体重測定を終えナースステーション隣にある部屋に連れていかれると、個室ではな
く相部屋で先客がおられる。手術を終えてここの病棟に戻って直ぐの人が、ここで一
晩なり落ち着くまで看護師さんの目の届く部屋で過ごす。
だから患者さんは寝たままの人が殆どだから、普通の患者のように自己紹介をする機
会はない。また本人たちも身体にメスを入れた直後でもあり、自分のことで精一杯だか
ら、自分にとって快適か否か以外の他人のことなど全く関心を持てない。
相部屋で多少なりとも気を使う、自分も管攻めに慣れない、ICUと違って意識ははっき
りとしているから入院以来、最悪のコンディションだった。幸いにも一晩泊まりで元の部
屋に戻ることができ、やっと自宅に戻ってきたような、おかしげな安堵感を覚える。管攻
めの状態は変わりなく、寝返りも満足にうてない。いつもは横寝かややうつ伏せ気味が
お気に入りのスタイルなのに、仰向けばかりでも不自由はなかったようだ。しかもベッド
は少し頭の方を高くしていないと、食道や胃を摘出しているので残胃の中にあるものが
逆流する可能性もある。今も思うけど多動症の爺さんがよくあの格好で我慢していたも
のだと。私の本当の姿は、芯が強く何事にも屈することのない我慢強い人間ではない
かと思わせるほど。術後からは絶食の代わりに、中心カテーテルとやらで栄養分の補給
をされており、食事の心配は要らない。
しかも空腹感を覚えないから食欲は湧かない。食べたくて我慢するのは辛いから、こちら
の方がまだ、ましかも。ここまで耐えてきた目的は癌の摘出により、食べ物が詰まる症状と
の決別だ。それが手術により回復したのかどうかは実際に食べてみなければ分からない
ことだから、早く口から食べる日が待ち遠しい。
また、手術の後は熱が出るから湯たんぽ等で体温を上げることがよくある。私はICUでの滞
在が長かったから、もしそうしたことが必要なら無意識の中で処置されていたと思われる。
他人の話だと麻酔が覚めたら電気あんかを入れて貰ったとか、熱が出たのをよく覚えてい
ると聞く。この辺りの経過は他の患者さんと様子が異なっている。
最初の儀式は『オナラ』を出すこと、つまり腸が以前のように整列したことの確認だ。看護師
さんとの会話のキーワードは『オナラは出ましたか?』、腹がゴロゴロと鳴ったり、張ったりの
兆候はなく、私は勿論の事、皆がその臭い朗報を待ち望んでいた。今となっては何時だっ
たかはっきりしないが弱々しいものが通過して行った。幸いなことに熱、血圧などにも異常
は認められていなかったから、『オナラ』のお知らせは全て順調にお墨付きを与えるものに
なった。