嫌札幌~札幌が嫌いなブログ

札幌生まれ、札幌育ち、札幌在住な私が札幌を批判します。札幌嫌いな人集まれ!

北海道神宮に行ってきました

2014年07月30日 18時08分24秒 | 嫌・札幌プロジェクト
先ほど北海道神宮に行ってきました。

久しぶりに仕事以外の用途で札幌内に出た気がします。

というのも私にとっての札幌というのは仕事(自営業をして収入を得る)をする環境手段であるため用事が無ければ滅多に札幌内に外出はしません。

日中に外出するのは不快な目に合うことが多いから避けていましたが、さすがに神社は夜間営業をしていないので先ほど行って参りました。
(今思えば札幌以外の神社に行けば良かったか…)

そして札幌嫌い(苦手)な読者様に私からこれを捧げたい^^;





大嫌い(苦手)な札幌に居ながらも各々の方法、手段によって悪しき札幌社会の壁を乗り越えて欲しいという意味を込めて書かせていただきました。

大嫌い(苦手)な札幌社会に今は住みながらも楽しむことは楽しみたい、夢や希望や目標を持ちたい、充実したい、成長したい、札幌を出たい…など。

札幌社会に住みながらも、そんな前向きな気持ちを持てるように、そして何時の日か実現できるように書かせていただきました!

この絵馬も札幌が嫌いな管理人の身体を張ったジョークの一種でもありますので読者様にはどうぞ楽しく笑っていただければ幸いです。

がんばりましょう。


札幌が嫌いな管理人


今回の教訓:太いペンが神社に無かったため次回から行くときは細いペンを持参していこうw

頑張るぞ!っていう気にさせられます

2014年07月30日 13時57分11秒 | 嫌札幌
少し以前まで私自身の札幌社会に対するストレス、怒り、憎しみ、悲しみなどの負のエネルギーを力に変えてブログの更新をしている時がありました。

元々は私の嫌いな札幌社会に対する発散用のブログというコンセプトがベースということもあり稚拙な文章が尚更に際立っていたと思います。それはそれでありですが。
(今でもそうですがお見苦しい記事や、私が改めて今、過去の記事を読み返してみると、くだらなくて笑えてしまうような記事もあったりします^^;)


ところで最近ちらちらと書いていることですが私自身が悪しき札幌社会の性質を深く理解できてきたことによって、それらのエネルギーが激減してきました。
(参照:腹が立ってイライラしていたことが激減した方法

その影響もあってか最近は良くも悪くも負のエネルギーを力に変えたブログの更新頻度が減ってきたんじゃないかなー、でもまだまだ書きたいことはあるのになーとも思います。

そして私自身の札幌社会に対する発散用として始めたブログだったのですが、その意識も徐々に軌道修正されてきています。


このブログを札幌が嫌い(苦手)な人に楽しんでほしい、札幌が嫌い(苦手)な人に晴れてほしい、札幌が嫌い(苦手)な人の拠り所になってほしい


私の思考意識を翻訳するとこんなところでしょうか。

そのためにもっと私自身も力をつけていきたいと切実に思いますし今後の嫌・札幌活動をレベルアップしていきたいと本当に思います。

例えるならスーパーサイヤ人になりたくて、なれない時期のべジータの気持ちでしょうか(意味不明)

また何らかの「良い形」で札幌が嫌いな活動をしていきたいとも熱望しています。

私も嫌・札幌活動を仕事としてするわけでもなく、ボランティアとしてするわけでもなく、

あくまで私個人も私らしく楽しむための趣味の一環としてがんばりたいだけですのであまり期待はしないでいただきたい:^^ 

ブログの更新にしろ嫌・札幌活動にしろ細く長くマッタリと、そして時に熱く激しく続けていければと思っています。


月に数通程度ですが読者様からメールをいただくことがあります。

またブログの方にもコメントもいただいております。

いただく内容は様々ですが更新を続けていく励みにさせていただいております。

嫌い(苦手)な札幌に対する悲痛の声などを読ませていただくと胸を絞められるような思いになる時があります。

あくまでも私個人も楽しむための趣味の一環としてでもですが「俺がやるんだ!」という気持ちにもさせられます。

何度も言いますが、そのためにも本当に力をつけていきたいと切実に思いますしレベルアップしていきたいと思います。


嫌・札幌活動 やっぱりやめられねぇ by札幌が嫌いな管理人


(当然ですが)俺はまだまだやれる!大嫌いな札幌の壁をぶっ壊してやろう!俺がやらないで誰がやる!俺がやるんだ!

