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遠き蝶と熊谷守一

2009-05-07 17:48:16 | Art
去年のちょうどこの時期だった、ニキのいのちが風前の灯だと悟ったのは。
それから2週間もしないうちに、ニキはほんとうに逝ってしまった。

上の写真は随分前にも載せた気がするけど、数年前のある晴れた日に撮った 在りし日のニキ。
たまたまベッドに転がっていた文庫本に肉球を載せてまどろんでいる姿が今も夢のように愛しい。
黄金週間のひととき、雨音を聴きながら、こんなほわほわ眩しい光景をぼんやり思い出し―――

「見上ぐとも見下ろすともなく娘の猫がひねもす窓辺にせつなき瞳」by母


そんな折、母の処女歌集が届いた。ここ20年余りに母が詠んだ短歌を自ら編集した力作だ。
母の眼を通した家族史でもあり、母という個人の自分史でもある。決して厨短歌に陥らず、
感傷にいたずらにのめらず、独創的で潔く、そして清々しい。素直にいい歌集だと思う。

私も微力ながら編集や装幀に携わってきたので、こうして本になってみると万感の思いがある。
何より、電話口の母の声がとても満足そうに弾んでいたのが嬉しかった。

表紙に用いたのは、熊谷守一画伯の最晩年(1975年)の油彩「ノリウツギ」。
私の家でたまたま守一の画集を捲っていた母が、「この画しかない!」と瞬時に直感した一作だ。
熊谷守一美術館館長であり、守一の愛娘である熊谷榧さんの承諾を得て使用させていただいた。

ちなみに これは「ノリウツギ」を制作中の守一。『別冊太陽 きままに絵のみち 熊谷守一』の奥付に
出ていた小さな写真を これまた母が目敏く見つけたのだ。確かに蝶や山の下描きがはっきり見える。


口絵には、母の一首と共に、私が撮影した父の標本箱のモルフォ蝶をあしらった。
「音もなく雪降りしきる夜半に翔つ標本箱の青きモルフォ蝶」

歌集の各章立ても、「黄蝶の軌跡」「黒揚羽舞う」「孤蝶ゆらゆら」など蝶にちなんだものになっている。
亡父の蝶好きは、母にも私にも今も深い影響を与えているのだ。

そもそも、母と私を熊谷守一ファンにしたのも父だった。15年ほど前、「ぜひ」という父と連れ立って
3人で「熊谷守一美術館」に訪れた際、そのあっけらかんたるフォルムの捉え方に衝撃を受けた。
たっぷり潔いタッチに 明快な色彩、そして一切の無駄な背景を排した迷いのない構図。

左:「熊蜂」1972年/右:「アゲ羽蝶」1976年(96歳、絶筆)

守一の終の棲家となったアトリエ跡に榧さんが建てた「熊谷守一美術館」の壁面にも
かの地で描かれた蟻や蜂が刻まれている。種村季弘は『江戸東京《奇想》徘徊記』の
「池袋モンパルナス」の章で、庭木が残る美術館の隣家に守一の旧宅の面影を見出し、
「ここから遠くないわたしの生家もこんな造りの家だった。もうひとつの池袋がまだ現役で
生きているという気がした」と語っている。私もこの近くに住んでいたことがあるので感慨深い。



熊谷守一は洋画家にありがちな渡欧もせず、「へたも絵のうち」を標榜し、
晩年は小さなアトリエにこもり、「袴を穿くのが嫌」と文化勲章も断って、何十年もの間、
鬱蒼たる庭のいきものたちを観察して過ごした無欲の画家。その風貌からよく仙人ともいわれる。
いわく「絵描きくさいのはやりきれない。それが欠点です」

↑『別冊太陽 きままに絵のみち 熊谷守一』より

先日観た「日本の美術館名品展」でも、天童美術館所蔵の守一作品「兎」(1965年)の前でしばし
釘付けになった。猫も兎も蝶も、このひとの描く小さないきものたちは、いのちそのものだ。



ちなみに、この「日本の美術館名品展」@東京都美術館~7/15にはなかなか凄い作品が会している。
看板に使用されているのはシーレの「カール・グリュンヴァルトの肖像」(豊田市美術館蔵)と
フジタの「私の夢」(新潟県立美術館・万代島美術館蔵)。後者は同展のチラシにも使用されており。

猫をはじめたくさんの動物たちに囲まれたこんな夢、私もぜひみてみたく。。

図録の表紙はボナール。娘(ボナールの妹)をとりまくヒナゲシや蝶や犬の構図がどこか日本的。


岸田劉生の傑作「冬枯れの道路(原宿附近写生)」(新潟県立美術館・万代美術館蔵)にも会えた。
1916年頃のこんなすっきりスカーンとした原宿に、ぜひタイムトリップしてみたい。


猪熊弦一郎の「顔31」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵)も印象深かった。
たまたまだが、つい先日 古書店で入手した大佛次郎「猫のいる日々」の装幀も猪熊弦一郎。
猫にめろめろな大佛次郎先生も好きだけど、表から背~裏表紙に跨る大胆なカバー画もいい。




今週は、久々にひいた風邪が微妙にあとをひき、鎌倉行きの約束もキャンセル。涙ぽろぽろ零しつつ、
新玉葱を7つも刻んだ野菜たっぷりのスープをこしらえ、雨で少し冷える休日のひととき
家でひたすらゆるゆる読書や映画に明け暮れていた。けだるい猫のように朝も夜もわがままに。


そんな折に聞いた忌野清志郎さんの訃報。
うちのご近所さんとは知っていたけど…淋しいなぁ。。
詞集「エリーゼのために」の口絵より
合掌。
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コメント
 
 
 
大丈夫ですか? (すみ太)
2009-05-07 21:50:21
ちょこっとお休みも時には必要です。
町内の班長(今年1年)となり、ご近所の猫さんが出窓でまどろんでいる姿を見て微笑んだりしてます。
ニキ姫、もう一年ですね。。。

母上さまの詩集、素敵ですね。
センスきらりです。
一度読ませてもらいたいです。

 
 
 
だいじょぶです (LunaSubito)
2009-05-07 22:56:35
こんばんは。
ここ数日、十分休んだのでもう大丈夫です。
ニキキ(=忌)目前です。つい昨日のことのように
なにもかも鮮明に覚えています。
1年、早いですーー。

母の歌集、ぜひ今度お渡ししますね。




 
 
 
Unknown (大武智子)
2021-05-08 01:54:44
私もこの絵が大好きで、検索するうちにお母様の歌集にたどり着いた次第です。
私も短歌を少しやっています。
在庫がおありでしたら、お譲りいただけないでしょうか?
 
 
 
はじめまして! (轡田早月)
2021-05-09 13:25:01
大武智子さま

はじめまして。ブログを書いている轡田早月です。
古いブログを見つけていただき
ありがとうございます!
守一を巡るご縁ですね。

母に伝えたところ、喜んで歌集を大武さまに
お送りしますとのことです。
郵送でお送りしますので、
郵便番号と住所をお教えいただけますでしょうか?
(コメントは非公開にしますのでご安心ください)
 
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