食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『安納芋の収穫』

2013年09月30日 18時46分14秒 | 日記

夏野菜を植え付けた後、JAの苗売場でサツマイモの苗を買おうとしたら、『安納芋が

入荷しているから、こっちも買って』とお願いされた。例年、サツマイモは作り過ぎて

冬を越す前にお陀仏になってしまうから、今年は10本と小作にしようと思っていたが、

熱心に美味しいと勧められるので、金時と安納芋を10本ずつ購入した。安納芋は焼

き芋にすると甘みがあり美味しいとTVで放送していたので、ついついその気になっ

てしまったが、名前を知っているだけで何も分かっていない。

サツマイモ界のブランドらしく普通の苗が1本30円なのに、安納芋様は60円と倍の値

段がする。植え付けてから好天、カラカラ続きになり活着までに時間がかかり、枯れ

てしまったような時期もあった。他の野菜も水不足の傾向変わりないが、安納芋は成

長が遅く蔓の伸び、太さ共に貧弱でいつもなら茎を採って食べる時期にも、採るだけ

の量もなかった。あの酷暑の中、故郷鹿児島を思い出したように元気になり、芋掘りの

時期を迎えた。葉が少し黄色くなったら掘り時、早速掘ってみたら金時は馬鹿でかい、

肝心の安納芋は1蔓に沢山の芋がついている分、少し小ぶりだ。焼き芋にするには丁

度いい大きさ・・・・調べてみると掘り出してから2週間から2か月の間、放置しておくと

熟成して美味しさが増すとあった。それにしても情報を載せる人により2週間で美味し

い、別の人は2か月・・・私には選択すべき知恵も知識もないから、どちらを選べばいい

のだろうか?

