ゆるゆる素浪人の「気まぐれ日誌」~ 自己満足とボケ防止に、人生の雑記帳~  

そういう意味で老人の書いた「狼の遠吠え」、いや「犬の遠吠え」と思い、軽い気持で読んで頂けば有り難いです。

「インターネット随想」(37) 連載残留農薬物語②

2012-09-06 00:00:00 | エッセー

やっと昭和39年に厚生省も国立衛生試験所を中心に、

戦後の食糧増産を支えた農薬問題に、安全性の見地からメスが入れられる事になった。

そして昭和43年3月30日付け『果実および野菜の成分規格』として、

初めてキュリ、トマト、ブドウおよびりんごに、

BHC、DDT、パラチオン、ヒ素、鉛に残留農薬基準が設定された。

 

この厚生省の通知を受けて各地方の研究所も、

農薬分析のための特殊な電子捕獲型ガスクロマトが必要となり、

本県でもその予算化が進められた。

ところが機器には放射性同位元素(トリチュウム-3、ニッケル-63)が使用されており、

機器管理には科学技術庁が行う国家試験の「放射線取扱主任者」が必要で、

本県では誰も資格者がいなく、急遽、県庁に入って3年目の私が受験する事になった。

私は薬剤師国家試験を最後に、一生試験たるものから開放されたと思っていたところ、

この話であるので大変困惑した。

 

しかし、今振り返ってみると、この資格を持っていたからこそ、

県という組織の中で25年余も(最終的には37年間)同じ職場に勤められたようで、

何が幸いするか分からないもだと、つくづく考えさせられる。

ともかくA所長やB課長の「きみなら試験は容易く合格するよ」

と甘い言葉に誘われたわけではないが、受験地の大阪に向かったのは、

ある暑い暑い真夏の頃だった。   (つづく)

         (○○県○○会誌、1986.7.10)

 

●思い出の写真から(69)  地震前の松島

○松島湾を望む

○松島

○遊楽船のカモメ