星のひとかけ

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ラスト100頁の驚愕:マーク・サリヴァン著『緋い空の下で』

2019-08-24 | 文学にまつわるあれこれ(ほんの話)

『緋い空の下で』マーク・サリヴァン著 霜月桂・訳 扶桑社

上下巻、3日ほどであっという間に読み終えました。 著者の本国 Amazon.com でのレビュー数が2万6千件以上(‼)も付いているというのも、とてもびっくりしました。この本の反響の大きさがわかります。


この実話をもとにした歴史小説の舞台は、 第二次大戦中のイタリア北部。 実在した(現在も存命とのこと)、当時17歳の少年ピノ・レッラの物語。 本の紹介文は出版社にリンクしておきます。
扶桑社 >>

物語前半… ドイツ軍に連行されるのを怖れて教会へ助けを求めてやってくるユダヤ人の人々を、 ピノが道案内役として先導し、 真冬のアルプス越えをしてスイスのレジスタンスへの元へ送り届ける、という部分も感動的な物語です。 神を信じ、 神父の信頼に応えて、 命を懸けて少年レジスタンスの役割をまっとうしようとする決意が ピノをほっそりとした少年から勇敢で逞しい堅固な意志の青年へ成長させます。

その後、ピノは妙ないきさつで(不本意にも)ドイツ軍将校の運転手兼通訳とならざるを得なくなるのですが、 そこからの物語が、 (本人からの聞き取りを元にしているだけあって)大変興味深いものでした。

イタリアが敗戦へ向かっていく戦局の様子、 傀儡政権と化したムッソリーニに代わって支配しているのはヒトラー下のドイツ軍。 ナチスを心底憎むピノが仕えたのは イタリアでのナンバー2の地位にあるドイツ軍将校ということで、、 日々 彼に付き従って行く先々で 前線の動きや交渉の様子がつぶさにわかる。 ナチスを憎みつつ、 仕えなければならないピノの葛藤、、そして或る決意…

また、ピノの家族や友人ら、、ドイツ軍支配下のミラノの市民の暮らしも よく描かれています。

これまで大戦下のイタリア内部の様子など、まったく見聞きしたことなど無かったし、イタリアのユダヤ人もが貨車で収容所へ送られていたなどという事も知らず、、 また、ナチスに抵抗するレジスタンスの様子や、 一般市民が日々の暮らしの陰でナチス抵抗の活動を秘かに担っていた様子など、 実在のピノの物語を通して初めて知ることができました。

 ***

ピノの物語はもちろんですが、
私がもっとも興味が引かれたのは、ピノが仕えた ライヤース少将という人物の謎。 ピノの眼で語られるこの将校はいくつもの顔を見せる、 いえ、真の顔はまったく見せないと言い換えることもできます。
ヒトラーに心酔するSSという感じではなく、 次第に不利になっていく戦局を冷静に見ている。 しかし、 自らの任務である物資徴用や交渉事は実に有能な仕事ぶりにみえる。。 ユダヤ人や捕虜に対する苛烈な仕打ちも感情を持たないかのように冷酷に…  その一方で、ときにピノにかける言葉や態度の中に ふと、妙に人間味のある一面が、、

なぜナンバー2もの地位のドイツ軍将校が、 偶然に出会ったようなイタリア人少年を雇い、戦略の重要な場へも連れ歩いたりするのか(それが当然のことだったの?)、、たとえ通訳が必要だったとしても 素性の不明な少年を 出会ったその場で雇ったりするもの? その辺もよくわからない。。

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ここからは… (ごめんなさい)少しネタばれになってしまうのですが、
ピノが、 (終戦になったら)逮捕されて絞首刑になればいいと望んだドイツ軍将校ライヤースは、、 しかし そうはならなかった。。 何故…? 

上下巻読み終えて、 驚くような結末に、、 そして 登場人物のその後の(戦後の)行く末が書かれた最終章を読み終えて、、 ええっ?? と。。
再び終わりの100ページくらいを読み返してみる、、と、 ピノが見聞き出来なかった部分でのライヤース少将の動きが ほんのすこしだけ想像できる、、 イタリア降伏の道筋の中で 本に登場する名前、、 本文にはどういう人物という詳しい肩書などの付いていない部分があるので (歴史を知らない私は)いろいろと検索してみました。。

(その前に)
著者 マーク・サリヴァンのインタビューやピノの写真などが載っているサイト
Mark Sullivan’s ‘Beneath a Scarlet Sky’ Racks Up Rights Sales>>https://publishingperspectives.com

ピノの息子さんの寄稿
My Father's Role in the Fall of Fascism: The True Story behind the 2017 Bestseller 'Beneath a Scarlet Sky'>>https://fee.org

イタリア戦線 (第二次世界大戦) Wiki>>

イタリアの降伏 >>

トート機関 >>

物語にも登場する人物として
ハインリヒ・フォン・フィーティングホフ >>

ヴァルター・ラウフ >>

そして、、 ハンス・ライヤース少将の謎に繋がりそうな人物として(一ヵ所だけ名前が出てきます)
アレン・ウェルシュ・ダレス >>

あとは参考になるかもしれない⤵、、 Hans Leyers という名前が4ヵ所出てきます
Marnate's Bunker >>

この物語を語った(当時91歳の老齢になった)ピノにとって、 生涯 謎として残ったライヤース少将のことを、 ピノは《オペラ座の怪人》に喩えています。。 ライヤースがどのような経緯でイタリアの終戦を迎え、 どう動いたのか、、 それは読者が想像するしかありませんし、、 でも、 いつかまた新たな事実がもたらされるのかもしれません。

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この『緋い空の下で』(原題 Beneath a Scarlet Sky)は、 スパイダーマンのトム・ホランドが主役のピノを演じ、 映画化され 来年公開予定だそうです。 映像化も楽しみです。

戦争はどんな状況も怖ろしいものです、、 爆撃はもちろんのこと、 捕虜やレジスタンスへの非道な処置や ユダヤ人連行のことなども。。 でも、 この実話をもとにした物語でいちばん怖ろしいと思ったのは、 終戦を迎えた瞬間からのイタリア市民の行動でした、、 ファシスト軍やナチスに協力したと疑われる者、 同朋への怒り、、 その狂乱の矛先が確信もないまま向けられる時…


物語の語り口はとても読みやすいものになっています。 他国の戦時下のことを知るにはよい本だと思います。