         上が安納芋、下は金時 安納芋は色が少し薄い


『雑想考、大陸人』

2013年09月30日 17時34分19秒 | その他

中国という国を考えると私には整理が尽きかねる。最近は尖閣列島の国有化問題

に端を発し、関係は冷え切ってしまい経済とは別と言いながらも、チキンレースのよ

うな我慢比べが続いている。諍いはいつも、ほんの一寸したことから軍事衝突に発

展しかねないが、双方とも大人の知恵を出し合って絶対に起こさないように努力す

べきで、戦争は2度とごめんだ。人も国も同じで信頼関係を損なうと負の連鎖を起こ

し、悪い方の想像力が解決策を上回り悪い方向に行ってしまう。

戦前、戦中と日本軍やそれの太鼓持ち達に屈辱的な扱いをされたのに、終戦のど

さくさ紛れの中、多くの子供たちが中国に取り残されたのを、敵国の子供も自国の子

供も同じと大切に育て上げて頂いた中国の人たちがいる。日本人の子供を育ててい

ると周囲から辛い扱いをされたことや村八分に合ったことも多々あろう。それでも、立

派に育て上げて頂いたのだ。

当時は心の大きな本当の大陸人が中国には存在していた証だと思う。そうした子供

たちが日本の親と会いに来ても、会おうともしなかった実の親もいた。中国残留孤児

のニュースが流される度に、中国人の親代わり否、既に実の親になっていただいた

方々に感謝の意を表さずにはいられない。

一方で現代の中国人は豊かさを手に入れたから『衣食足りて礼節を知る』かと思いき

や一部の人たちに野蛮な振る舞いをする人が目立つ。敵国の子供を育ててくれたあ

の心は何処に行ったのだろうか。日本のことで気に入らない事があるとデパートや店

を壊し略奪してうっぷん晴らしの心算なのだろうが世界経済第2位となった中国だか

ら、国家の品格もそれに相応しい行動をとって欲しい。そしてかつてのような大陸人

の登場を心待ちにしている。


『カブトムシの木、伐採』

2013年09月29日 17時30分20秒 | 日記

今年の夏過ぎに枯れ始めた楢、2年ほど前から樹勢が弱くなり根元から木肌が黒くな

ってきた。それでも昨年は沢山のカブトムシ、クワガタの訪問を受け、コガネムシ、スズ

メバチなどの賑やかし連も混じり活気に呈していた。昨年には遠く及ばなかったが、そ

れでもカブトムシの訪問はあった。

しかし訪問者は日に日に減り人気スポットの凋落ぶりは寂しい限りだった。本来であれ

ば木を倒してシイタケの原木に利用するものなのだが、如何せん枯れ木だから使い道

が限られてしまう。生木ではなくなっているし、木の質自体にどんな変化があるのか分

からないから木炭に利用しても、いい炭が出来るのか不明。結局、冬ごもりグッズである

ストーブの薪にすることにした。

高さは、20m以上はあるだろう。木を倒す方向からワイヤーを掛け引っ張り注意深くチ

ェーンソーで切れ目を入れていく。その内、ゆっくりと傾いてくるので再度ワイヤーで

引っ張り、切り進めると倒れ始める。

余り急いで切れ目を入れるとドサッと倒れ、万が一不具合があっても避ける余裕がな

いので、出来る限りゆっくりと倒れるようにしている。また、木によっては切り方で裂ける

ものがあり、その反発力はすさまじく事故になる危険性もあるので、不測の事態があっ

た場合の逃げ道を確保しておかなければならない。私は元々、野生系の性分は父か

らのDNAで持ち続けていたらしい。しかし、こうした作業や畑仕事などには全く縁のな

い生活をしてきたのに、山小屋への興味から一転して生活の一部になったものだか

ら、経験不足は否めないが、これから未だまだ進化すると思っている。

伐採したカブトムシの木を薪の長さに切っていると、甘酸っぱい臭いがしてきた。虫た

ちが好きな樹液の臭いだ。今までに楢の木は何本も倒してきたが、こんなに強い臭い

は経験したことはないので、相当病んで枯れたのではないかと思う。40cm位の丸太に

なったので暇を見つけて『マサカリ担いだ・・・』の如く薪割りをしなければならない。こ

うした丸太は放置しておくと乾燥が進み、私のような非力な人間には割れなくこともあ

るので忙しくなりそうだ。


『稲わら』

2013年09月28日 23時41分26秒 | 日記

