食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『SCC=1.5ng高止まり』

2013年01月24日 17時35分52秒 | 日記

1/10に健診を受けた結果を聞きに病院に出掛ける。前回は患者が多く今までで一

番長く待たされた。患者さんの容態次第だから待時間は仕方のないことだが、今回

のような結果だけを聞きに行き、仮に何も異常がない場合でも主治医の先生にお世

話になるのは、ちと心苦しい気がする。

特に要望のなさそうな、また異常なしの患者には看護師さんの説明でも私はいいと

思う。何か質問や直接医師とのやり取りの必要な方は従来通りの対応をして貰えば

医師の負担は減るし、待つ時間は短くなるからいいと思うけどなー。

腫瘍マーカーSCCは前回と同じで上限値1.5に高止まりしていた。他の結果、現在の

SCCの状況からして、特に気になることはないとお告げがあった。

私のIDとしてSCCは1.5が標準値と勝手に思うようにしている。昨年の9月にCTを撮っ

ているので次回はCT検査を含む予定が組まれた。

病院から帰り、山小屋のソーラー遊びの続きに没頭する。本日の目玉はシガレットラ

イトのUSB端子を使ってワンセグTVの電源、充電の確認をすることだが、USBコネク

ターの端子がどのような配列になっているのか知らないが、電源は両端のピンらしい

ことは調べてある。理屈では簡単な話だがTVがUSB標準の±を使っているのか分か

らないから慎重にならざるを得ない。

幸いなことに、案ずることも無しに確認できソーラー発電で賄えるようになり、電池切

れは家で充電からまた一つ解放された。

          ソケットを壁コンにして12Vを使用、横のMP3も使用可  

        蛍光管をLEDに変更したスタンドもソケットをDC用に


『回顧録、手術Ⅱ』

2013年01月23日 16時22分38秒 | 回顧録

麻酔に落とされた私は切り刻まれていたのに何一つ知らないで、手術の重みに耐

えに耐え続けていた。食道と胃だから開腹手術は当然のこと、胃の再建と食道との

接続、リンパ郭清には開胸手術も当然のことになる。それらの説明は確かに受けた

し、同意書にも署名捺印している。

開胸手術はあばら骨に沿って切り開き、あばら骨の間にジャッキを入れて骨と骨の

間に作業用のスペースを作ってから行われる。私の場合は右の胸が開かれ、手術

中は肺が動くと作業上不都合なので右肺を止めて、心肺装置のお世話になる。

肺を止めたり、麻酔の影響やらあるから煙草で肺にダメージがあると、この手術に耐

えられるか、回復に問題を生じるか、心配の種は尽きない患者だった。

『最悪の場合ICUに2週間くらいいることになるかも・・・』と言われたことがあった。結

果としてはショートカット出来たから、こうしているが万が一想定のように長期戦だっ

たら、回復に大きな遅れと別の問題を抱えていたことも考えられる。こうした一連の手

術で腹や胸の中は切ったり貼ったりの大そうな傷だらけ、さぞかし痛かろう。ところが

傷は麻酔もあったろうが全く痛みを感じないから、本当に手術をしたの?と思えるほ

ど。それも後で起こったあばら骨の痛み以外は・・あばら骨は我慢できる程度のズキ

ズキで、痛みの点では唯一こいつだけだった。

手術をすればいくらゴッドハンドの医者でも血は出て来るから、もし不足するようなこと

になれば輸血は避けられない。近年の病院や学校などには甚だご同情申し上げる

が、我儘で主義主張の多い人間が増え、個人の意思を尊重しなければならなくなっ

た。宗教上の問題で輸血拒否,個人の考えよりも教義や教えを尊重するのが当たり

