女装子愛好クラブ

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女装癖の夫と別れたことは正しかったのか ~工藤美代子著『炎情』から~

2020年03月18日 | ★女装の本・雑誌
工藤美代子著『炎情』2009年よりは、ノンフィクションライターの工藤美代子氏が40代から60代で熟年離婚した女性を取材した本です。



ここには27人の女性の熟年離婚のプロセスが克明に綴られています。
たまたま図書館の書棚で見つけて、最初は熟女ビデオ的なノリで読みだしたのですが、読み進めると27人それぞれの離婚ケースが重いこと、重いこと。

私も27人の熟年女性と同じ世代です。
読んでいるうちに熟年夫婦の性の怖さにズブズブとはまっていきました。

そして、27人のうちの一人が原口憲子さんでした。
彼女の夫、原口徹さんには妻に隠していた性癖がったのです。
それが女装です。
何回かにわけて、『炎情』から引用します。


女装癖の夫と別れたことは正しかったのか

 次々キャリアアップした妻のおだやかでない心境
 熟年離婚をしたことを、ひどく後悔している女性がいるのだが、会ってみないかと知人から連絡があった。

 考えてみれば、今まで熟年離婚をした男女をずいぶんたくさん取材したが、あまり後悔をしている様子の人はいなかった。相手に対して今でも心底怒っている女性はいた。悲しんでいる人もいた。しかし、後悔となると話は別だった。
 若い頃と違って、熟年になってからの離婚は、その場の勢いで決めてしまうということはない。みんなじっくり考えて決断をする。それが大人の常識だ。
 しかし、中には自分の判断が間違っていたと悔やむケースもあって当然だ。私は知人に頼んで、その女性、原口憲子さんを紹介してもらった。

 彼女は現在、五十四歳で、都内に在住のキャリアウーマンだ。いかにも職場でも有能そうな感じの、てきはきとした話し方をする。それだけに離婚を後悔しているというのは、ちょっと意外な印象を与える。
 そもそもなぜ、離婚に踏み切ったのか、そこから話を始めてもらった。
 ちょうど二年前の一月に、彼女は離婚届を夫の徹さんの眼前に突きつけ、有無をいわせず、強引に判を押させた。

 「でもねえ、工藤さん、私がぶっち切れたのには、それだけのわけがあったんですよ。ただ闇雲に離婚を決めたんじゃないんです。もちろん、私の我優や気まぐれなんかじゃありません」
 憲子さんが栗色に染めたショートカットの前髪をかき上げた。指には大粒のダイヤが光っている。マックスマーラのスーツも彼女の身体にぴったりとフィットしていた。はんとうに、どこから見ても都会的な女性だ。

 それまで夫婦の仲は円満だった。彼女は大学卒業と同時にある企業に就職し、そこで同僚だった徹さんと結婚した。二十六歳のときだった。徹さんは三十一歳だった。
 結婚を機に会社を辞めることも考えたが、上司から強く引きとめられた。それだけ憲子さんが優秀だったということだろう。
 しかし、夫婦で同じ会社にいるのは、なんとも居心地が悪かったので、三年後に職種は変わらないが別の会社に、憲子さんが移った。彼女との約束で会社の名前は書けないが、世間ではよく知られている大企業だった。

 子供も一人生まれた。女の子だった。夫は娘を溺愛し、夫婦の関心はもっはら娘の亜美ちゃんに向けられた。憲子さんが働きながら子育てをするのも、徹さんの協力があったのでなんとか乗り越えられた。
 亜美ちゃんが幼い頃には、保育園の送り迎えから入浴の世話まで、徹さんは実に小まめに世話を焼いてくれた。家事もほとんど公平に半分ずつ分担した。亜美ちゃんの保護者会には、徹さんが会社を休んでも出席してくれた。
 その娘も今ではもう二十三歳になっている。

 夫婦生活は憲子さんが四十九歳のときに閉経して以来なんとなく疎遠になった。それまでも一月に一回くらいの間隔だったので、なくなったのも自然消滅といった感じだった。
 もともと、二人ともがセックスには淡白だった。はっきりいって、仕事が優先した。時間に不規則な職場だったので、子育てと、仕事を両立させるだけで精一杯で、セックスにのめり込むエネルギーが残っていなかったのだと憲子さんは説明する。そして、そのことを憲子さんは別に不満にも感じなかった。むしろ夫がセックスに執着しない男でよかったとさえ思った。

 徹さんは、自分が期待したほど、会社では仕事が評価されないのが不満なようだった。根が真面目な性格なので、仕事を手抜きするということはなかったが、なぜか社長に嫌われて、同期が次々と役員になるなかで、彼だけが部長代理のままで五十代も後半となってしまった。このまま定年を迎えるのだろうかという焦りが徹さんの胸中にはあったに違いない。

 一方、憲子さんは女性だったが、早々と五十歳で執行役員になってしまった。彼女の立てた企画がヒットして、それが会社でも評判になった。しかも、さはさはとした性格なので上司からの受けも良かった。
 徹さんと同じ会社に勤めていないでほんとうに助かったと憲子さんは思った。もし夫が自分の部下などという事態になったら最悪だった。
                                                    (続く)
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