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244814 意見を売ってニュースと呼ぶマスコミ~雇用主が売りたがっている商品の売り子

2011年01月30日 | マスコミによる共認支配の怖さ
244814 意見を売ってニュースと呼ぶマスコミ~雇用主が売りたがっている商品の売り子
 
猛獣王S HP ( 不惑 営業 ) 11/01/29 PM05 【印刷用へ

『アメリカのマスコミ: 意見を売って、ニュースと呼ぶ』(マスコミに載らない海外記事)リンクより転載します。
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 ~前略~

一般的な主張は、支配されているマスコミは、決して信頼できないが、自由なマスコミは信頼できるというもので、パネルに居合わせた三人の同僚もその見解を支持した。私も支持したが、ごく部分的にだった。

支配されているマスコミは、政府の措置や政策について報じる場合には信頼し難いというのは間違いない、と私は主張したが、大半のニュースは政府によって影響されないことを私は指摘し、そうした記事については、支配されているマスコミの報道を疑うべき理由はないと考えた。しかし、報道される主題とは無関係に、自由なマスコミを疑うべき正当な理由があるということも私は主張した。

私の主張は、支配されているマスコミは、支配をしている政府から資金を得ているので、読者を惹きつける必要は皆無だが、いわゆる自由なマスコミは、経済的に存続してゆくためには、読者に依存せざるを得ない、という観察結果に基づいていた。自由なマスコミは、あらゆる小売業がしなければならないのと同様、自社の商品を市販せざるを得ず、その方法の一つが、マスコミ企業が対象とする集団にとって魅力的になるような形で、ニュースを歪曲させることであり、それが、ある意味で、自由なマスコミが報道するあらゆる記事を偏向させるのだ。そして、自由なマスコミは、政治的見解が異なる二人の人物を起用し、バランスのとれた報道にすることで、客観性を維持していると主張するが、一方の側がいつも優勢に見えるような形で二人の人物を選び出すのは簡単だ。その結果、マスコミ自身が特定のイデオロギー集団に入ってしまっており、大部分のマスコミが、扇情的大衆ゴシップ紙と、あからさまに呼ばれていることは言うまでもないと私は指摘した。

 ~中略~

メーシーズ百貨店が様々な種類の商品を販売しているのと全く同様に、ニュースというのは記事を売っており、マスコミ各社が自ら、各社独自にその商品を構成する歪曲によって、他社と差別化するのだ。ちょうど、マクドナルドが、同社のバーガーを、バーガー・キングが販売するものと差別化するように、ABCは、自社の記事を、NBCが報道するものと差別化するのだ。要するに、自由なマスコミでは、主要な読者層にとって魅力的になるような形に歪曲してニュースは売られ、しかも記事を語るより、歪曲の方が、余計時間を占めることが多い。往々にして、キャスターは記事を語り、そこで、いわゆる専門家は、それを歪曲させることで、潤色するのに起用されているのだ。残念ながら、"専門家達"は論じられている問題に関して、普通の視聴者達が知っていること以上には何も知らないことが多い。多くの人々が事実から成り立っていると思い込んでいるニュースは単なる意見になっている。

 ~中略~

実際、ジャーナリストは、詰まったトイレを直すために呼ぶ配管工ほどの能力も必要とされてはいない。要するに、現代のアメリカのジャーナリストは、ドライブインの「ソニック」で、注文したホット・ドッグをローラー・スケートに乗って、車まで配達してくれる十代の若者や、メーシーズ百貨店で、カウンターの向こう側に立っている店員にたとえることができる。大手マスコミが、正直、中立、あるいは、客観的でないといって批判する人々は皆見当違いなのだ。そういうものを、大手マスコミが売っているわけではなく、それを非難するのは、ラム・チョップを売っていないといって、マクドナルドを非難するのと同じ位、理不尽だ。

 ~中略~

ズビグニュー・ブレジンスキーが最近述べたように、"大半のアメリカ人は、世界に関して全く無知に近い。彼等は無知なのだ。" この無知が、どれほど、アメリカの"自由なマスコミ"に、報道を偏向させる必要がある結果なのだということを、人々は理解しようとしない。ブレジンスキーは、これを"不健康"だと見ているが、彼は正しい。アメリカの"外交政策が遂行されるべきなのであれば、国民によって承認されるべきなのだ。" そして、この無知のおかげで、政府は、かなりの数の破滅的政策を妥当だとして、国民を容易に納得させてしまえるのだ。

 ~中略~

アメリカのジャーナリスト達は"ネタさがしに熱心な記者"というわけではない。彼等の一人一人がこれを侮辱と見なすだろうと私は思うが、彼等は連中の雇用主が売りたがっている商品を売っている売り子にすぎない。現在、テレビのニュース・キャスターを務めている美男美女、そう、少なくとも醜くはない人々は、他の商品を売るために使われている美しいモデル達と何ら変わるところはない。アメリカの"自由な"マスコミは、対象とする読者を喜ばせるために偏った記事を売る、多数の小売店から成っているに過ぎない。そういうものとして、マスコミはでたらめをうりつけるために存在しているにすぎない。

 ~後略~
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