前との理由だろうか、助かる生命も危ういこともある。

私には理解できないが、様々なことに対する担保を確保しておく必要に迫られ『輸血

同意書』まで提出しなければならないのだ。単純人間の私は『血が出過ぎて不足する

ようになれば、輸血でもして貰わんといけんで』と先生にお願いする方なのに、わざわ

ざこんな仰々しい説明まで受けて、まるで『輸血させて下さい』とお願いされているよう

な感じになる。ここに至るまでには、様々な事故や患者との軋轢などあったことだろう。


『時代遅れは情報不足』

2013年01月23日 16時18分13秒 | 日記

他愛のない話かも知れないが、携帯電話の大嫌いな私だから携帯に関する新しい

関連商品はどんなものがあるかなど全く興味はないから素通りしてしまう。

目新しい物には目がないのに、こればかりは本当に金輪際だ。ここのところソーラー

発電に関する工事や便利グッズなどであれこれと手を尽くしている。

ワンセグTVは5Vの電源があれば、電池切れになっても家で充電しなくても済むから、

5V電源を探していたら、携帯のカー充電器なるものの存在を知った。

カーだから12Vを5Vに変換、しかもコネクターはマイクロUSBと同じ、ワンセグTVとマ

ッチするのだ。これはいいものを見つけたと飛びつき早速、送料無料の通販で注文

する。別の用事がありホームセンターに行きついでにカーアクセサリーのコーナーを

覗くと、シガーライターから分岐できるソケットにUSB端子が用意されたものがあった。

分岐ソケットはDCコンセントとして使うからこれも要るが、注文した携帯電話用のカー

充電器とは値段が3倍も違う。唸りたくなった。確か注文品はIフォン何とか用と書かれ

ていたような気がする。そうした名前だけで値段が大きく違うのかもしれない。コネクタ

ーは特殊機能であるはずはないのに、メーカーは特殊性を持たせたがる。

ユーザーを無視したユーザーの取り込み手法の一つだろうが、ユーザーとして大迷

惑だ。たかが12Vを5Vにするだけのこと。中国製なら100均で売っているとのweb情報

もある。従来からショッピングは余り好きではないから、目的のものを買ったらそそくさ

と帰る方だから、情報不足気味の土壌はあると思う。

毛嫌いすると、どこかで損をすることもあり・・・・・・。


『回顧録、手術』

2013年01月22日 18時10分54秒 | 回顧録

朝9時から手術室へ行く。大した用はないのに5時頃に目が覚めて、もう少し寝ようと

しても目が合わず、そのまま起きてTVを観ていた。朝食の時間になっても、私は餌を

貰えない犬のようにヒモジイ。やがて、妻と娘がやって来て術前に少しだけリラックス

をする。手術中、家族はすぐ傍にある控室で待機するが、だれか一人は必ず在室す

るようになっていた。最初は妻だけでいいと考えていたら、そんな仕組みになっている

のを後で知り、妻と娘の相談の結果娘にもご足労を願うことになる。6Fの病室から2F

の手術室へは迎えに来た看護師さんと徒歩で、案内されたいつもは乗ることのない

専用のエレベーターに乗せて貰う。

この部屋は一旦、退去となり荷物は自宅に持ち帰り、必要なものはICUに持って行くこ

とになっていた。手術室の入口の所で看護師さんに抜けそうな歯のことを説明し、可能

ならば残しておいて欲しいが状況に応じて抜いて貰っても結構と告げ、付き添いに来

ていた妻と娘には『じゃー、行ってくるね』と軽やかな足取りで部屋に入る。

手術台までももちろん徒歩、テレビで見る手術室のシーンと同じ。広い部屋がどんな風

に区切られていたか全然覚えていないが何組もの手術ができるよう、しかもスペースは

フレキシブルになるような・・・・・?

