女装子愛好クラブ

女装小説、女装ビデオ、女装動画、女装記事などを紹介していきます。

「LGBTは3人に1人」というのは本当か? ②

2024年03月16日 | 私的東京女装史
以下続きです。

 ところで、二大経済週刊誌の同日発売号に同様の特集を組ませた「仕掛け人」は誰か? と いう設問の種明かしをしておきましょう。
 皆さん、もうお気づきでしょう。そんな影響力を持っているのは巨大広告代理店「電通」し かありません。2012年の「電通ダイバーシティ・ラボ」の調査は、「仕掛け」のリソース(資源)だったのです。

 2012年の日本におけるLGBTブームの端緒を仕掛けたのは「電通」という説、証拠はない推測ですが状況的にまず間違いないでしょう。この話を「電通」の関係者に振ったことが あります。ニヤリと笑っただけで何も答えてくれませんでしたが。 こういう批判を、私があちこちで繰り返してきた結果? さすがに「電通」の数字の信憑性に疑問を抱くメディアも増えてきました。現在ではNHKも『朝日新聞』も「123人に1人」と はあまり言わなくなりました。「蟷螂之斧」(弱者が自分の力をわきまえず、強者に立ち向かうこと)なりに少しは効果があったのでしょう。

 そもそもの話、性的少数者の数的把握はかなり困難です。まず、どこまで含めるべきか?といった問題。I (Intersex) は? Q (Queer)やQ (Questioning) は? Aは (Asexual) は入れるの? などです。それによってかなり数値は違ってくるはずです。つぎに、何をもっ てL、G、B、Tとするかのカテゴリー設定の問題があります。たとえば、Gなら「男性を 好きになったことがある男性」と定義するか、「男性と実際に性行為をしたことがある男性」 と定義するかで、かなり数値は違ってきます。Lも同様で「女性を好きになったことがある女性」なのか、「女性と性行為をしたことがある女性」なのかで数字は大きく(たぶん倍以上) 違ってくるでしょう。でも「性別を移行したいと思っている人」と定義するか、「実際に性別 を移行して生活している人」と定義するかで大きな違いがあります。

  というような説明をすると、多くのマスメディア関係者は、それなりに納得します。 「なるほど、よくわかりました。 した。三橋先生のおっしゃる通りだと思います。ところで、先生はLGBTの比率はどのくらいだとお考えですか?」(ぜんぜんわかってないじゃないか!)

 どうしても「数字」を欲しがるのは、メディアの悪癖です。仕方なく、内心の怒りを抑えて 「きちんとした調査に基づいた数値ではなく、長年、この世界を観察してきた私の印象です」と断った上で、男性はGが2%、Bが0.5%、女性は上が1%、Bが2・5%。全人口比で10%になったらマイノリティでなくなるわけでもありません。

  また、3%だから人権を無視してもいい、8%なら人権を認めるべきだという話でもありません。3%だろうが8% だろうが、LGBT+の人権は認められるべきであり、それに基づいて「SOGI平等」を達成する施策がなされるべきなのです。数値に本質はありません。


出所『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』三橋順子著 辰巳出版 2023

>Gなら「男性を 好きになったことがある男性」と定義するか、「男性と実際に性行為をしたことがある男性」 と定義するかで、かなり数値は違ってきます。
後者の定義であれば、私もBではなくGに定義されますね。

>3%だろうが8% だろうが、LGBT+の人権は認められるべきであり、それに基づいて「SOGI平等」を達成する施策がなされるべきなのです。数値に本質はありません。
私はこの三橋さんの主張に大きく同意します。

今日は土曜日。
きれいな朝日が昇ってきました。
みなさま、素敵な週末をお過ごしください。
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「LGBTは3人に1人」というのは本当か? ①

2024年03月15日 | 私的東京女装史
先週、勤務先でLGBT研修がありました。
「参加するように」と年下上司の命がありましたので、まあ興味津々で大会議室へ。
講師は人事部の若手社員。
一生懸命リハーサルしたんでしょうね。
90分ですが、しっかりと話をしていました。
私と言えば、「へぇ、そうなんだ~」という初心者顔(どんな顔なんだ)でちんまりと聞いておりました。

冒頭、彼が「電通の調査ではLGBTの方は100人に7人いるのです」と胸を張って言いました。
ふーん、7人もいるんだ....とその時は納得しました。
しかし、自宅に帰って三橋順子先生の新刊を読むと、この数字の信ぴょう性が大いに揺らぎました。

以下引用です。
「LGBTは3人に1人」というキャッチ・コピーを聞いたことがある人、いらっしゃると思います。これは「電通ダイバーシティ・ラボ」が2015年に公表した「LGBT調査」の結 果、7・6%の逆数です (100÷7.6=3・2)。
私はこの数字をニュースで聞いたとき「多すぎる!」と思いました。それは私だけでなく、 長年、性的マイノリティとして生きてきた多くの人たち共通の感想でした。