・・・と、平日の真昼間に一人、札幌の自宅にて強く燃えてる今日この頃の札幌が嫌いな管理人です。

嫌・札幌活動、精進してがんばるぞ!!


札幌が嫌いな管理人

深夜ドライブから帰宅

2014年07月29日 03時51分22秒 | 嫌札幌
私のささやかな楽しみの一つが深夜ドライブである。

今夜も先ほどドライブを終えて帰ってきたばかりだ。

某チェーン店にて夜食をしてから札幌近郊地域を延々とドライブをするのがパターン化されている。

もう何年間も深夜ドライブをしているのでもしかしたら生きがいかもしれない。

昼間とは違ってとにかく落ち着くし癒されるし私にとって至福の時である。

今日は何気なく入り込んだ真っ暗な田舎道があったのだが、ふと横を見るとそれが墓地だったのはドキッとビックリしてしまった。

あとは狐を2回くらい見たかな。

真昼間とかは札幌の外に出たくない時が多いけど、深夜は落ち着き癒される。。。


あ、そういえばさっき変な人が居ました。

車の中の荷物を自宅近所に借りている部屋に持ち運びしていたのですが、

信号を渡ろうとすると変な人が私の方向を見て急に歩行を止めて立ち止まりました。

気持ち悪かったというか関わっても不快な目にあう確率が高いと判断して顔を合わせないようにして距離をとりました。

あんな深夜に一体なにしてたんでしょうか。きもちわるー

札幌の女性のレベルが低い理由

2014年07月28日 17時12分24秒 | 嫌札幌
札幌の女性はレベル(民度)が実に低いと私は思っている。

それはもちろん札幌以外の他の地域と比べてみてもそうなのだが、ここでは札幌という地域のみに的を絞って敢えて主観的に書いてみたい。

コメント欄にも書かれてあったが「人は黙っていると楽な方に流れる」を一番体現しているのが札幌人女性だと私は思っている。
(一般的に私も楽な生活をしている方だと思うが、私と札幌人女性の一番の決定的違いは、本質を捉えてそれをつくっているかいないかだと思う。同じ楽な生活でも中身は全くの別物だろう)

逆に言えば「札幌人女性は札幌に住む限り楽をしようと思えば幾らでも楽に生きられる」とも言えるだろう。

悪い意味で楽に生きてしまっているため人としての成長機会が必然的に少ないのだと思う。

それを自覚している札幌人女性がこの札幌社会に一体どれだけ居るのだろうか。


札幌人女性の特徴としては「与えること」より「もらうこと」ばかりを考えている方が多い。
(念のため書いておくが多いというだけで中には例外や特例も居る)