畑仕事のために藁はとても重宝する。藁の切ったものと堆肥と一緒に土に刷り込む

と土づくりに威力を発揮する。まず堆肥と藁のコラボはミミズの発生を呼び、ミミズが

土中で生活することにより空気が入り更に排泄物は栄養分となるから言う事なしだ。

また、種まきをした後に切った藁を撒いておくと乾燥しないし、強い雨が降っても種

が飛び出さない。夏はスイカやカボチャなどの敷き藁にしようする。しめ縄に使った

り民具品にも使われているし、昔は蓑や笠、長靴などの生活用品にも利用され広い

用途があった。

今でも多用しているのは酪農家が牛たちの生活場所にする敷き藁。日本では用途

が減り続けている。稲作も機械化が進み稲刈りと脱穀処理を同時に行い、藁が要ら

ないなら脱穀後すぐに裁断され田んぼにまかれる。

オンコールワットがあるシェムリアップでは稲作は二毛作、三毛作だがすべてが手作

業。日本では稲束が10cm径くらいに対して、均一でない一握りくらいの株だから貧弱

に見える。刈り取りも鎌による刈り取りだが、刈った跡は高さもまちまち、植えられてい

た場所もまちまちで所謂、ばら撒きの乱刈りのような感じだ。だから稲藁は束とは言い

難いしろものだが、貴重品らしく屋根材として載せられているが、疎らで申し訳程度と

いったものだった。そうした稲藁やもみ殻を知り合いの人から分けて貰うことができる

から大変有り難いことだ。山で木の伐採をしていたら連絡があり藁をもらいに出かけ、

軽トラ1台分をこれから1年の畑で使わせてもらう。

これが終わったら、すぐに打ち合わせと懇親会があり出かけることになっていたので、

ブログがアップできず。帰宅後はお酒を頂いた量は少しだったのに思いの外、酔い

が回りパタンキューだった。

遅ればせながら、昨日途中まで書いていたものに追加してアップ・・・・


『雑想考、介護保険』

2013年09月27日 17時55分26秒 | その他

この制度が始まった時から私はこの制度に懐疑的だった。高齢者が増えるから皆で

支え合う。たったこれだけのこと、しかし出来るはずがなかろう。国民皆保険の国保

でさえアップアップしており、こちらは国保と言うが地方自治体に投げられてしまった

ようなもので、国の制度でありながら住む場所により負担(保険料)が異なる無茶苦茶

な制度と言わざるを得ない。これでさえインチキ臭い制度で高齢化と共に保険金増

は避けられず、そして次は医療費負担率が2割から3割と皆保険の質が低下していく

ことは避けられない。先輩である国保の行く先はイバラの道、皆保険ではなく40歳以

上が加入する介護保険に至ってはイバラの道を裸足で歩くようなことになるから、本

来の主旨から後退の連続で食いつなぐしかなくなるのではないかと思っている。

介護は誰がすべきものか。子供か、身内か、地域か、社会・国家か。

日本の社会構造、家族構造は大きく変化してきたことに加えて、豊かな生活をするた

め夫婦共働きは当たり前になり、子供の養育さえ他人任せにする時代だから、親が年

を取ったとて子が面倒を看る状況では無くなった。地方の若者も都会の学校、会社に

行って親元を離れ、故郷に戻って来ることはなくなり、核家族化は拡散する一方だ。

こんな背景があるから介護保険が生まれたのではない事は、はっきりしている。

時代の先を見ながら新しい制度を作って互助を目指そうとするが、良い法律が必ず人

々の平等な幸せを確保してくれることはないから、庶民の嘆きは終わらないのだ。当初、

制度維持のために保険負担金を高額所得者には多くを負担してもらう案が姿を変えて

しまい『ある一定の所得・年金のある人・・・年280万円』となるらしい。馬鹿なことを言え

当初は高額云々から280万円に下げたら高額所得者ではなく庶民ではないか。だから

文言も『一定の・・』に変えてやがる。姑息な説明を分かりにくくする体質が嫌いだから、

こうした制度も嫌いになっていく。所謂、老後のあり方をどう見るのかによっても考え方

は違ってくる。若い時から苦労して働きながら暮らしてきた人と、いい加減に暮らしてろ

くに社会保険など払わなかった人が介護保険の適用を同じように受けられることもあり

うる。国民年金を満額納めてきた人は約6.7万円、生活保護は倍以上、ここにも何とも言