 なぜ、こうした現実感覚と離れた数値が出てきたのでしょうか?「電通ダイバーシティ・ラボ」はこの3年前の2012年にも同じような調査をしています。
それと比較してみると、わずか3年の間にGは0・61.8%で3倍、Lは0・21・0 %でなんと5倍になっています。「電通」は「同性愛に対する社会的理解が広まった結果」と説明していますが、いくらなんでも増えすぎです。「理解が広まった」というのならTはどうでしょうか。4・1→0・7%で3年間で6分の1になっていて、激減です。この3年間にトランスジェンダー大虐殺が起こって6分の5のTがいなくなってしまったのでしょうか? もちろん、現実にはそんなことは起こっていません。

 さらに、2012年の調査にはなく2015年の調査で現れる「その他」とは何でしょう?? しかもそこに3・8%という全体 (7.6%)の半数に当たる大きな数字が入っています。この頃から目立つようになった「Xジェンダー」 (215ページで説明)でしょうか? このように2012年の調査と比較すると、変動幅が大きすぎて、実態的にあり得ない結果 であることがわかります。

こうした量的な社会調査では、その調査方法(対象、カテゴリー設定など)が妥当であるか 検証されるべきなのですが、「電通ダイバーシティ・ラボ」は詳細な調査方法を公開しておら ず、検証不能です。つまり、結果的にも方法的にも問題があり、学術的には使えない、一種の 「プロパガンダ」(広報・広告)として理解すべき数字だと思います。
ここで留意すべきは「電通ダイバーシティ・ラボ」は学術調査機関ではなく、「電通」という巨大な(日本最大手、世界6位)広告代理店の調査機関だということです。広告代理店の仕事はプロパガンダですから、数値が学術的な正確性より、ブロパガンダ的性格を帯びるのは当然のことなのです。

 実は、「電通」の2015年調査の翌年、2016年に業界2位の広告代理店「博報堂」が 8%という数字を出しています。数値をプロパガンダと考えた場合、「電通」の2015年の 調査より下の数値ではインパクトはありません。「博報堂」としてはライバル社を上回る数値を打ち出す必要があったのだと思います。

  その時、私は予言しました。「つぎの電通の調査は、必ず博報堂の上をいく」と。2018 年の「電通」の調査結果は、「博報堂」の数値を上回る8・9%でした。子言的中です。こうしたプロパガンダの繰り返しの結果、日本は世界一 「LGBT」の比率が高い国になりました (まったくのフェイクですが)。
 
 むしろ、そうしたブロパガンダの数字を真に受けるマスメディアや、企業研修会で開口一番「私たちLGBTは3人に1人もいます!」と叫ぶ時流便乗のLGBT系NPOに問題がある (不見識)と思います。



出所『これからの時代を生き抜くためのジェンダー& セクシュアリティ論入門 』三橋順子著 辰巳出版 2023年

確かに社会調査はその標本の取り方、質問方法などがオープンにされています。
しかし電通調査はうやむや。
エビデンスとしては使用することができないかもしれません。

そして性的少数者も広告キャンペーンのために不可思議な調査を行いあぶりだしていくという広告会社の長期戦略に驚くばかりでした。


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平成元年、新宿・女装バーで④

2024年01月30日 | 私的東京女装史
まあ、余談です。
『地下鉄にのって』です。
丸の内線の車内でのカップルの情景を描いているよう思えます。
でも作詞した岡本おさみ氏はもうひとつの状況を描いています。
銀座で映画を見た。
地下鉄に乗っている。
いま赤坂見附だ。
君の声がよく聞き取れない。
停車しているわずかに時間に話そう。
新宿はまだまだだ。
次の駅で降りてあるこう。
でも君はそのまま、地下鉄に乗っていてもいいんだよ。

赤坂見附は政治や権力のシンボル。
新宿は自由のシンボル。
地下鉄は暗闇のシンボル。
その地下鉄に僕たちは乗っている。
『地下鉄にのって』は1972年11月の発売。
全共闘の時代から3年しかたっていません。

