嫌札幌~札幌が嫌いなブログ

札幌生まれ、札幌育ち、札幌在住な私が札幌を批判します。札幌嫌いな人集まれ!

ガラパゴス札幌至上主義で横並び主義の札幌人は自分の意見や考えが無いだろう

2015年05月02日 18時41分41秒 | コメント考察


記事「札幌市内のコンビニにて見事にクローザー失敗www」Unknown様 2015-04-28 10:43:07に頂いたコメントより


このブログを立ち上げた当初は散々叩かれるクソみたいなブログになるんだろうなーと思っていた。今でもクソみたいなブログだが。

確かにブログを立ち上げた最初の3ヶ月くらいは「札幌が嫌いなら出て行けば」などと叩かれた。

今でもたまにブログに対して否定的な声をいただく時もあるが、大体は揚げ足取りで筋が通っていない内容のためほっといてる。

何が言いたいかというと嫌札ブログを始めてから、これと言ってまともな札幌人であろう札幌擁護派のまともな意見や考えみたいなコメントをいただいたことがないということだ。

それは当ブログのことだけに限った話ではなく実生活の中での札幌社会にも当てはまる話で、

ガラパゴス札幌至上主義でかつ、横並び主義の札幌人には自分の意見や考えが無いのだろうと思うケースに度々遭遇してきたのが私の札幌生活でもあった。


結局のところ「自分が優位(楽)になれるかどうか」を基準に物事を言うことを優先しているため、物事の性質を見極め考えた自分の意見や考えなんてないのではないないかと思わされてきた。

何度も何度も「お前本当にそう思っているのかよ!?」という場面に数え切れないほど遭遇してきたと思う。

で、上記に頂いたコメント画像のように「本当はわかっていても」認めずシーンとしてしまうのだろう。

とにかく札幌人の思考パターンというのは「自分が優位になるか、ならないか」が大事であり「優位にならないパターン」は絶対に認めず第3者的観点からくる思考などはありえないのが大半なのである。

他者を認めたがらず凄いと思うことなどを見習って糧にして頑張ろうという発想はなく、常に粗探しをして引き摺り下ろすことで現状の自分を慰めているのだろうか?

だからか異様に陰口が多く、人を応援、協力するという風潮が感じられないのが札幌社会なのだ。

とにかく心が貧乏な連中が多いのが札幌社会の今日だと思う。
コメント (5)

親切(当たり前のこと)なことをしようとした自分が不快な目にあった体験談3

2015年03月23日 03時00分49秒 | コメント考察
「自意識=自己防衛」が薄れてくる40-50代くらいにかけて札幌社会の中でも人間関係が少しは楽しめるようになるんじゃないかなーと思うときがある。
(そんな頃になってもまだ自分が札幌に居るかはわからないが)

例えば私の場合は自営業をしているが、その仕事をする上においても身を持って何度も経験をしてきた裏付けがあるから事実なのだろう。

自慢でもなんでもなく自営業の内の一つに関しては札幌市内のある分野において同業の中では1番の品質(数字)を本当に提供できているからだ(現時点)

お客様にとっては間違いなく最善の品質(数字)を提供できているのが紛れも無い事実のはずだが、故に超警戒される時が本当にあるのだ。

顧客どころか仕事のお手伝いさんでさえも信頼はしていないんだろうなーと感じるときさえもあるほどだ。 

せっかく綺麗なビジネスをしているのだが、所詮それもここ(札幌)では只の自己満足に過ぎないのだろうかと思ってしまう時もある。そんなことないとも思い直すが。

札幌市内の同業の中では1番の品質(数字)を提供して喜ばれることをしているはずが、
まるで何かの詐欺でもしているんじゃないかとでも疑念を向けられているのではないかと私の被害妄想でなければ少なからずとも思わされてしまうケースが本当にあるのだ。
(ただしこれは私のビジネススキルの問題でもあるので全てが札幌のせいではなく、あくまでも例え話の一環としておこう)


悲しいけどこれ仕事なのよね(スレッガー中尉) by札幌が嫌いな管理人


そういった環境での信頼関係を作っていくということは本当に本当に簡単なことではないということを何度も身を持って体感してきた。0ではなくマイナスからのスタートでもあるくらいだと思っている。
参照:札幌人から電話が来て気分が悪くなりました。)


仕事だけではなく、何においても、やっぱりこの「自己防衛、自意識」が強い札幌社会で一定の信頼関係を作っていくということは決して簡単なことではない。

この「自己防衛、自意識」が札幌人を自分中心、相手に寄り添って考えるという意識を無くしているのではないだろうか。
(恐ろしいというか、性質が悪いのは本人(札幌人)たちは全くそういった意識、自覚、着眼点が無いのである。)

故に多様性、許容性に欠け、札幌は本当に心の寂しい冷たく余所余所しいつまらない街だなーと思わされる。

今までで疎遠になった人、知人友人の立場から他人になった人など、出会った場所、環境が札幌社会でなければまた違った付き合い方になったこともあったのかなーと思うときがある。

嫌な思いもたくさんして、我慢をしたこともたくさんあったかもしれないし、今後もそういったことがあるのかもしれないが、自分の中の良心は守りたい。

根が優しい、人がいい、真面目、謙虚という気質は札幌社会では何の役にも立たず、そんな札幌社会に汚染をされ、こんなブログを立ち上げるほどに私の性格は超悪くなってしまったんだと思う。 by札幌が嫌いな管理人