手術台に登ると下着もはぎとられ、下半身はアルコールかなんかで拭かれ、やがて脊

に注射を打つからとエビのように丸い姿勢をさせられた。もう、ここまでくると何でもあ

れ、怖いものなど何にもねー。

再び、仰向けになると例の丸い奴がいっぱいあるライトが煌々と点いている。『麻酔をか

ます』と言われ、マスクのようなものも用意され、いよいよ麻酔が効くのを待つだけで目

が覚めたら癌とはバイビーしているはず。

ところが、心配していた『酒飲みは麻酔の利きが悪い』、これは本当なのかも知れないと

配になるほど、頭は冴えてギンギンだ。まさか、麻酔が半生の状態で手術をすることは

ないだろうから、もしもそんな状況になったら先生に大声で教えてあげよう・・・・・なんて思

っていたら頭の中は突然、停電した。

心電計で言うなら『ピッ・ピッ・ピッ・ピーーーーーーーー』ここで主役のがん患者は台詞

し、出番なしになり、ラッキーコースの人は麻酔が解かれ舞台に再登場、アンラッキー

コースの人は意識がなくなったままの状態が永遠に続くことになる。

普通、意識を失うことはないから私は知らないが、この場で経験した無意識は、本当に

何もない無の状態で、夢を見るようなことも何もない。時間軸は進んで行っても意識はな

いし、脳は寝ている時の無意識とは違うから、目が覚めたら浦島太郎と同じだ。

もう少し現代的に言えばエイリアンの最初のシーン、宇宙で何年か寝た状態で移動する、

あんな感じだろうか。

 

 


