鎮静とバランスを保つブレンド
欠けていく下弦の月(Waning moon)の期間は、体内の解毒・浄化を促すブレンドといった具合。

ちょうど数日前の新月の夜、吉祥寺、銀座、表参道と、立て続けに打ち合わせや取材があり、
喉がどんどん痛くなって 風邪っぽくなってきたとき。。ナチュラルハウスでこのお茶を見つけ
新月に合わせて「新月茶」を就寝前にたっぷり飲んでぐっすり眠ったら、すっかり快くなった。
ちなみに、新月茶にはマテ、レモングラス、ローズヒップ、薔薇の花びら、緑茶などが入っている。
昨夜飲んだのは、「上弦の月茶」。こちらに入っているのはレモンバームにアニス、ヒソップなど。

『Aus eigener kraft(月の力で)』は、『月の癒し』という邦訳で10年ほど前に話題になった
記憶があるが、氾濫する“癒し”というネーミングに食傷していたので手に取らずじまいだった。
一昨日さくっと読んでみたら、古来 伝承されてきた“月の力”が身体に及ぼす作用を理解し、
それに呼応した生活をすることで自然治癒力を回復させよう、というわかりやすい指南書だった。
妄信的な“月崇拝者”になるつもりはないが、“月の影響力”というのは、確かに実感するところだ。
まあ、私は名前にも「月」がつくし、飽きもせずよくを撮っているし、
無意識のうちに 月の力に呼応している生きものなのかもしれない。

☆☆☆ とはいえ。。
新月の日は、溜め込んだものを排して身辺を浄化するのもにいいというが、、、
私ときたら新月の日、打ち合わせの間隙を縫って、性懲りもなくあれこれ買い込んでしまい。。
↓これはそのとき衝動買いしたLes Nereidesのネックレス。

丸いシルバーヘッドに透かし彫りになった2羽の小鳥が
「ぴぴぴ」「ちちち」と 私を呼びとめたのだ(笑)。
ハンドメイドなので、同じ品でも小鳥の表情や石の色味が微妙に違うところがまた一興。
フランスのアクセサリーブランドLes Nereidesは、南イタリア出身Enzoとベルギー出身Pascal
夫妻の愛する動植物がモチーフになっていることが多く、無邪気なキッチュ感がツボ。

*あ、このブツ撮り背景には、爆睡していたニキの背中を拝借。
この直後、ニキはすべてを床に振り落とし、「なんなのよ」とばかりに背中をグルーミング(笑)。


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ワビスケが咲いた!

2008-01-10 11:07:33 | Greenベランダジャングル記
ベランダのワビスケ(侘助)が今朝開花した。ワビスケ特有の奥ゆかしいひと重半開きの佇まい。
今週、仕事が始まったとたん 打ち合わせ&取材ラッシュで、
蕾が膨らんでいたのに全然気付かなかった。

ここへ越してきた年に植えたときは、掌に載るほど小ぶりの鉢から伸びたか細い一枝だった。
最初の数年は、窓辺で育てていた。初めて花が咲いたのは、たしか3年目のこと。
ほんの2、3輪だったけれど、日の短い冬の窓辺を彩る小さな紅に胸が躍った。

大輪のカメリアなどと違って、茶花らしい楚々とした風情がとても愛しい。
千宗易の下僕 侘助にちなむなど、語源には諸説あるらしいが、言い得て妙なネーミング。
寺山修二の『さらば箱舟』の主人公の名もたしか侘助じゃなかったけ?

