埼玉県には、意外と知られていない面白い歴史がけっこうある。
個人的には、トマジーニみたいな鉄フレームと一緒に妄想たくましく、
ノンビリその歴史の空気を堪能し想像する時間が好きだ。
カーボンフレームだと、そうはいかない。その性能を引き出してあげないとバイクが可哀そう(それとモッタイナイ)な気がして疲れる。情緒に浸っている余裕がなくなる。
この感覚は、分不相応な女と付き合ている時の感覚に似ているような気がする。それ自身の魅力に高揚して、回りが見えなくなる感覚に似ている(笑)
埼玉県や東京の強者サイクリストにとって有名な、奥武蔵グリーンラインの白石峠。
都幾川から上ると途中に勝負平という地名があるのをご存じだろうか?そこは、実際そこはアタックポイントでもあるんだが(友人と競争していれば・・・・)実は、藤原秀郷と平将門が戦った伝承のある場所であるが故の地名だ。そこから派生してくる話と現代に繋がる接点は、実はとても面白いのだけれどここではそれに触れない。
実はこの藤原秀郷の末裔に比企氏という豪族がいる。一般的に、源頼朝の異母兄弟には有名な義経のほかに範頼なんてのがいるんだが、この比企氏の比企尼ってのが、頼朝の乳母で、さらに義経も範頼も、比企氏一族から正妻を迎えている。
北条氏の影に隠れて、意外に知られていない一族であるが、埼玉県民はもっと自慢していい史実だ(笑) 頼朝が生存中は北条家に勝るとも劣らない権勢を誇っていたらしい。一説によれば、頼朝は北条氏と同じくらい比企氏を重んじていたようだ。しかし、2代目頼家の時の比企能員の乱で、この一族は滅びてしまった。(一説には北条氏の謀略との説もある)でも、地名としても、サイクリングロードの名前としても残っている。
僕の好きな場所・・・・峠と言うには、丘のくぼみみたいな場所だけれど、鎌倉街道に位置する笛吹峠は、まさに比企氏の支配したエリアの中にある。季節ごとに、ここは、季節ごとに武蔵の里山らしい風景を見せる。なんで、笛吹峠というのか?これはまた、その後の南北朝時代の話がその名の所以だ。これまた、別の機会に・・・・
この峠にたたずむと、鎌倉武士達が甲冑を身にまといここを行き来した風景を思い忍ばせる雰囲気がある。春は、ここからほど近い都幾川の桜堤と嵐山の風景がとても素敵だ。
桜で思い出したけれど、頼朝の異母兄弟の範頼(義経の異母兄)は、別名、蒲冠者と呼ばれ現在の浜松の生まれなのだが、平家から逃れるために隠れ住んだのか?それとも頼朝から謀反の疑いをかけられ隠れ住んだのか?現在の北本市石戸付近に居たらしい。その時に植えたとか、杖をついたら桜になった?とか諸説はあるのだけれど、樹齢800年といわれる天然記念物の石戸の蒲桜(日本五大桜のひとつ)は、毎年見事な花を咲かせる。
そして、武蔵で生まれた従妹の源義仲(木曽義仲)が、武蔵の女を妻とした義経と範頼に討たれるなんてのは、なんか因縁を感じてしまう。
こんなことを思いながら、酒をちびちびやりながら桜を愛でるサイクリングを妄想するのも一興なんだな、これが。
こんな自転車ライフもまた楽し!
個人的には、トマジーニみたいな鉄フレームと一緒に妄想たくましく、
ノンビリその歴史の空気を堪能し想像する時間が好きだ。
カーボンフレームだと、そうはいかない。その性能を引き出してあげないとバイクが可哀そう(それとモッタイナイ)な気がして疲れる。情緒に浸っている余裕がなくなる。
この感覚は、分不相応な女と付き合ている時の感覚に似ているような気がする。それ自身の魅力に高揚して、回りが見えなくなる感覚に似ている(笑)
埼玉県や東京の強者サイクリストにとって有名な、奥武蔵グリーンラインの白石峠。
都幾川から上ると途中に勝負平という地名があるのをご存じだろうか?そこは、実際そこはアタックポイントでもあるんだが(友人と競争していれば・・・・)実は、藤原秀郷と平将門が戦った伝承のある場所であるが故の地名だ。そこから派生してくる話と現代に繋がる接点は、実はとても面白いのだけれどここではそれに触れない。
実はこの藤原秀郷の末裔に比企氏という豪族がいる。一般的に、源頼朝の異母兄弟には有名な義経のほかに範頼なんてのがいるんだが、この比企氏の比企尼ってのが、頼朝の乳母で、さらに義経も範頼も、比企氏一族から正妻を迎えている。
北条氏の影に隠れて、意外に知られていない一族であるが、埼玉県民はもっと自慢していい史実だ(笑) 頼朝が生存中は北条家に勝るとも劣らない権勢を誇っていたらしい。一説によれば、頼朝は北条氏と同じくらい比企氏を重んじていたようだ。しかし、2代目頼家の時の比企能員の乱で、この一族は滅びてしまった。(一説には北条氏の謀略との説もある)でも、地名としても、サイクリングロードの名前としても残っている。
僕の好きな場所・・・・峠と言うには、丘のくぼみみたいな場所だけれど、鎌倉街道に位置する笛吹峠は、まさに比企氏の支配したエリアの中にある。季節ごとに、ここは、季節ごとに武蔵の里山らしい風景を見せる。なんで、笛吹峠というのか?これはまた、その後の南北朝時代の話がその名の所以だ。これまた、別の機会に・・・・
この峠にたたずむと、鎌倉武士達が甲冑を身にまといここを行き来した風景を思い忍ばせる雰囲気がある。春は、ここからほど近い都幾川の桜堤と嵐山の風景がとても素敵だ。
桜で思い出したけれど、頼朝の異母兄弟の範頼(義経の異母兄)は、別名、蒲冠者と呼ばれ現在の浜松の生まれなのだが、平家から逃れるために隠れ住んだのか?それとも頼朝から謀反の疑いをかけられ隠れ住んだのか?現在の北本市石戸付近に居たらしい。その時に植えたとか、杖をついたら桜になった?とか諸説はあるのだけれど、樹齢800年といわれる天然記念物の石戸の蒲桜(日本五大桜のひとつ)は、毎年見事な花を咲かせる。
そして、武蔵で生まれた従妹の源義仲(木曽義仲)が、武蔵の女を妻とした義経と範頼に討たれるなんてのは、なんか因縁を感じてしまう。
こんなことを思いながら、酒をちびちびやりながら桜を愛でるサイクリングを妄想するのも一興なんだな、これが。
こんな自転車ライフもまた楽し!
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