goo blog サービス終了のお知らせ 
goo

夏至生まれの仔猫たち

2011-08-01 04:23:15 | Cat 猫族の甘い生活


7月と8月をまたぐ静かな新月の夜、二週間ばかり前のパーフェクトな満月の残像を探す。
半月ほど前に見た江の島の昏い海は、まるで大きな魚の胎内のようだった。

今日から8月。ぐらぐら容赦なく揺れた、あの凍えるような日々から4か月あまり。
喪失と再生の途上で、ほんのちいさなちいさないのちが、密やかに生まれ育っていた。

きゅーん
この仔は、夏至の朝、腰越の友人宅で生まれた。
名前は、まだない。性別も、まだ判らない。
うっすらと“まろ眉”があるので、さしあたり「暫定まろこ」と呼んでいる。
名前は思案中だけど、「まろこ」は間違いなくこの子のあだ名になりそう(いいのか?!)
この「暫定まろこ」を、8月末頃に拙宅に連れてくる予定。
これは、自分でも驚く決断。


――遡ること夏至の夜明け、なんとなく空の写真が撮りたくなって外に出た。

東からカーテンを捲るようにみるみる明けていく朝焼け。南天には眠たげな猫の瞳のような半月。
その瞳と目があった瞬間、妙にわくわくした。何か不思議に快い胸騒ぎ。



朝方に眠り、昼ごろに目覚めてメールチェックすると、
腰越の友人から「仔猫が生まれた!」という速報メールが。

生まれたのは、黒茶シマリス柄1匹、白1匹、グレイ縞3匹の、計5にゃんこ。
母猫は純白の可憐な「しろい」さん。これは生後5日目にいそいそ撮影に行ったときの聖母子の図。


誰にも教わっていないのに本能的におっぱいをあげる母猫と
まだ目も開かないのに無心にしぱしぱおっぱいを吸う、生命力の化身のような仔猫たち。
儚くもしたたかな生きものの営みに、うっとり見惚れずにはいられなかった。

2週間目に友人宅を再訪した時にはみな目も開き、驚くべきスピードで成長していた。
母猫しろいさんに遠慮しながら、フラッシュをたかずにそっと里親さん募集ショットを撮影。
ついでに、美少女しろいさんの雪隠ショットもパパラッチ。失礼!(右)



友人はしろいさんの里親になってまだ日が浅く、
5月末に引き取って間もなく、お腹に仔猫がいることが発覚した。
でも友人夫婦は出張取材が多いため、多頭飼いは難しい。
かといって野良猫として野に放つのも忍びない、とひどく悩んでいた。

その時点では、どんな猫が 何匹生まれるのかさえわからなかったけれど、
困り果てた様子の友人と電話しながら、とっさに「1匹は私が引き取るよ」と口走っていた。
残りの仔も愛猫家の友人たちに協力してもらって里親を探すから…などと
あたふたやりとりしていたさなか、しろいさんは んなのは取り越し苦労とばかりに
おっとり顔で、たまのような5匹の仔猫を産み落とした。


情深い友人たちのお蔭で、懸案だった里親さん候補も続々現れ、
7月末に5匹全員の受け入れ先が決まった。私もその里親の一人だけど、
わくわく心ときめく一方、生きものの命を受け入れる重みをひしひしと感じずにはいられない。

かつて、ニキと暮らすと決めたときもそうだった。
3年前、腕の中でニキの心臓が止まったとき
あの日預かったいのちのおもさを全身全霊で感じた。


ニキ(↓)が星になって3年余り。その間、何度も仔猫を紹介されたけれど、
17年近く一緒に暮らしたニキの存在がまだ大きすぎて、お断りし続けてきた。
なのに、今回は、暫定まろこが生まれる前から、一緒に暮らすことを迷わなかった。
未だ白猫とも黒猫ともわからなかったのに、
なぜかうちに来るその仔は、きっと白猫なのだろうと思っていた。

じつは生前のニキには よく「生まれ変わってくるなら今度は白猫ね」と、云い聞かせていた。
あれは半ば冗談で、半ば本気だった。ニキはいつも神妙な顔でそれを聞いていた。
在りし日のニキ



腰越の友人宅に猫を見に行った折、遊びに来たご近所のお子さまと一緒に
友人宅の近所で蛍がほわほわ舞う姿を見た。言葉にならない声で驚嘆するお子さま。
ヒトもネコも、子どもって柔らかくて熱くて、エネルギーのかたまりだね。


猫たちの眠る部屋の隣で一泊させていただいた翌朝、友人夫婦と一緒に葉山辺りをドライブ。
あいにく曇っていたが、海の家をトンカン作る音が響く中、
夥しい数のサーファーが波間に浮かんでいた。

その数日後、お世話になっているディレクターさんのライブに伺った際
クライアントさんのおしゃまな息子さん(右)がきゃふきゃふはねまわっていたのでパチリ。
子どもってやっぱり、無尽蔵の熱いエネルギーのかたまりだなあ。


・・・
七夕は過ぎたけど、旧暦の七夕は8月。これは代々木公園でたまたま目についた短冊。
その昔、どこかの神社で「絶世の美女になれますように」という絵馬を見たことがあるけど、
それ以来のインパクト。ちょっとぐらい変顔でも味わいがあっていいのに。



・・・
7月半ば、久々にお逢いする素敵なマダム千鶴子さんのお誘いで
六本木の泉ガーデンタワー高層階にあるオフィス設計ホールのピアノトリオコンサートへ。
都心のパノラマを借景に、ドビュッシーやフォーレのピアノ三重奏曲に身を委ねていると
α波が出まくって温泉にでも浸かっているように心地よかった。
震災後に初めて会う千鶴子さんから、当日の壮絶なエピソードを伺い、
その彼女と昼下がりの静かなカフェで、なにごともなかったかのように
共有する平穏な夏の午後。それは、決して当たり前の時間ではないのだと思った。



・・・
薄紫色の昼顔が、今年もベランダジャングルにて開花。
一見儚げだけど、例年、山手通りに向かって、灼熱の真夏から北風舞う晩秋まで、
じつにしたたかに咲き続ける。グリーンカーテンにもぴったり。
でも凄い勢いでぼうぼう繁茂するので、うっかりするとお化け屋敷化する。

でも、ぼうぼうの葉っぱ越しに染み込んでくる夏の木漏れ陽が、私は大好き。

うちのはす向かいにはミラーウォールのビルがあるので、東側の窓からは、朝陽だけでなく、
夕陽もビルの窓に反射して、ベランだジャングル越しにきらきら射し込んでくる。
この前、その夕陽の長いビームがスーッと部屋に入って来たなと思ったら、
一角にかけてあった白いリネンのワンピースに、光の十字架を浮かび上がらせた。

そういえば、この夏は、ピーター・フォークに原田芳雄にレイ・ハラカミに小松左京に、
そして敬愛するアゴタ・クリストフの訃報が相次いだ。。
この「ルナスービトの悪童日記」も、もちろんアゴタ・クリストフの傑作
『悪童日記』へのオマージュ。彼女の作品をまた読み返してみよう。


逝くいのちと、生まれるいのち。どちらも愛しく。
うちにもあと1か月ほどで、生まれたばかりのちいさな白い“悪童”がやって来る。
goo | コメント ( 3 ) | トラックバック ( 0 )