えない感情が湧いてくる。

本当に困っている人がいい介護保険を受けられますように・・・・・本当に困っている人

の定義も都道府県で異なる、否ケースワーカー個人でも異なる。何か理解しがたいこと

ばかりだが、現在の介護保険の自己負担1割にしても、こんな負担で将来も続くはずは

なかろうし、本当にいい介護保険なんてどこに存在しているのだろうか。


『ブログアクセス100,000回達成』

2013年09月27日 17時54分08秒 | 日記

自画自賛のアクセス回数100,000。私の拙いブログを沢山の方々が飽きることなくア

クセスして頂き、感謝以外の言葉はない。先刻、アクセス者数50,000人の時に漏らし

ていたように、アクセス数は私がアップするためにアクセス、アップ後にチェックの為

にアクセス、それだけで各々がカウントされ2回となるから、厳密にいうと私以外の人の

アクセス数ではないから、100,000回達成とは言えないのである。

などと粋がっているが一区切りの数を越えたのだから、喜びであることには変わりなく、

嬉しいの一言に尽きる。毎度、おなじみの台詞になるが、現在の私から食道がん、胃

がん治療での新しい情報発信は殆どないから、本来の主旨を踏襲していくのは難し

い。治療を終えて異常があれば何かの処置をとり、変化有無の検診などにより癌との

戦いの一区切り5年を過ごしていく。

そうした過程の中で生じて来る心理的なことや、元気がありアクティブに活動する様が

参考になったり、励みになったりすることがあれば、これ以上に嬉しいことはない。また、

以前にアップした闘病の過程、治療の過程は残り続けるので、今まさに悩んでおられる

方の何かに、お役に立てるのであれば幸いである。


『雑想考、差松茸』

2013年09月26日 17時49分56秒 | その他

 私はこの茸のことを『早松茸』が正しいと思っていた。調べてみると『差松茸』が正式の

ようで私が信じていた『早松』は『一部では梅雨時などにも生えるから早松茸・・・』とあ

った。逆に、この辺りでは梅雨に生えることなど殆どないし、本松茸の前に生えるから

『早い松茸』の方が実態に即しているように思う。 

生える時期は、その年の夏から秋にかけて雨、温度の具合で前後する。 

例年は9月の中ごろが多いが早い時は9月の頭には出回ることもある。今年は先週前半

くらいから出始めているから時期的には例年並み、店先の量は昨年より少ないように見

えるが、値段は昨年より安くいいものがあった。この辺りでは早松茸を人にあげる時は

『早松で、つまらないけど・・・』と本家の松茸とは断然に格が違う扱いをされてしまう。昔、

八雲町には松茸が沢山あり、あちこちで山の入札が行われ数100万円の値段もついた

とがある。当時は松茸でさえ、人にあげることも頻繁だったから、早松だとやはり格が

下がり、松茸ではない断りめいた言葉を付け加えていた。早松にとっては不遇なことだ

が当時の名残ではないかと思う。 

松茸と早松で大きな違いがあるとすれば、松茸は匂いがマイルドで茸自体が硬く包丁

切るとキシキシと音がでるような感じがする。また、松茸の方が熱をかけられても匂い

の飛びが少ないから、やはり松茸ご飯は松茸が本家だ。私の山でも年間に5~8本の松

茸が採れていた。小さなアカマツが枯れてしまってから、全く姿を見せなくなってしまっ

た。八雲町の松はマツクイムシの被害で全滅に近く、産地だった平原地区の山も今は見

る影もなく、落札された山の範囲を示す白い紐が張られ季節を知ることもできたが、遠い

話になった。 

国産はマツクイムシで大きな被害に遭い、輸入物が出回るようになってきた。しかし、匂い

は国産に遠く及ばず買ってまで食べるものではない。それは日本の風土が醸し出す特別

な香りで輸入物には元から質の劣るものだと信じ切っていた。所が目から鱗がポテン・・・

原産地では国産のものと香りも同じようなものだが、検疫で茸の根本の土まで洗い落とす

となど流通過程で劣化してしまうのが真実のようだ。香りを飛ばしてしまわないようにす

るため、水などで洗ってしまったりしないで、爪楊枝を使ってゴミを丁寧に取払う、包丁を

使うと刃物の匂いが移るので手で裂いて吸い物にどうぞ。

 