『ソーラー発電用バッテリー』

2013年01月22日 18時06分37秒 | 日記

ソーラー発電の事を少しずつ齧りながらやっとこさで、今の形になり容量は少ない

だろうがバッテリーに蓄電している。当初から懸案事項だったのはバッテリーに自

動車用のものを使用していること。車のバッテリーは水素ガスを排出するため室内

での使用は好ましくない、ソーラー発電のように充放電を繰り返して使うのにも不適

切とあり、デーブサイクルバッテリーなるものが推奨されている。

ガスや火災の危険性まで心配されるのを放置したまま使用する気にはなれないの

で安全を買うつもりでバッテリーの投資は必須のようだ。利用範囲は小電力だから

無理して規模を大きくしても中途半端になるので、ここは割り切って発電機との住み

分けをしていきたい。今までは天気が悪く多少暗くても我慢しながら作業をしていた

が、十分な照明も確保できるし、掃除機のパワーアップにもなったので、かなりの恩

恵にあずかることができそうだ。また、携帯電話のカー充電器は出力が約5Vらしい

から、これを使えばワンセグTVの電源にも充電器にもなりうる。利用範囲が広がり60

Wでは不足しそうだなんて事になれば、もっと面白くなるかも。

       左は増設用、後方から雨除けに玄関サッシの欄間を使う予定


『回顧録、手術前日』

2013年01月21日 18時27分25秒 | 回顧録

それから1週間後の10月7日、手術のために入院。

麻酔担当の女医さんが来られ、麻酔に関する説明と同意書を求められた。私が所

属するのは消化器外科で看護師さんの制服は薄いブルーのものだが、麻酔科の

先生は小豆に近い色の制服でこの場で見ると明らかによそ者だ。麻酔をかける手

順について説明されたが私の最大の関心事は酒と麻酔の効き目の関係で、その質

問に一番詳しい先生を前にしているのだから聞けばいいのに、あまりにも幼稚なこ

と故、終いまで言い出せなかった。

ポイントはうつ伏せになりエビ状で脊椎にする注射、あとはじっとしているだけで済む。

麻酔の事故などのリスクについての説明もあったが、それはないとして、手術を無事

終えたら覚めるようにしてもらえれば何も言うことはない。

もうじき手術だから説明以外、何もないだろうと安心し切っていたところ、前日に『これ

から明日の手術のためのマーキングをします』『どうするんですか?』『内視鏡を呑ん

で貰います』主治医は簡単に答える。渋々と忌まわしい思い出のendoscopeと書かれ

ている部屋、内視鏡検査室に連れていかれる。診察台に乗り胃カメラを呑み込む。

やっとの思いで喉元を過ぎたころに『癌が硬化しているから・・・XX先生に連絡して』

と言い、私を串刺しにしたまま電話で『XX先生、・・・』と状況説明、主治医の先生がや

ってきて画像を確認。

『XX先生の仰った通り、癌の退化はありますが出血・・・』『それでは小型の胃カメラに

切り替えてみましょう』と二人の医師で話していた。

食道がんは最初よりも退化はみられるものの硬化している為、無理に胃カメラを通し患

部に傷つけ出血させるのはまずいから、細い鼻からのカメラで検査することになった。

小型のものでマーキングできたのかどうか結果について説明はなかったし、興味もなか

ったから不明のままだ。スルスルと胃カメラは抜かれ楽になったことに安堵したのは言う

までもない。小型のカメラは鼻から入れるもので、初めての経験だったが従来のものに

比べれば楽なもので、これなら何度でも検査を受けられる。

普通のものと小型の違いを聞いてみた。小型のものは患者に優しいものの視野が狭い

こと、画質が劣るから補助的に使うのはいいとの説明だった。いよいよ明日は癌とおさら

ばする日だから、今宵は送別会でも開いてやろうか。

この時点で子供たちには病状と治療について教えていたが親兄弟には何も伝えていな

かった。最後まで黙りこくって終おうと考えていたが、万が一のことが起これば私は一巻

の終わりで何の対応もしなくて済む、しかし妻は何故知らせなかったのかと責め苦に負う

かもしれないから『私が絶対に言うなと言って聞かなかったから仕方なしに・・・』と言うよう

に妻には言っておいた。しかし、それにしても、そんな目に遭わせるのも忍びないから、