一丁倫敦~日比谷公園、ちょっと春ぼけ

2010-03-09 18:55:28 | Cat 猫族の甘い生活

ほぼ雨続きの3月、一瞬うそのように晴れた週明け、またもや丸の内界隈で取材。
鬼門の早起きを無事クリアし、“一丁倫敦”を三月兎の足取りでタッタカ。



これは4月に開館する「三菱一号館美術館」に隣接する「Café 1894」。
1894年の創業当時は銀行だったらしく、お客様窓口だったカウンターもちゃんと復元されている。
それにしても、建築の構造から素材までオーダーメイドで見事に蘇った館内は、
当時の製法で作られた煉瓦の風合い一つとっても趣深い。
同じコンドル作品でも、ちょっと江戸川乱歩風な旧岩崎邸(これも去年取材)などとは異なる。
解体される前の「旧・新丸ビル」(今の「新丸ビル」は、正確には「新・新丸ビル」なのよね)の
ふき硝子を再利用したという窓硝子から臨める 少し歪んだ丸の内の朝の風景が眩しい。。


*先日インタビューした高橋館長の「モネとモダン都市パリ」についての記事と
今回の記事は、4月末発売予定の『NODE』に掲載されるので、またご一読ください。


編集の宮崎さんやカメラマンさん、デザイナーさんたちと遅い昼食後、
先月に続いてまたもや日比谷公園に寄り道。案の定、心の字池付近で先日の茶トラ猫、発見。
シエスタ中だったらしく、呼んでも置物の眠り猫みたいに箱座りのまま 行儀よく爆睡していた。


と、もう一匹、茶とらくんがタイサンボクの下でやはりお昼寝していた。
こちらは呼ぶと、薄目を開けて大あくび。それから左右をゆっくり確認し、
私の足下にとことこやって来て、何度も前足をぐーんと伸ばして猫ストレッチ(尻尾ふとっ)。


撫でようとすると何度もすりすりしながら頭突き。カメラにもがしがし頭突き(笑)

ようやく落ち着いた茶トラくんを撫でることしばし。今度はゴロゴロがやまない。
至福の猫チャージ(私は猫のゴロゴロによって急速充電される低燃費体質なので)



猫フルチャージ後は、北欧バイキングの古代文字が刻まれた謎の石碑や
噴水を眺めながら公園内をゆるゆる散策。たまたま何かの撮影中だったようで
春の装いの女子数名が凄い勢いで傍らを「きゃはははは」と笑いながらぱたぱた疾走していった。
春のニンフかと思った。


この季節になると つい公園に引き込まれてしまうのは、
春のなまあたたかな蠢きとたくさん出逢えるから。
まだ冷たい風に震えつつ、樹木のしじまには楚々と美しい花たちがひっそりと咲いており、
枯れたように見える枝々にも新芽がぷくぷく膨らんでいる。
ぽっとピンクのにじんだボケの花、(ちょっとピンボケだけど)なんてかわいいの。



完全に散り落ちる寸前の山茶花、つい足を止めてしまう凄みがあった。
花壇にはチューリップがすくすく育っており、ムクドリの群れが黄色いくちばしで
地面を無心につついてはもぐもぐしていた。ムクドリは近づくとなにげに遠ざかるので撮影できず。



ところで、日比谷公園のベンチの背もたれには、よく見ると「思い出ベンチ」という
小さな金属のプレートが貼ってあり、いろんな人たちの「思い出」が実名入りで綴られている。

「ここは○子のふるさとです。また来ましょうね◇江さん」とか
「昭和20年に此の公園で別れた人を今でも思い出します。触れもせで別れし悔や60年」とか。。

じーん
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

如月猫、冬季五輪

2010-02-18 02:15:49 | Cat 猫族の甘い生活

また都心に雪予報。寒いのは苦手ゆえ、取材や打ち合わせ以外はひたすら家で冬猫状態。
窓から見えるにび色の空がいかにも冷え冷えとしているので
部屋のあちこちにオリーブの枝とポピーを飾った。


そんな中、昨日は午後からずっと外で取材。昼過ぎ、日比谷で女優さんのインタビュー。
木枯らし吹く中、春の装いで撮影中も凛としていたプロ魂に恐れ入る。

夜の取材まで随分間があったので、日比谷公園にぶらり。この寒さの中、野良猫たちは
どうしているかなぁと心の字池辺りを漫ろ歩いていたら、足下に何かふわっと触れた。
にゃあ

茶とらくんが私のブーツに頭すりすり。撫でてあげると、ますます すりすり。
被毛の表面は冷たいけれど、その奥の身体はふっかりあったかい。

ふと気づくと、もう一匹 茶とらくんが登場。この子は鈴のついた首輪をつけていて
さらに人懐こい。額と額がくっつかんばかりに近づいても目を細めてふがふがしている。



暖をとりにきた猫でしばし暖をとる私。頭上のカラスも寒そうに身体を膨らませていた。
首輪の子は私の大きなトートバッグに入ろうと何度も何度もバッグに挑んでいた。
そういえば、故ニキも時々このバッグをクッション代わりにしてもたれていたなぁ。。



日比谷公園を後に、後日取材予定の丸の内仲通をてくてく歩き、
通り沿いの「丸の内カフェ」にて読書休憩。
このカフェは図書館のラウンジみたいで時間を忘れる。

カフェの入口には、カウパレードの名残りの牛くんたちが。


夕刻、新丸ビルの「四川豆花飯荘」にて食育イベントの取材。
同じビルの仏料理店「サンス・エ・サヴール」シェフとのコラボレーション料理、奥が深い。。
ちょうどチャイニーズニューイヤー期間だったので、茶芸師のパフォーマンスも目の当たりに。
1m以上ある注ぎ口からアクロバティックな動作で器用に湯を注ぐさまは
日本のミニマムなわびさびとは真逆の世界観。



実はつい先日も、丸の内に出没しており、ブリックスクエアに今春OPENする
三菱一号館美術館にて打ち合わせ。1894年にコンドルが設計したオリジナルを復元した建物、
なんちゃってレトロ洋館とはやはり違う。必見です。




週末、バレンタインデー前日

バンクーバーオリンピックが開幕した。

前回のトリノ五輪開会式のイタリア的演出があまりに私のツボだったのと、
徹頭徹尾ど派手だった北京五輪が未だ脳裏に鮮明に残っているせいか、
今回はほどよく肩の力の抜けた淡白な演出だったように感じた。
ハイチの選手は参加していなかったが、ハイチ出身というカナダ初の黒人総督が、
挨拶でハイチ地震の被害者にも思いを寄せたコメントをしていたのが印象的だった。



翌14日は新月だったが、会場には麗しい満月が。


ごく幼いときからオリンピックは大好きなのだが、とくに冬季五輪は
白い氷雪の中で躍動するアスリートたちの滑走感がたまらなく快い。


どの国が何個メダルを獲ったかにはあまり興味がない。
ただ、ぎりぎりまで鍛え抜かれたアスリートたちの、ひょっとすると神の領域かもしれない
極限を超えたパフォーマンスを目の当たりにすると、心底ぞくぞくする。

昨日はそんなオーラふんぷんたるこのひとに目が釘付けだった。


エフゲニー・プルシェンコ。かなり少年時代から凄い天才であることは一目瞭然だったけど
こんな異次元のいきものになるとは。眼差しが、標的を定めた猫のそれ。迷いがない。
goo | コメント ( 2 ) | トラックバック ( 0 )

笑う象とピースでスマイルでミラクルな日々

2009-11-10 10:16:13 | Cat 猫族の甘い生活
心地よい秋日和の中、引き続き怒涛の原稿ラッシュ。そんな折、ミラクルな事件が幾つか。
昨日はベランダの宿根朝顔が11月の寒空に向かって打ち上げ花火のようにばんばん開花。
秋咲きは3年前からの現象ではあるのだけど、今秋はとみに激しい。
しかもお日さまに顔を向けず、こっち向きに咲いたのは初めて。なんだかうれしい。
(しかし枇杷の木に絡みついていてワイルドなことこのうえなし。。枇杷の木も10年前に食べた
 果実の種があっという間に私の背を越して繁殖しているわけで ますますジャングル化。。)

