ゆるゆる素浪人の「気まぐれ日誌」~ 自己満足とボケ防止に、人生の雑記帳~  

そういう意味で老人の書いた「狼の遠吠え」、いや「犬の遠吠え」と思い、軽い気持で読んで頂けば有り難いです。

「インターネット随想」⑪ 公定法、必ずしも真ならず!

2012-04-26 13:47:18 | エッセー

今日は政権維持を左右する小沢判決があるが、ブログは約50年前の新米「分析屋」の苦悩物語だ。

現在の食品の試験法や技術とは雲泥の差があり、田舎の県では設備や器機も貧弱であった。

そんな時代環境であったので、全国の食品衛生上のトラブルは絶えなかった。

 

私の駆け出しの仕事は保健所や食品会社から、食品添加物や栄養成分の化学検査であった。

そんな試験検査の仕事に就いて、まだ一年も経たない昭和40年の或る日のことである。

いつものように古びた薄暗い研究室で一人、

大手のM食品会社から依頼された、生餡中のシアン分析を行っていた。

 

ところが生餡から検出されるはずのない、有毒シアンが検出されたから大変である。

困惑しながらも「食品衛生法」に基づくシアン試験を繰り返していた。

しかし何回となく試験を繰り返しても同じ結果であった。

 

そこで県の食品衛生行政の責任者、A係長に詳細を報告することにした。

A係長は真面目で几帳面な性格と食品衛生のエキスパートで、庁内でも評判であった。

そこで理想の上司として信頼し、安心して相談する事にした。

 

「係長、M社の生餡からシアンを検出しましたよ。

しかし製品のアイスクリームには、生餡が2~3%程度しか混ざっていないし、

アイスクリームからはシアンは陰性です。どうしましょうか?」

「有毒なシアンを検出したのですか。それは大変ですね。

しかし試験法は確かでしょうね。先日 のT県の事例もあるので。」

「いや大丈夫です。公定法(法律で決められた試験法)で繰り返し試験しましたから。」

答えたものの内心、すこし不安になっていた。

 

A係長の言ったT県の事例とは、次のような事件であった。

『K県のB社で作った漬物中の保存剤(ソルビン酸)が基準違反で、T県で摘発された。

ところが「毒入り漬物」として全国報道されたから大変で、製品の返品が続いた。

B社には県会議員の実力者が社長であったので、県当局にクレームをつけてきた。

直ちにT県とK県で詳細な原因究明が行われることになった。

 

ところがT県からあっさり「先の試験はミスでした」と、訂正の報告が送られてきた。

しかもミスの原因は保存剤の検量線を取り違えるという、単純な検査ミスと解った。

ここで治まらないのがB社で、名誉回復のための謝罪広告と損害賠償を要求してきた。

この時にT県とB社の中に立ち謝罪広告も出さず和解させたのが、実力A係長であった。

しかし賠償は100万円前後が、関係職員より見舞金として支払われた。』

 

A係長が2~3日後に、ふらりと研究室にやってきた。

「厚生省とも相談したが、たとえアイスクリームからシアンが検出されなくても、

原料の生餡から検出されれば不良食品になるので、すべて処分したよ」と、

いつもの落ち着いた口調で話した。

「いったい、どのくらいの量と金額のアイスクリームに成るのですか?」

「まあ夏に関西地方で消費する全ての量で、金額も何千万になるか解らないよ」

「そんなに多くのアイスクリームを、どんなにして処分したのですか?」

「いや、大変だったよ。焼却も出来ず、さりとて海にも流せず困ったよ。

そこで秘かに保健所の職員に空き地に穴を掘って、

一つ一つのカップからアイスクリームを取りだし、埋めさせたよ。」と話して帰った。

 

それから数日後、A係長が慌てて再びやってきた。

「M社の生餡は大阪のC社で作られており、すべて原料は国産の豆だから、

シアンが検出するはずがないと、クレームをつけてきたよ。試験は確かだろうね。」

 

新参の私の心はT県の漬物事件が目に浮かび不安に成ってきた。

あらゆる方法でシアン分析を繰り返していた。

この時に一つの事実が明らかになった。

「食品衛生法」に定められた公定法では、漂白剤がシアン分析を阻害することが判明した。

一瞬、目の前が暗くなった。

 