手術をすることだけは伝え、勿論のこと『見舞いには来なくてもいい』ことも付けて。

だが完全に隠密行動の心算でも近所の人は軽トラックが動かないとか、奥さんがバタバ

タしていることに気付くし、親しい人は必ず何か変を感じ取るものだ。そうした人たちの声

にあやふやな返答をするから、余計に『おかしい』の疑問符が増えていく。

隠していても『旦那さんの姿も見えないから、どうも病気されたみたい』の憶測ニュースは

流れていくものだ。

こちらとしては特に親しい人には心配を沢山かけるから、知らせたくないのに、親しいから

余計に心配して下さる。この矛と盾は通じ合える人間同士だから許し合いましょう。


『ソーラーパネルの設置』

2013年01月21日 18時25分33秒 | 日記

朝から雨降りの一日、私の朝一番で炭窯の様子を見に行くと、どなたか先に来られ

薪を追加して帰られていた。煙突からはモクモクと煙が出ており、早速に温度計を取

り出し測定してみると67℃、棒温度計では68℃を示した。しかし、赤外線の温度計は

測定場所が少しずれると10℃以上も異なる数値を示したりし、かなりシビアだ。

それもそのはず、あるスポットを一瞬に測定するが、棒温度計は煙突の中で温度計

自身が温められるから多少の場所のズレでは温度変化は起こさない。

この辺りの測定ルールを持っていないと、相対的な温度変化すら正しく把握できな

いことになる。暫く、両方の測定をしながら傾向と差異を明らかにしたい。

炭小屋から山小屋に移り、ソーラーパネルの設置台の製作に取り掛かる。

昨日の延長線で作業を進めてみると、どうも思わしくないから変更、変更続きで午前

中完成の目標を達成することはできず、午後一番で5φのナットを買いに出かけ3時

前やっと出来上がった。午前中なら雨も持ち堪えていたが、この時間はしっかりと降

り続いており止み間など期待できそうにない空模様だから雨の中、強行突破で車庫

の屋根に据え付けてしまった。

屋根のこう配はいくら少ないといっても雨の中だから,滑ると危ないので最低限のこと

をして、ケーブルを室内に引っ張り込んだ。アルミ枠にパネルを固定し、パネルの上

には透明のサッシ窓に急こう配をつけた保護パネルを設置した。

今後の具合でパネルの増設もありうるので、2枚設置できるようにしてある。こうして仮

設から、準本設にし雨の中でも発電電圧は19V出ており、しかも怪しいバッテリーの電

圧も12Vに復活していた。

バッテリーには車のシガーライト風の受けソケットをつけて、使う機器のコンセントを車

用に統一することにした。本日はヤマハ、ポータトーン、先日改良したLEDスタンドを変

更した。今のところ使い勝手は非常によろしい。

バッテリーは怪しいがDCAC変換の実験もしてみようと思っている。

雨の中、設置したものをカメラに収めたつもりなのに、帰宅してPCにつないでも写真が

出てこない。SDカードの入れ忘れに気づかず、カメラのディスプレーでのお知らせも気

づかず・・・全く極楽蜻蛉だこと。


『回想録、入院前の歯医者』

2013年01月20日 16時21分36秒 | 回顧録

入院を控えて一つしておかなければならないことがあった。前歯の1本がグラグラして

おり、このままでは拙いと思い歯医者に行き仮処置のお願いをした。歯は一寸強くす

れば直ぐに抜けそうなくらいグラグラで時折、私の仮処置『瞬間接着剤』で留めていた。

もっと早く始末しておげばよかったのに、癌の治療に行くよりも歯医者の方が怖いらし

く、尻に火が付かないと動けなかったらしい。意を決して飛び込みで歯医者に突撃,

赫云々(かくかくしかじか)でグラグラの歯を何とか仮止めして欲しいとお願いした。

暫く待つと看護師さんの呼び声、いつもながら神妙な面持ちで先生に言うと、見た瞬

間『駄目ですね、抜いておきましょうか』『接着剤でもありませんか?』『無駄なことです』

全く相手にされない。

『ならば、自分で始末します』

会計の所へ戻り『幾らでしょうか?』『何もしていなんで結構です』『初診代だけでも』と

言うが、それでも結構と言われ格好の悪い撤退となった。グラグラしていて抜けそうだけ

どもう少し頑張ってもらうことにし、このまま手術を受けようと思った。