ミラクルといえば、澄んだ夕暮れの後、柔らかな満月があがった11月5日。
折りしもその日は父の命日で。


深夜、コピー用紙が切れてしまい、仕方なく近所のセブンイレブンでコピーをして帰宅した際、
うちの前の駐車場に、仔猫時代のニキそっくりの黒猫がいて、息が止まりそうに。
その辺りで黒猫を見たのは、去年、ニキを荼毘にふした日以来。
思わず「ニキ、ニキ」と呼びながらそっと近づき手を伸ばすと、指先の匂いを一寸嗅いでから、
指に頭をすりっ。頭や首筋を撫でてあげると、ニキそっくりのアルト声で甘えた。
気づいたら、涙ぽろぽろ零しながらその仔を撫でていた。

奇しくもその前夜、ちよさんから黒仔猫の里親探しの話をメールで受けていたのだけど、
私の中には今もニキが満タンで、他の猫と暮らそうとはまだ思えないと返信したばかりだった。

なのに目の前の仔があまりに愛しくなり、とっさに連れ帰ろうと抱いてしまった…
でも怖がったので すぐ放してあげた。以来、その仔には逢っていない。その仔の写真もない。
あの仔は、天国の父がおくりだした幻ニキだったのかな。。

↑仔猫時代のニキ。耳はまだ小さく、瞳も濃い蜂蜜色。頭の毛もほわほわ。

仔猫時代のニキをよく知る、あるいみニキの肉親のようなひとにメールしたら、
当時から私は「百匹の黒猫の中からでも、ニキを見つけ出せる」と宣言していたよう(笑)
いまじゃ「百万匹の黒猫集団の中からでも、ニキを見つけ出せる」とまで豪語してますが!
でも、あの月夜の仔がだれだったのかは、いまだにわからない。
満月の夜のふしぎなできごと、でした。


☆ピース&スマイル1

先日行ったスリランカのお国キャッチは“Small Miracle”らしい。
ミラクルの洗礼、たしかに受けているかも。

そんな中、「スリランカ通信」の打ち合わせで先日 新宿西口のピースへ。
時々利用するピースは、田宮二郎がなにげに珈琲をのんでいそうな 昭和40年代な喫茶店。
エスプレッソをアイスキューブにした名物のアイスコーヒーとホットケーキをいただきながら
レイちゃん&まいちゃんとすっかり長居。写真選びは果てしないけど、わくわくする。



そんなわけで、うちでスリランカ写真をチェックしていて気づいたのだが、
象の孤児院を取材したときに撮影した象さんの顔が、よく見るときゃはっと笑っていた!

生まれて初めて象さんに触れた瞬間、長いまつ毛の瞼をそっと上げ、
私をちら見した瞳が びっくりするほどやさしかった。
あの時はどきどきするばかりだったけど、笑ってたんだあね^^


☆スマイル2

これは先週末、姉が泊りに来ていた時に行った近所のイタリア料理店「ダル・マテリアーレ」の
ランチでいただいたスマイルパン。このお店、数年前に行った時も思ったのだけど、パスタをはじめ
野菜などの食材すべてが驚くほど繊細で力強い。ローマで暮らしていた食にうるさい姉も大絶賛。
パンも美味!

原稿まみれの日々は、食事もタイトかつジミになりがちなのだけど、
先週はたまたまディナーの約束が続いていたので、二夜連続で仏料理ざんまい。
一夜目はまいかさんに広尾のキャーヴ・ド・ポール・ボキューズでご馳走に。
ワインと料理のマリアージュを楽しむというコンセプトのコースに昇天。
(帰宅後に原稿の続きを書き始めるも、PCの前でつい爆睡。。)


二夜目は、GALLERY五峯のようこさん&ひろえさん夫妻のお誘いで野方のLa pomme de pinへ。
スリランカ取材に行く直前、日本語堪能なスリランカのご友人をご紹介くださったひろえさん夫妻に
お土産を無事渡せてよかった。旅話をしながらの美味しい料理に大満足で帰宅した後は、
やっぱり原稿の続きが待っており。。(やっぱりまたPC前で爆睡。ぁあ)


☆スマイル3

先週、オーリエさんのお仕事で、アーティストのRINKOさんをインタビュー。
彼女にいただいたポストカードの絵のタイトルが、なんと「スマイル」。
<実物はもっと緻密
RINKOさんと話しながら、彼女の目指すものが卑小な現代アートの枠を超越した
ユニバースであることに気づき、つくづく出逢えてよかったと思った。
オーリエさんといい、RINKOさんといい、とても稀有な存在。
RINKOさんの作品詳細はこちら


土日以降はひたすら家にこもって缶詰原稿な日々。
身体的には少々ヘヴィだけど、どれもおもしろい。

最近の主なBGMはこんな感じ。全部うれしいいただきもの。
夜更けと夜明けは、ロバート・ワイアットのドンデスタン。
来週、時間ができたら、これもいただきもののクエイ兄弟のDVDに浸る予定。




最後に、先日うちに来ていた姉が今夏撮った
南イタリアのミラクルなヴァカンスショットを。

ぁあ 南イタリアに 幽体離脱。。
goo | コメント ( 3 ) | トラックバック ( 0 )

谷根千「猫町」再彷徊

2009-06-01 14:14:18 | Cat 猫族の甘い生活
[荘子は、かつて夢に胡蝶となり、醒めて自ら怪しみ言った。
夢の胡蝶が自分であるか、今の自分が自分であるかと。]

萩原朔太郎の散文小説『猫町』の主人公は、終章で荘子を引用し、
自分が見てきた幻想世界の虚実を自問しつつ云う。
[理屈や議論はどうにもあれ、私がそれを「見た」ということほど、
私にとって絶対
不惑の事実はない。]

前置きが長くなったが、ここのところ 虚実の境界が曖昧な夢ばかりみる。
覚醒した後も、しばし夢のふちで宙ぶらりんなまま ひどく遅い朝食の珈琲を飲んでいたりする。
あまりにその夢が心地よいので、朝食と一緒に夢を反芻しているだけなのかもしれないけど。

要は 雨曇り続きの低気圧のせいで、少々ぼーーっとしているわけです。


そんな中、先週木曜は 新宿パークタワーのリビングデザインセンターOZONE 7Fに
期間限定オープンした「Pioneer Built-in Audio Gallery Supported by OZONE」の内覧会へ。
ここは、キッチンやダイニング、ベッドルームなどで iPodやインターネットラジオなどのサウンドを
気軽に楽しめる画期的システム「ACCO」をいち早く体験できるスペース。
(会期:5/29~12/22 10時半~19時 祝日以外の水曜休)

空間デザインは知人の寺内ユミさん。ジェイミー・オリヴァーじゃないけど、私も料理作りに
音楽は不可欠だったりするので、こういうのはとても面白い試みと思います>ハカセ

帰りにレイちゃんと下のコンランショップに寄った後、またもや田宮二郎が密会してそうな昭和な
喫茶店で話し込み。さらに夜は銀座で原野先生たちとお会いし、その後はメグ千鶴子さんたちと
トリコロールで閉店間際までお喋り。雨の日の旧い喫茶店て 何ゆえあんなに心地好いんだろう。



金曜は、フォトグラファーみっちゃんのお誘いで、四谷の仏料理店テート・ア・テートにて
シャルル・フーリエ研究者であり フランス語の教授でもある篠原洋治先生を囲んでの会食。
先生と同じ90年代にパリ留学をしていたロクシタンの齋木さんなど 個性豊かな面々が揃い、
あっという間の楽しい数時間。家を出る間際まで雨頭痛でぐったりしていたのが嘘のように復活した。




