小中学校の頃、国語のテストなどで、登場人物のだれだれの気持ちを考えてみましょう、という類の問題が散見されたものですが、そんなの分かるわけねーじゃん、と友達とよく話していました。その是非はともかくとして、今日は秒速のタカキの気持ちについて考えてみましょう。・・・
「コスモナウト」において、タカキはカナエに告白させません。カナエが意を決してタカキを見つめると、タカキは「どうしたの」と言って冷たい目で見返してくるばかり。そう、冷たい目なんですよ。有無を言わせぬ、絶対に告白などさせてなるものか、という無言の圧力。少なくとも監督はそういう思いをこの場面に込めたらしいです。
それを前提にして、このときのタカキの気持ちを考えてみる。どうしてタカキはカナエに告白させなかったのか。最も単純な答えとして挙げられるのは、「タカキの心の中にはアカリがずっといるから」。確かに間違いではないと思います。いやこれは正しいと言えます。でも、それだけじゃないはず。もしもそれだけだとしたら、カナエに告白させた上で、それを断ればいい。いやいや、タカキは優しいから断るなんてできないんだよ、カナエが可哀想じゃないか?その通りです。タカキは優しい。はっきりと言葉で拒絶するということができないですし、カナエが不憫でなりません。だから告白する前にそれを言い出せないよう冷たい目で見つめたのです。でも、それだけじゃない。
タカキはこう考えたのではないでしょうか。もし今カナエの告白を聞いてしまったら、おれたちの関係はこれで断たれてしまう。おれはカナエと付き合うことはできないから。失恋したカナエとおれとの距離は大きくなってしまうだろう。カナエは今までどおりに接してこようとするかもしれないが、それはもう不可能なのだ。おれはカナエと付き合うことはできないが、彼女はとてもいい子だと思っている。だから、彼女との関係を壊したくない。今のままが一番いいのだ。
タカキは優しいから、カナエを傷つけまいとする心情だけがひょっとするとクロースアップされるかもしれない。でも、タカキもまた人間であり、上記のような利己的で、こう言ってよければ残酷な心情もあったのではないか、とぼくは思ったのでした。
タカキは優しく残酷だ。その方が、人間性に深みが出るような気がします。
まあこれはぼくが勝手に想像を楽しんでいることなので、違う意見もあろうかと思いますが、それはそれとして、「コスモナウト」の「告白未遂」は、非常に印象深いシーンになっているのでありました。
「コスモナウト」において、タカキはカナエに告白させません。カナエが意を決してタカキを見つめると、タカキは「どうしたの」と言って冷たい目で見返してくるばかり。そう、冷たい目なんですよ。有無を言わせぬ、絶対に告白などさせてなるものか、という無言の圧力。少なくとも監督はそういう思いをこの場面に込めたらしいです。
それを前提にして、このときのタカキの気持ちを考えてみる。どうしてタカキはカナエに告白させなかったのか。最も単純な答えとして挙げられるのは、「タカキの心の中にはアカリがずっといるから」。確かに間違いではないと思います。いやこれは正しいと言えます。でも、それだけじゃないはず。もしもそれだけだとしたら、カナエに告白させた上で、それを断ればいい。いやいや、タカキは優しいから断るなんてできないんだよ、カナエが可哀想じゃないか?その通りです。タカキは優しい。はっきりと言葉で拒絶するということができないですし、カナエが不憫でなりません。だから告白する前にそれを言い出せないよう冷たい目で見つめたのです。でも、それだけじゃない。
タカキはこう考えたのではないでしょうか。もし今カナエの告白を聞いてしまったら、おれたちの関係はこれで断たれてしまう。おれはカナエと付き合うことはできないから。失恋したカナエとおれとの距離は大きくなってしまうだろう。カナエは今までどおりに接してこようとするかもしれないが、それはもう不可能なのだ。おれはカナエと付き合うことはできないが、彼女はとてもいい子だと思っている。だから、彼女との関係を壊したくない。今のままが一番いいのだ。
タカキは優しいから、カナエを傷つけまいとする心情だけがひょっとするとクロースアップされるかもしれない。でも、タカキもまた人間であり、上記のような利己的で、こう言ってよければ残酷な心情もあったのではないか、とぼくは思ったのでした。
タカキは優しく残酷だ。その方が、人間性に深みが出るような気がします。
まあこれはぼくが勝手に想像を楽しんでいることなので、違う意見もあろうかと思いますが、それはそれとして、「コスモナウト」の「告白未遂」は、非常に印象深いシーンになっているのでありました。