『炭窯初仕事』

2013年01月20日 16時20分45秒 | 日記

例年、この頃になるが炭窯の初仕事があり、朝から4時前まで炭小屋で作業をして

いた。昨年末に火入れをしたものは木炭になって、そのまま窯に閉じ込めていたの

で、それを出すことと次の仕込作業を終え先ほど火入れをした。これから2~3日は

せっせと薪を焚き続けることになる。

先般、購入した赤外線温度計の精度なるものが如何様なものか知ることができる。

棒状温度計とこの温度計の測定結果に差があるのか、測定方法で差が出るのか

などを調べてみたい。私に300℃くらいの温度を測る用事はないから、この辺の測

定器の精度など全く想像もできないし、made in Japanの棒温度計とMade in China

の最新式温度計は同じような数字を示すのか興味あり。

もし、差が出たらどちらの温度を信用すればいいのだろうか。


『回想録、抗がん剤治療Ⅳ、手術の説明』

2013年01月19日 18時03分28秒 | 回顧録

抗がん剤治療は2週間ほどで終了、この治療により癌が退治され完治するほどの効果

はあろうはずはないから、来る手術に向けて体調を整えることに力を注ぐことになる。ま

た、抗がん剤治療自体、即効性はないだろうから、画像でチェックしても大きな変化は

ないと思っていた。

自覚症状が出たのが7月中ごろだから約2か月後の今、抗がん剤治療により癌は痛めつ

けられはずなのに、いつか先生が言った『このままだと数か月で食道は塞がります』の言

葉に近づいていた。食事をゆっくり、少しずつ注意しながら食べれば何とかなっていた

のが、注意しても調子がよくないと食べた物が詰まり、毎回のように嫌悪感を味わい、自

発的な嘔吐で収束させなければならなくなっていた。食いしん坊が生まれて初めて食べ

ることへの恐怖を感じていた。

後刻、結果を聞いたところによると、食道がんの効果的な縮小はみられないが硬化して

きたこと、胃がんは2/3くらいに縮小していた。私の場合、副作用がゼロに近かったから、

これだけでも効果があれば万歳と言えるだろう。

もし副作用で苦しみ,のたうちまわっていた結果で同程度の効果の場合、その評価は

何に。ただ確認できない小さい癌細胞がリンパ節などに転移していたものが、この治

療で効果大であったとしても、それを知る術はないから、やはり効果は大きかったと思え

ばいいのだ。

この治療中に現状報告と手術方法の説明があった。食道下部のがんと胃の吻門部のが

んを摘出する。胃がんがどの程度のものか開けてみないと確定できないが1/3くらいの摘

出になる。摘出した部分の再建に大腸を代用することを考えているが、腸と食道の血流

が適合するか否かで変わることもある、また胃がんの部分が予想より進んでいた場合な

ど色々なケースが想定される。一番いいのは胃がんが小さく、摘出後に胃を食道に再建

することだ。手術による治療を待ち焦がれている反面、身体を切り刻むことへの恐怖感は

日に日に増していく。逃げ場のないことは分かっている。手足だけの手術は何度も経験

しているがこんな大手術になろうとは予想外だった。

ブログで何度も書いた『手術の恐怖』今までに外科の手術は何度も受けてきた。特に子

供頃は悪戯坊主だったから、木から落ちて頭をけがして縫って貰ったり、電気鋸を勝手に

使い大怪我をしたりと外科専門で病院に行くと『今度はどこですか?』と医者から聞かれた

と母の言。だから、手術慣れしているように思うが、腹を切るとなると話が全く違う。

考えただけで、怖くて怖くて、夜中に目が覚めると暫くは頭の中でこいつ等が運動会を始

める。ひょんなことから、病気と闘う赤ちゃんたちのことを思い浮かべた途端、『あんな小さ

な赤ちゃんたちですら、手術を受け沢山の管を繋がれたりしていても必死で生きようと闘

っているではないか。いい歳をした爺さんが情けない姿を見せるな』と思うようになった。

このことを境にして手術の恐怖感は皆無になり、癌と闘う意欲は更に増し、手術はこの子

供たちも応援団してくれるから、必ず成功すると信じていた。

 


『試行、小型太陽光発電Ⅱ』

2013年01月19日 18時02分14秒 | 日記

 