冬の紅といえば、もうひとつ。年末年始にかけ、窓辺で次々に開花しているシャコバサボテン。

蝋燭がぽっと灯るように蕾が色づき 膨らみ、やがて炎がぼっと燃え盛るように開く花弁。
サボテンとはいえ、ブラジル高地原産の森林性なので 水分補給のさじ加減が育て方の秘訣。

シャコバサボテンは、クリスマスカクタスの名で晩秋頃に出回ることが多く、
私が手に入れたのも、やはり底冷えのする11月だった。もう6年も前、父が亡くなる前日のこと。
駒場で取材した帰り路、小さな花屋の軒先で赤々と咲き誇っていたこの花が不意にほしくなったのだ。
父の葬儀を終えた後も、蝋燭のような花は毎日咲き続けた。不思議なことに49日の頃、
いったん終わったはずの花が再び開花し始めた。年に2度も咲いたのは、後にも先にもそのときだけ。

☆☆☆
それにしても、朝顔といい、冬珊瑚といい、オリーブといい、
季節の移ろいとともにさまざまな表情を見せてくれるベランダの植物群には
いつも驚かされ 励まされる。(詳細はベランダジャングル記をご参照)
今年は成長著しいミモザが 3年目にして開花するのではないかと期待しているところ。

えてして、こぎれいなお花屋さんなどで購入した鉢は、温室で手塩にかけて育てられ、
一番盛りの時に店頭に並べられるので、買ってきたあと うっかりすると、
温度や湿度など環境のギャップに耐えられず、あっさり枯れてしまうこともある。が、
環境に徐々に慣らしていくことで、温室育ちの子もベランダジャングルで
ワイルドにサバイバルできる野生児へと進化していく、というのが自論(笑)。

チェコの作家カレル・チャペックは 『園芸家12カ月』で
「素人園芸家になるためには、ある程度、人間が成熟していないとだめだ。」とのたまっている。
園芸家12カ月 (中公文庫)
カレル チャペック,Karel Capek,小松 太郎
中央公論社

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(↑兄ヨゼフ・チャペックの挿画がまたよい)
私も “ベランダジャングルラー”としては、まだまだ未熟者だなあ、、と
日々、植物たちに教えられている。
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おいしい水

2008-01-08 07:55:44 | Food 酸いも甘いも
昨日、「龍泉洞の若水」がケースで届いた。えっ とびっくりするほどおいしい。
いつも取り寄せて飲んでいるナチュラルミネラルウォーター「龍泉洞の水」と成分は変らない。
ただ 「若水」は、除夜の鐘の終了と同時に その年の健康と五穀豊穣を祈願しながらボトルに
詰められた限定品。昨年、試しに取り寄せてみてから、そのまろやかさにすっかりはまってしまった。

疑似科学とかプラセボ効果とか、一笑に付されることは承知で、おいしいものは おいしい。
そもそも、水にこだわるようになったのは、3年ほど前、KDDIのポータルサイトの仕事で
ミネラルウォーターの取材をしたのがきっかけ。
西麻布にある水の専門店「AQUA STORE AND BAR CONCEPT」で扱っている50種近い水を
飲み比べたり、ネットであれこれ取り寄せてみた結果、辿り着いたのが「龍泉洞の水」だった。

あんまりおいしいので、その夏、仕事の間隙を縫って、思わず東京駅から日帰りで
岩手県岩泉にある日本三大鍾乳洞のひとつ「龍泉洞」に行ってしまったほど。

「龍泉洞の水」は、「龍泉洞」の入り組んだ迷路の内奥に潜む地底湖から
湧き出ている天然の鉱泉水。水深100m近くもある その深淵な湖には、
おそろしく澄んだ水が神妙な波紋を描いていた。

周囲には、上流に汚染源のない豊穣なブナの森が生い茂っており、
洞窟のすぐそばを流れる川のせせらぎが、なんとも快かった。
なんで自分が突然ここにふっと来てしまったのか、わかるような気がした。


「龍泉洞の水」は、長い年月をかけてブナの森から石灰岩層を通り抜けてくるため、
ミネラル分豊富な弱アルカリ水になっている。中軟水なので口当たりもやさしい。
肩書きと味は別物だが、日本名水百選 やモンドセレクション最高賞にも選ばれているらしく、
“ミネラルウォーターのロマネ・コンティ”という大仰なご当地キャッチも許せてしまうほど
別格のものがある。もちろん、味は主観だから 「ただの無味無臭の水」という人もいるけれど。