土曜はふくちゃんと千駄木で待ち合わせ。実に3週続きの谷根千詣で(いやあ谷根千は奥が深い)。
まずは、先日 谷根千通の方に教えていただいた「旧安田楠雄邸」の見学に。
「豊島園」の創始者でもある実業家の藤田好三郎氏が大正8年に建てた近代和風邸宅で、
旧安田財閥の創始者・安田善次郎氏の末裔が10数年前まで住んでいらっしゃったそう。

左は書生室前の電話室。なんだか半透明な高等遊民の姿が見えるよう。。
で、右は畳敷きの廊下。畳と並行して端が板張りになった部分は使用人用だったとか。



廊下の先は洋風の応接室。最近 洋館取材をしていたこともあり、この手の洋室は多々見たけど、
ここは非常にシック。ウォールナットの柱に施されているリスや梟のレリーフも、実にさりげない。
安田氏は大正当時のままの家に穴を開けるのを嫌い、エアコンも床暖房も設置しなかったらしく
椅子の傍らの小台の蓋を開けると、中が手あぶり用の特注火鉢になっていてびっくり。
見学中、この部屋の一角に置かれた蓄音機からSPレコードの歌が流れてきて、ちょっとくらっとした。


洋室からさらに奥に進むと、美しい枯山水の日本庭園を一望できる純和風の客間がどーんと。
華美な襖絵などは一切ないけど、木目の美しさや職人の手仕事の丁寧さがじんわり伝わってくる。
思うに、旧岩崎邸のような豪奢な邸宅は京マチ子とかがシルクのドレスで踊っていそうだけど、
ここは白ブラウスの高峰秀子がほっこりお茶でも淹れてくれそうな滋味深い風情とでもいおうか。


こちらはキッチン。天窓から差し込む光が明るい。
当時としては最先端の設備が整っていたよう。


ボランティアの方が、詳しくレクチャーしながら案内してくれるので、非常に有意義だった。
公開は水曜・土曜10時半~16時の週2回だけ。四季折々の行事もあるようなのでまた行ってみたい。


1時間半たっぷり見学した後は、「乱歩」で小休憩。つい先日も来たけど、ここは隅々まで空間が濃い。
そして珈琲が美味しい!お隣にお座りだった初老のご夫婦も「こんなに味わい深い珈琲は珍しい」と。
“歩くまたたび”こと猫族ふくちゃんの吸引力か、ここのスタッフ猫くんもひょっこり登場。
この白い靴下を履いたみたいな猫手の主は、ふくちゃんに抱かれた看板猫りょうすけくん。



「乱歩」と「いせ辰」の間の路地から奥に入って行くと、まさに朔太郎の『猫町』に出てきそうな
佇まいの「猫町Gallery」が現れる。なかなかマニアックな猫モチーフ作品が多々。



さらに界隈のオーダーメイド靴屋さんやアートなアクセサリー屋さんで油を売った後、
夜はふくちゃんのバースデイ祝いに「猫町カフェ29」へ。10日ほど前に来た時は
あまり顔を見せてくれなかった看板猫の空ちゃん&風ちゃんも うれしいかな出ずっぱりで♪


至福の猫シチュエーションの中で、素材の風味を活かした温もりある熊本スローフードを続々堪能。
どれもシンプルなのにあたらしい。しゅっと清新で潔く濁りがないのだ。
途中で、研究発表のためにやってきた弟の竜ちゃんも羽田から直行で参入(谷中は竜の古巣だし)。
お店の方との話も凄く楽しく、親戚のおうちで歓待していただいているようなひとときだった。

お土産に包んでもらった「にくきゅうまんじゅう」は、
日曜の朝食に竜ちゃんとほくほく美味しくいただいた。
ほんものの肉球は握っても食したことはないけど(笑)
なんか表皮のぷにぷに具合とかリアル肉球っぽくてどきどき。


それにしても。 谷根千は いろんなイミで「猫町」濃度が高い。


これは、10年ほど前にデザイナーのヤゴちゃんにいただいたパロル舎版『猫町』。
朔太郎の鋭利な言葉に 金井田英津子のシュールな挿画が絶妙にいい。彼女は漱石の『夢十夜』や
内田百の『冥途』などの挿画も手がけており、いずれも図抜けた解釈&表現力。
朔太郎も漱石も百も、彼女の挿画をみて冥途で膝を打って歓んでいるにちがいない。

知っている筈の角をふと曲がると、思いがけず現れる蠱惑的な世界。
『猫町』の主人公は、おそろしく閑雅な町の万象が 一匹の黒猫が駆け抜けた瞬間に静止し、
猫だらけの「猫町」に変貌すると、はげしく戦慄。息が止まり、昏倒しかけさえする。
[見れば町の街路に充満して猫の大集団がうようよといるのだ。
 猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。]

私ならうっとり深呼吸するけどなああ。
goo | コメント ( 2 ) | トラックバック ( 0 )

ニキキ、乱歩、猫町

2009-05-22 09:28:15 | Cat 猫族の甘い生活
18日にニキの一周忌、ニキキを向かえた今週。
思えば 彼女が昇天してから、魔法にかけられたような一年だった。
ニキの身体は消えても 消えたのは身体だけで、
ニキがもたらしてくれた幸福は何もかも消えなかった。


夏めいた日々の昨今、装いも一気に夏に。この季節はしばしばお世話になる、
パリの三姉妹がデザインしたこのカゴバッグ。ジャスト ニキ サイズでもあった。



当たり前のことながら 生きものの命には終りがある。私もあのひともこのひとも
かなしいかな いつかきっと死ぬ。でも散ったらお終いってわけでもない。
もしかしたら、完璧に咲いているときよりも 鮮やかな存在になるのかもしれない。





月曜は缶詰で原稿。火曜はキムリエさん&カッシーと代々木上原で合流。
さらにレイちゃんも揃って NEWPORTへ。例によって尽きない超年齢的ガールズトーク。
たまたまオーダーした仏産ビオワインの名は「You are so happy」。


夜更け、うちで楽しいプレゼント交換などなど。I’m so happy!
>
その後、原稿を書く筈が、昼近くまで爆睡。。。。。



水曜は、夕方になんとか仕上げた原稿をメールするや否や メトロにダッシュ。
またもや谷中へ。団子坂にある喫茶店「乱歩」で ちよさん&みっちゃんと合流し、
放課後の高校生みたいなゆるーいひととき。時々、年代物のぼんぼん時計が、ぼーん。

弟が学生時代に谷中住まいだった頃、両親と乱歩で待ち合わせたことがある。
あの頃はまだカウンターにも座れたけど、今じゃカウンターもオブジェで溢れ返っていた。
でも コーヒーはあの頃と同じように深くコクがあり、ミステリー好きのご主人もお元気そうだった。


乱歩から根津方面に続く路地裏には、ハンドメイドの逸品が潜むショップやギャラリーが多い。



この日は、そんな一角にある、みっちゃんたち行きつけのお店「猫町カフェ29」でゴハン。
なんだか猫の懐のように温かなお店。私の座った席の背後にはオッドアイの白猫像が。タイプ!