そして、いまはも私たちは地下鉄に乗り続けているのかも.......。

地下鉄にのって
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平成元年の新宿・女装バーで③

2024年01月29日 | 私的東京女装史
厳密にいうと平成元年ではありませんが、Jの思い出です。


ある夜、武道館でライブに参加し、火照った心と身体のまま九段下駅に着きました。
「このままじゃ帰れねえゃ」
本当は東西線に乗るところ、新宿線に乗り新宿3丁目駅で下車。
そのまま、Jに入りました。
Jは都営新宿線の新宿3丁目駅の真上なんですね。
カウンター内のママ(だったでしょうか)にハイボールを頼んで、今日のコンサートを熱く語っておりました。
すると、隣にいた男性が「ええっ、〇〇さんのコンサートいったんですか?」と声をかけてきました。
「いやぁ、よかったですよぉ♪」
「いきたかったなあ、セットリストはどんな感じでした.....」
なんて話が始まりました。
Jで武道館コンサートの話ができるなんで思っていませんから、これは本当にうれしかったですね。
さすがは新宿。
女装だけではないのです。

ここまで書いてきて、曲をリクエストしていいですか。
リクエストは猫の『地下鉄に乗って』です。

猫 地下鉄にのって

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平成元年の新宿・女装バーで②

2024年01月28日 | 私的東京女装史
承前です。

その後、M子さんとは数回デートしました。
1度は私の地元に来ていただきました。
可愛い女装子さんと近くの公園のベンチに並んで座り、何気ないおしゃべりをする。
周りの人から見れば何気ないカップルのデートですが、
私たちにとってはとんでもない非日常。
これで二人の火柱は高まり、私の狭いアパートで抱き合いました。

その後は自然に連絡はとれなくなりました。
(なにせ携帯もSNSもない時代でしたからね)

数年後、週末にふらりとはいったJ。
店内を見渡すとU字カウンターの向こうに美人女装子がいます。
それがM子さんでした。
さらに美しくなられていました。
彼女も気づいたようでしたが、お互い目であいさつしただけ。
後から「お持ち帰りすればよかった...」と悔やみました。

その後、彼女は女装界隈から姿を消したようです...

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平成元年の新宿・女装バーで①

2024年01月25日 | 私的東京女装史
1989年1月7日に天皇陛下がなくなり、平成が始まりました。

初めて女装子さんとデートしたのが、この年の夏。
くいーん誌でスリムでレオタードがよく似合うM子さんを見つけました。
だめでもともととお手紙を書いて、アント商事気付で送りました。
待つこと1か月。
「だめだったかな....」とあきらめかけた頃、アパートの黒電話がジリジリと鳴ったのです...。
「お手紙ありがとうございます....」
きたぁ、M子さんだ。

待ち合わせは翌週の土曜日夜7時。
場所は新宿伊勢丹前の地下鉄出口。
「目印は...」
「多分わかると思いますよ、他の女の子たちとは少し違うから」

心を弾ませて、伊勢丹前で待ちましたが、なかなか彼女はやってこない。
夏至近くの長い昼が終わりかけたころ、美女が現れましたのです。

こちらは天まで上るきもちです。
近くの喫茶店でコーヒーを飲み、タクシーを飛ばして渋谷にでて、パブでカラオケを歌ったり。
そして肩を抱いて道玄坂を上りました。

短い夜が明け、彼女は朝日の中を新宿に帰ってきました。
そのタクシーを見送る私はまだ夢を見ているようでした。

えっ? この話に女装バーが出てこないって。
M子さんはバーJの着替え部屋の会員でした。
私にすぼっかされたら、そのまま新宿3丁目駅ちかくのJに行くつもりだったそうです。
まあ、セカンドプランを作っておくことは大切ですね。
それとメールも携帯もない平成元年、待ち合わせに現れない男も何人かはいたのでしょうね。
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ハイヒールは魔力を持つかも....

2023年07月07日 | 私的東京女装史
承前です。

かなり前のことです。
総武線某駅ちかくにある女装サロン。
ここはオーナーさんの人柄がよいので、いろいろな女装子さんが集まってきていました。
完全女装だけではなく、下着女装・首下女装の方もwelcomeです。

このときは完全女装子さん、首下女装子さん、下着女装子さんとが集り、男性側の私と楽しくお話をしていました。
首下女装子さんは、小柄な方で、ワインレッドのブラウスと紺のタイトスカートがお似合いでした。
彼女は私のブログをご愛読していただいており「もう少し若ければデートを申し込んでいましたよ」とおっしゃいます。

愛読者にはサービスをすることをモットーにしております。
御姿がOLさんを意識していると拝察いたしましたので、「いえいえ、ご謙遜。お美しいですよ。では少し、小生をお楽しみください」と申し上げ、「埼京〇漢プレイ」にお誘いしました。
「ええ、いいんですか?」とはにかみます。
それも可愛い。

サロンの隅の暗いところに手を取ってご案内して、彼女に壁に向かって立っていただきます。
そう、電車のドアに押し付けられている設定ですね。
私は後ろから大きな体を密着します。
そしてお尻のあたりにまずは手の甲を当てて、反応をみます。
「アン...」
タイトスカートのヒップが揺れます。
こうなると世界に入りますね。
手の甲を裏返して掌を当てます。
それだけでピクン。

