今日の「インターネット随想」は約50年前の駆け出しの頃で、
まだ役所の組織環境も未成熟で、政治家が役所に巾を効かしていた時代の話である。
厚く化粧した中年の女性が研究室にやってきた。
お世辞にも美女とは言いがたいが、こんなに多くの女性に囲まれれば、
初心な私の心臓も心なしか激しさを増してきた。
「どういう要件でしょうか」やおら尋ねると、ダイヤかガラス玉かは知らないが、
キラキラ光る指輪を入れたリーダーらしき女性が、とうとうと話始めた。
「これは黒松の葉を抽出して作ったドリンク剤ですが、
ある癌の患者さんが自分で作って飲んでいると、癌が治って元気になったそうです。
この話を聞いて、これを自衛隊の人達に飲んでもらいたく、幹部の方に話したところ、
『何か公的な試験成績を付けてくれれば、採用しましょう』と言うことで、
先生にお願いに来たわけです」
この話を聞いて良くある話であるので、まず食品と医薬品の関係、医薬品認可の困難性、
この種の飲み物が癌に効果のあった報告等無い事を話して、
「まあ、この種のものはインチキ薬に等しく、検査する必要は有りません」
若かりし私はきっぱり断ると、黒眼鏡でインテリ風の女性が、
「先生はそうおっしゃいますが、K知事さんは私共の前で、
『いい味をした薬だね』と喜んで、ゴックンと飲んでくれましたよ。
先生のように切り捨てられたのは始めてですよ」と怒って帰っていった。
知事の知り合いとはつい知らず、強く話をしたので少し不安になったが、
案外早く片付いたと安堵していると、しばらくしてA国会議員が部屋に飛び込んできた。
「先の松葉ドリンクの試験を、是非してやって欲しい」
再度、くどかれたが、ここでもきっぱりと「この種の試験は、出来ません」と断った。
翌日、K知事より直接電話があって、
「君、先日の松葉ドリンクの件だがね、検査を断るにしても、やんわりとたのむよ。
あの人達は未亡人会の人達なんだから」と、お叱りを受ける。
駆け出しの私など、未亡人会の女性が知事や国会議員の先生達と、
どんな関係にあるのかつゆ知らず、厳正に対処した「若気の至り」の懐かしい話である。
(○○県○○会誌、1984.8.10)
●「思い出の写真から」(42) 兵庫県豊岡市(昭和39年)
○日和山海岸