工藤美代子著『炎情』からです。
「主人が女装したいのは、私がブスだからなの?」
徹さんの言葉によると、彼はホモセクシャルではない。誓って、男性と性交をした経験はない―ただ、女装をしたいという、どうにも抑えがたい願望が若い頃からあり、それが最近二年ほどの間に極端に強くなった。
やがて、同じような嗜好を持つ人たちが集まるクラブがあることを知って、週に一回くらい参加するようになった。
この日はたまたまクリスマスのパーティーがあり、みんなが張り切って着飾った。衣装はクラブに用意されていて、レンタルで間にあうのだそうだ。
通常はそのクラブで着替えをして、飲んだりするだけらしい。もっとも憲子さんは、さらに何かいかがわしい行為があったのではないかと疑っていたが、徹さんは、それを頑強に否定した。ほんとうに、ただ女装を楽しむだけのクラブなのだと主張して譲らなかった。
しかし、憲子さんにいわせると、ああいう人たちは自分が女装した姿を誰かに見せたいはずだから、きっと盛り場などを出歩いていたに違いない。あるいは、自分が女としてどう値踏みされるかに興味を持っていたはずだという。
いずれにせよ、普段なら細心の注意を払って、着替えをして、化粧を落としてから帰宅するところなのだが、この夜はレストランを借り切ってみんなで酒を飲みダンスをして騒いだため、すっかり酔ってしまった。
そして、あろうことか、徹さんは自分が女装していることを忘れて、そのまま夜中の三時頃に家に帰ったのである。酔いつぶれているから、ただ、ぶうようにしてベッドにたどり着き、布団にもぐり込んで眠ってしまった。
つまり、妻には一番知られたくない秘密がばれたわけである。
「主人はねえ、その翌日の夜、私の前で床に手をついて謝って、もう二度とあんな馬鹿な真似はしないから、どうか許してくれって、泣きながら、かきくどいたの。でも、私はどうしても許す気になれなかった。変な話だけど、主人が女装をしたいのは、私がブスだからなの?って思ったの。ねえ、工藤さん、私ってそんなにブスかしら?」
憲子さんの話のいきなりの飛躍に私はたじろいだ。慌てて「そんなことありません。とっても素敵です」と答えた。ほんとうに、憲子さんは、特別に醜い女性ではないし、それになにより、徹さんの女装癖と憲子さんの容姿はなんの関係もないはずだと私は思った。
しかし、憲子さんの受け止め方は違った。自分の伴侶が不美人なので、夫はきれいな女性に憧れた。その思いが昂じて、ついには自分が美女に変身する夢を見たのではないか。妻に対するこれ以上の侮辱はない。 (続く)
「主人が女装したいのは、私がブスだからなの?」
徹さんの言葉によると、彼はホモセクシャルではない。誓って、男性と性交をした経験はない―ただ、女装をしたいという、どうにも抑えがたい願望が若い頃からあり、それが最近二年ほどの間に極端に強くなった。
やがて、同じような嗜好を持つ人たちが集まるクラブがあることを知って、週に一回くらい参加するようになった。
この日はたまたまクリスマスのパーティーがあり、みんなが張り切って着飾った。衣装はクラブに用意されていて、レンタルで間にあうのだそうだ。
通常はそのクラブで着替えをして、飲んだりするだけらしい。もっとも憲子さんは、さらに何かいかがわしい行為があったのではないかと疑っていたが、徹さんは、それを頑強に否定した。ほんとうに、ただ女装を楽しむだけのクラブなのだと主張して譲らなかった。
しかし、憲子さんにいわせると、ああいう人たちは自分が女装した姿を誰かに見せたいはずだから、きっと盛り場などを出歩いていたに違いない。あるいは、自分が女としてどう値踏みされるかに興味を持っていたはずだという。
いずれにせよ、普段なら細心の注意を払って、着替えをして、化粧を落としてから帰宅するところなのだが、この夜はレストランを借り切ってみんなで酒を飲みダンスをして騒いだため、すっかり酔ってしまった。
そして、あろうことか、徹さんは自分が女装していることを忘れて、そのまま夜中の三時頃に家に帰ったのである。酔いつぶれているから、ただ、ぶうようにしてベッドにたどり着き、布団にもぐり込んで眠ってしまった。
つまり、妻には一番知られたくない秘密がばれたわけである。
「主人はねえ、その翌日の夜、私の前で床に手をついて謝って、もう二度とあんな馬鹿な真似はしないから、どうか許してくれって、泣きながら、かきくどいたの。でも、私はどうしても許す気になれなかった。変な話だけど、主人が女装をしたいのは、私がブスだからなの?って思ったの。ねえ、工藤さん、私ってそんなにブスかしら?」
憲子さんの話のいきなりの飛躍に私はたじろいだ。慌てて「そんなことありません。とっても素敵です」と答えた。ほんとうに、憲子さんは、特別に醜い女性ではないし、それになにより、徹さんの女装癖と憲子さんの容姿はなんの関係もないはずだと私は思った。
しかし、憲子さんの受け止め方は違った。自分の伴侶が不美人なので、夫はきれいな女性に憧れた。その思いが昂じて、ついには自分が美女に変身する夢を見たのではないか。妻に対するこれ以上の侮辱はない。 (続く)