すると完全女装子さんが近寄ってきて、首下女装子さんに小さな声でアドバイス。
「OLさんならハイヒールを履かないと.....。その方がスタイルよくってよ」
ご自分のハイヒールを貸してくれました。
黒のエナメルハイヒールを履くと彼女のヒップはすっと上がり、何とも言えないセクシーなシルエットになったのです。
このハイヒールで首下女装子さんの身体に火が付きました。
仕事人のテクが延々と続き、とろとろになった彼女はもうどうにも立っていられなくなり、奥のソファーで恋人プレイを楽しまれました。
彼女をここまでしたのも、ハイヒールの魔力かもしれません。

9.5cmハイヒール



11cmハイヒール



15cmハイヒール



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品川のホテルパシフィックは良いホテルでした。品川グースもね。

2023年02月04日 | 私的東京女装史
トヨタ自動車が東京本社を品川に移すという記事をよみました。
場所は品川グースの「跡地」。
「跡地」とはなんだぁ?
ホテルパシフィックがあり、その後には京急EXホテル品川になったはずじゃないのか。
でも、2021年春に閉館になっていたのですね。
コロナで私も外勤をしなくなっていたので、気づきませんでした。

ホテルパシフィックは良いホテルでした。
駅から近いし、ラウンジが落ち着いているということで、本当に打合せに使わせていただきました。

その後は品川グースになり、このホテルの客室を使う形でビジネスホテルになりましたね。
ここも足場のいいことから、女装子さんとのデートをさせていただきました。
1階のカジュアルレストランで女装子さんとお食事したとき、スタッフの心づかいも印象に残っています。

ただ、そのあと、予約していた「ホテルお任せプラン」でチェックインしたときは、アサインされたルームが喫煙フロアでありまして、廊下がとてもヤニ臭かつたことも思い出してしまいました。

あの丘にトヨタが立つのか。
ちょっぴり、寂しい気がします。
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『甘い囁き』 野沢那智&金井克子

2023年01月31日 | 私的東京女装史
在宅勤務です。
ラジオを聞いて仕事しています。
午前中はNHKFMです。
お昼はTBSのジェーン・スー。
午後はTBSのたまむすび。
そしてTBSの荻上チキを少し聞いて、インターネットラジオのイージーリスニング局に変えます。
2-3日前、このネットラジオを聞いていたら、懐かしい曲が流れました。
ダリダとアランドロンの『甘い囁き』です。
「あれぇ、この曲聞いたことあるぞ」
そう、金曜パックでずーーと聞いていた曲『甘い囁き』by野沢那智&金井克子

私は50年来のTBSラジオリスナーです。
金曜パックの野沢那智さんがアランドロンとなり、金井克子さんとこの曲をカバーしていました。
1970年代中頃でしたでしようか。
金曜パックでは、もちろんリクエストは毎週1位。
毎週のようにこの『甘い囁き』を聞いていました。

金曜日(木曜深夜)です。
家の者は寝ています。
テレビは映りません。
田んぼだらけの家の周りはシーンとしている午前2時。
そこに野沢那智さまの甘い囁きと金井克子さまの大人の女の唄。。
16歳の童貞少年はドキドキするばかりでございました。

あれから40年。
野沢さまも白石さまも天国ですか.......。

甘い囁き 野沢那智 金井克子
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町山智浩 アメリカ流れ者 黒澤明の名作をリメイク 映画『生きる LIVING』

2023年01月30日 | 私的東京女装史
1月24日(火)のTBSラジオ「たまむすび」、町山智浩さんは「生きる」を紹介しました。
いや、カズオ・イシグロがリメークした「LIVING」の紹介です。

でもそのほとんどは黒澤版の「生きる」の紹介です。
町山さんの解説は上手い。
40年前に名画座でみた「生きる」を本当に細部まで思い出しました。

とここまで書いていて、見た映画館も思い出しました。
上板東映です。
季節は12月、『ぴあ』を握りしめながら、東上線に乗ったのです。

そして、途中から入ったので、場面は志村喬のお葬式の場面からです。
嗚呼、私はこの名作を後半のクライマックスから見てしまったのです。

こんなことまで思い出させてくれた町山さんに感謝感謝でございます。
大学生の頃ですから40年前にみた

2023-01-24(火) たまむすび 町山智浩 アメリカ流れ者 黒澤明の名作をリメイク 映画『生きる LIVING』



『生きる』は4Kのリマスター版が出ていますね。
上板東映でみた『生きる』はさすがは名画座、画面に雨がパラパラパラと降っていました。


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