メニューは熊本スローフード。こちらは前菜。これだけでも一品一品がただものではない。
さらに、採りたて山菜の“草鍋”から“だご汁”まで、どれもフレッシュで風味が際立っている。


お店のオーナーさんは編集者だそう。これは彼女が手がけた本のひとつ『ねこの肉球』(文春文庫)。

店内にも看板猫さんが2匹。肉球をそっと握らせてもらった。
この世の三大快楽のひとつですからね。


みっちゃんからいただいた美しい天然石のような蝋燭に
夜、火を灯してみた。まほういろ。



明け方、キムリエさんにいただいた百合の蕾のひとつが しずかに開いた。
甘酸っぱい香りが連れてくる幸福な景色。

一年も百年も、きっとすぐなんだろうね、ニキ。
♪night and day you are the one..
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

猫と薔薇の日々(谷中散歩と屋上花火)

2009-05-12 22:52:18 | Cat 猫族の甘い生活
昨夜、渋谷での打ち合わせ帰りに ふらり代々木公園へ。
陽が落ちたばかりの湿った黒い森で、不意にただならぬ香気(&妖気)が。
眼前に夥しい薔薇の群れ――なんだかいけないものでも視てしまったようにどきどきした。



先週末は猫族ふくちゃんと谷中猫散策に。乱歩の『D坂殺人事件』でおなじみの団子坂から
いせ辰をひやかしたりしながら三崎坂途上のお寺へ。
ここには仮名垣魯文(幕末から明治の戯作者、新聞記者)の墓碑があるのだが、
「猫々道人」を名乗っていたほど愛猫家だったらしく、墓碑には赤塚不二夫ばりの
猫レリーフが彫られているのだ。さらに、その傍らには飼猫を供養した「山猫めをと塚」があり、
そこには眠り猫の彫り物がすやすや横たわっているという按排。


猫の彫像や骨格標本もある「朝倉彫塑館」はあいにく修復工事中でパス。しかしその先にある
映画のセットのような「初音小路」で、この日最初の猫発見!誘われるように入っていくと
そこは魅惑のニャンパラダイス。一角にある小料理屋「鈴木」の女将さんがよほどの猫好きとみえ、
傷ついたり棄てられたりたりした猫たちを何匹も保護しているそう。どの猫も幸せそうだった。

とはいえ、、数年前に谷中墓地で猫が数十匹毒殺される痛ましい事件があり、女将さんの愛猫も
その犠牲になってしまったのだとか。。その仔の写真を見せていただき、胸が詰まった。
猫嫌いの人にもいろいろ言い分はあるのだと思うが、どうか生きものの命を脅かす前に
その行為の恐ろしさに自ら気づいてほしいと切に願う。相手が猫であれ、何であれ。


女将さんの知り合いの「人力俥 谷中 音羽屋」のお兄さんとも谷中墓地前でしばし猫談義。
彼も相当の猫好きらしく、予約すれば猫を膝に載せての谷中巡りもできるそう。
(予約はこちら→090・1219・0108 )
お兄さんが 谷中墓地にたいそう気立てのいい猫が居るというので案内してもらったら、
草葉の陰からひょっこり黒猫。あ、ニキ?!

ニキの尻尾はもっと太かったけど、中長毛な背中の撫で心地はそっくり!
今までいろんな猫を撫でたことがあるけど、ここまで感触の同じ猫は初めて。
陽が当たると微妙に茶髪なとこや、白髪の入り方まで同じ。。じーーん。
(あ、背景はもち墓石。暑い日だったのでひんやりクールダウンするのにもってこいだったよう)

これは、谷中墓地側にあるショコラティエ イナムラ ショウゾウでいただいた「涙のしずく」。
これもちょっと猫の背中っぽい。マカロンベースで、ベルガモットの香りが爽快なり。


谷中では「この路地いいなあ」と思う所に
入っていくと 十中八九、猫に遭遇する。



これは谷中銀座に最近登場した彫刻猫。
芸大生が彫ったのだそう。烏も思わず引きそうなリアリティ。


これは三崎坂の雑貨屋さん「CHETE」に居たアビシニアンのラムセスことラムちゃん。美形です。
ショーウィンドウにちゃっかり紛れていた所を お店の方に抱きすくめられ、
ちょいむっとしてるよう。このお店はイタリア製の帽子などもあり、掘り出し物がありそう。



それにしても、この日は猫族のふくちゃんと一緒だったせいか
恐ろしく猫濃度の高い一日だった。
これは、帰りにふくちゃんからいただいたバースデイプレゼント。

ニキ リターン?!
目ぢからと佇まいがニキそっくり。大きさもジャストニキサイズ。
ありがとう!!!!!!



翌日曜も夏日。午後はフォトグラファーみっちゃんちの屋上BBQパーティへ。

左からハカセ、まいか社長、とき緒監督、右端は焼き鳥屋さん、ではなくサンペイ師匠。
ほかにもレイちゃんやちよさんをはじめ、みんなで夜更けまでわいわい。

これはハカセから誕生日プレゼントにいただいた黒猫時計。なんとふさふさまつ毛が瞬きします。


日暮れ後には、満月の下で今年最初の花火をスパーク!



そう、みっちゃんにこの日のBGM用のCDをお願いされたので、
コンピを作って持っていってみました。マッドリブからニコラ・コンテ、Mr.Scruff、
ジミ・テナー、ビースティ・ボーイズなどなどに、なぜか武満徹まで盛り込んで。
思えば小学生の頃から(当時はカセットテープですが)コンピ作りが趣味でした。


本日、誕生日。ここには書ききれなかったけど
みなさま、温かな祝福をいっぱいありがとう!
いつも心から感謝しています。みんなだいすきです。
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

冬のヒナタ

2008-12-19 08:28:48 | Cat 猫族の甘い生活
めっきり冷え込んだ今週。とはいえ週明けから電話取材&溜まった原稿書きで、
温かくした室内にこもりがちだったので、案外寒さ知らずだった。
が、温かすぎて薔薇が開きすぎ、はらはらと散ってしまった(散った姿もまた美しいのだが)。

新しい花を買いに行こう、と出がけに窓を見遣ると、
ベランダに果敢に生い茂っている植物たちのルエットが、冬の薄日に仄かに輝いていた。

(加湿器フル回転のせいもあり、窓の結露が目下悩みの種。。)

床にも、冬の柔らかな陽射しが。――冬の日向では、かつてニキがよくまどろんでいた。
刻々と移動する陽の動きに合わせ、まるで日時計みたいに正確に移動しながら――

12月18日でニキの命日からまる7か月経った。

花屋さんに行くついでに、代々木八幡神社の森にふと立ち寄ってみた。
ここはいつ訪れても 不思議なほど澄んだ気配がする。


表面はサクサク、中はふっくら、さらにその奥はしっとり。
まるでミルフィーユのような銀杏絨毯。


頭上には紅く色づいたちっちゃな掌がいっぱい。


以前、ここでみかけた黒猫は、この寒さの中どうしているかなぁ…と思いつつ帰りかけたそのとき、
来る時は居なかった黒猫が、境内の入口に忽然と。 

すごく久しぶり。GWにニキが緊急入院した帰りに出会った子だ(5月7日付blg参)

寒くないの?と訊いたら、「あん」と鳴いて寄ってきた。お腹を撫でるとゴロゴロゴロ…
表面の被毛は黒だけど中は白い毛がびっしり。健康そうで安心。意外とかた太りだった(笑)

背後で「くろちゃん!」と呼ぶ声が聞こえて振り向くと、猫ボランティアのお婆さんだった。
この黒猫は何年も神社に棲みついていて、近所の人にくろちゃんと呼ばれてるそう。
私が帰ろうとしたら、くろちゃんはもっと撫でてほしそうに見つめた。遠い日のニキが重なった。

帰りに、代々木上原に今週OPENしたブーランジェリー「マン・マーノ」に寄ってみた。
焼き立てパンが次々並べられ、その側から飛ぶように売れている。
シェフはパリの5つ星ホテルで修行したパン一筋の毛利将人氏。


焼き立てパンを幾つか買ってきた。名前は忘れたけど、洋梨のサクサクしたデニッシュ生地のパンと
バターの香りが濃厚なビスキュイ、ナッツが満載のパン。どれも素材のよさがよくわかる丁寧な味。
今度は売り切れていたクロワッサンを食べてみたいな。