いくら公定法で陽性でも異なった試験法で正確に陰性に成れば、この食品は当然合格となる。

再度、T県の事件が目に浮かんだ。

気をとり直して再びシアン分析の追試験を繰り返した。

幸いにもM社の生餡には、シアン分析を阻害する量の漂白剤は含まれていなかった。

私の心は安堵した。

 

それから不安な2~3カ月が過ぎていった。

しかしM社からのクレームは、それ以後こなかった。

今もM社の生餡中のシアン分析には自信を持っている。

しかしM社はシアンの含まれない国産豆しか使用していないと言った。

本当に輸入豆は使っていなかったのだろうか。

試験法に問題はなかったのであろうか。

まだまだ多くの疑問が残るが、今となっては真実を確かめる術もない。

 

この事件で駆け出しの私は、仕事の責任と影響の重大性を認識させられた。

同時に試験検査において『公定法、必ずしも真ならず』という、

自分自身の戒めの言葉として身を以て体験した事件でもあった。 

         (○○県○○会誌、1983・8・5) 

●「レトロ写真館」(25) 

○ 礼文島より利尻富士を望む

○富士山

 

 


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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (せとやん)
2012-04-26 07:39:03
きょうはいよいよの日ですね。なんとなく先が見えていますが・・・。
法事を兼ねてしばらく帰郷します。
これから出発、判決結果は空港で聞けるかも。
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おはようございます (ytakei4)
2012-04-26 08:58:26
当時の緊張した様子が伝わってきました。
食品検査大変ですね。今は放射能もですね。
緊張する仕事をされておられたのですね。
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私には到底無理な仕事だと思いました。(笑) (masamikeitas)
2012-04-26 13:49:06
クロやんさん、大変なお仕事をされていましたね!
ひとつ間違えば、罪のない会社を潰してしまう。
ほんとうに緊張するお仕事だと思います。
私には到底無理な仕事だと思いました。(笑)
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仕事と性格 (クロやん)
2012-04-26 16:20:12
いやあー好きで成ったのではなく成り行きですが、気がついたら37年間もやりました。
小沢判決がありましたが、不適格にするのは裁判官と同じ「疑わしきは罰せず」の心境で・・・
知らずに冷静・沈着に物事を見るように成りましたが、余り人間としては好まれませんがね。
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今晩は~♪ (鉄ちゃん爺や)
2012-04-26 20:13:13
疑わしきは罰せず~

小沢ちゃんはグレーだけど無罪ちゅうことですな。

利尻富士は6年ぐらい前に礼文島と利尻島で眺めましたよ。

海岸線に高山植物が生えているなんて関西では考えられない花の島でしたね。

礼文島から見る利尻富士が一番美しい形をしているように思いましたよ。
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鉄ちゃん爺やへ (クロやん)
2012-04-27 07:39:15
30年前に行ったので画質が悪いですが・・・
そう礼文島から見る利尻富士が一番ですね。
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(^_^)v (まるこ)
2012-04-27 21:46:59
検査官の仕事は重要で真剣勝負の仕事ですね。消費者のためにシロ・クロを出してもらうのは助かりますが、企業の命運にもかかるだけに慎重に慎重を重ねなければならないのですね。一人の仕事にしては負担が大き過ぎましたね。
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まるこさんへ (クロやん)
2012-04-28 07:06:25
一人と言うか組織ですから上司は居ますが、担当者は1人ですから・・・・
今では人数も多いだろうし、クロスチェックとか新鋭機器分析も在るし、確認の手法はいくらでもありますね。
何せ50年近く前のことで・・・・
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どうだったんでしょうかね (TAKAOSAN)
2012-04-28 10:46:26
おはようございます。
真実はどうだったのでしょうかね。
食関係の分析に敏感になっていますね。
食そのものの話なのに、それに使われる包装資材にまで、細かい注文がなされる。
日本ならではです。
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食の安全 (クロやん)
2012-04-28 11:50:16
昔は大手の食品会社は地方の県の検査関係などを舐めていましたね。
確かに設備、陣容ともに雲泥の差でしたが・・・

それから食品と容器包装の問題、これは一体で大切だと思いますよ。
例えば酸化防止のフイルム、重金属の出ない缶や陶器・・・など過去の犠牲の上に今の基準が出来ていますね。

それに日本で食品が神経質に成ったのは森永のヒ素中毒、水俣病、イタイイタイ病など、過去の悲惨な事件がそうさせたのかも知れませんね。

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