『今日は秋』

2013年09月26日 17時48分53秒 | 日記

昨日の雨も上がり朝から晴天に少し風が伴っていた。いつものようにTシャツで外に

出ると『風が冷たい』、暑い日が続きいつも汗だくで動き回っていたのに、たった一雨

降っただけで信じられない。車に乗り窓を開けて走ると寒い。あの熱気球のような暑さ

はどこに消えてしまったのだろうか。畑は昨日の雨で潤っているから、特別な作業はな

いが畑仕事で身体を動かしても爽やかで快適そのもの。

この調子ならと、川の中州に生えている数珠や葦を刈り取ってやれと元気を出して、草

刈りを始めた。川なのに水が流れているのが見えない川、誰の怠慢と言うのではないが、

少しばかり社会貢献に励んだ。川面を吹く風はなお爽やかで、曼珠沙華を見るために

草刈りをした土手の時と雲泥の差だ。

もうすぐ10月だから季節的には本格的な秋・・・・これでいいのか。


『デフレは居座っている?』

2013年09月25日 16時49分11秒 | その他

以前、呆けた訳ではないが二重のミスで自宅車庫に止めていた軽トラのドアが開けら

れなくなった。ポカミスでバーンとドアロックしたままドアを閉めてしまった。しかし自宅

車庫だからスペアがあり問題なくいくはずだった。

ところが呆け松の第2幕は保管しておいたはずのスペアキーが見つからないのだ。山

に行った時、車のドアロックは殆んどしないのに、やってしまいスペアキーのお世話に

なったことがあるから、無いはずはないと探すが見つからず、JAFを呼ぶ羽目になった。

それまで未加入だったから加入と同時にコール、以来会員を継続してきた。JAFが宣伝

したドライブレコーダーに食いついて購入してしまった。万が一の為というより面白半分

で買ったようなものであり、お守りのようなものでもあった。

これといって活躍する場面がないから、最後に撮影された映像を確認したのは昨年の

月頃。そろそろチェックしてみるかと画像を確認すると、最近のものがなく故障してい

るようだった。機械の表示画面を見てみるとGPSサーチ中の画面が連続しており、GPS

の確認ができないから時計まで1月1日を差したままになっている。無くても困らないが

折角のものだから・・・・修理でもと思いWEBで調べてみると同等品でも購入時の半額

下になっている。しかも機能アップしている。

今時、修理に出せば片道の送料でも1,000円近く、仮に部品が最低で5,000円の場合、

術料5,000必要として11,000円が最低の見積もりとして予想される。新品は13,000円ほ

の値段だから、見積もり、判断、送るなどの手間を考えれば修理は馬鹿らしくなる。

何故、ドライブレコーダーの価格は半額以下になっているのか。確かに価格.comで調べ

てみると数千円のものもあることから、私が購入当時より普及が進み価格競争の結果なの

か、最初の値段設定が高過ぎるのか、デフレの精で値段を下げざるを得ないのか理由は

分からない。物の値段が下がって喜ぶことの功罪、長らく経験させて貰っている。この商

に限れば、メーカーのデフレは終わっていないように見える。こんな心配はしなくても来

年4月から消費税が上がり見かけ上の価格上昇がやってくるから、見かけ上のデフレも見

え難くなるのだろう。


『久々の雨』

2013年09月25日 16時48分05秒 | 日記

今朝、畑でお隣さんとの会話『今日は雨の予報だけど・・・』

『また、見せかけだけかな。最後の雨は9日だから』

久しく雨が降らないから種まき後も、水やりばかりしていたことで、それを実感した。雨

の予報はあるものの太陽は出ており、予報外れになるのではと思わせが、昼前から急

に雲が出てきて、やがて雨降りとなった。

小降りではなく、しっかりとした雨が降り、これなら私が畑に水やりをするのと大違いで、

しかもハウスではバスタブに雨水が貯まるほどの量だった。

暫く止んだり降ったりしていたが夕方は又、落ち着いた天気具合になっている。

雨を予想して、昨日の内に残りの種まき、追肥を済ませておいたから、今日の雨は値千

金だった。


『雑想考、原発ゼロの日々』

2013年09月24日 17時25分10秒 | その他

国内で唯一稼働していた大飯原発4号機が定期点検のため14日から停止して以来、

原発ゼロの状態になった。しかし、壊れたままで未だに人間によるアンダーコントロー

ルとは言えない原発が4つもあり、いつ何が起こるのか予断を許さないと言うのが正し

いのではなかろうか。東電福島原発は別格として、大震災以降停止しているそれまで

正常だった50基近い原発は稼働していないだけで、冷却機能に異常を生じたら福島

同様に制御し切れないことになる可能性がある。

こうした表現をする時、あの人を小馬鹿にしたような物言いをする電力会社は『可能性

を否定できない』と否定の否定をして分かり難くして誤魔化す習性を持っており、これか

らもそれは人並みのようにはならないだろう。原発稼働ゼロではあるが、核燃料が装填、

保管されているだけで福島とそれ以外の原発の危険性には変わりないことを、よく知っ

ておくべきだ。私のところも原発から20Km圏域にあるから、余りにも杜撰な論理で原発

の安全性を語るから、国にしろ、経済界にしろ、都会地で節電に非協力的な人たちに

五月蠅く物申す。この地を追われてから『島根から原発をなくせ』なんてナンセンスなこ

とを叫ぶような道を選択すべきではない。電気が更に必要という都市部があれば、近く

の海に国とやらが保証する安全な原発を幾つでもお作りなさい。

原発稼働ゼロが現実の今、将来を含めたエネルギー政策を再考する機会でもあるの

に、政府はその素振りさえみせていない。原発に前のめりになったり、少し引いてみた