窓辺に新しく飾った花。暗紫色のカラーがポイント。我ながらワイルドな挿し方ですが。。
背後に挿した薄桃色の可憐な百合は、なぜか“メデューサ”という名だそう。

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

ever greenと紅葉

2008-11-18 23:59:18 | Cat 猫族の甘い生活
これは、ニキが灰になった直後にすみ太さんから届いた美しいお花の中にあったグリーン。
いつまでも青々としているので水に挿している。
あれからちょうど半年経った本日も、不思議とみずみずしいまま。


月、火と渋谷で取材。児童館の側だったので、2日とも帰りは原宿経由で
黄昏どきの代々木公園を散歩。ここんとこの朝晩の冷気のせいか、紅葉も鮮やか。




少し湿った落ち葉の感触が、ブーツの底にふかふか伝わってきて。
秋の森特有の仄かに香ばしい匂いに、
ふと子供のころ家族と行ったピクニックを思い出す。






誰かが練習している不思議な打楽器の音が響くなか、犬も子供も大人も、


カラスも、みなどこかぽーっとした風情。


薔薇園に、熱心に薔薇を接写しているお爺さんがいた。
傍らのプレートによると、薔薇の名は「オリンピックファイヤー」。
焔のような花弁がもっとも魅力的に見えるのは、白昼ではなくこの刻なのかもしれない。


暮れなずむ空に、しゅっとにじんだ薔薇色。



ニキが星になってもう半年。あの日、ニキが最期を迎えたのは早朝4時台。
5月のあの仄白い夜明け、ベランダの小さな薔薇を摘んでニキに供えた。
今朝、同じ時刻に空は未だ暗く、季節が確実に巡っているんだなと思った。

ニキは生前よく朝陽の窓辺でひなたぼっこしていた。
カーテンの隙間に入っていくニキは、幕間に消えていく役者みたいだった。




goo | コメント ( 4 ) | トラックバック ( 0 )

薔薇に降る雨

2008-05-21 19:55:57 | Cat 猫族の甘い生活
5月20日、ニキをおくる日の朝、前夜からの雨がまだ細く薔薇の花びらの上におちていた。
ニキの眠そうな瞳はやはり私をそっと見つめていた。瞳の輝きはそのままで
その寝姿は、いつもの幸福な朝の光景となにひとつ変わらなかった。

ニキが逝った18日の朝に添えた薔薇はもうしおれてしまった。
雨に濡れた薔薇と、ふくちゃんがもってきてくれた美しいお花の中からピンクのガーベラを選んで
ニキの枕元に新たに添えた。ニキはピンクが似合うね。


☆☆
前日19日夜、何も食べず寝ていない私を気遣って、まいかさんが美味しいお惣菜やワインを
どっさり携えてやってきてくれた。まいかさんはちょうど1年前のこの時季、
ニキを見に遊びにきた。あの日、ニキの一挙一動に大反応するまいかさんがすごく面白かった。

眠るニキの前で、まいかさんといろんな話をした。アスティスプマンテやシャブリを飲みながら、
夜更けまでとめどなく話す私たちの様子を、ニキはやっぱりそっと見つめていた。

まいかさんが帰った後、私はニキに見つめられながらうとうと眠った。
白い光のなかで眠るニキの口から透明な水がさらさらと零れる夢をみた。

☆☆
明けて20日。昼過ぎには、ニキは灰になってしまう。
何か一緒に持たせてあげられるものはないかとニキグッズをぼおっと整理していたら、
名前と電話番号入りの赤いリボンが出てきた。
ニキと一緒に長距離移動する時だけ首に結んでいた迷子用のリボン。

こんどは、ニキはひとりで旅立つんだな、と思った。
そして、私自身もこれからニキのいない世界へ旅立つんだな、と思った。

ニキと向き合う最後の数時間。じっとニキの瞳を見つめていたらスッと眠りにおちた。
それはなんともいえず心地よく穏やかな眠りだった。

電話が鳴り、お迎えの時間が来た。ペットの火葬を専用車でしてくれるところがあり、
そこにお願いしたのだ。友人たちの猫さんもお世話になったところで、優しいお坊さんが
とても温かくニキと私を迎えてくれた。自宅近くの緑が多い一角で、
ニキは密やかに灰になっていった。

 ニキが灰になった日の夕陽。

不思議なことに、この日、自宅近くで黒猫に何度も遭遇した。
ニキの小さな小さな骨壷を抱いて自宅に戻る道すがらも、
ニキみたいにふわふわ尻尾の仔猫が、猫の額ほどの公園の角でまどろんでいた。
いままでこの辺で黒猫なんて一度も見たことがなかったのに。

夕陽を見て帰る時、昼下がりに黒猫に逢った辺りにもう一度行ってみると。。
 いるいる。今度は二匹。
誘われるように階段を上っていくと、そこはいろんな猫たちが思い思いに
くつろぐ猫サンクチュアリになっていた。いわゆる、猫集会。

と、茂みの向こうに懐かしい視線。

半年目位の仔猫時代のニキにそっくりのつぶらな瞳。横顔もそっくりだった。
ダライ・ラマじゃあるまいし(笑)、こんなに素早く生まれ変わってきたわけじゃないだろうけど
ニキが灰になった日、不思議な黒猫たちとの邂逅に、
底知れないかなしみが少しずつ昇華していくのを感じた。

家に帰ってシャワーを浴び、ニキが最期まで聞き耳を立てていたマリア・カラスのCDを外し
パット・メセニーのStill Life(Talking)をかけながら、遅ればせながらの衣替えをした。
至る所にニキの毛が残っているけれど、この日クリーニングから戻ってきたばかりの
冬服たちには、もうニキの毛はどこにも付いていなかった。

☆☆
たくさんの励ましや、お見舞い、お電話、お手紙、メールなどなど、
心よりありがとうございます。この場を借りてお礼を申しあげます。
渦中にすぐ温かな手を差し伸べてくれるすばらしい人々の存在に、
しみじみ感謝しています。
 にゃ
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

彼女は、もういない。

2008-05-19 02:47:27 | Cat 猫族の甘い生活
1991年秋、生後2ヵ月半のニキ。
ちいさなニキの命を預かったその日から、
いつかニキがいなくなる日のことを どこかでずっと覚悟していた。

2008年5月18日 日曜、雨上がりの夜明け、ニキは星になった。16歳と9ヵ月。

いまもニキはすぐ傍で、こちらを見て横たわっている。
うっすら開いた瞳にはまだ輝きがあり、眠くてとろんとしている時のニキにしか見えない。
ゆっくりと呼吸しているように見える。今にも尻尾をふわんと振り上げそうだし、
耳に触れれば蝶の翅ようにぱたぱたっと動きそうにさえ思える。

☆☆
前回のブログを書いた5月15日が、ニキが奇跡的に復調した最後だった。
翌16日金曜、相変わらずのさつき晴れにも拘らず、ニキはもう何も食べずにぐったりしていた。

点滴に動物病院に行った際、私はふと この日がここに来る最後になるような気がした。ここ2週間近く、
毎日病院に通う道すがらに咲き乱れていた羽衣ジャスミンの香りが、いつまでも鼻腔に残った。

踏み切りで電車の通過を待つ一瞬、自転車の前籠のキャリートートの中で赤ちゃんみたいに
毛布に包まったニキを目敏く見つけた女性が「あらかわいい!」と話しかけてきた。
「でもね…生きているのが不思議なほどの状態なんですよ」と言うと、彼女は携帯写真を素早く見せ、
「ほら、うちの三毛は20歳まで生きたのよ。大丈夫、がんばって!」と励ましてくれた。
遮断機が上がり、私は帽子を目深に被ったまま彼女に一礼し、自転車を漕ぎながら声を出さず泣いた。

夕刻近く、ちよさんから宅急便で心づくしの差し入れが届いた。なんと人型ならぬ、猫型。
<何事かとはっと目を開けるニキ。
この紙に住所名前年齢をしたため、身体の悪い所を撫でて息を吹きかけ水に流すと、
病も流れていくという神道のおまじない。早速、実行してみた。
切り抜いた猫型があまりにかわいくて、流すのはかなりしのびなかったのだけど。。