とにかくこの札幌社会が心の底から大嫌いになってしまったので私は札幌社会を見切り捨てたのだ。
(自分で書いてて超暗いと思ってしまったわー)


(完)

親切(当たり前のこと)なことをしようとした自分が不快な目にあった体験談2

2015年03月22日 13時14分04秒 | コメント考察
(続き)



参照:「札幌は治安が悪いということに気づいた瞬間」のコメント欄より

上記のコメントは読者様からいただいたものであるが、この「自己防衛」という性質が札幌社会では非常に強いと感じる。

故に私が札幌社会に感じるように「冷たい、余所余所しい、義理も人情も無い、ロボットみたい、etc…」というのも読者様のコメントのままに「札幌人の不快な行動を説明する統括的なキーワード」として「自己防衛」が絡み合っているのではないかと思わされるのだ。

本当に札幌社会は精神的な治安が悪いが故に目には見えないギスギスした空気、雰囲気に満ちている異常で不快になる街だと思う。


そういった「自己防衛」を原動力にした性質があるが故に不快になること、残念になることが本当に多い。

本当に札幌社会では「自己防衛」という性質が強いために自意識が強い故に人間関係の構築維持に苦労をする。


例えば札幌社会と他地域とではその「自己防衛」からくる自意識みたいなものが天と地の差のように感じる。

圧倒的に札幌社会の方が良質な人間関係の構築が難しいと感じるときがある。

ある読者様から頂いたメールの本文にこんな言葉があった。


札幌の市民(という人)とは天気の話だけでしたら平和です。 by読者様


当たり障りの無い会話をする分には問題はなく、札幌社会の中の札幌人との会話には本当に気を遣うのだ。



(続く)

親切(当たり前のこと)なことをしようとした自分が不快な目にあった体験談

2015年03月21日 16時44分00秒 | コメント考察
読者様から頂いたコメントの返信の中で「拾う」というキーワードが出てきたことで自分の経験談に基づいて思い出したことがあるので書き記しておきたい。

これはまだ私が札幌社会のことを嫌いだと自覚せずブログを立ち上げる以前の頃、まだ札幌社会の中に入っていた頃の体験談でもある。

大通りーすすきのに繋がる地下街を歩いていると前方に居る歩行者がウィズユーカードを落としたまま気づかずに前進していくのを確認したのだ。

当時は自分の良心に従って歩行者が落としたウィズユーカードを拾って渡そうと声をかけても一向に無視をして前進していくのだ。


自分「すいません」

歩行者→無視して歩く

自分「すいません?」

歩行者→無視して歩く

自分「すいません!(カードを見せて)落としてたんですけど!」

歩行者「あ・・・すいません」


という具合で何度か声をかけてやっと歩行者がウィズユーカードを落として、それを自分が拾って渡そうとしていたことに認識をしてもらえた。

凄く感じが悪く余所余所しく無視されているように感じていたのでウィズユーカードを渡した瞬間も親切なことをしたつもりが不快感だけが自分の中に残っていたのを今でも覚えている。

感じが悪かったのでウィズユーカードをさっさと渡して直ぐにその場を離れたことも覚えている。

親切なこと(つーか、当たり前のこと)をしようとした自分が何故か警戒をされ、不快な目にあってしまう馬鹿不思議な社会が札幌なのである。

そこら辺に関連しているキーワードが札幌社会で生活する上で深く結びついている「自己防衛」という性質だと思う。


(続く)

このブログがわかる人とそうでない人の違い

2015年02月04日 04時38分44秒 | コメント考察


記事「今後について」Unknown (しろくま)2015-02-03 21:28:46に頂いたコメントより

以下の部分に注目したい。

>>関東や関西の札幌に対するイメージは現実と比べてだいぶ乖離しているように思いますし、札幌移住を考えてる人がいたらこのブログを見せてあげたいくらいです(恐らく信じてくれないでしょうがw)


結論から言うとその通りなのである。

コメントにも返答をさせていただいたが、このような「札幌が嫌い」という一種の否定、ネガティブから始めるテーマを人様に理解をしていただくということは無理だということだ。

現時点で何らかの賛同、理解を得ていただいている読者様の99%は現在、或いは過去に札幌の悪しき実態を自分自身で身を持って肌身で感じられた方々だろう。

なので札幌の悪しき実態がわからない方にとっては「札幌が嫌いなブログ」の印象とは何だかぶっ飛んでいるわけのわからない変てこなブログと言ったところだろうか。

何事もまずは肯定をしていくところから始めていかないと他者の気持ちは理解できないのである。


実は以前から何時かブログの記事として公表しようと温めていたネタ(キャプチャ画像)があるのでご覧いただきたい。



上記のキャプチャ画像は以前にやってみたネット上のチャット時の会話の内容である。もちろん緑色の面が私の発言だ。

確か相手方ユーザーとは北海道の話題をしていたのだが、上記の話題を振った途端、相手方は会話を辞めて落ちてしまった。

何事もまずは肯定をしていくところから始めていかないと他者の気持ちは理解できないのである。
by札幌が嫌いな管理人


現時点での私の嫌札活動は、札幌で現在or過去に嫌な思い、違和感を感じてこられた方には理解、賛同を得られる内容になっているのだろう。

それをわからない人間にとっては全くわけのわからないぶっ飛んだブログとして見られてしまうのだろう。

そのような一般層の方々にも理解していただけるような方向性に今後は軌道修正を付け加えていく必要性があるのかもしれない。

嫌札活動、まだまだやることがいっぱいあるなこりゃ。