自分が何かを与えるより「もらうこと」が当たり前なのが考えるまでも無く基本スタンスになっているのだと思う。

なので自分の期待すること、自分に都合のいいことを「もらえなかった」場合は直ぐに見切りをつけてしまうのが札幌人女性の悪い癖だと思う。

またそれらを「もらえなさそう」と判断をした場合には1ミリもそれらに最初から接することもないだろう。

札幌人女性に「対等、平等」という概念は基本的に無いのかもしれない。

「もらうこと」という楽な方向性に流され慣れてしまった札幌人女性は内面を軌道修正しない限り一生貧乏人だと私は断言しておこう。


何故、札幌人女性はそうなってしまったのか。

札幌という環境面が大いに響いていると思う。

190万人社会の札幌では「自分に都合のいいこと」「自分の期待すること」をしてくれるものを選べばよく、それが多くの札幌人女性にとって最も楽であり簡単なのだろう。

特に人付き合いの面においてはそれらがとても顕著に表れていると思う。

よーく観察をしてみると、自分に都合のいい相手だけを厳密に選んで人付き合いをしている札幌人女性を私は散々目撃してきた。

決まってそのような札幌人女性は「与えてもらうこと」が考えるまでも無く当たり前であり基本スタンスのため本質は貧乏人なのだ。

また札幌人男性もおとなしい性質で受身であるため札幌人女性のわがまま、子供(ガキ)っぽさを野放しにして札幌人女性に媚びてきた結果だとも思う。

札幌人男性のそのような性質に加え190万人社会の札幌は人口比率は女性のほうが多いため、

すっかり札幌社会は「与えてもらうことが当たり前で楽な方向に流され生きているために成長が無く中身の薄い札幌人女性」を中心とした女尊男卑社会になっている面があるように感じる。


個人的な話になるが自営業をすることで札幌社会の組織で働かず、今となってはプライベートですら札幌社会に殆ど参加しないようにしているが、上記に書いてきたことは私が今までの札幌社会で身を持って体感してきたことでもあり客観的にも目撃をしてきたことでもある。

今日の札幌社会も相変わらずそのような感じなのもよくわかるし、これから先もずっとそんな感じなのだろうと思う。

それらのことが私が札幌社会に見切りをつけた数ある要素のうちの一つであることは間違いないだろう。

もちろん上記に書いた札幌人女性の性質を踏まえた上で活かせようによっては「良いこと」だってたくさんあるのだが…

ただしここは札幌が嫌いなブログのため今回はそれらをここに書いておくのは控えておこう。


最後に一つ。

自分を磨くため、女磨きをするため、人生を向上させたい、都会生活に憧れて…という動機で他の道内地域から札幌に来ようとされる方は辞めておいたほうがいい。

自分自身の、そして人生のパワーアップ(成長)をするために札幌に来たはずが、札幌に来たことによってパワーダウン(退化)してしまう地方出身の女性が一体どれだけ居ることだろうか。

余程の強い意志、モチベーションを保ち続ける強烈な「何か」が無い限りは中途半端になってしまったり、上記に書いたようにパワーダウン(退化)してしまうことが少なくないはずだ。

「人は黙っていると楽な方に流れる」ということを念頭に置いた上で考えてみて欲しい。

札幌に来たことによって若い芽を摘んでしまうことは実にもったいないことだから。

裏を返せば自分は楽をして流されるように生きていきたいと考えている女性にとっては札幌は天国かもしれない。

他の道内地域(特に人口の少ない所)で感じるような窮屈感がないのだろう。

人としての成長、人生の向上はしないだろうが何も考えずに気ままに流され生きていきたいという女性には実に向いている地域だとおもう。

人は楽をしているときは成長が止まっているときであり、質の良い苦労をしているときは成長をしているときだと思う。


P.S. 誰がどうなろうと知ったことではないのかもしれないが、札幌が大嫌いな私としては道内他地域から札幌に来ようとしている数多くの未来ある若者とその親御さんに今一度考えていただくためのきっかけをつくってもらうために上記に書いたような説明を直接したいくらいである。本当に本当にオファーを待っています。

札幌が嫌いな管理人


参考記事
・札幌の女性のミニスカ率は異常
・札幌で恩恵を受けれる人の例
・つい先日のこと
・札幌の男性はチャラい方が多い

(下記2点は何度読み返し、思い返しても未だに呆れてしまう出来事です。是非読んでみてください!)
・札幌人から電話が来て気分が悪くなりました。
・常識の無いおばさんに腹が立ちました