その夜から二日間は、すべてを放り出し、終日ニキを抱いたままベッドで過ごした。
食事も歯磨きもニキのすぐ傍で。ちよさん差し入れの手作りスコーンが美味しくて。


なんだかリリアーナ・カヴァーニの『愛の嵐』みたいに濃密な密室時間。
もしもニキが今までのように元気だったなら、あるいみ至福の時間だったかもしれない。
否、あの瞬間は確かに至福だったのだ。温かく柔らかな存在が腕の中で確かに呼吸していたのだから

17日土曜は、朝目覚めた瞬間からニキが腕の中で口を開けてはあはあ息をしていた。
ニキの命の炎が、もはやどうしようもなく消えかけていることがわかった。
それでも昼下がりには、息の荒さが少し治まり、日が暮れるまで日向ぼっこ。
 16時半の人工スコールを眺めるニキ。
(うちの緑ぼうぼうのベランダには、タイマーで散水するようセットしてあり、
16時半と4時半にきっかり3分間、人工スコールが降るのだ)
これが、生前のニキの最後のカットになった。

ニキは、この12時間後、私の腕の中で、私の瞳をまっすぐに見つめたまま、次第に息を荒げ
絶命した。自分でも驚くような慟哭。夜明けの人工スコールの音が聞こえた。
最愛の存在が自らの腕の中でこときれていく瞬間の感情を表現することばを、
ことばを生業にする身でありながら、いまはまだみつけることができない。
もしかしたら、私自身が死ぬとき以上のくるしみだったのかもしれない。

ニキをきれいに拭ってあげ、大好きだったピローカバーの上に横たえた。
ベランダに出て、朝露に濡れたオリーブや月桂樹や、数日前に買った薔薇マリア・カラスを
手折り、ニキの周りに置いた。ニキが日向ぼっこしながらふっと眺めていた草花たちを。

はげしく放心したまま、この10日間あまり臨戦態勢だった部屋を黙々と掃除した。
あるじなき空っぽのニキ リストランテ。

ごはーん。。

先週、ニキの毛を梳いて冬毛取りをした時にとれた毛玉が、ソファの隙間から出てきた。
なんともかわいらしいハート型のフェルトになっていた。

ハート。私の左中指には、1秒間に4回トクトクトク打つ
ニキの小さなハートの鼓動がいまも刻まれている。

☆☆
ニキにいいたいことは、もうすべてニキに話した。
もちろん、これからも永遠にニキにいい続けることばがある。

ありがとう、ニキ! またあおね!
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

さつき晴れとぐみの青い実

2008-05-16 03:28:32 | Cat 猫族の甘い生活
4月頭に咲いた ぐみの白い小花が早くも結実。
まだ青くてかたいけど、日に日に大きくなっていく。
この実がやがてつやつや真っ赤に色づくさまを、今年もニキにも見せてあげたいなぁ…!

低気圧が停滞していて寒かったここ数日は、ニキも日に日に元気がなくなり。。
夜更け、15日朝一締切りの原稿を書きながら、眠るニキの心臓の鼓動を何度も何度も確かめる。
心の準備はしているつもりでも、愛しい存在がリアルに失われる恐怖が発作のように襲ってきて
幾たびも胸がつまる。原稿どころではない。締切りがこれほど残酷だと思ったことはなかった。

ニキと手をつないで、いろんな話をした。すっかり痩せた腕。。
でも肉きゅうは相変わらず底なしにやさしい。この世の三大快楽のひとつといってもいいほど。


ニキは相槌を打つように、何度も声を出さずに「にゃあ」の口をする“サイレントにゃあ”をした。
何度も何度も。もともとすごくお喋りな猫なので、私に云いたいことがたくさんあるのだろう。

90歳近いお婆さん猫と話しているというよりは、6歳くらいの女の子と話しているみたいな気分だった。

。。ヒトはこんなにも涙がでるものなのか、と思った。
でもいまここに温かな存在が息づいている瞬間の幸福を もっと大切にしなくちゃ、と思った。
ニキだって、いつもと変わらない笑顔の私に見守られた方が心休まるだろう。

ながいながい夜の果てに、深い濃紺の空がようやく白んできた。
原稿はまだできない。ニキの寝息を聴こうと顔を近づける。安堵。私もそこで眠りに堕ちた―


―はっと気づくと、目がくらむような朝だった。 久しぶりのまぶしいさつき晴れ!

恐怖映画で、死の魔物と闘った果てに迎えた 恐ろしく平和な朝、みたいな。

朝陽を浴びて、サイレントにゃあ。ニキは朝陽の中でまどろむのが大好きなのだ。
私はこの瞬間の この幸福に 死ぬほど感謝した。

朝陽の中で心地よさげなニキに安心し、残りの原稿を一気に仕上げてメール。
ニキを言い訳に誰かに迷惑をかけるのは厭だったから。ニキもそれは厭なはず。
(猫族のふくちゃんには月曜日につい甘えて迷惑かけちゃったんだけど。。)

ちなみにニキは私のアシスタントだけど、原稿を書くのを手伝ってくれたことは一度もない(笑)
それでも、いつも原稿の合間にどれだけ私を癒してくれたかしれない。

この日、ニキはおめざに大好物のプリンを顎の下に持っていってあげると、顔を起こしてぺろぺろ。
プリンを水に浸したら、水も久々にたっぷり飲んでくれた。プリン好きがこんなとこで幸いした。
この際、少しでも食べてくれるものがあれば。。

↓これは去年のニキの誕生日(2007年8月23日撮影)

この時は、大量に摂ると腎臓によくないので、少し齧る程度でお預けにしたけど、大はしゃぎだった。
ちなみにニキ、洋菓子屋の洋酒などが入ったプリンは苦手ながら、市販のB級プリンがなぜかお好き。
昨日、ニキが夢中で舐めたのはグリコの「とろ~りクリームプリン」。
パッケージには‘癒しのとろ~り波’‘Men’sプリン’といった適当キャッチが…メンズ?

黄昏時には、久しぶりに美しい夕陽が見られた。例によって病院で点滴をして自転車で帰る途中
ニキはキャリートートの中でタオルに包まったまま、夕陽の匂いをそっと嗅いでいるように見えた。
その道すがら、花屋さんの軒先にいた夕陽色の薔薇を一鉢入手。
 その名も「マリア・カラス」。
奇しくも昨夜、部屋でマリア・カラスを聴いていたのだった。
ニキは仔猫の頃から、ヴァイオリンの音色やソプラノヴォイスにじっと聴き入る癖があるから。

今夜は、小さな音でグールドとレナード・ローズの「ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ」を流している。
右足にもたれかけたニキの頭が 今夜も、温かい。
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

猫マトリョーショカ

2008-05-14 00:39:36 | Cat 猫族の甘い生活
誕生日の朝、ニキの温もりと寝息を感じながら長い時間、ベッドから起きられなかった。
この当たり前の温もりこそが、何よりの誕生日プレゼントだと思った。

この日はニキも前日より少し元気で、食欲も多少ながら復活した。
動物病院で点滴をして帰宅するやいなや、おかじ先生がお見舞いに来てくれた。心遣いが身にしみた。
おかじ先生のうちの先代猫サオスもニキと同じ腎不全で、3年前に17歳で星になったのだけど
やはりニキ並の危険な値で3ヵ月も自宅で生きた奇跡猫。検査数値がすべてじゃないっ…と励みに。

夜遅くには、ふくちゃんも駆けつけてくれた。
本当はこの日の夕方に打ち合わせだったのに、ドタキャンした大迷惑者の私を逆に気遣ってくれて
冷たい雨の中、わざわざバースデイケーキまで携えて。。(涙)

