ほとほと通信

89歳の母と二人暮らしの61歳男性の日記。老人ホームでケアマネジャーをしています。

パークピクニック

2015-02-23 | ほとほと日記



今日は仕事はお休みでした。

渋谷、銀座、日比谷、また銀座と、私としては珍しいほど出歩いた一日でした。


まずは、医療費控除の申請のために渋谷に行きました。
渋谷は苦手な街です。何回行っても迷子になってしまうのです。
今日もまた何度も迷いながら、ようやく目的のビルに着きました。

渋谷は地下街が発達してないし、JRと私鉄と地下鉄の「渋谷駅」の位置関係が分からないし、道路もビルも思いつくまま不揃いに付け足しで発展してきたみたいで、方向音痴の私は本当に苦手です。
私を不安にさせるような雰囲気の若者が多いのも苦手です。
でも、渋谷に行くのは年に一回だけなので、一安心でした。


その後、銀座四丁目交差点近くにある教文館という書店に行きました。
渋谷に比べると、銀座は本当に落ち着ける街でした。
おじさん、おばさんがたくさん歩いています。

教文館は一階二階は普通の本屋さんですが、三階から上はキリスト教関係の書籍や物品を売っています。
私は、今日初めて三階に上がったのですが、ここはまた別世界でした。
けっこう広い売り場なのに、お客は私一人。
店員は、地味な感じのおじさんと、更に地味な眼鏡を掛けた三十代前半くらいの女性です。
でも、このおよそ「ビジネス離れ」した感じが、何とも嬉しく感じました。

教文館での買い物は、とても充実したものになりました。


午後からは映画を観ようと思っていたのですが、まだかなり時間がある。
そこで、歩いて日比谷公園に行くことにしました。

朝の天気予報で「日中は四月上旬並みの気温になる」と聞いて、私は閃きました。
「お弁当を作って外で食べよう!」
その思惑は見事に当たり、今日の日比谷公園は絶好のピクニック日和になりました。




日比谷公園は更におじさんにはほっとする場所でした。
実際、あちこちに置かれたベンチに、もう定年退職になった年頃の男性がぼんやりと座っています。
それほど生活に追い詰められている風でもなく、でも行くところもない…という感じでした。

私もベンチに座ってお弁当を広げました。
今日のおかずは、あさりの佃煮、さつま揚げと野菜の甘辛炒めです。





七十歳前後と思われるご婦人たちが、数人連れだって写生をしていました。
公園内のテニスコートからボールを打つ音や笑い声が聞こえます。
都心のど真ん中の、のんびりしたひと時です。

食事が終わると、園内を歩くことにしました。
有名なレストラン『松本楼』も営業しています。
それも、たくさんお客さんが入っている。
かなり高いお店なのに、都心にはお金がある人が集まるのでしょうか。


若い頃、日比谷公園にはしばしば来ていました。

二十代後半から三十代初めに掛けて、私はフリーターをしていました。
人生の方向性が定まらず、無聊の日々を送っていたのです。
特にその頃、日比谷図書館を良く訪れていました。

この図書館は書籍はそうでもありませんが、新聞や雑誌類が充実していて、開架式で自由に閲覧出来ました。
また、名作映画の上映会を安くやっていました。
そして地下食堂は調理人も店員も不愛想だけれど比較的安くて、カレーライスやハンバーグ定食を食べたものです。





日比谷図書館は相変わらず三角形のショートケーキのような形でした。
二十年ぶりくらいに中に入っていると、警備員が立ってあいさつをしてきました。
そして、古く不愛想な地下食堂にはなく、明るく清潔な店舗が入っていました。






私の子供の頃には、松本楼焼き討ち事件…などというのもあったのです。
いわゆる新左翼の過激派が火を放ったのです。
私はその新聞記事の見出しを憶えています。
1970年代の半ばまでは、そんなことが都内でしばしば起こっていました。

今考えると、どこの国の話だろう…と想います。


時間が来たので、私は銀座まで歩いて戻りました。
そして『アメリカンスナイパー』を観ました。