胆振方面に行ってきました

2014年07月26日 23時25分28秒 | 嫌札幌
先日、札幌を出て胆振方面に行ってきました。

登別にてほぼ毎月通っているお気に入りの定食屋にて食事をして帰ろうと思ったのですが、

食事を終えたら眠くなって運転して帰るのもめんどくさくなったのでそのまま車中泊をしました。

翌日は伊達方面と苫小牧方面に行き、苫小牧の某有名○○食堂にて食事をしてから札幌に帰りました。

登別の定食屋も苫小牧の某有名○○食堂も何度も行っていますが札幌では中々味わえない感覚を与えていただいています;^^

普段、札幌に住んでいる私にとって札幌では味わえない北海道の良さみたいなものをそこでは体感できるのです。


登別のお気に入りの定食屋は最近ほぼ月1ペースで通っているのですが、なんだか落ち着けます。

当日は定食を食べてから1時間ほど店内でiPadを見ながらマッタリさせていただきました。

札幌でこんなに落ち着いてマッタリとしていられるところは滅多にありません。
(個人的に積極的に札幌を避けた生活をして見つける機会が少ないというのもあるかもしれませんが)

道南のラッキーピエロまで行きたいのですが、札幌でやることが多いので日帰りができる登別の定食屋に行く機会が今年は多いです。


苫小牧の某有名○○食堂は今回久々に行きましたが相変わらず繁盛しており、あの繁盛の仕方は札幌の店舗では中々見る機会がありませんねー。。

味が最高なのはもちろんなのですが、美味しいだけではない何かがそこには確かにあるのです。

札幌の飲食店は物理的に美味しいだけのお店はたくさんあるのでしょうが、、、まぁそこら辺はもしかすると札幌に限った話ではないのかもしれませんけど。

苫小牧に来たらまた行きたい!と素直に思えるところです。


で、今回は胆振方面に車中泊をして1泊2日してきましたが、

札幌に帰るときは何時も「札幌に帰ってきてしまった…」と陰鬱になっていたのですが今回はそれが殆どありませんでした。

一応は札幌に住んでいる私ですが今回は「札幌に帰る」という感覚より「札幌に戻る」という感覚でした。

最近はずっと以下の個人的鉄則を徹底して実践しているから「札幌に仕事をしに戻る」という感覚が強かったです。現に仕事のために今回は戻りましたし。


<札幌が嫌いな管理人の鉄則>
・仕事(自営業、収入を得る)をするのは札幌
・バイトをするのは札幌近郊地域
・遊びに行くのは札幌市外

これ札幌が嫌いな管理人の鉄則なり。


また上記の鉄則に加えて精神的に札幌社会の本質を肯定をして理解したことで何気ない札幌生活のストレスが激減したことはやはり大きいのかなと思っています。
(参照:腹が立ってイライラしていたことが激減した方法

札幌社会の大嫌いな性質を肯定して初めて札幌社会の気持ちを理解できたことでストレスが激減したのかなと思います。


とにかく否定からではなく肯定をすることから始めないと相手(札幌)の本質、背景、気持ちを理解することは難しいのだと思う by札幌が嫌いな管理人


例えば「何故、札幌社会は冷たくよそよそしく民度が低く愚かなのか」という理由を肯定することによって札幌社会の気持ち(性質)を理解をしストレスが激減しました。

今までは札幌が大嫌いな故に肯定からではなく否定をすることから考え方が始まっていたのですが、そこら辺を軌道修正したのは自分の中でやはり大きいと思う。

最近は大嫌いな札幌社会に一応は住みながらも札幌社会に捉われず以前より前向きになってきたのではと感じます。

もちろん何度も書きますが札幌社会が嫌いなことに変わりはありませんし、相変わらずな街だという考えは今後も余程のことが無い限り変わらないでしょうし、札幌社会を好きになりたいとも思いませんし、札幌社会のためなんぞに自分らしさを失いたくありませんし、やっぱり札幌社会はおかしく異常だと今でも思いますが。

ピンチはチャンスという言葉のように、そんな大嫌いな札幌でも頭と身体を使って最大限に自分の中の悪しき札幌社会をリセットして生かしていければ、こんな大嫌いな札幌社会に住みながらも悪影響を受けず前向きになれるのかなーと感じる今日この頃です。

大嫌いな札幌に住みながらもネオ札幌人を目指したいという楽しさが確かに今あります。


ネオ札幌人とは?
→札幌に住みながらも札幌社会の悪影響を受けず札幌社会の土俵に立たずして札幌社会の好影響を受けて札幌社会を楽しむことが出来る大多数の典型的札幌人とは違う特権階級的存在。