床上に仮設のソーラーセルは曇りの天気の中、せっせと怪しいバッテリーに充電して

いる。昨日は設置直後に12Vの掃除機を使ってみたら2~3分で『Battery low』と表示さ

れたが、今日はそれもなく十分に使うことができた。設置前のバッテリー電圧は10.46V

だったから元々、満充電ではなかったのだ。それはその筈、充電したのは数か月前で、

それからポータトーンを使い、放電サイクルしかなかったから満足な状態ではなかった。

暫くは様子をみるため、このバッテリーで試行してみようと思っている。しかし、パネルは

このままではまずいので、車庫の屋根に据え付けることにして、その枠組みを製作中。

幸いなことに使い古して、今後も使うことのないアルミサッシがあったので、それをばらし

てパネルを設置することにした。ここは山、枯れ枝がよく落ちて来るので、落下物から防

護できるように、また雪がパネル上から落下しやすいよう、サッシのガラスを再利用する

ことにしている。面白い玩具を与えられた子供の様に、まだまだ何か面白いことがありそ

うと目をキョロキョロさせている爺さんであった。


『回顧録、術前抗がん剤治療Ⅲ』

2013年01月18日 18時14分21秒 | 回顧録

食堂の片隅に善意の図書コーナーが作られていた。恐らく最初は誰かが置いた新聞

か週刊誌がきっかけになり、次々と暗黙の了解で雑誌や新聞の交換、見終わったら戻

すからそうしたものが溜まっていったのだろう。新聞などは3~4日で捨てられるが週刊

誌は1か月くらい図書コーナーに置かれている。

私もここの雑誌や漫画をよく借りて読み、目新しさがなくなると下の階の食堂をあさり歩

いた。互助図書館だから私も買った雑誌は読み終えると図書コーナーに寄付していた。

副作用もない、元気なものだから病室外に出かけては徘徊老人よろしく、目新しいもの

を探しては、ウロウロの日々。入院患者は暇だから手芸の好きな人はそれを、俳句や短

歌を短冊に書いたりしたもの、定番のプラモなどを看護師詰所に寄付する。そこだけで

は飾り切れないから廊下の窓際にも広げられていく。目についたのは球体の地球儀パ

ズル。15センチくらいの可愛い大きさで、もっと大きければ実用的な地球儀として使える

ではないか。幸いなことに底の方にメーカー名があったので、記録しておき退院後、次

の入院用として手に入れることにした。

退院後、調査の結果ヤノマンという会社で直径30センチくらいの大物が8,000円くらいと

高価ものだ。それに完成後に塗るニスみたいなものを買うと9,000円にもなった。後日、

購入したものを見て、いつになったら完成させられるのだろうと思う程バラバラで、最初

の一手すら出せないものだった。

治療で耐えなければならないようなことはないから、暇つぶしにTV、クロスワードパズル

やCDを聞くことに専念していた。これと別に『坂の上の雲』『ツシマ(上)(下)』を持ち込ん

でいたので、気分に合わせて、あれこれと手を尽くしていた。

事前に予想していた『暇』と『現実』には開きがあり、暇は相当な大敵であることが分かっ

た。本戦では遺漏なきよう『暇つぶし対策』を講じる必要があると感じた。

今回の抗がん剤治療の時だったと思う、それも最初の日に院内散髪店の出前を知り、

早速にお願いしたらゴロゴロと出前ワゴンを押して部屋に来てくれた。当時の頭は浮浪

者のように伸び放題で傍目に見ると『治療費を踏み倒しそうな汚らしい癌患者』に映っ

ていたと思う。

点滴しながら散髪、もし途中で尿意を催したら格好悪いと思っていたが、この散髪屋さ

ん超ウルトラスピードでやってくれるから嬉しいではないか。私は散髪が大嫌いだから、

早ければ早い方がよく、多少の虎刈りであっても早さを優先したい。出張散髪だから洗

髪はなく掃除機のノズルで丁寧に髪を吸い取ってくれた。

これ以来、短い散髪時間の魅力に取りつかれて、この散髪屋さんのお客になり退院後

も、わざわざここに来ている。


『試行、小型太陽光発電』

2013年01月18日 18時04分24秒 | 日記

またまた病気が出て、遂に60Wタイプのソーラーセルとコントローラーを買ってしまい、

ケーブルは床をはわせ、パネルは床に直置きで試行と相成った。

コントローラーとバッテリーを±2本の線で接続する。

ソーラーパネルとコントローラー間を±2本の線で接続する。

工事はこれで完了だから簡単なものだった。

バッテリーは軽自動車用で電気柵に使用しているものだから、何度もショートによる放

電の憂き目にあっており、こうした新しい設備に使用できる代物ではない。

どれくらい実用できるのか雲を掴むような話なので、投資も慎重にと、バッテリーは、こ

の哀れなものを試行に組み入れた。システムとして正常に動いているので、あとは蓄電

力、バッテリーの性能次第となろうが、今日のテストでは古いバッテリーでも、そこそこ使

えそうだ。小電力の電気製品、照明、掃除機やワンセグTV、たまにPCなどを使えるよう

にと考えている。DCDCコンバーターで2~3種類の電圧を用意しておき電源プラグを差

し込めば使えるようなことも面白そうだ。

今日は先日、テスト購入したLEDモジュールを蛍光灯スタンドに取り付け12V電源の電気

スタンドを作ってみた。手元作業のため、本に目を通すくらいなら十分に使えるから、モジ

ュールを増せば本格的な電気スタンドや照明器具にもなりうる。

何しろ先般に安いソーラー・バッテリー・チャージャーに端を発して、今日の試行だからニ

ーズも今後も不明瞭の、フレキシブルな計画だ。

パネル、コントローラー、ケーブル10mで20,000円ほどの投資したが、バッテリーの購入は

必須になるのではないかと思っている。

                60Wのパネル、追加は並列接続

      コントローラー        パネル バッテリー・・・線の接続先

               蛍光灯スタンドをLEDに改良


『回顧録、術前抗がん剤治療Ⅱ』

2013年01月17日 17時43分01秒 | 回顧録

初日はシスプラチンと5FUを同時に投与、以後はシスプラチンのみの投与となる。腎臓

への負担軽減で利尿剤とともに投与されるから、しょっちゅう尿意を催す。15~30分間

隔の時もあり24時間投与だから、夜中でもいつでもトイレ通いをする。その尿は全て貯

めておき一日の量をチェックされる。治療は何ですか?