箱の中でやや転倒した跡があったけど(笑)
甘い甘いチョコクリームが憂えた心をやさしくコーティングしてくれた。

さらに、猫の刺繍Tシャツ(いちばん上の画像)と、猫マトリョーショカのカードまで(ニキそっくり!)
カードに書かれたふくちゃんとむぎちゃんの温かなメッセージにもじーん。。

↑またしても背景はニキの脇腹。大丈夫、ゆっくりだけど ちゃんと息をしている。


雨音が続く夜明け間近、アロマキャンドルの炎のゆらめきが描く影をじっと見つめるニキ。
ちょっとバロック絵画みたい?(あるいは 行灯の油に忍び寄る化け猫?)
ラベンダーのアロマが香る中で、ニキの命の炎も煌々と燃え続けてほしいと思った。

あ、もう日付が14日に変わっている。ニキはいま私の右足に頭を預けて眠っている。あったかぁい。
キーボードを叩く音に、時々かすかに反応して動くと、ほっとする。
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

猫ホスピス

2008-05-12 02:34:31 | Cat 猫族の甘い生活
週末は、夏目漱石や芥川龍之介もご屓にしていたという
湯島の老舗「すき焼き 江知勝」で浴衣の撮影取材。
五月とは思えぬ冷たい雨に塗れた日本庭園の軒先で、お店に居ついている野良猫たちと遭遇。
うっすら八の字眉の白猫は、10年以上前に知り合った白玉さんによく似た懐かしい風貌。
白玉さんは、結局どうなったのかなぁ。。

取材後はまたしても急いで動物病院へ。この日も緊急コールが鳴ることなく、
無事にニキを連れ戻せてほっと胸を撫で下ろす。例によって鯛のお刺身もぱくぱく。
でも、ニキがちゃんと四肢を立ててご飯を食べられたのは、この時が最後だった。。
<お見舞いの花と共に。。
数時間後、昏々と眠っていたニキが鯛を全部吐き、ついに自力で歩けなくなってしまった。
霧の向こうにぼんやり見えていた死の影が ひたひたとせまっていることを感じ
外にふりしきる冷たい雨の中に放り出されたように頬が濡れそぼった。

☆☆
土日は、自由に動けなくなったニキと一緒にソファーに寝そべり、
ニキの呼吸と温もりをたえず感じながら、ぼーっとスカパーの映画チャンネルをザッピング。。
久しぶりにルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』や、フェリーニの『アマルコルド』を観た。
どちらもニーノ・ロータの美しく甘悲しい旋律がいつまでも耳に残って離れなかった。

↑『アマルコルド』のラストで盲目の楽師がバンドネオンでテーマ曲を奏でる印象的なシーン。
原題の『Amarcord』とは、フェリーニの故郷であるイタリアの小都市リミニの方言で
「私は、忘れない」という意味。「私は、忘れない」

つきっきりの看病態勢に備え、書棚から猫関連の本を思いつくまま引っ張り出してきた。
昔愛読した本から積読本まで、いろいろ。河合隼雄の『猫だましい』を読み返したけど、やっぱり深い。


ちなみに、本日5月12日は私の誕生日。もちろん、この状態ゆえ 私の今週の予定はオールキャンセル。
ニキの誕生日は8月23日(乙女座<笑)で、まだ3ヵ月以上先なのだけど、
この際前倒しで合同バースデイということにし、動物病院の帰りにケーキ屋さんへ。

クリームブリュレとチーズタルトはニキのために。
元気なときならちろちろ舐めたはずだけど、力弱く匂いを嗅いだだけだった。。
毎年、おおはしゃぎで大好物を食べてご満悦だったのに。。


日曜に獣医師と話し合い、入院はもうさせず、通院による点滴のみにすることにした。
最後は ニキのいちばん心休まる場所で過ごさせてあげたいから。

先日ブログに書いたマリオ・ジャコメッリの写真には、彼の母親が勤めていたホスピスで撮った
老人たちの生々しく壮絶な姿が捉えられていたが、
人であれ何であれ生きものの終末に立ち会うということは、実に凄まじいことなのだと痛感する。

ドラキュラや火の鳥でもない限り、すべての生きものは必ず終末を迎える。
最期はせめて、心安らかに 夢みるように眠ってほしい。願うのはそれだけ。
8月の本当の誕生日にニキが元気に飛び跳ねて
ケーキをぱくぱく食べている、なんていう能天気な夢でもみながら。。

いまここでかすかな寝息をたてて眠っているその愛しい姿が消えてしまっても、
「私は、忘れない」
goo | コメント ( 2 ) | トラックバック ( 0 )

チュシャ猫

2008-05-10 03:36:14 | Cat 猫族の甘い生活
うちのチュシャ猫。背景の黒闇は、実は傍らで眠っているニキの脇腹。
この脇腹がゆっくりと上下していることに今夜もほっとする。

この陶器のチュシャ猫は、ウィーンの画家Lisbeth Zwergerが描いた『不思議の国のアリス』の
挿画をデザインしたアイテムを制作しているMAY FAIR STUDIO で数年前に出逢って連れて来た。
店舗が移転してからはご無沙汰していたのだけど、
一作日、動物病院の帰りに神社からぼーっと自転車を引いていて、なんとなく新店舗に辿り着いた。

入口はギャラリースペースになっている。ひとつひとつ表情の異なるアートなアイテムがいろいろ。

奥のショップスペースには、先程のチュシャ猫をはじめ、オリジナリティ溢れる手作り商品が多彩に。

お店で扱っているブリストル出身のアーティストRachaelDadd 嬢の澄んだ歌声のCDを聴きながら、
刺繍で自在に絵を描く彼女の作品を見せていただいたりして ショップの方としばしほのぼのお喋り。
ニキのことでひどくしょんぼりしていた時だけに、なにか心にしみるものが。
(RachaelDadd嬢のライブが5/20に江古田であるそう)

☆☆
金曜は、朝一でニキを病院に預け、帰宅して仮眠。昼下がりに宇田川町のカフェで
久々に編集職に復帰したせきさんと打ち合わせ。彼女も猫好きなのでついつい猫話に。
話している途中、ふと窓の向こうに赤い風船がひとつ、ふわーっと上昇していくのが見えた。

夕刻、砧のスタジオへ。その昔、姉が砧に住んでいた頃は祖師ヶ谷大蔵によく来たけど、
一体いつの間に「ウルトラな街」ってことに?!
 しゅわっち。

スタジオに向かう途上で見つけた住宅街のだだっ広い空地に 忽然と花畑。
整然たる人工花壇でなはく、ワイルドにぼうぼう生え放題なとこが贅沢。


取材後は急いで病院へ。最近は出先で携帯電話が鳴る度、
動物病院からの緊急連絡かとどきっとする。
幸いにして、今夜も無事にニキをピックアップし、夜間だけの一時帰宅が叶う。

足腰が少しふらふらしていたものの、またしても用意しておいた鯛のお刺身を無心にぺろり。
獣医さんも、好きなものをあげてもかまわないと。。

それにしても、獣医さんというのは、精神的にも肉体的にも実にハードな職業だと思う。
恐らく、動物にひとかたならぬ思いがあるゆえ、その職を選んだかもしれないのに、
日々触れ合う多くは、ひどく病んだり痛々しく傷ついたりした犬猫だったりするわけで。。

今日、待合室に座っていた時、赤い眼を伏せて獣医師に深々と頭を下げ、
大きな紙製の棺を愛おしそうに抱えて去っていた老夫婦をみた。
気丈な女性の獣医師は一瞬、無数のそうした瞬間がよぎったかのようなやるせない眼をした。


今夜も ニキの柔らかな温もりがここに存ることに ただただ感謝。
goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )
« 前ページ