昨春、メイクアップアーティストのシュウウエムラ氏をインタビューした際
御歳80余才で現役を張る彼は、そのパワーの秘訣を訊くと「水です」と即答していた。
自分の身体の約7割は水が占めているわけだが、自分がおいしいと感じる水を飲むと、
身体の隅々に清々しい甘露がすーっと沁みこんでいくのをリアルに実感できる。

それにしても、元旦仕込みの「若水」ってなぜこんなにおいしいのかな。なぞ。

♪Agua de beber
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Buon Anno Nuovo 2008

2008-01-06 20:58:51 | Scene いつか見た遠い空
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年の年賀状には、三島由紀夫の短編『雨の中の噴水』に出てくる和田倉噴水公園で
昨秋撮影した写真を使ってみた(↑)。パレスホテルの向かいのこの公園は 私的お気に入りスポット。

☆☆☆
明日からいろいろ仕事が始まるというのに、まだほんのりお正月惚け状態。。
そんな中、年末年始の回想を少々。

新幹線から見えた夕暮れの川面。車窓を駆け抜ける一瞬の風景画は
二度とみることのできない偶然のロードムービー。

今年も「トンネルを抜けると、雪国だった。ⓒYasunari」
実家の玄関に茂っている南天の赤い実が、雪の中でつやつや輝いていた。


家の至るところにある亡父の書棚。実家に帰るたび、父の膨大な蔵書をしげしげと眺める。

毎回、おもしろそうな本を拝借してくるのだが、今回は開高健のヴェトナム短編集『歩く影たち』、
植物文化史学者ドッジの『世界を変えた植物―それはエデンの園から始まった』をピックアップ。
父に生前、面白いからぜひ読んでみて、と貸していたアゴタ・クリストフの『悪童日記』も
10年ぶりに返していただくことに。久々に読み返してみたくなったので。

大晦日、昔からそんなにアウトラインの変らない近所をちょっと散歩してみた。
雪がうっすら積もった校庭に、かわいらしい雪だるま。


お正月明け、また小学校の周りを散策していたら、
融けて幾分ほっそりした雪だるまが、100mトラックのスタートラインにスタンバっていた。

昔、この小学校に転校してきたばかりのとき、その広さに唖然としたのを覚えている。
それまで通っていた新宿の小学校にあったのは、猫の額ほどのアスファルト校庭だったから。
(夏には、そのグラウンドに消防車が放水してドジョウが放たれるというシュールなイベントがあり
翌日、干からびたドジョウがアスファルトの所々に張り付いていて悲鳴をあげた記憶が(笑))。

☆☆☆
お正月早々、竜ちゃん(弟)の結婚を祝って両家族のお食事会が催された。

その日に水揚げされた新鮮な魚介の数々が美しく盛り付けられたお料理をいただきながら
笑い声のたえない楽しい祝宴を満喫。撮影担当の私は、ファインダーの中に
みんなのいい笑顔を発見できて何よりだった。
弟夫婦は、ふたりとも1970年代 杉並生まれで、共に社会学の学者。
いまは大学教師として岡山に赴任しているなど、シンクロする点も多々あり、すごくお似合い。
おじいさんおばあさんになるまでにこにこ仲良しでいる未来画が ふと眼に浮かんだ。

それにしても。。。竜ちゃんは赤ちゃんのときからほとんど雰囲気が変らない(髪型もままだし)。
大学では先生と思われず生徒に間違えられてしまうらしいが、姉の目からはさもありなん(笑)。
幼児期は、漢和辞典や歴史書など学術的な本の中身をすらすら覚えるなぞの“神童”だったが、
いまや完全に とっつぁんぼうや(笑)。なので、赤ちゃん時代の写真をひとつ。

↑こんな子供が生まれたら、おもしろいね。末永くおしあわせに!

☆☆☆
いつものように、母の美味しいお雑煮や手作り御節をたっぷりいただき、大満足で帰る途上、
昼下がりの車窓から垣間見えた冬の海。ニキをキャリーバッグから出してあげると
なにげに冬旅情を満喫(?↓)。
♪North Marine Drive
ベン・ワットの歌声がどこからともなく聴こえてくるよう。
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