AWA@TELL まいにち

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すそ野の広がり

2012年01月08日 | 日本語教育
「話してみよう韓国語・話してみよう日本語」の審査員として声をかけていただき、昨年度に続いて、今年度も聞かせていただきました。

韓流ブームの影響もあって、すそ野の広がりを実感する大会です。

今回、審査員長を務められたのは、名古屋大学の飯田先生。



愛教大に在学していたころ、対照言語学の授業で非常勤としておいでになり、授業として初めて韓国語を教えてくださった先生です。あれがきっかけになって韓国とのつながりができたという思いもあり、とても懐かしくお目にかかりました。
今年度でご退職とのこと。

20年、という時間の流れを感じます。このブログを同級生が見てくれていたら、と思って写真を撮らせていただきました。

飯田先生が講評の中で、20年前には韓国語スピーチというと、重い話題が多かった、という話をなさいました。
確かにそんな気がします。
今は、日常生活の中に韓国語や韓国文化が流れ込んできていて、ずいぶん様変わりしたと、私も感じています。

昨年度に続いて、天野鎮雄さんと山田昌の俳優ご夫妻も審査員としておいでになりました。


テレビなどでお顔を拝見しているので、1年ぶりにお目にかかるという感じがしません。

今日は、この大会の後、東京へ移動するということで、日本語スピーチ部門の講評を終えてから中座することになってしまいました。

失礼しました。

私の講評を整理すると次のような感じでしょうか。

言語では伝わらないことも多いですが、言語でなければ伝わらないことも多いと思います。
今日、韓国語のスピーチが続いていた時には、日本の参加者の方は、集中して、張り詰めた気持で聞いていらっしゃったと思います。でも、日本語スピーチになった途端、ふっと、肩の力が抜けたと感じられたのではないでしょうか。
私は日本語を留学生に教えているとき、留学生から、先生や友達とは英語で話をするから日本語は必要じゃないと思う、という話を聞くことがあります。でも、英語で話をした時に相手から引き出せる情報の量と、つたない日本語でも日本語で話をした時に相手から引き出せる情報の量は、格段に違います。今日のスキットの中でも、韓国語で話しかけるから人間関係が生まれるというものがありました。言語を学ぶということは、とても楽しいことです。
日本語スピーチに対する講評ですが、参加者の方の発音は、個音のレベル、また、単語のレベルでは素晴らしいものでした。でも、単語から文、文から段落、段落から文章、と目を移すと、抑揚、イントネーションがなく、べたっとした印象を受けました。普段の生活では、会話で日本語を聞くことがほとんどだと思いますが、モノローグというか、一人語りについても、もう少し意識を持つと、より良いものになると思います。

偉そうなこと、前にもこのブログで書いたようなことがないまぜになっていますが、そんな印象を受けました。

来年度も、審査員であろうとなかろうと、ぜひ聞かせていただきたいと思いました。



いい機会をくださってありがとうございました。
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