Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

池上彰とリョサを巡る人々

2010-10-29 23:32:53 | 文学
10月29日、朝日新聞朝刊のコラムで、池上彰はバルガス=リョサを取り上げていました。リョサはこのあいだノーベル文学賞を受賞した、ラテンアメリカ文学を代表する、というより世界文学を代表する作家。

池上彰はこの朝日新聞のコラムではいつも各紙の記事をバッタバッタと切り伏せているのですが、今回は、リョサのノーベル文学賞受賞のニュースを伝えた各紙の記事を批判しています。各紙の執筆者はバルガス=リョサの小説の魅力を伝えていないし、その努力もしていないのではないのか、というのが池上氏の主張だと思われます。もっと一般読者にも分かるような解説を書いてほしい、ということのようです。

池上氏はコラムで執筆者の名前は出していませんでしたが、大学名を出していれば大体分かってしまうので、こんな権威に楯ついているぜ、ひやひやだね、とぼくは思ってしまいましたが、まあそんなことも「一般読者」にとってはどうでもいいことなのでしょう。

さて、池上氏の批判の是非を云々する前に、彼が前置きとして書いていた、バルガス=リョサは日本人にはあまり知られていない、という前提はどうなんだろう、という話から。リョサの小説はかなり翻訳されていますし、かつて日本でもラテンアメリカ文学ブームがあったことですし、日本人の間でもかなり知られている、と言っていいのではないでしょうか?これだけ翻訳のある作家を知らない、と言うのは、自分の無知を曝け出しているようなものです。池上氏は恥ずかしながら自分は知らなかった、と告白していますが、自分や周囲の人たちが知らないからと言っても、日本人に知られていない、と書くのはやはり少し乱暴かもしれません。もちろん、知らないこと自体は別にいい。人は全てを知りうる生き物ではないし、池上氏は他の分野で豊富な知識をお持ちなのだから、自身の言うように恥じることではありません。

でも、日本人によく知られている現存の外国人の作家、というのは、池上氏の基準からするとたぶんほとんどいないのではないか、と思ってしまうわけです。翻訳が何冊も出ていれば、日本でも比較的よく知られている、と考えてよいのではないだろうか、と思います。

で、最初の池上氏の批判に戻りますが、正直なところ、池上氏による引用が限られていたので、その文章がどれだけ難解なものなのか、ということはぼくにはよく分かりませんでした。やはり前後の文脈が気になります。また、読者が是非手に取ってみたくなるような紹介文が書けていない、という池上氏の不満も、少し的を外れているような気がします。というのも、小説というものは必ずしもおもしろおかしく紹介するのがベストではないからです。第一、解説記事は書評欄ではありません。

そういったことを踏まえて、あえて言いますが、それにもかかわらず、池上氏の指摘にも一理ある。確かに、分かる人向けに書かれた記事では、あまり意味がありません。分かる人には当然のことだし(あるいは専門書を読めばいい)、分からない人にはちんぷんかんぷんだから。一般読者を相手にするのならば、もっとかみ砕いた説明が必要だったのかもしれません。これはしかし、解説者が悪いというよりは、新聞記者が一般人の感覚を忘れてしまっていた、ないしは専門家に強く主張できなかったところに根があるように思います。例えば、物語を小説の中で新たに蘇らせた、という意味の解説が引用されていましたが、これはぼくなどにはすんなりと理解できるところです。書いた本人もまさかここが意味不明の箇所と言われるとは予想していなかったのではないでしょうか。ところが、よくよく考えてみると、20世紀の文学潮流を知らない人から見れば、なるほどここはよく分からない。物語が小説の中で復活するとはいかなることなのか。20世紀小説の行き詰まり、実験に次ぐ実験、ラテンアメリカ文学という彗星のごとき突然の出現、マルケスの語りに特に表れている深い物語性など、そういった知識が前提とされている文で、文学に詳しくない人からすると実は極めて難解な箇所であると言えそうです。

知ったかぶりをして流してしまう人よりは、池上彰はよく解説文を読んでいたと言えるでしょう。まあしかし、ぼくはラテンアメリカ文学の専門家ではないですが、あの解説はとても示唆に富んだ、興味深いものでした。たぶん文学通の人の多くはそう感じたのではないでしょうか。でもそうすると、詳しい人にもそうでない人にもためになる記事を書く、というのはやっぱり難しいことなのですねえ。いやいや、勉強になりました。

回顧・川本喜八郎

2010-10-29 00:15:35 | アニメーション
一日のブログの閲覧数が1000件を急に越えてしまったんですが、最近何かありましたっけ・・・ぼくのブログ内容と関係するような社会的事件が。いや、訪問者の数は大して変わらないので、どういうことなのだろう・・・

それはおいといて、川本喜八郎の全作品の上映がまもなくラピュタ阿佐ヶ谷で始まります。
http://www.laputa-jp.com/laputa/program/kawamotokihachiro/

川本喜八郎はこの夏に亡くなってしまったので、その回顧上映となります。彼の作品はDVDで見られますが、この機会にスクリーンで再見するのもよいのではないでしょうか。ぼくも、時間とお金が許せば行くつもりです。とりわけ、『蓮如とその母』は唯一未見ですので、せめてこれだけには行きたい。また、懐かしい『冬の日』ももう一度スクリーンで見ておきたいなあと思っています。あと密着ドキュメンタリーみたいなのもやるみたいですね。これもできれば見たい。

ちなみに、11月は他にもアニメーションのイベントがあって、11月20日~26日まで、『和田淳と世界のアニメーション』が渋谷のイメージフォーラムで催されます。「鼻の日」や「わからないブタ」で知られる若手アニメーション監督の代表格・和田淳の全作品と、世界中からセレクトしたというアニメーションが上映される予定。

また、11月13日~12月10日まで、『世界のアニメーションシアター』が下北沢のトリウッドで催されます。これは毎年行われているCAF(カナダ・アニメーション・フェスティバル)の11回目を兼ねています。

ぼくはこの時期もけっこう忙しいのですが、なんとかその合間を縫って映画館へ行きたいですね。最近はアニメーションをあんまり見ていないからなあ。