り、そのスタンスすら明確ではない。自民党は民主党のずっこけで復権しただけのこと

だけなのに、信頼回復できたと勘違いしその上、先祖返りまでして原発にしがみつく事

だけは願い下げだ。


『制水』

2013年09月24日 17時24分10秒 | その他

丁度1週間過ぎ桂川の周辺は仮の復興を果たした所から店開きし観光客を迎え入れ

る映像が流されていた。今の川床はあの濁流と比較できないほど静かに優雅な流れ

と渡月橋がよく似合う京都の姿だ。

近年の雨はゲリラ豪雨と呼ばれる限定された狭い地域に降るものと、川の上流に集中

した豪雨で下流も水かさが増して堤防決壊によるものなど、被害の形態も様々だ。私

たちが子供の頃、台風が来て大雨に見舞われると必ず、決まった場所がひざ付近まで

の洪水になっても毎度のことだから、子供の私たちでさえ慌てず騒がず平然としていた

ものだ。当時から行政はそうした被害が起きないように、それなりの対策を取り続けてき

たと思う。だから成長と共に洪水の経験は無くなっていった。これは市内のことだから分

かり易いが、もっと僻地だったら災害予防のための工事も後回しにされてきたに違いな

い。日本全土でみれば昔から災害に強い工事や復旧を繰り返してきたが、先進国にな

った今でも制水を果たすことはできないでいる。

原因は温暖化にあると言われている。ある程度の温暖化なら人の手で制水を果たす可

能性はあろうが、度を越すと人の力は自然に対し無力であることを知らなければならな

い。これから台風シーズン、『自分の命を守る・・・』の文言を聞かされることになるだろう

から、心して準備すべし。


『日向は夏、日陰は秋』

2013年09月23日 17時17分41秒 | 日記

今日は秋分の日。春分の日、秋分の日が来るとアンコールワットを思い出す。2年前

の春に出かけた時、ちょうど春分の日で、アンコールワットの日の出を見ることになっ

ていた。ガイドの説明だと3つある塔の真ん中から太陽が昇ってくるのを拝むことがで

きる。これは運のいい時にやって来たものだと喜んだ。と言うのも、最初来た時に同じ

ような朝日を見るコースがあり未だ夜が明けきらない早朝にホテルを出て、アンコール

ワットで日の出を待ったが厚い雲に覆われて朝日を見ることができなかった。

今回は朝日に加えて塔の中央から昇るとなると見逃せない。期待を膨らませながら早

起きをして出かけてみると、前回同様に世界各地から来ている観光客で溢れかえっ

ており、とても早朝の様子には見えない。

残念ながらその日も朝日を見ることは出来ず2回連続で否、1度も朝日と縁がない。カン

ボジアのシェムリ・アップは私にとって、日本の昔の姿を感じることができるので何度で

も訪れたい所だから、必ず次の機会がある。出来ればアンコール・ワットの真ん中の塔

から昇る朝日を見せて欲しい。それにしても季節を分ける日に塔の真ん中から太陽が

昇るよう設計されている事は、昔々から知られているがどのようにして知ったのだろうか。

ここだけではなく、エジプトなどでも春分の日にピラミッドの影が施設内のある場所に当

たり儀式が行われていたなんて話は五万とある。きっと昔の人は偉かったのだ。

先日、畑に色々な野菜の種まきをしたので水やり、敷き藁などの世話をしている。暑い

と感じたり風が爽やかさ感じさせたりする微妙な時期だ。


『回想、旅行記について』

2013年09月23日 17時16分37秒 | その他

いつぞや海外旅行の思い出を綴ってみたいとブログに載せてから、時間を見ながら

ボチボチと書いている。書き始める前は、古い話を連続してどれくらい思い出せるの

か不安はあったが、文字に起こすと次々と出てくるものだ。

一段落して読み返してみると、また別のシーンを思い出したりするので、結構中身の

あるものが出来そうな気がする。第一話として書いたアメリカ編だけでA4サイズに17

枚くらいと量的にも多く、肝心なところは抜けていないと思う。ただこれは最初の海外

だったから、よく覚えているのではないかとも思われ、これに続くイタリアの出来で大

体のことが見えそうだ。人の行った旅の話など面白くないかもしれないが、何かの参

考になることがあるかもしれないとの想いを詰めて、ワードと睨めっこの日々。


『無残な白彼岸花』

2013年09月22日 20時55分55秒 | 日記

敢えて写真は載せないことにした。先般アップした白い彼岸花、盛りは過ぎていた

としても今はあの咲いていた場所にはない。心無いとか、マナー違反とか、馬鹿だ

とか色々な表現はあろう。綺麗な切り口で刈り取られてしまった。珍しいから、誰も

独り占めにしてなどと思う心寂しき人はいないと思って注意書きも、ロープ張りもし

なかった。まさかも、そんな事も、何もかにも起こりうる世の中になってしまったようだ。

目的には分からない。無いと思うがあの花を自宅の花瓶に飾っている?

Can you believe it ? と拙い英語でも使ってしか聞けない現実があった。こんな想い

をしているのは私だけではなく、ここの住民の方々も『今度は根こそぎ掘り起こして

持ち帰るかもしれない』と嘆きの会話が聞こえてきた。何と寂しい話か。

遅ればせながら抵抗することにし看板を作って、切り取られた花の前に立てておい

た。『花をとらないで』と赤いペンで書いた。花はないがその看板を見た人は看板が

あるのに花を切り取った奴がいると、分かってもらえば私の目的には果たせるから。

こんな情けないことをしなければならないほどJapanは荒んでしまったとは思いたく

ないが、あの花を眺めて風流な秋を感じているかもしれないご仁の行く先にはペン

ペン草しか咲かないものしかないだろう。

仮に現生でないとしても、因果は巡る、天網恢恢にして祖に漏らさず、どうぞお待ち

なさいませ。


リンク