ハイ、トイレ通いです

点滴車には抗がん剤一式とコントローラーにバッテリー充電器が装備されており、散歩

に出る時はゴロゴロとご一行様の行列となる。たまに散歩の途中でピコピコとバッテリー

低下のお知らせがあると、近くのコンセントに差し込み一時凌ぎの充電をして病室に駆

け戻ることもあった。

副作用はいつ頃から出るのか誰にも分らない。初日はきつい薬を投与するから、この日

さえ乗り切れば楽勝となるのではないらしく、徐々に出てくる人もあるらしい。看護師さん

や先生は日に何度も『気持ちが悪いとか、吐き気がするようなことはありませんか?』と様

子を聞きに来られるが『何も異常はありません』と答えるのみ。

抗がん剤を投与している間、この会話で終わった。自覚症状はなかったものの白血球が

増加したと先生の話、普通は逆に減るらしいのに。投与後、暫くしてから床を見ると髪の

毛が抜け落ちていた。抜けたのが分かるほどのものではないが、メガネをかけて拾ってみ

ると普通よりは多いと思う。

セロテープで拾い集めるのも仕事の一つになり。気が付けばテープでベッドの周りを這

いつくばっていた。毎日、来て貰う掃除のおばさんよりも丁寧に拾い集めるから、部屋の

床はとてもきれいだ。食欲は癌の増殖とは無関係のようであまり落ちることはなし、ゆっく

りと小さく噛んで食べないとゲロの罰を受ける、その頻度は高くなっていた。最大の関心

事、こといった副作用はなく、食事は凸凹はあるが許容範囲にあり、

QOH(Quality of Hospitalize)つまり入院生活の質は確保されており快適だった。

この時は病院生活の様子を知らなかったから、暇つぶしに何をするのか検討したものの、

これはと飛びつくような物はなし、レンタル店で桂枝雀の落語CDを何枚も借りてPCに落と

し込みそれを聞いていた。それも、のべつ幕なしに聞くのではないから、当然のこと暇はつ

ぶさなければならない。ここの病院は自室で食べてもいいし食堂で食べる人もいた。私は

個室だったので配膳される食事を一人黙々と食べなければならなかった。ゆっくりと食べ

ないと詰まることがあり、その場合の最終回避は自分で嘔吐しなければならなかったから、

人前で食事をすることは避けたかったことと、自分のペースを守ることができるのがよかった。


『毒見ザーサイ・サラダ』

2013年01月17日 17時40分08秒 | 回顧録

我が家の毒見係は妻である。私は物好きな割には初めて食すことに関する限り、とて

も臆病で参考にならない他人の意見を聞いて恐る恐る食べる。私と妻の食に関する好

みは鶏、薄味以外は似通ったもので、妻の意見はそのまま信用しても差し支えない。

畑に行った時、ふいとザーサイの葉をサラダで食べると美味しい・・・とかあったような気

がして、柔らかそうな葉を少しだけ採って持ち帰った。サラダにいいらしいと進言、早速

に夕食で試食の感想は『独特の青臭さがあり不味い』との評価。

何か間違ったかなとレシピを開いて見ると『ザーサイの浅漬け』となっていた。茎や葉を

浅漬けにして食べるとシャリシャリとした食感らしい。

このことを妻に説明するも『もうザーサイの葉は要らない』とけんもほろろ。

こうなったら、例のザーサイの漬物を作り汚名挽回を図るしかなさそうだ。

関東地方の雪騒ぎが終わったら、今度はこちらの方で雪が降り始め、周囲を白く染めて

いる。野菜の収穫に行きそびれてしまったら、野菜も雪の下・・・・

 

              加工作業を終え、塗装を残すのみとなった

 

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